「足、見せて」
「えっ。……ど、してですか?」
「いいから。素直に見せる」
「別に何も――わぁっ!?」
「……ッ……これ!」
「……平気……」
「平気じゃないだろ! どうしてもっと早く言わなかったんだよ!」
「っ……だって」
 下駄を足から取ってやると、鼻緒の当たっている部分にくっきりと赤い跡が見えた。
 擦れてこうなったのだろうが、あまりにも痛々しくて、思わずため息が漏れる。
「……ごめんなさい……」
 こちらの表情が見えたせいか、彼女が視線を落として俯いた。
 別に怒るつもりはなかったし、そんな顔をさせるつもりもなかった。
 だからこそ、そんな姿を見てから腰に手を回し、覗き込むようにして視線を合わせる。
「怒ったりしないんだから、すぐに言ってくれればよかったのに」
「……でも、まだ平気だと思ってたんです」
 眉を寄せて、ごめんなさい、と小さく続けた彼女。
 ……相変わらず、すぐに謝る子だ
 まったく、彼女は悪くないのに。
「羽織ちゃんのせいなんかじゃないんだから、謝ったりしない。……で、足は大丈夫?」
「はい、こうして脱いでれば全然。……あ、でもずらして履けば――」
「それじゃ意味ないだろ? ……そうだな……。あ」
 ふと、いい場所が思い浮かんだ。
 この神社には少し広めの池があるのだが、そこのすぐそばに東屋があったはず。
 今日は月も出ているし、シチュエーション的にも結構いいかもしれない。
 などと考えてから、彼女に視線を移す。
 ……どうせ歩くって言い出すであろうことは、目に見えてるワケで。
「っわ!!?」
 ……アレしかないな。
 そう思ってからぐいっと彼女を抱き上げ、そのまま東屋まで運ぶことに決定。
 別にここから離れてるワケでもないんだから、問題はない。
「やっ、歩けるから……! だから、降ろしてください!」
「そう言うと思った。ダメ。降ろしてあげない」
「恥ずかしいですよ! もぉ、先生ってば!」
「すぐ着くから、じっとしてて」
 有無を言わさず歩いていくと、そのうち黙って大人しくなった。
 よし。
 ……これも、読み通り。
 さすがになるべく人通りがない横道を通ってきたので若干の遠回りにはなったはずなのだが、それでもすぐに着いた。
 幼いころは、それこそ“主”がいると友人らの間では噂になった、深い緑色の水をたたえる池。
 広い水面に月が映されて、なんとも幻想的な光景が広がっている。
「まだあったな」
 小さく呟いてから東屋に入ると、幸いなことにほかに人はいなかった。
 まぁ、祭りのときにくるような場所じゃないしな。
 ましてや、夜じゃなおさら。
 明かりも小さな水銀灯しかなく、正直いってこの時間にきて気味のいい場所じゃない。
 ぐるりと囲われている木の壁へ沿うように設置されているベンチに彼女を降ろすと、やはり気になったらしく、池のほうに視線を向けた。
「……すごい……」
「だね」
 月の光が、これほどまでにきれいだったのかと思わされた。
 ずいぶんと明るくあたりを照らし出し、きらきらと池がその光を反射している光景。
 月というと、どうも淡いイメージを抱きがちだが、実際はそんなことはまったくない。
 太陽とは確かに比べ物にならないものの、静かな強い光を持っているためか、結構俺は好きだったりする。
 ……真夜中に家を抜け出すことが多かったからかもな。
 などと思うと、自然に苦笑が漏れた。
「…………」
「…………」
 両足をベンチに乗せて池を向いている彼女に、自然と目が行く。
 白い光を受けて浮かぶ姿はいつもよりもずっときれいで、透き通ったイメージを見せていた。
 普段のかわいい雰囲気とは、またずいぶん随分違う
「……え?」
「ん?」
 思わずそんな姿に見とれていると、ふいに視線が合った。
 いつもと同じ彼女のはず。
 だが、髪型と服装がいつもと異なることと、月の光のせいか、やけにどきりとさせられた。
「なんですか?」
「……いや……」
 少し困ったように微笑む彼女に、ただ一言。
 それだけ答えるのが精一杯だった。
 このまま彼女を見ていたら……ちょっと、いや、かなり多分ヤバい。
 などと考えて不意に視線を逸らす――……が、いきなり左腕へ温もりがあった。
「……なんか……」
 見ると、彼女がぎゅっと腕を絡ませていた。
 身体ごとこちらに預ける形になりながら、そっと顔を見上げてくる。
「先生、呉服屋の若旦那さんみたい」
「……なんだそれは」
「だって、似合うんですもん」
 彼女の言葉に笑ってみせると、苦笑を浮べて彼女が続いた。
 ……若旦那、ね。
