翌朝。
 目が覚めると、隣にはすやすやと眠る彼女の姿があった。
 ……朝だな。
 ゆっくりと起き上がって伸びをすると、昨夜の不快感はまったくなくなっているのに気付く。
 まだまだ若いってことか。
 思わず笑いながらキッチンに向かい、冷蔵庫から水を1杯。
 昨夜何も飲まずに寝てしまったからか、異様に喉が渇いていた。
 結局、もう1杯呷って飲み干し、まだ冷めない頭を起こすべく浴室に向かう。
 ……風呂、入ってないしな。
 手早く服を脱いでからシャワーをひねると、程なくして温かい湯が出始めた。
 頭からかぶると、それだけでもさっぱりとして気持ちいい。
 ざっと髪の毛を洗ってから身体を洗うべく、ボディソープを手に取る。
「…………ん?」
 気のせいか、なんとなく腕が細くなった気がした。
 それだけじゃない。
 背中というか、身体全体がこれまでよりずっと細く……というか、やけに薄いような気がした。
 違和感。これぞ、まさにソレ。
 ……あれ……?
 俺、こんなに痩せてなかったよな。
 それこそ、まるで数日臥せっていたあとの風呂のような、違和感。
 昨日までの自分とは、まるで違うような気がする。
 それだけじゃない。
 いつもは、眼鏡をしないと物がぼやけてほとんど見えないのに、今朝だけは違っていた。
 まるでコンタクトでもしているかのように、結構はっきりと遠くまで見ることができているのだ。
 だからこそ、かえって眼鏡をかけると焦点が合わず、軽く頭痛がしたほど。
 なので、結局ベッドから出たときも眼鏡はしなかった。
 ……何か変だな。
 身体を洗い終えてから洗面所に出て、タオルで水滴を取って髪を拭く。
 いつもと同じはずなのに、なぜか違和感が拭い去れない。
 …………何が違う?
 眉を寄せたまま、自分の身体なのにまるで自分じゃないヤツみたいな不自由さを感じながら、ふと鏡に映った姿に目をやる。
 そこには、確かに自分が映っていた。
 ――……だが。
「……な……っ!」
 思わず、鏡に両手をつく。
 確かに自分であることは間違いない。
 だが、それはまるで高校時代の自分の姿のように見えた。
 それこそ――……そう。
 先日、実家で見たアルバムに映っていたような、幼さの残る顔立ちに。
「は……ぁ!?」
 状況が飲み込めない。
 なぜ? なぜここに、こんな姿の自分がいる?
 というよりも、どうして自分の姿が変わっているのか、理解できない。
「……うわ、なんか気持ち悪いな」
 記憶も確かだし、口調も今までと変わらない。
 だが、姿形だけが高校時代の自分に戻ってしまったようだった。
 どくどくと鼓動が早くなる。
 そういえば、声も少し高いような……。
 背こそさすがにほとんど変わらないのだが、先ほどから感じていた妙な違和感。
 それは、これに間違いなかった。
「ッ……!」
 タオルだけの姿でリビングに向かい、慌ててスマフォを取る。
 相手はもちろん、祖父。
 これはもう、あの瓶の中身の仕業だとしか思えない。
「もしもし! じーちゃん、何した!?」
 しばらく呼び出し音が鳴ったあとで、能天気な彼の声が聞こえた。
 思わずデカい声でまくし立てると、向こうからはくっくと喉で笑うのが聞こえる。
『……唐突だな、祐恭』
 唐突、と言いながらも半ばこうなるであろうことをわかっていたかのような口ぶりに、思わず今の現状を説明すべく、嫌味もひっくるめてまくし立てていた。
『効き目が出たようだな。効果は1週間。これまでの約7倍だな』
「7倍!?」
『そう。お前も知っているだろう? 我が社の“MASHI-LOW”』
「っ……あのけったいなヤツか。まぁ、知ってるけど」
『それの効力を長くしてほしいという要望が、これまでにもかなりあってな。それで、今回1週間という長さのものを試作してみたんだ』
「な……! 試作してみた、じゃないだろ! どうしてくれるんだよ、この姿! だいたい、俺を事後承諾の治験に巻き込むなっていつも――」
『仕方ないだろう? お前が1番の適任者なんだから』
 頭にきて話しているのに、相変わらず祖父はのんびりとした口調。
 それが余計に腹立たしい。
「それ――」
『いいじゃないか。羽織ちゃんと同い年だぞ? これで大手を振ってデートできるじゃないか』
「……な……!!」
 ひょっとして、そのために飲ませたのか? こんな薬を……!
