「ご結婚、本当におめでとうございます!」
 にっこりと羽織ちゃんがマイクを取って隣に立つ新婦に笑みを浮かべると、イントロが流れ始めた。
 ……これは。
「ちょっと時期が違うんですが、この曲でお祝いしたいと思います」
 やけにテンションが高く、若さを感じる音楽。
 そして――……。
「Congratulation!」
 全員で新婦に向かって叫んだ、この出だし。
 ……間違いない。
 イントロといい、これはまさしく……『Happy Summer Wedding』。
 …………若いな。
 またもやそんなことが浮かび、自然に苦笑が漏れた。
 …………。
 ……って、ちょっと待て。
 マイクを持ってるのが羽織ちゃんってことは……あのセリフは、彼女が言うのか……?
 そんな心配をしていると、ノリのいい友人たちや列席者が、一気にまくしたて始めた。
 ……そりゃそうだ。
 男連中と違って、やっぱり華がある。
 何より、曲もそうだがフリがかわいいし。
 なんて考えながら思わず見とれていると、例のサビの部分を彼女が歌い、そのあとを全員で歌っていった。
 だけじゃなく、しばらく歌ったあと、俺がしたのと同じように新婦へマイクを渡して耳打ちをする。
 ……さすが、彼女。
 考えてることは、どうやら俺と一緒のようだ。
 ――……いよいよ、両親に感謝を述べるフレーズ。
 歌詞の一部だが、やはり新婦が言うとしっくりくる。
 彼女の視線の先を見ると、両親が涙ぐんでうなずいていた。
 ……やっぱり、娘は強いんだな。
「…………」
 視線はどうしても、新婦ではなく羽織ちゃんのご両親のもとへ。
 いくら違う女性の結婚式とはいえ、彼らの娘も現にいるわけで。
 もしかして、複雑な気分なんじゃ……などと考えながら、恐る恐るそちらを見ると――……。
「……やっぱり」
 瀬那先生が今にも泣きそうになっていた。
 ……ああぁあ。
 ものすごく罪悪感にさいなまれるのは、どうしてだ。
 ……確かに選曲はいいと思う。
 いいと思うぞ?
 だがなぁ……。
「………………」
 あとでこっそり伝えておこう。
 などと考えていると、例のセリフの部分に差しかかった。
「武人さーんっ!」
 新婦の腕を取って、全員で武人の名前を呼ぶ。
 すると、雛壇にひとり残された彼が苦笑を浮べて立ち上がった。
 相変わらず、ノリがいいな。
 ……と和んだのも束の間。
 マイクを持った羽織ちゃんが右手で武人を示すと、にっこりと笑みを浮かべてからセリフを言い始めた。
「紹介します。茅ヶ崎第一小学校に勤めてる、新井武人さん。背も高くて、優しい人。お父さんと一緒で、ドライブが趣味なの。お父さんが、『車が好きな人に悪い人はいない』って言ってたし……」
 そして、全員で新婦の父親を見てから、にっこりと微笑んだ。
「ね? おとーさん」
 …………あぁもう。
 案の定泣き出してしまった新婦の父親を見ていたのだが、やっぱり瀬那先生が気になるわけで……
 俺だったら『ドライブ』が『弓道』になるんだろうか。
 などと考えてしまいながら彼を見ると――……。
「……ダメだな、ありゃ」
 孝之も同じことを考えていたらしく、目元を押さえている瀬那先生を見てから呆れたよう呟いた。
 ……もう、号泣。
 酒が入っているせいもあるだろうが、やっぱり実の娘に彼氏がいて、しかも結婚式の席であいさつに来たとなると…………あー、職場で会うのがものすごく気まずい。
 ……。
 ここはもう、気付いてない振りをするしかないな。
 ……はぁ。
 本当の結婚式なんかになったら、ホント大変なことになるかもしれない。
「……え……」
 サビを歌って、最後のセリフにさしかかったとき。
 歌っていた彼女と、目が合った。
 驚いて目を丸くするものの、すでに視線は違う方向へ。
 ……わざと?
 両手でマイクを持っている彼女を見ると、その右手の薬指にはリングがあった。
 思わず、喉が鳴る。
 ……なかなかニクいことをしてくれるじゃないか。
 歌い終わって頭を下げ、全員で新婦におめでとうを伝えてから席に戻ってきた彼女を見ると、少し照れたように視線をそらした。
「……え?」
 席に座ってしまう前に腕を取り、にっこりと微笑む。
「……何か言うことあるんじゃない?」
「え、と……カッコよかったです」
「……そうじゃなくて」
 わざとだな。
 瞳を細めて意地悪く笑うと、観念したように小さくうなずいた。
「……えへへ」
 やっぱりか。
 ……ったく。
「……かわいいトコあるんだから」
 かがませてから耳元で小さく呟くと、頬を染めて視線を合わせてきた。

