正直言って、責められる趣味はない。
 どちらかと言えばやっぱり主導権を握っていたいし、声なんて出しているつもりも皆無。
 ……しかも、相手が彼女となれば、その思いは非常に強くなる。
 彼女が自分によって与えられる快感にさいなまれる顔を見るのが、かなり楽しい。
 何より、随分とそそられる声っていうのが、たまらなく極上だから。
 ……そんな彼女がいきなり、責めたいと言い出した。
 で。
 しっかり行動に移してきたわけで……。
 正直、焦った部分もある。
 純粋で、そっちのことをほとんど知らない彼女。
 何より、俺が彼女にとっての初めての男で。
 だからこそ、そんなことに及びたがるとは思いもしなかった。
 ……ハッキリ言って、自信がない。
 …………いろいろ、と。
 声を出すつもりもないし、そう簡単に彼女に落とされるつもりもないが……どうなるかわからないぶん、不安でもある。
「……っ……」
 ゆっくりと首筋に舌を這わせ、場所を変えて舐め上げてくる。
 瞳を閉じて一生懸命に責めてくる姿というのは、これはこれで結構イイかもしれない。
「……ん?」
 無意識のうちに触れていた、彼女の髪。
 なのだが、急に彼女が動きを止めたから、つい視線が戻った。
「…………」
 何も言わずに、真正面から見つめてくる少し潤んだ瞳。
 頬に手を当ててゆっくりと唇を合わせるのかと思った瞬間、舌で唇を舐められた。
 柔らかい感触。
 いつものキスとは、幾分も違って甘い感じが漂う。
 おずおずと差し込まれた舌に絡めてやると、ずいぶんうまく口づけを返した。
 そのまま彼女がパジャマのボタンに手をかけ、ひとつひとつ丁寧に外していく。
 温かい手のひらの感触が、心地いい。
「……は……ぁ」
 いつも自分がしてやるように肩に手を滑らせ、そのまま上着を脱がせてから唇を離す。
 息を漏らした彼女は、再び手を胸元に当ててから……唇を寄せた。
 ……いったい、どこで覚えたんだよ。
 そう思わされるような、順序。
 …………って、俺がいつもしてる通りだな。
 ふとそんなところに気付いてしまい、苦笑が漏れた。
 自分とは対照的な、大人しく優しい愛撫。
 それが、余計におかしくなる。
「……く……」
 ――……だが。
 笑える状況から、一変した。
 たまらず腕に力が入る。
 熱い舌で胸を責め、そこを含まれる度に、ぞくりとした快感が背中に走った。
 小さな舌で与えられる快感は、量こそ少ないものの回数が多い。
 ……ヤバいかも。
 時おり漏れる荒い息遣いに自分でもそんな不安を抱くと、彼女がズボンに手を当てた。
 ……まさか。
「そこは、いいから」
「だめなの……っ」
「……なんで?」
「だ、だって……」
 思わず喉を鳴らしながら彼女を見ると、照れた顔のまま俺を見上げた。
 ……ンな顔したら襲いたくなる。
 揺らぐ信念を感じてため息をつくと、彼女が困ったように眉を寄せた。
「……したいの」
「は!?」
 彼女から出るとは思わなかった言葉に思わず聞き返すと、しどろもどろに彼女が続けた。
「……だって……先生の声、まだちゃんと聞いてないもん」
「…………だから、出ないってば」
 戸惑いがちに彼女を見るも、首を振って聞こうとしない。
 ……ったく。
「……何を吹き込まれた?」
「え?」
 眉を寄せてまっすぐ見つめると、少し驚いたように目を見張った。
 ……やっぱり。
 先ほどのこと以外にも、何か理由があるようだ。
「……あ……の」
 しばらく黙ったまま見ていると、ようやく観念したように俯いて口を開いた。
「……男の人は……してほしいって」
「…………誰に言われた?」
「……しーちゃん」
「は?」
「だからっ、しーちゃんに言われたのっ!」
「……何ぃ!?」
 驚いて瞳を丸くすると、彼女も苦笑を浮べた。
 ……だ……だってそうだろ?
 しーちゃんって……あの、田中詩織だろ!?
「実は、この間3人でごはんを食べたときに、そういう話になって……」
「……メシどきにする話じゃないな」
「だってぇ……それで、しーちゃんが先生に言われて……した、って」
 ……はぁ。
 頭が痛くなってきた。
 ……何? あの田中詩織が、ソレやったってことか?
 あの、1番純情そうで、1番そういう方面に疎そうな彼女が?
 …………待てよ。
「じゃあ、山中先生が言ったってことだろ?」
「だと思う……」
 それなら、少し納得できるかもしれない。
 まぁ、その……なんだ。
 ため息をついて彼女を見ると、大人しく足を崩して座っていた。
 どうやら、もうむやみやたらに手を出そうとはしてこないらしい。
 ……ほ。これで少しは安心だ。
「まぁ確かに、嫌ってワケじゃないけど……。でも、羽織ちゃんにそれは求めてない」
「どうして?」
「……いい? 人間どっちかのタイプに分かれるんだよ。羽織ちゃんと俺みたいに」
「……?」
 いまいちわかってなさそうな彼女に苦笑を浮べてから、続けてやる。
 多分、彼女にとっては初めて聞くような話だろうけど。
「俺は、羽織ちゃんが感じてくれてイイ声を聞かせてくれるのが、好きなの。わかる?」
「……ぅ……ん」
「で、羽織ちゃんは俺みたいに責めるよりも、責められたほうが好きだろ?」
「えぇ? そんな――」
「そんなことあるんだよ。……つーか、俺が言うんだから間違いない」
 人差し指で首筋をなぞってやると、くすぐったそうにしてから笑った。
 ……ほらみろ。
 やっぱり、このほうがよっぽどしっくりくる。
 俺も、そして彼女にとっても。
「で。世の中の男がみんな俺みたいに責めたいかっていうとそうじゃなくて……。山中先生みたいに、むしろ逆に責めてほしいっていう人もいるわけ。……な?」
「……うん」
「だから、田中さんは山中先生にしてあげたっていう、それだけだって」
「……そうなのかなぁ」
「そうなの。つーか、そういうことにしておきなさい」
「……はぁい。わかりました」
 こくん、と素直にうなずいた彼女にほっと胸をなでおろしてから、改めてにっこり笑う。
 今度は、俺の番。
 彼女の時間は、さっきでおしまい。
「……?」
「人間ってのは本能のほうが強いんだよ」
「……うん」
「で、男はより強いわけで――……」
「……っ……!」
 ぐいっと彼女を抱き寄せてやると、ちょうど彼女の下腹部に腰が当たる形になった。
 ……たく。
 これだけで恥ずかしがってるクセに、アレができるワケないだろ。
 困ったように視線を浮かせる彼女の耳元に唇を当て、小さく笑ってから耳に舌を寄せる。
 今の俺が、どういう状況に陥っているか教えてやるために。


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