「……は、ぁ……」
 より深い口づけへと変わったかと思うと、ゆっくりとノースリーブをたくしあげるように手が入ってきた。
 簡単にホックを外され、やわやわと揉みしだかれる。
「っ……ん」
 そのたびに優しいキスをされ、身体から力が抜けた。
 ……でもこれ、おまじないじゃないっ……。
 とは思うものの、抵抗できるはずもなく。
 ソファへもたれるようにすると、彼が身体の上にきた。
「っあ! ……あ……んっ」
 離れた唇が首筋を降り、そっと胸の頂をくわえる。
 優しく舌で転がされ、舐めあげられると、妙な快感が身体を支配していった。
 さっき……映画館でされたから……?
 ふとそんなことを思い出してしまい、さらに身体が敏感に反応する。
 ……もう……すごく気持ちよかった。
「ん……ぁっ!」
「……すごいな。敏感」
「だって……ぇ」
 ショーツを簡単に取られ、指先が下腹部を辿る。
 自分で自覚している以上に満ちているからか、指がいやらしく動くのがわかった。
 弄ぶように何度も往復され、恥ずかしさと快感とに翻弄される。
 ……もぅ……離されたくない。
 無意識に彼の首へ両腕を絡めると、彼がさらに深く探り始めた。
「んっ!」
 たまらず足を閉じかけたところを腕で阻まれ、そのまま開かされる。
「やっぁ……! 恥ずかしい……」
「俺だけしか見てないだろ? ……もっと見せて」
「……んっ……ふぁっ!」
 指をゆるゆると沈められ、唇でそこを挟まれる。
 そのたびにびくびくと身体が揺れ、快感がいっぱいに膨れ上がる。
 果ててしまいそうなのに、それが許されない状況。
 もう少し……本当にあとわずかなのに。
 ……こういうふうに焦らされたのは、前にもあった。
 あのときは、絵里とふたりでAVをこっそり見てたんだよね。
 でも、今回は何もしてないのに……うぅ。
 思わず眉を寄せ、首へ絡めたままの腕に力を込める。
「……いじわる」
「意地悪? 俺が?」
「うん……」
 顔を離した彼が、鼻先をつけてきた。
 ふわっと広がる、自身の匂い。
 ……なんか、やらしい。
「ふぅん。なんで?」
「だって……なんで、ちゃんと……」
「焦らされて、怒った?」
「お、怒ってなんか……!」
「じゃあ、いいじゃない」
「っ……よくないですよぅ」
 くすくす笑いながらキスをした彼が、指を抜いてから舐めた。
 わざと見えるように。
 いつも彼がすることだけど、暗闇の中、時おり部屋に入ってくる光のせいで、なんだかいつもよりも艶かしかった。
 ちゅ、と音を立てて指を離すと、触れるか触れないかの位置に、指を這わせた。
「っ……」
 なんとなく、感じるの。そこに、指を。
 だからこそ、思わず瞳を閉じる。
 ……うぅ。いじわる。
 眉を寄せたまま息を吐くと、不意に彼が囁いた。
「どうしてほしい?」
 ……また、だ。
 最近、彼はこうして意地悪めいた口ぶりで訊ねてくることがある。
 ……もぅ。何を期待してるんだろう。
「……祐恭さん……その言い回し好き?」
「ん?」
「だって……なんか、最近よく聞く気がするんだもん」
「そうだね。……まぁ嫌いじゃないかも」
「……どうして?」
「どうしてって……そりゃあ、イイじゃない?」
「……うぅ」
 いったい、何がいいんだろう。
 小さくため息をつくと、いきなり秘所を撫でられた。
「ひゃうっ……!」
「ほら。どうしてほしいの?」
 にっこりと笑うのが見えた。
 ……それって、喜んでいいの? それとも、やっぱり悲しむべき?
