「高校生同士で、外泊を含めた旅行。親の立場から言えば、そりゃ簡単に『うん』とは言えないだろ?」
「……それは……確かに」
 彼女が何を言い出すのかと思いきや、そんなことだとは。
 確かに、付き合っているんだしいいんじゃないか、とでも思うんだろう。
 だが、外泊ということはつまり――……そういう意味が含まれているわけで。
 それがわからない子ども同士じゃないからこそ、簡単に許せるはずがない。
「何よりも心配だし、ふたりきりで泊まりがけなんて不健全そのもの」
「……不健全……」
 こちらとはまったく違う雰囲気で、ぽつりと彼女が呟いた。
 見ると、何やら表情を暗くして眉を寄せている。
「どうした?」
「…………別に……」
 別にっていう顔じゃないだろ。
 だが、彼女は首を振って視線を落とすと、そのままテレビに向き直った。
「……? なんだよ。もう終わりでいいの?」
 背中に手を這わせながら声をかけるも、振り返らずにふるふると首を振るだけ。
 ……なんだ?
 俺、何か言ったかな。
 顎に手を当てて考えるものの、これと言って思い当たらず。
 んー……?
「……え?」
「先に、寝ます」
 すくっと立ち上がってこちらを向いた、彼女。
 ……だが。
 やっぱり、その顔はなんとも言えない表情のままだった。
 表情はもちろんだが、やはり声にも元気がない。
 ……元気がないっていうのは、違うな。
 不安そうであり、どちらかというと――……このままじゃ、ひとり涙で枕を濡らしそうだ。
 だからこそ気になるのは当然の反応。
「どうした? 俺、何か変なこと――」
「……ううん。なんでもないです」
 寝室に向かった彼女のあとを追って肩に手をかけると、再び首を振った。……こちらを見ようともせずに。
 ……ったく。
「なんでもなくないだろ。……何?」
「っ……」
 ベッドに腰かけた彼女の隣に座って顔を覗きこむと、ようやく瞳を合わせてから――……再び俯いた。
 だが、どうやら今度は話してくれる気になったらしい。
 珍しく、すぐに顔を上げたから。
「……ひとつ聞いてもいいですか?」
「ひとつと言わず、幾らでもどうぞ」
 うなずいてから彼女を抱き寄せると、頭をもたげてから再び話し始めた。
「……あの、ね。……さっきの話なんですけど……。高校生同士で泊まりに行くこと、よく思ってなかったでしょ?」
「そりゃあね。まだ高校生なんだし」
「…………じゃあ……」
 ――……このとき。
 俺の目を見た彼女は、ひどく真剣な顔だった。
 これまで見せることがなかったような、真剣で、不安げで――……そして何よりも、悲しそうで。
 つい瞳が丸くなる。
「……じゃあ、高校生だからっていう理由で外泊することすら許さないのに、どうして私のこと……抱いた、んですか……?」
 思わず喉が鳴る。
 まさか、彼女がこんなことを言うとは思わなかったから、というのが正直なところ。
 ……でも、もしかしたら。
 彼女は、今までずっと気にしていたのかもしれない。
 なぜなら、彼女がこういうことを俺に聞くのは、今回が初めてじゃなかったからだ。
「どうしてって……愛しいから……」
「でもそれは、あのふたりだって同じでしょ? なのに、まだ成人してないから……ダメなの?」
 いつもと雰囲気の違う彼女の理由は、これか。
 なるほど。
 彼女にとって“未成年”という言葉が、かなり深くまで入ってしまったらしい。
「私は先生の彼女だけど……だけど、まだ高校生ですよ? なのに、どうして……私は心配してくれないの? ……先生の彼女だから?」
 今にも泣きそうな瞳で、呟いた彼女。
 ひとつひとつの言葉がいつもとまったく違う口調だからこそ、余計につらくなる。
 ……参ったな。
 彼女に入ったのは“私だって未成年なのに”という不安だけ。
 テレビの彼らと俺たちとでは、圧倒的な違いがあるというのに、どうやらそこには気づいていないらしい。
「あのね」
「……だって、私もまだ高校生なのに……っ」
「…………」
 不安ばかりが大きくなるのは、どうしたって仕方がないこと。
 俺たちは“結婚”しているわけじゃなくて、“付き合っている”という証明の手立てが不安定な場所にいるから。