 彼の考えが今のひとことに凝縮されており、苛立たしさから噛みしめた奥歯がギリと鳴った。
「なんだよそれ!! じゃあ、そのためだけに俺を!?」
『付き合っている彼女が18歳。そんなお前以外に適任なものはおらんだろう』
「そういう問題じゃない!!」
『まあまあ、1週間で効き目は消えるんだ。な? ……おっと、それじゃあそろそろ切るぞ。何かあったらまた電話しなさい』
「あ、ちょっ……!? 待った! じーちゃん! おいっ、じーちゃん!?」
 まるで、ドラマのように両手でスマフォを握りしめ、必死で叫ぶ。
 ……もののそれも虚しく、ブツっという音のあと、お馴染みの電子音だけが耳に響いた。
 ……なんだよそれ…。
 じゃあなんだ。
 俺は今、18歳の自分に戻ったってことか!?
「…………はー……」
 ありえない。
 ありえないぞ、こんなモノ。
「無茶苦茶だ……!」
 思わず大きくため息をついてから、洗面所に戻って仕方なく服を着る。
 少し大きいTシャツ。
 少し丈の長いジーパン。
 全体的に若干デカくて、なんとなくワンサイズ上の服を着ているような感じになる。
 ……俺の服なのに。
 思わず眉を寄せながら鏡を見ると、確かに高校時代の自分だと言われればそうかもしれないな、と思えるような姿だった。
 今よりも目に鋭さがなく、どこか優しそうな……というよりは、幼さがまず目につくな。
 …………涼。
 そう。それこそ、弟の涼と似ているといえば似ている顔立ちだ。
「……………」
 リビングへ戻ってテレビをつけると、ニュースの日付は確かに今日の日付だった。
 6年前のモノではない。
 ……はぁ。
 たまらず、大きく重たい息を吐く。
 これから1週間、俺はこんな姿でいなきゃいけないのか。
 ――……と、そこである考えが浮かび、急速に焦り始めた。

 彼女に、なんて説明すればいいんだ。

 未だ、事情をまったく知らない彼女はベッドの中。
 だが、さすがにそろそろ起きる時間だ。
 そんなとき、朝起きたら彼氏の代わりに部屋にいるのがこんな高校生じゃ……。
「っ……参ったな」
 先日、実家へ帰ったときにアルバムで高校時代の自分を見ているとはいえ、そんな有り得ない話を信じろと言うほうが無理な話。
 こんなの、作り話でしかありえないことだ。
 それを、彼女に理解してくれと望んだところで、そう簡単に通るとは思えない。
 ――……が。
「っ……」
「……ふぁ」
 頭を抱えていると、小さな物音とともに眠そうな彼女が寝室から歩いてきた。
 あくびをする口元に手をあて、眠たげな眼差しで――……目が、合う。
 途端、ぴたりと彼女の裸足が動きを止めた。
「……え……っと……」
 ぎゅ、と胸の前で合わされた両手は、いわゆる“防御”の体制。
 そりゃそうだろう。なんせ、目の前には全然知らないに等しい男がひとりでいるんだから。
 みるみるうちに表情が険しくなり、不安そうにあたりを見回し始める。
 ……どう言えばいいんだ。
 そもそも、なんて説明すれば……?
「……あのさ」
 言葉がつかえて、うまく出てこない。
 それでも、黙ったままでいるわけになど当然いかなくて。
 小さくため息をついてから立ち上がり、ゆっくりと彼女に向き直る。
 この服に見覚えはあるよな?
