「だ、ダメですってば!」
「ダメじゃない」
「ダメなのっ!」
「……なんでだよ」
 耳元から顔を戻して彼女を見ると、頬を染めて困ったような顔をしていた。
 ……さっきまでとは、えらい違いだな。
 こういうギャップも、悪くない。
「だって! ……私、そんな……これを許した覚えはないですよ?」
「これって?」
「……いじわる」
「まぁね」
 にやっと、独りでに口角が上がる。
 それを見て、一層困惑の色を深くする彼女。
 でも、ここまできて『ダメ』と言われても、こっちだって困る。
「せっかく、機嫌がよくなったんだろ? どうせだったら、上機嫌になってもらいたいって思うのが本音なんだけど」
「十分機嫌は直りました! ……っていうか、別に私怒ってませんけど……」
「いいんだよ、そのへんは。それにほら、さっきまであんなに脱ぎたがってただろ?」
「あ、あれはあれです! それに、着替えるのと脱ぐのとは、ちょっとニュアンスが違――」
「細かいことは気にしない」
「気にするのっ!」
 相変わらず、細かい所まで聞き逃してくれない。
 ……こういうときの、手段はひとつ。
「それに――……っ」
「……お喋りはおしまい」
 わずかに下げた声量で囁き、唇を塞ぐ。
 こうしてしまえば、余計な考えごとができなくなるだろ?
 ついばむようなキスを幾度か落としてから、舌先で唇を開かせる。
 すぐに当たる、控えめな彼女の舌。
 つつくようにしてから絡めてやれば、身体から力は自然と抜けてくれる。
「……ん……ぅ」
 ようやく漏れた声。
 相変わらず甘くて、先ほどまでの彼女にしては威勢のいい声とはまったく違う。
 それで、つい笑みが漏れた。
「……ぇ……せんせ……?」
「ごめん。なんか、かわいいなと思って」
「かわいくないですよ……っ!」
「かわいいんだって」
 唇が離れて少し驚いたように瞳を開けた彼女に囁くと、目いっぱい否定された。
 そんなに否定されても、ねぇ。
 俺は別に嘘をついてるつもりはない。
 現に、こうして腕の中に納まっている彼女はかわいいと思うし。
 反応も、声も、すべてが。
「かわいいよ」
「っ……かわいくないもん……」
「なんでそこまで否定するんだよ。ほら。そういう顔がかわいいんだけど?」
「……どういう顔か、わかりませんよぉ……」
「俺は見えてるから、いいの」
「よくないんですってば!」
「いいんだって」
 うっすらと濡れた瞳を向けられ、自然と心拍数だってあがる。
 ……ンな顔するから。
「……ん……」
 耳元から首筋へ唇を動かし、そっと舐め上げる。
 堪えているかのように小さく漏れる声が、余計にこちらを煽る原因になってるなんて知らないだろう。
「んっ……ぁ……」
 白衣の合わせから手を入れ、半襦袢の下へ。
 結構、この服って硬いんだな。
 お陰で、いつものように服の上から感触を……なんてことができない。
「……あれ」
 ぽつりと、そぐわない声が漏れた。
 無論、彼女が聞き逃したりはしない。
「……え?」
「下着、着けてるの?」
「っ……着けてますよ!」
「でもほら、浴衣のときは着けてなかったろ?」
「だ、だって……浴衣とこれとじゃ、厚さが違うでしょ!」
「……ああ、なるほど」
 以前、浴衣のときには下着は着けないと聞いたので、ついそんな言葉が出たわけで。
 いや、ほら。
 浴衣も着物も似たようなもんだろ?