 『一生懸命 恋しました』

 そう、目を合わせて言われたら……誰だって笑みが出るだろ?
 にっと小さく笑って腕を離すと、苦笑を見せて席につく。
 そんな彼女をアキが何やら横からつついていたが、あえて知らんフリを決め込む。
 ……どうせロクでもないこと言われるに決まってるしな。

 その後は、ふたりがお色直しに向かってから、暗転してのキャンドルサービスが始まり、そしていよいよ最大の盛り上がりを見せる花束贈呈がやってきた。
 ライトアップされるふたり。
 両親への手紙を新婦が読むのだが、やはり泣いてしまい……。
「タケー! ちゃんと支えてやれよー!」
「がんばってー!」
 様々なかけ声を受けて苦笑を浮かべた武人が、新婦の肩を抱いてからマイクを持った。
 ……あー、いかにも新郎って感じだ。
 瞳を細めて思わず笑うと、なんとか最後まで手紙を読むことができたようだった。
 盛大な拍手を浴びたふたりは、花束を持ってそれぞれ互いの両親へ。
 山内さんの締めの言葉とともに会場が明るくなると、新郎新婦とそれぞれの両親が先に外に出て、列席者を見送っていた。
「……さて。んじゃ、行くか」
 足元に置かれた引き出物を持ち、友人らとドアへ向かう。
 ――……と、親族席に戻っていた羽織ちゃんが歩いてきた。
「ご両親は?」
「先に帰るって。……先生、乗せてってくれます?」
「当たり前だろ」
 にっと笑ってうなずくと、ほっとしたように笑った。
「……あれ?」
 ふと彼女を見ると、バッグのほかに花束を持っているのに気付いた。
 テーブルの飾ってあった花にしては、やけに存在感のあるそれ。
 ……それに、どこか見覚えがある。
「……それは?」
「あ、これ? 優くんが、くれたの」
 苦笑を浮べて持ち上げたそれは、優人が受け取ったあのスズランのブーケだった。
 なるほど。
 どうりで見覚えがあったわけだ。
「せっかくお姉ちゃんに渡したのに、戻ってきちゃった」
「いいんだよ。……幸せが戻ってきたんだから」
 ぽんぽんと肩を叩いて、笑みを見せる。
 すると、一瞬驚いた顔を見せてから嬉しそうに笑った。
 そんな彼女と向うのは、本日の主役が並んでいる、あの場所。
「おめでとうございます」
「ありがとうね、羽織」
「羽織ちゃん、ありがとう」
「いいえ」
 金屏風の前で迎えてくれたふたりへ嬉しそうに笑顔で首を振った彼女は、新婦の両親とも何か話していた。
 ……まぁ、従兄弟なんだしな。
 いろいろと話もあるんだろ。
「羽織ちゃんも、もちろん二次会きてくれるよね?」
「えっ……いいんですか?」
「当たり前でしょっ! おいしいケーキもあるからね」
「ホント? じゃあ、お邪魔しようかなぁ」
 ケーキという言葉に、嬉しそうに反応を見せた彼女。
 ……甘い物ならば、いくらでも受け付けられるみたいだ。
 思わず苦笑を浮かべてから今日の主役であるふたりへ向き直ると、武人が頭を下げた。
「祐恭、ありがとな」
「なんだよ、改まって。……じゃ、二次会楽しみにしてるな」
「ああ」
 ぽんぽんと肩を叩き、嬉しそうな笑みを返してくれた彼。
 相変わらず、律儀な男だ。
「しかし、スズランなんてよく手に入ったね」
「あちこち調べたんですよー。お姉ちゃんには昔からお世話になってたし……だから、幸せになってほしかったんです」
 健気に笑う姿を見ていると、本当に彼女のことが好きなんだなと思う。
 ……優人の姉貴なんだが……とは思うものの、とてもじゃないが言えない。
 それに、まぁ、新婦と優人は少し雰囲気が違うような気もするし。
 ……って、彼女と孝之が違うようなもんか。
 彼女に気付かれないように小さく笑い、とりあえず我が家へ一旦戻ることにした。


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