 眼鏡はしてないけど、俺は俺なんだぞ。
 それこそ――……君がこの間写真の中で見た、俺なんだから。
「いいか? 今から言うこと、信じるんだ。……わかる?」
「……あ、の……」
「俺は、俺なんだよ。な? 祐恭。瀬尋祐恭だぞ?」
 ……変な話だ。
 自分で自分を紹介するなんて。
 まっすぐに彼女を見つめたまま、ゆっくりと胸元に手のひらを当てる。
 だが、彼女の眼差しはやはり知らない男に向けられているようなモノで、なんとなく切なかった。
「……先生……?」
「そう! ……俺、なんだよ。なんでこんな姿になったかっていうと……まぁ、短いっちゃ短いんだけど」
 予想に反してゆっくりうなずいた彼女に、プラスの感情が一気に沸立った。
 身体に力が入り、思わず両手を握り締める。
「……あー、のさ。……んー、なんて言ったらいいんだろうな」
 軽く頭をかいてから彼女をソファに座らせ、ひとつひとつ説明すべく指を立てる。
 これは、いつものクセみたいなもの。
 それでも、これが功を奏したのか、彼女の眼差しがいつもの俺に向けられるように少しだけ柔らかくなった。
「じーちゃんの会社でも、ごく一部の人間しか知らないことなんだけど……あ。テロメアって知ってる?」
「……あ、それはなんとなく……聞いたことがあるような」
 最近、さまざまな分野からの研究によって解明されつつある、DNAの末端組織。
 これによって、人が老化していくというメカニズムが徐々に解明されてきた。
「昨日俺が飲んだ薬、覚えてるな?」
「えっと……うん。おじいさ……じゃなくて、浩介さんのところで飲んだものですよね?」
「そう。あれは、そのテロメアに直接作用する物質を多く含んでるんだよ」
 彼女が祖父のことを一般名詞で呼びかかって、危うく訂正した。
 この前会ったときに、名前で呼ぶようにと言われたからだ。
「昔からあの薬は作られてたんだけど、一般ではなく闇ルートで……それも主にアメリカへ向けて輸出されてたんだ。……どこで使うかわかる?」
「……わからないです」
「ハリウッドだよ」
「ハリウッド?」
「そう。テロメアに直接作用して一時的にその長さを変えられる薬……ってことは、つまり若返りの薬なんだよ」
「っ……若返り!?」
 これには、さすがに驚いたらしい。
 そりゃそうだ。
 そんなおとぎ話みたいなものが……あるんだけどな。
「特殊メイクだけでは、さすがに年齢をカバーすることはできない。だから、薬の効果で本当に若返った人間が、映画に出演……っていうのが、その薬が開発された年から“当たり前”になり始めてるんだよ」
 驚いたままの彼女に、指折りながら数人の女優および俳優の名前と、実際に薬が使用された映画名を口にする。
 すると、眉を寄せて小さく首を振った。
「そんな……っ、私……あの映画好きなのに」
「いいじゃない、別に。嘘ついてるわけじゃないんだから」
「それはそう……かもしれないですけど」
 苦笑を浮かべながら頭を撫でてやりつつ、さらに続ける。
 まぁ、そっちの業界ではある意味有名な薬ということだ。
「その薬の名前、『MASHI-LOW』って言うんだけど……なんのことか、わかる?」
「……ましろー……ですか?」
 さすがにスペルを言わなかったので、淡々として日本語。
 それでも、首を捻った彼女苦笑が漏れた。
「元ネタは、浦島太郎らしいよ。それと、『低い』のLowをかけてるらしい。……ま、そのあたりは開発担当者のかなりナナメな思考によるモノだから、俺も首は捻るけど」
「あー、なるほど!」
「そこを感心しない」
 苦笑しながら呟くと、彼女も小さく笑った。
 だが、彼女が笑ってくれたおかげで、正直ほっとする。
 ……よかった。
 多少は、“俺”だと認識してもらえたらしい、と期待もできた。
「で、昨日飲まされたのは、通常1日で効き目が切れるものの7倍。つまり、1週間この姿でいられるようになる、っていう名目で開発されたばかりの試験薬だな」
「え! ……じゃあ、先生……1週間このままなんですか?」
「そういうことらしいよ」
 ソファへもたれると、まじまじ俺を見つめていた彼女が――……距離を詰めながら、ゆっくり頬をつまんだ。
しかも、両手で。
「……こら」
「ホントに? 夢とかじゃないんですか?」
「そういうのは自分の頬でやるんだろ!」
「わぁっ!?」
 彼女の手を払ってから両手で頬をむにむにと弄りたおしてやると、困ったように首を振った。
 相変わらず、柔らかい頬だな。
 何を食ったら、そう全体的に柔らかくなるんだ。
「ったく」
「じゃあ、今っていくつになるんですか?」
「……18」
「え?」
「18だよ、18。 羽織ちゃんと同い年ってことらしい」
 ぷいっとそっぽを向きながら眉を寄せると、背中のほうから小さな笑い声が聞こえてきた。
 笑うことないだろ、失礼な。
 これでも、当の本人が1番戸惑ってるんだから。
「何」
「え? ううんっ。……なんだか……嬉しくて」
「嬉しい?」
「だって、写真でしか見れなかった18歳の先生が……こうして目の前にいるんですもん」
「……っ……」
「すごい、夢みたい。……嬉しい」
 その顔は本当に嬉しそうで、にまにまと笑っていた理由が『嬉しい』だとわかると、それ以上拗ねるような真似はできなかった。
 ……じーちゃんは、こうなることをわかってたのか?