「浴衣なんて久しぶりに着たからな。……なんか、変な感じなんだけど」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。祭以外じゃ着ないし」
「せっかく似合うんですもん、もっと着てほしいです」
「じゃあ、羽織ちゃんも着てくれる?」
「え?」
 頬に手を当てて呟くと、目を丸くして俺を見た。
「似合ってるよ。……すごく」
「……先生……」
 そっと唇を親指でなぞってやると、艶っぽくうっすら開いた。
 そんなひとつひとつのわずかな仕草が、より一層自分を追いやるんだが……どうしたって、止められないワケで。
「どうして、浴衣その色にしたの?」
「え? ……あ…。先生、この赤……好きじゃないかなって思って」
「俺?」
「うん。車に似た赤でしょ?」
「それで……それにしてくれたの?」
「うんっ」
 少し照れたように微笑む彼女が、あまりにもかわいかった。
 そんな無邪気な顔されたら……たまらん。
「っ……」
「……え……」
 思わず手を伸ばしそうになった、そのとき。
 カサカサという小さな音が、うしろのほうから聞こえてきた。
「…………」
「…………」
 別にそうしなくてもいいのに、つい顔を見合わせたまま口を結ぶ。
 草をかきわけるというか、踏みしめているかのような、音。
 と同時に聞こえる、小さな話し声。
 別に耳をそばだてるつもりはないのだが、自然に動きが止まる。
   ……ほかにも誰かいる……のか?
 こんな場所に?
 それこそ――……光源は、月明かりだけのこの場所で?
「……んっ……やぁっん」
「……大丈夫だって。誰もいないし」
「でもっ…」
「……な。いいだろ?」
 …………これは。
 ここにいる! と主張してやるのを阻まれるような、恋人同士の呟き。
 あたかも、コトに及んでいるかのような物音に、思わず喉が動く。
 こちらにくる様子はないが、どうやら林の中には同じような考えを持っている連中がほかにもいるらしく、時おり違う声が聞こえてきた。
「…………」
 たまらず彼女を見ると、頬を染めて俯いている。
 ……やっぱり。
 当然のことだが、あの声は聞こえていたらしい。
 ……気まずい。
 しかも、こう……密着したままだと余計に。
「っ……せ、先生…」
「え?」
 見ると、困ったように彼女が顔を上げていた。
 その頬はやはり赤く染まっていて……。
「……あ」
 無意識に首筋へと手を伸ばしていたらしく、彼女の首もとに自分の手があった。
 マズい。
 記憶にないぞ……。
 いつ伸ばしたのかすら、さっぱり。
 それほど彼女に触れることが自然だからなのかはわからないが、こうなると……結構キツイもので。
「っ……」
「………」
 1度触れてしまうとなかなか抑えが利かないからか、彼女を見つめたままゆっくりと手を頬へ移動させていた。
 顎を上げるようにして撫でてから、何か言おうとした彼女の唇を塞ぐ。
 だが、やはり屋外ということがあってか、すぐに彼女が胸を押して離れた。
「……はぁっ……。ダメですよ……!」
「……どうして?」
「どうしてって……! だって……外だし……」
「バレないって」
「もぅっ! ほかの男の人みたいなこと言わないでください!」
 ぐいっと押しのけるようにした彼女をしっかり抱きしめると、困ったようにこちらを見上げてきた。
 だが、そんな姿もやっぱりそそられるわけで。
 小さく動いた白い喉が目に入ると、思わず笑みが浮かんだ。
「……何を期待してる?」
「なっ……何も……」
「ふぅん。それにしてはずいぶん……どきどきしてるでしょ」
「っ……」
 するり、と胸元の浴衣のあわせから手を差し入れた途端。
「ッ……な!」
 彼女よりも、こちらのほうがよっぽど驚いた。
「え、下着……は?」
「…………つけてないです」
「え。なんで?」
 いきなり胸をダイレクトに触ってしまい目を丸くすると、視線を外して俯いてから口を開いた。
「……浴衣、だから。つけてないんです」
「……そういうモノなの?」
「一応……そういうものなんですよ?」
 ……へぇ。そうなのか。
 初めて知った。
 ――……が。
「っ!?」
「……ふぅん。それは好都合」
「なっ……! だ、だからっ! だ、めっ――……んっ!!」
 抗議しそうな唇をもう1度塞ぎ、今度はしっかりと味わってやる。
 ぐいっと両手で肩を押されるが、ただでさえ自分より弱いのに、力が入りきらない彼女とあっては敵うはずもなく。
 しっかりと腕を回して彼女を抱きしめ、しばらく角度を変えてから続けてやる。
 ……もちろん、彼女が確実に落ちるまで。


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