 などと考えていたら、彼が指先を沈める。
「んっ……」
「……このままでもいいの?」
「よ……くないです」
「じゃあ、どうしてほしい?」
「………もぅ……意地悪」
 だけど、恥ずかしい思いと、その代価で得られる快感とを天秤にかけたら、つい唇が動いた。
 真っ暗だから、こんなセリフがすんなり出たのかもしれない。
「…………イカせて」
「……へぇ。どこで覚えたの? そんな言葉」
「曲のタイトルっ」
「……あぁ、そういえばあったね」
 くす、と笑った彼が頬に口づけた。
 彼も聞くことの多い、アーティストが歌っている曲。
 内容もタイトルも、とっても刺激的でダイレクトなんだよね。
「……じゃ、お望みどおりに」
「っふぁ……!」
 小さく笑ったかと思うと、彼がもう1度そこを口に含んだ。
 ――……だけど。
「んっ!? や……ぁッ! そんなっ……されたら」
 先ほどまでとは全然違う、強い刺激。
 舌先でねぶるようにされ、勝手に身体がひくつく。
 知らないっ……こんなの……!
 今まで彼にされたことのない強い弄られ方で、勝手に声が漏れる。
 優しい愛撫だけじゃなくて、すごく熱くて。
 ……知らないっ、こんな……!
「やぁっん!! も、うっ……もうだめぇ……!」
 途端、びくびくと痙攣が起きた。
 足が、そして彼が指を挿し入れていたソコが。
 一気に身体から力が抜け、大きく息をつく。
 何度も、何度も。
 だけど、覆いかぶさるようにして、彼がすぐに這入ってきた。
「っんん!!」
「……っは……ぁ」
 いつもの彼ならこんなに急ぐようにはしない。
 だからこそ、なんだかいつもと違って、苦しささえ覚える。
 でもそれは彼も同じなのかもしれない。
 苦しげに耳元へ息を吐くと、そっと耳たぶを甘噛みした。
「んっ」
「……あんまりいい声出しすぎ」
「ぅあっ……!」
 速まる律動に、思わず抱きつくように腕を回す。
 そのたびに、敏感な部分を力強く刺激され、思わず鳥肌が立った。
 ただでさえ余韻が冷めてないのに、こんな……っ!
「あ、あっ……んやぁっ!」
「っく……ぁ」
「あ、あああっ……いっちゃ……ぅあああっ!!」
「く……ッ……イク……!」
 胎内に熱さを感じ、喘ぐ声がしどけなく漏れる。
 いつもよりずっと速く訪れた、2度目の快感の波。
 ひくつく身体を懸命に抑えようと息をしていると、彼も強く抱きしめてくれる。
 大きく息をついて上半身を起こした彼が、ゆっくりキスをくれた。
 優しい、いつものキス。
「……はぁ」
 小さく息を吐くと、彼が手早く処理をしてくれた。
 ……だるい。
 なんだか、すごく。
 このまま寝てしまいたい気分だけど、まだお風呂にも入ってないし……。
「……あっ」
 ――……ベッドの上に座ったまま伸びをした状態で、彼と目が合った。
 そう。
 ちょうどよく電気が復旧したらしく、いきなり“パッ”と寝室が真っ白に照らされたのだ。
「……イイ眺め」
「っ……きゃあ!?」
 にやり、と笑った彼に慌て、胸を抱くように両腕で抱きしめる。
 だけど、彼は口角を上げて『残念』なんて呟いた。
「怖くなかったでしょ?」
「……それどころじゃなかったもん」
 くすくす笑いながらキッチンへ向かった彼のあとを追い、隣に並んでからお水を1杯。
 いつの間にか雨足も弱くなったようで、しとしとと小さく聞こえるだけ。
 あれほどひどかった雷も、今では遠くで小さな光を見せるのみになっていた。
「……わ」
 時計を見ると、もう1時近かった。
 ……眠いわけだよね。
「……っ」
「ん? 何?」
「ええと……別に」
 なんでもないです。
 もごもご口の中で呟いてから視線を外し、グラスを置く。
 ……気まずい。
 でも、それは別に今回だけじゃなくて、彼と……ああいうことをしたあとに目が合うのは、なんか気恥ずかしいんだよね。
「……なんですか?」
「別に。かわいかったなぁと思って」
「っ……」
 意地悪そうな笑みをにやにやと浮かべられて、思わず頬が赤くなる。
 ……姿が変わっても、これは変わらないんだから。
「わっ!?」
「さ、お風呂お風呂」
「い、一緒に入るなんて言ってないですっ!」
「いいんだよ。キレイにしてあげるから」
「やぁっ!」
 ぐいぐいと両肩を押されてそのまま浴室に向かうと、結局一緒に入ることになってしまった。
 ……うぅ。
 だって、手つきがエッチだからやなんだもん。
 でも……やっぱり、好きな人に変わりはないから、断れないんだけどね。
 意地悪されても、好きなんだもん。
 うー……。
「…………」
 でも、さっきのあの言葉。
『Darling , I do love you』
 ……あれ、すごく嬉しかったなぁ。
 いつかまた言ってもらえるといいな。
 今度は、ちゃんと日本語で。

「……ん」
 気だるさで、目が覚めた。
 ……いい天気。
 窓から差し込む光がまぶしくて、ついつい瞳をもう1度閉じてしまう。
 ……あと5分。
 んー……夏休みだし、あと10分……。
「…………あ」
 ダメだ。
 今日は、彼が冬瀬高校の補習授業に行く日。
 お弁当作らなくちゃいけない。
 それに、朝ごはん……。
 …………。
「…………ッ」
 ……って、そういえば!! 先生、まだ18歳のままじゃ!?