 会社を出るときに言われた言葉を、今になってようやく理解した。
「あっ、ねぇ! それじゃあ、制服着てください」
「なっ!? …………絶対嫌だ」
「どうして? だって、18歳なんでしょ? いいじゃないですかっ、着てくれても!」
「だから、嫌だって! 俺はもう24なんだぞ? この年で制服なんか着れるわけないだろ!」
「だって! 今は18でしょ? 同い年なんですよ?」
「う。……いや、だからそれは――」
「…………見たいんですもん。先生の制服姿」
 …………はぁ。
 そんな顔されたら、嫌って言えなくなるだろ。
 思わず頬杖をついて彼女を見ると、少し頬を染めて俯いてしまった。
「……わかったよ」
「え?」
「着ればいいんだろ、着れば」
 立ち上がって寝室に向かうと、案の定先日持って返って来た制服を彼女がハンガーに掛けてくれていたらしく、きちんとした姿であった。
 仕方なくそれを手にし、それこそ6年ぶりに袖を通す。
 ……うわ。ぴったりだな。
 あまりにもサイズがちょうどよすぎて、思わず苦笑が漏れた。
 本当に18歳になったのか。
 頭では理解しようとしていても、こうしていざ実感してしまうと、妙な感じだ。
「…………」
 頭の中は、れっきとした24歳で、高校教師で、当然自分の高校時代の思い出がしっかりとあるから、気恥ずかしいワケで。
 シャツのボタンを留めながらリビングに向かうと、途端に彼女と視線が合った。
 まじまじと見つめられ、居心地が悪くなる。
「……何」
「本物だぁ……」
「え?」
「ほらっ、この前写真で見たじゃないですか。あのときの先生と同じ!」
「……当たり前だろ? 俺は俺なんだから」
「だけど、なんか……変な感じ」
 目の前まで歩いてきた彼女が、ぺたぺたと人の腕やら頬やらをやたら触り始めた。
 ……人形じゃないんだぞ、俺は。
「っわ!?」
 内心むくれてみせながら、彼女をぎゅっと抱きしめ、思いきり間近で見つめる。
 すると、困ったように視線を外した。
「なんで目を逸らす?」
「っ……だって! なんか……先生じゃなくって、普通の男の子みたいで……。恥ずかしいです」
 確かに、“今”の俺と違って眼鏡もしてないし、目つきも若干違う。
 当の本人がわかっているんだから、彼女も当然わかるだろう。
 ……ふぅん。
「……どれ。どう違う?」
「んっ!」
 ぐいっと頬に手を当てて無理やり視線を合わせてやると、頬を染めて困ったような顔を見せた。
 そんな姿をニヤニヤしながら見ていると、おずおず口を開く。
「……面影は、あるんですけど……やっぱり、知らない男の子に抱きしめられてるみたいで、落ち着かない」
「知らなくないだろ? アルバムで写真も見たんだし」
「だけどっ! ……なんか、感触も違って……」
「……ふぅん。じゃあ試してみようか」
「え?」
「全部違うのかどうか」
「っ……な――……ん!」
 いたずらっぽく笑ってから、唇を塞ぐ。
 いつもと変わらない、彼女との口づけ。
 これといって、違和感はない。
「……ん……」
 ゆっくり唇を離してやると、小さく息をついてこちらを見上げた。
 その顔はいつもどおりの彼女。
 ……かなり、頬は赤いけど。
 まぁ、それもいつもと同じか。
「一緒でしょ?」
「…………ん」
 本当にわずかではあるが、彼女がうなずいた。
 その姿を見て、つい口角が上がる。
「なんなら、もっとしてあげてもいいけど?」
「やっ……! も、もぅ! まだ朝ですよ!」