 だから、直に肌だと思っていたから……ね。
「っ! ……は……ぁん」
 頬を染めて呆れたような顔をしていた彼女も、柔らかい胸を揉みしだきながら頂点を掠めれば、声がひときわ高くなる。
 きゅっと閉じられた瞳ながらも、時おり切なそうに揺れるのがわかり、ついつい出てくる欲を抑えきれない。
「あ……ふぁ」
 衣を開いて覗いた、白い肌。
 そこに口づけながら、袴の帯に手をかける。
 浴衣のときは、帯が解けなくて非常に困った経験があるが、袴は別。
 確かに若干形は違っているが、袴の縛り方なんてだいたい同じだからな。
 これまでの経験上、あっさりとほどくことができる。
「っ……ん」
 帯を解けば一気に広がる、袴。
 脱がせるまでもなく、自ら落ちるように彼女から離れた。
「あ、んっ……ん……!」
 肌を滑らせるように手のひらを進めて白衣を脱がせ、形良く先を尖らせたそこを口内へ迎える。
 舌先で撫でると、いつしか服を掴んでいる彼女。
 こうして快感に溺れそうになりながら耐えている姿は、余計にそそられるんだけど。
「……ぁ……っくぅん」
 いくら帯締めを解いたからといって、足元まで落ちてくれるはずはなく。
 太ももの内側を撫でながら足を抜かせると、非常にヤラシイ姿になった。
 ……うわ。
「んっ……ぁ……」
 つ……と指先を上げ、下着越しに秘部をなぞると、すでにしっとりとした感触。
 相変わらず、敏感なことで。
 少しだけ下着をずらして指先を進めれば、そこにあるのはしっかりと濡れていることを示す蜜。
 わずかに指先を動かすだけでも響く濡れた音で、彼女がさらに追い詰められていくことももちろん承知の上。
 だからこそ、わざと音を聞かせてやるんだから。
「……やらしいな」
「せ……んせの、せいっ……はぁ……」
「ずいぶん、息あがってるけど?」
「んっ、ん……ぁ! こ……れもっ」
 じんわりと潤んだ瞳と、不服そうな唇。
 そんな顔で見つめられて、笑みが出ないワケがない。
「……またぁ……」
「別に、おかしくて笑ってるんじゃないよ」
「けどっ……ぁ、あっ……んっ……!」
「……反応がかわいくて、ヤバい」
「もぉ……やだぁ……」
 ちゅ、と音を立てて唇を軽く塞いでから、耳元へ。
 鼻先に広がる、甘い匂い。
 自分とは違うシャンプーの香りながらも、当然悪くはないわけで。
「っや……! あ……んっ、ん……!」
 ちゅくん、と小さな音とともに指を沈めると、背中が軽く反った。
 そのまま耳元で息をつくようにすれば、彼女が不満を口にする回数は、ぐっと減る。
 ……まぁ、抵抗できなくなるってほうが表現的には当ってるんだろうけど。
「……ここ?」
「あ、あっ……」
 きゅっと締め付けを指に感じて囁けば、軽く唇を噛んで耐えるように首を振る。
 我慢しなくても別にいいんだけど。
「……欲しいクセに」
「ち……っが……んっ、あ……」
 身体は正直だな。
 ……って言葉が出そうになるが、それを言うと歯止めが利かなくなりそうだからやめておく。
 言えばどうせ『意地悪』だのなんだのと機嫌を損ねられるだけだろうし。
 とはいえ、本気で嫌がられないあたり、彼女に愛されてる証拠だとしよう。
「っ……! あ、んっ……!」
 中を探りながら親指の腹で花芽を撫でると、服を掴んでいた手に力がこもった。
 こちらの動きとともに震える手は、彼女が感じている何よりの証拠。
 そのまま耳を甘噛みすれば、より一層力は抜けるだろう。
 何かを耐えるようにもたれられ、吐息が首筋にかかる。
 それに交じった甘い喘ぎは、近くで耳にすればするほど理性のタガを外すには十分すぎるが。
「ん、ぅ……ふ……せんせ……」
 掠れた声で呼ばれ、求められるように彼女の両手が首にかかる。
 うっすらと開いた潤んだ瞳とばっちり目が合い、思わず喉が鳴った。
 わずかに開かれて閉じられた唇。
 何かを言いかけて止めた、そんな感じだ。
 それが、どうしても短いある単語を言いかけているようにしか思えなくて困る。
 ……都合がいいと言われれば、それまでなんだが。
「……欲しい?」
 瞳が細くなると同時に、口角が上がる。
 俺はどうやら相当性格が悪いらしい。
 何も言わずに息をつく彼女を見ていると、1度視線を落としてから小さく首を縦に振った。
 ……ほう。
 これはこれは。
「ずいぶんと、大胆になったね」
「……そんなこと……ないもん……」
 そんな、照れながら小さい声で反論されても、説得力は皆無なんだけど。
 まぁ、求められて嫌だなんてこれっぽっちも思っていないから、今回は素直に甘んじて受け止めよう。
 テーブルに放ったままの財布から小袋を取って、準備を整える。
 もちろん、その間もしっかりと口づけは施し済みだ。
「いい?」
「……ぅ……ん」
 毎度のことながら、この瞬間は結構イイ。
 しっかりと俺の目を見ながら、彼女が自分の意思を表す瞬間だから。
「は……ぁんっ……!」
「……は」
 ぐっ、とすべてを包まれるような感覚に、息が漏れる。
 相変わらず居心地がよすぎる彼女の中は、極上で。
 しっかりと最後まで沈めてから大きく息をつくと、彼女も同じように息を吐いた。
「……気持ちいい」
「…………えっち……」
「羽織ちゃんの身体がね」
「違いますっ!」
 頬から首筋、そして胸元。
 それらを撫でながら手のひらを這わせれば、しっとりと心地よい肌が手に馴染む。