 慌てて跳ね起き、こちらに背を向けて眠る彼の肩を強く揺さぶる。
 もう、もうっ……もー!!
 こんなときにかぎって、どうしてこんなことに!?
 なかばパニックになりながら、声をかける。
「先生、起きてっ! ねぇっ、今日冬瀬に行くんでしょ!?」
「……ん……」
 眠そうに目をこすりながらこちらに寝返りを打った彼――……は、いつもと同じ彼だった。
 ……あれ?
 なんだか、違和感が…………ッ!?
「せ、先生っ!!?」
「……? ……なんだよ……眠い。勘弁して」
「もぅ! 起きてっ!! 先生、いつ戻ったの!?」
「……何が?」
 よほど眠いらしく、うっすら目を開けた彼の機嫌はあまりよくない。
 ……うぅ。
 私だって、そりゃあ寝かせてあげたいけど、でもっ!
「……戻ったって何が?」
 ようやく起き上がった彼が、不意に手を見つめた。
 そして――……わしわしと腕を触る。
 ……で、最後にほっぺた。
 むにむにしてから、やっとこちらを見た。
「……あれ?」
「それは私のセリフですよっ! なんで? いつ戻ったの? 1週間後じゃなかったの?」
「いや、俺に言われても……。知らないし」
「……? なんですか?」
「…………」
「っん!?」
 まじまじと私を見つめたかと思いきや、いきなりキスされた。
 朝からっ……ていうか、寝起きからっ!!
 むーむーと唸っていると、やっと唇を離してくれる。
「うん。感触ばっちり」
「もぅっ! 私で確認しないでっ」
 ……とはいえ。実は、少し嬉しかったりして。
 だって、彼の……いつもの彼のキスなんだもん。
 18歳だったときの彼は、やっぱりどこか違っていて。
 なんだか、ほかの人とキスしてるみたいに感じたこともある。
 だけど――……。
「……ん? 何がおかしいの?」
「ううん。なんでもないですよ?」
 思わず、にまにまと頬が緩んだ。
 全部、元に戻ったんだ……えへへ。
 これは嬉しい。
「でも、どうして急に戻ったんですか? 寝る前に、何かした?」
「羽織遊び」
「ちがっ……! そ、それはいいのっ! それ以外!!」
「そう? 重要だと思うけど。……あー、そういえば酒飲んだな」
「お酒?」
「そう。ワイン」
「……ワインなんか飲んだの?」
「うん。あと少し残ってたから、寝酒に1杯」
 ……知らなかった。
 いったい、いつ飲んだんだろう。
「それ以外に、ヘンなことしてないし……考えられないんだよな。まぁいいや。戻ったんだし」
 ベッドから降りて立ち上がってから、彼が伸びをしてスマフォへ手を伸ばした。
 しばらくすると、相手が誰だかわかる。
 電話の相手は、浩介さんだ。
「もしもし。今、平気?」
 浩介さんの状況を確認した彼は、今の状態とどうしてそうなったのかと思われることを、ざっと説明してから電話を切った。
「ずいぶん短いですね」
「会議中なんだってさ。でもまぁ、ワインとの関係を調べるって言ってたから、いいんじゃない?」
 パジャマのポケットにスマフォを入れた彼が、ゆっくりと隣へ腰かけた。
 ……なんだろう。
 まじまじ見つめられ、まばたきが出る。
「何?」
「……えへへ。先生だなぁって、思って」
「今までも俺だったけど?」
「そうだけどっ! やっぱり……このほうがいいんだもん」
