昼どきということもあってか、店内はかなりの混雑を見せていた。
「わー、いっぱいですねー」
「あっ。あそこが空いてるみたい」
 空いた席に、彼女らが座ってから純也と祐恭を招く。
 ――と、丁度隣には絵里と羽織が座っていた。
「…………」
「…………」
 ちくり。
 というよりは、ざくざく。
 瞳を思い切り細めた絵里が、目の前の彼女らと彼らとを交互に見る。
 その、視線がとても痛い。
 ……気まずい。
 純也も祐恭もそう思うが口には出さず、しいていうならば、視線をあさっての方向へ飛ばして回避しようとしてはいた。
「さっきは本当にありがとうございましたー。えっと、ユリです。大学生でーす」
「同じく、3年のカオリです。本当に助かりましたー」
 少し胸元を強調して上目遣いに見上げられ、思わず純也と祐恭は彼女らから視線を逸らした。
 それを見ていたユリが、首を傾げてふたりに微笑む。
「おふたりは、どちらからいらっしゃったんですか?」
「あー……県外、ですけど」
「へぇ、そうなんだぁ。今日はふたりでいらっしゃったんですか?」
「いや……連れがいるんだけど……」
 ちらりと隣のテーブルをジト目で見るものの、絵里たちはまったくの無視。
 視線をこちらに飛ばさず、黙々とカキ氷を食べている。
「あー、ウマ。そういや、ここの海の家。焼きそばが有名らしいわよ」
「そうなの?」
「……あ。焼きそばといえば、孝之さんって今もマヨネーズかけて食べるワケ?」
「え? うん。結構おいしいよ? あれ」
「そりゃあね。私だって、知ってからそうやって食べるもん」
 何やらよくわからないが、盛り上がってはいるらしい。
 しかしながら、ハタ目にはわからないだろうが、絵里からは激しく怒りのオーラが滲み出ている。
 彼女を盗み見ていた純也には、痛いほどそれが伝わってきていた。
「……え」
 ため息をついた純也の手を、とうとつにユリが握りしめた。
 その瞬間、ガキンッと不釣合いな音が隣のカキ氷から聞こえ、純也はたまらず顔をこわばらせると同時に、小さな『ひっ』という悲鳴も聞こえた。
「お名前、聞いてもいいですか?」
「……瀬尋です」
「田代……ですけど」
「お仕事、何されてるんですかー?」
「……公務員を」
「えーもしかしてもしかして、先生とかですか?」
「まあ」
「やだ、すごーい!」
 きゃっきゃとはしゃぐ彼女らを見て顔を合わせた祐恭と純也は、思わずため息をついた。

『なんか、ノリ軽いな』

 ははは、と乾いた笑いが漏れ、大きめのため息に変わる。
 隣からは、射るような視線が相変わらずきているワケで。
 ………めんどくせぇな。
 この状況はなんだろう、とふたり揃って同じことを思う。
 恩を仇で返す。
 そういわないか? と思っているふたりの気持ちは、彼女らに伝わりそうにはない。
「実は、私たち今度教育実習生やるんですよー!」
「そうそう、来月からいよいよ中学校に行くんですー」
「瀬尋先生に田代先生かぁ。おふたりともカッコいいし、人気あるでしょうねー」
「あー、わかる! 同僚の先生だけじゃなくて、教え子とかにも!」
 きゃあきゃあとはしゃぐふたりは、物凄く楽しそうで。
 だが、そんな姿を見ている彼らのテンションはぐぐっと急降下の一途。
 目の前のふたりも、まさかその教え子が彼女だとは思ってもいないだろう。
 ……すぐ隣で、ものすごく怖い顔をしてるのは、どうやら目に入っていないらしい。
「あのぉ……おふたりはどこに泊まってるんですか? 私たち、少し上にある“鳳嶋旅館”なんですけど」
「あ、おな――」
 つい、純也の口からぽろりと言葉がこぼれた。
 反射的に口を押さえるものの、ときすでに遅し。

ガタタンッ

「行くわよ」
「っ……ま……!」
「………………」
「うっ」
 思い切り音を立てて椅子から立ち上がった絵里が、純也を見下ろしてフンと鼻で笑った。
 その顔たるや、まるで何かの女王のようで。
 ざっざっと砂を蹴散らしてシートへ戻る後姿を見ながら、純也は思わず頭を抱え込んだ。
「……うわぁ……」
「田代先生? 大丈夫ですか?」
「はー……」
 そんな姿を見て不思議そうな顔をした彼女らに手を振り、こめかみを押さえながら身体を起こす。
 うなだれるしかない。
 だが、その理由を言ったところで、もうどうにかなるワケでもなく。
「あの、よかったら夜飲み直しませんか? ……もっとおふたりのこと知りたいし……」
「……いや、だから――」
「今日だけですもん、いいじゃないですか」
「は?」
 純也の様子を見ていた彼女らが、顔を見合わせてからふたりへ向き直った。
 その顔は、まるで何かを企んでいるかのようで。
 思わず、祐恭と純也も顔を見合わせる。
「1日だけ。私たち、明日にはもう帰るんです。わざわざ旅行に来てるので……それに、地元には一応彼氏もいるし。だから、今日だけの関係だったらイイかな、って」
「……は?」
「旅の思い出っていうのかなぁ? ねーっ」
 何を言い出しているのか、掴めない。
 だが、眉を寄せてふたりを見るものの、くすくすと笑うだけでなかなか話そうとしなかった。
 旅の思い出。
 それの意味するものは……ひとつ、か?
「…………」
「…………」
 嫌な予感がする。
 もしかして……などと顔を見合わせながら、祐恭が口を開いたとき。
 彼女らから、とんでもない言葉が出てきた。
「スワッピングって、ご存知ですか?」
「っ……!」
 その言葉に、思わず息を呑んでから目を見張る。
 何を言い出すんだ、この子たちは。
 ふたりの表情は間違いなくそう言っていた。
「お連れの方がいらっしゃる、って言ってましたよね? だから、その子たちはその子たちで、私たちがナンパした人と遊んでもらってー……おふたりは、私と遊んでもらおうかな、みたいな」
 くすくすくす。
 まったく悪びれてもおらず、いたって平然と笑いながらとんでもないセリフを吐いたのを見て、ふたりは顔を見合わせてから首を横に振った。
 とんでもない子に捕まった。
 顔を見合わせたまま、眉を寄せてため息以上の嫌悪感を表していた。


ひとつ戻る   目次へ   次へ