「俺は責任を取れる立場にある。それが、あいつらとの違いだ」

「っ……」
 彼女を抱き寄せてから、きちんと正面を向いて伝える。
 これが、けじめだ。
「いい? 前にも話したけど……俺は、将来のことだってちゃんと考えてる。それはわかる?」
「……うん」
「けど、彼らはまだ高校生だろ? 親の扶養下にいるんだ。もし今、付き合ってる彼女が妊娠したとしたら、責任取れるかっていうと、そうはいかないだろ?」
「けどっ……!」
「別に、彼女の親が彼氏を信じてないとか、そういう問題じゃないんだ。そうじゃなくて、周りの大人が心配しているのは……そういう、責任能力についてなんだよ」
 たしなめるようにゆっくり説明すると、しばらくしてから彼女も小さくうなずいた。
 彼女を不安にさせたのは自分だ。
 だから……これ以上変な不安を抱いてほしくなかった。
 きっと、もっと早くにちゃんと話してあげるべきだったんだろう。
 俺が彼女をどう思ってるか。
 今後どうしたいか。
 そのことを、彼女だけでなく――……彼女をまじえたうえで、ご両親にも言っておくべきだった。
 そうすれば、彼女が今こんな顔をしないで済んだのに。
「羽織ちゃんのご両親だって、口には出さないけどそれは心配してるはずなんだ。だけど、何も言わずに送り出してくれるだろ? ……どうしてか、わかる?」
「……先生だから…?」
「ん……まぁ、そんなところかな。いわゆる、未成年と成人した者との違いっていうのは、それなんだよ」
「……そうなの?」
「そう。親父さんは俺を高校生のときから知ってるし、今現在なんの仕事をしてどこに住んでいるかもきちんとわかってるだろ? それに……恐らく、俺が羽織ちゃんに対して真面目に考えてるってことは、わかってくれてるはずなんだ。……じゃなきゃ、文句ひとつ言わずに大事な娘を泊まりにいかせてるわけがないんだよ」
 心底、おふたりには感謝している。
 それこそ、してもしきれないほどの恩を感じているからこそ、一生頭の上がらない人だ。
 なんといっても、俺という人間をそこまで信頼してくれて、彼女とのこういうかたちの付き合いを認めてくれているのだから。
 『ね?』とうながしながら女を見ると、どうやら納得してくれたようで、こくんとうなずいたのが見えた。
「じゃあ……私のことは、いい加減な気持ちで……抱いてる、とかじゃ……ないってこと?」
「……な……っ」
 ……この子は。
 ため息よりも先に口があんぐりと開き、思わず目を見張る。
 困ったような顔。
 申し訳なさそうな、表情。
 ったく……そんな顔したいのは、俺のほうだ。
「俺は君にとって、そんなにもだらしなくていい加減な男だとでも思われてたの?」
「ち、ちがっ……! そうじゃないですけれど、でもっ……だって、さっきのふたりのことは、あんなに反対してたんだもん」
 思わず瞳を細めて説教するように指をさすと、慌てて首を振りながら『ごめんなさい』と呟いた。
 ……ため息ひとつ、ようやく漏れる。
 そもそもの原因は、俺にあるんだから。
「っ……」
「俺は、もし何かあってもちゃんと責任を取れる立場にいるんだよ」
「……え……」
「そういう真剣な気持ちで、お付き合いさせていただいてますけど?」
「……せんせ……」
 彼女を抱き寄せてから頭を撫でると、一瞬瞳を丸くした彼女が大きくうなずいた。
「不安にさせて、ごめん」
「……ううん……」
「じゃあ、これで大丈夫?」
「うんっ」
 ようやく彼女らしい笑みを見ることができ、ほっと肩から力が抜ける。
 よしよし。
 やはり、彼女にしてもらうのならばこういう顔がいい。
「…………」
 だが、一方で今回のできごとにいは内心嬉しくもあったりして。
 というのは、彼女がためていた“不安”をきちんと俺に伝えてくれたから、だ。
 これまでならば、恐らく押し黙ったまま俺に内緒で自分ひとり苦しんで、悩んで、困って……結果、俺に怒られたはず。
 ……俺と一緒にいるようになって、彼女も変わったのかな。
 そう思うと、やはり嬉しさから頬が緩んだ。


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