 すっ、と首筋に指を滑らせると、慌てたように襟元をあわせた。
 相変わらず、反応がかわいらしくて、笑える。
「……もー……先生の意地悪」
「あ」
「え?」
「先生、はナシね」
「っ……!」
 抱きしめたままにっこり笑うと、目を丸くした彼女が弾かれたように俺を見上げた。
 そして、みるみるうちに困った顔つきになる。
「どっ……どうしてですか?」
「だって、同い年なのに『先生』はおかしいだろ? 堂々と街中に出て手を繋いで歩くんだから、ちゃんと名前を呼ぶように」
「……でも」
「でも、じゃないの。祐恭って呼べばいいだろ?」
「っ……よ、呼べないもん」
「なんで?」
「だって……! そ、そんな、急に言われても……っ」
「……じゃあ、君付けでいいよ」
「く……君もなんか違うじゃないですか。……んー……あ! じゃあ、祐恭さんって……呼んでもいいですか?」
 いいこと思いついた! みたいに言った彼女を見ながら、あからさまに不満を表す。
 すると、ぴんと伸ばされていた人さし指が、ふにゃふにゃと力なく曲がった。
「……ダメですか?」
「さん、って……同い年なのに?」
「でもっ、今だけでしょ?」
「……そうだけど」
 …………まぁいいか。
 彼女にしてみれば大躍進とでもしておこう。
 これ以上待ってみても、到底『祐恭』などと呼んでくれそうにはないし。
「わかった。じゃあいいよ、それでも」
「うんっ。じゃあ、しばらくはそう呼ばせてもらいますね」
 そっと彼女を離すと、表情をぱっと明るくさせてから嬉しそうにキッチンへ向かった。
 …………。
 なぜだろう。
 彼女の機嫌が、やたらよく見える
「……なんか、機嫌いいね」
「え? だって、同い年のせんせ……じゃなくて、祐恭さんを見られるなんて、思わなかったんですもん」
「そんなにいいものかな」
「いいものですよっ! だって、ありえない話じゃないですか。同い年になれるなんて……えへへ。夢が叶っちゃった」
「何?」
「っ……なんでもないです!」
 最後の言葉は、しっかり聞き逃さずに耳へ入れたのだが、一応聞き返してみたら案の定頬を染めてふるふると首を横に振った。
 相変わらず、かわいい子だな。ホントに。
 頬に手を当てながら冷蔵庫を開けた彼女が、ペットボトルを取り出して紅茶をグラスに注ぐ。
 にこにこ、と。
 それはそれは本当に楽しそうな表情で、ついこちらも頬が緩む。
「……あ。朝ごはん、何がいいですか?」
「んー……。トーストでいいよ」
「はぁい」
 ソファに座って彼女を眺めると、ついいつものクセか両手を頭のうしろで組んでいた。
 いつもと同じやり取りなのだが、なんとなく違うような気もする。
 ……1週間か。
 結構、長いな。
 それでも、彼女が喜んでくれていることと、大っぴらに高校生同士のカップルとして外を出歩けることは、嬉しくもあった。
 ……それに。
「…………」
 パンをトースターにセットする姿を見ながら、小さく微笑む。
 1週間、いろいろと楽しめそうだな。
 若いってことは、いろいろできるってことだし。
 などといろんなことに思いを馳せながら、大人しく彼女を待つ。
「……ふ」
 あれこれと、よからぬ想像をしてしまい一瞬口元が緩むと、何かを察しでもしたのか、彼女が一瞬身震いしたように見えた。
 ……気のせいだろう。
 が、やはりそう簡単にほくそ笑むことは収まりそうになかった。


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