 彼の腕を取ると、少しだけ目を見張ってからもう1度キスしてくれた。
「……ただいま」
「っ……」
 優しい笑みでそう言われ、思わず喉が鳴る。
 ……嬉しい。
「おかえりなさいっ!」
「わっ!?」
 ぎゅっ、と飛びつくように彼へ抱きつくと、少しバランスを崩しながらも受け止めてくれた。
 ……やっぱりこの感じ、すごく大事だよね。
 18歳の彼を見れたのは嬉しかったけれど、こうしていつもの彼に戻ってくれたことのほうが、やっぱりもっと嬉しかった。
「残念。もっといろいろしようと思ったんだけどな……」
「え? 何をですか?」
 ぼそっと呟いてからソファへもたれた彼の顔を覗くようにすると、大げさに肩をすくめてため息をついた。
 いろいろって……なんだろう?
「……プール行くとか、公園行くとか、まぁいろいろ」
「それなら、今でも行けるじゃないですか」
「そうじゃないんだよなー。そういう場所で――……」
「……?」
「さ。飯食うか。早くしないと遅刻しそう」
「え? え!? 何? なんですか? もぅ。気になるっ!」
 ちらりと見たあとすぐリビングに向かわれてしまい、思わず焦った。
 うぅ、なんだろう。
 気になるーっ!!
 だけど結局、そのあとも彼は一切教えてくれず、普通に朝食を食べ終えると、身支度を整えて洗面所へ向かってしまった。
「え? 羽織ちゃんも出かけるの?」
「……もぅ。先生、顧問でしょ? 今日は、合宿の打ち合わせがあるのっ」
「……あー、そうか」
 まるで『すっかり忘れてた』とでも言いたげな口ぶりの彼に苦笑が漏れた。
「え? なんですか?」
「…………」
「……? せん――っ……ん!」
 制服に着替え、髪にブラシを入れていたら、鏡越しに目が合った彼がいきなり口付けてきた。
「……残念。もう呼んでくれないんだ」
「……え……?」
「祐恭さん、って」
「っ……」
 頬を両手で包まれたまま視線を合わせられ、こくん、と喉が鳴った。
 眼差しが、優しすぎるんですけれど。
 どくどくと脈が速まり、顔が熱くなる。
「……う……」
「う?」
「…………祐恭さん」
 ぽつり。
 本当に小さく小さく囁くと、一瞬目を丸くしてから、それはそれは優しい笑みを浮かべた。
 まるで、“満足”とでも言ってくれそうな表情に、思わず唇を噛む。
「……羽織」
「っ……」
 目を見たまま名前を呼んだ彼が、耳元へと唇を寄せた。
 次の瞬間――……聞こえた言葉に、どくん、と鼓動が一層速まる。
「ッ……あ、ちょっ……!」
「ほら。出かけるよ」
「ま、待ってくださいっ!」
 ぱ、と手を離してきびすを返した彼のあとを追い、ぱたぱたと廊下を走る。
 だけど、先にリビングへ着いた彼は、私を振り返ってからまた小さく笑った。
 ……あの、優しい顔で。

『本当に愛してるよ』

 耳元で囁かれた言葉は、私がずっとほしかったモノで。
 ……もぅ。ずるい。
 こんなに早く願いが叶っちゃうなんて、思わなかった。
 咄嗟の出来事で私は何も返すことができず、顔を赤くしたまま彼を見ることしかできなくて。
 ……だから、あとで絶対口にするんだ。
 彼と同じ気持ちを、あの映画と同じセリフとともに彼へ届けるために。


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