 白くキメの細やかな肌は、こうして明るいときに目にする機会がなかなかなくて。
 ましてや、この季節。
 やっぱり、特別な感じがしてイイ。
「っ……ん……!」
 ゆっくり動き出すと、途端にこちらも危うくなる。
 彼女が感じてくれているのはわかるのだが、こっちだって余裕綽々とはいかない。
 彼女が感じるたびに締め上げられ、その中で動けば果ても見える。
 ……が、それは困る。
 もっと、彼女が俺に困る姿を見たいから。
 もっと、俺による快感で漏れる声を聞きたいから。
 気持ちいいけれど、先に屈するワケにはいかない。
 がんばれ俺。
「ふ……ぁんっ……ん、あっ……ぅ」
 角度を変えて奥まで突くようにしながら、彼女の弱い部分を責める。
 無論、それで一層締め付けは強くなるんだが、彼女の声もひときわ良くなる。
 自分は危うくもなるが、そうしてやりたくなるのは当然。
「ん、んんっ……!」
「っく……は」
 動きに合わせて揺れる胸元。
 なんとも悩ましげな、表情。
 このすべてが俺による物だというのは、結構嬉しい。
 そっと抱き起こして口づけをすれば、溶けるように応えてくれる彼女自身。
 このときのキスは、なんとも言えない物へと変わる。
 普段のキスももちろん悪くない。
 だが、このときは少しだけ彼女が積極的に応えてくれるから……かも知れない。
「は、ぁっ……! ん、せんせっ……!」
「……何?」
 荒くなる息をそのままに耳元で囁くと、それすらも敏感に受け取る彼女。
 力なくもたれながら、首に両手を絡める。
 肘のところで止まっている白衣のせいで、妙にヤラシく肌が際立って見えるのは気のせいじゃない。
 しかも、艶っぽい瞳を向けられているし。
 ……より一層彼女が欲しくなるのは、どうしたって自然の摂理じゃないだろうか。
「っ……! やぁんっ……!!」
「……っ……ごめん」
「せ、んせっ……ぇ! あ、あっ……ん! ぁん…っ」
 ぎゅっと抱きしめて奥まで突き上げながら、そっとソファへ倒す。
 すると、角度が一層深くなって彼女が声を変えた。
「だ、めぇっ……! や、あっあ……!」
「……ダメじゃ……ないだろっ……」
「だめ……な、の……!」
「なんで……?」
「……だっ……て、ぇ……っ……ああ!」
 ぼそぼそと耳元で息をかけながら囁くと、そのたびに服を掴んだ手が震えた。
 だが、彼女自身も息があがっている。
 ……そろそろ、か。
 ときおり力の抜けた手が離れるのを見て、自然と律動が早まった。
「あ、あぁっ……ん……! も……やぁ……っ」
「ヤダじゃ……ないだろ……!」
「けどっ……! んんっ……ふぁ、せんせっ……あ、ああ、も……だめぇ!」
「……いいよ……イって」
 互いに荒い息のまま言葉を交わせば、自然と高まりは近づいてくる。
 彼女の締め付けがより一層強くなっているのが、何よりの証拠だ。
「せんせぇっ……! も、いっちゃ……ぅ……!」
「っ……く……イイよっ……!」
 その言葉で深く律動を送るようにすると、離れていた彼女の腕が再び首へ回った。
「んっ……ぁあっ……っく……! ……っやぁあ、ああぁ!!」
 ぎゅうっと腕に力がこもってすぐ、自身をきつく締め付けられた。
「あ……ぁんっ……! っ……ふ……ぁ」
「……っく」
 彼女の中で果てを迎え、大きく息を吐いてから唇を塞ぐ。
 そして、唇が離れるとき。
 瞼を開いた彼女と目が合った。
「……相変わらず、いい声」
「先生が……えっちだから……」
「俺だけ?」
「え……?」
 まだ整わない息のまま、俺の言葉に瞳を丸くする彼女。
 その表情を見て、つい意地悪く笑みが浮かんだ。
「ひとりだけがえっちだったら、羽織ちゃんのイイ声は出ないんじゃない?」
「……ど……うして……?」
「羽織ちゃんもえっちだから、あんな声出すんじゃないの?」
「っ……違うもん」
「違わない」
「違うのっ!」
 そんなかわいい顔して否定したって、説得力はないんだって。
 頬に口づけして髪をすくい、再び顔を覗く。
 すると、案の定困ったような瞳ながらも、笑みがそこにはあった。
「……もぉ」
「ん?」
「……えっち」
「それは、お互いさま」
 にっと笑ってから、落ちた視線。
 その先には、うっすらと肌に滲む赤い跡があった。
 ……これは。
「……濃くしておくか」
「え?」
 ぽつりと漏れた言葉で、顔を上げた彼女と目が合う。
 ……だから、なんだその顔は。
 どうしてそんなに嫌そうな顔をするかな。
「なんだよ」
「……何か企んでるでしょ」
「別に?」
「うそっ! 先生、えっちなこと考えてるでしょ!」
「えっちなこと? へぇ。それは具体的にどういうこと?」
「っ……それは……」
「ぜひとも聞かせてもらいたいね」
「せ、先生……意地悪な顔してますよっ……!」
「そう?」
「そうです!」
 慌てて白衣を戻そうとする手を、即座につかんで遮る。
 無論、彼女の顔にあるのは困ったような表情。
 反するように、自分には笑みが浮かんでいた。
「来週も、服装指導あるんだけど?」
「だ……だったら、なおさらダメじゃないですか!」
「ん? 見えないところなら平気」
「平気じゃないの!」
「大丈夫だって」
「ダメですってば!」
「もっかい、付けておこうか」
「ダメってばぁ!」
 力で俺に敵うはずないのは、彼女もわかっているだろう。
 それでも、必死の抵抗。
 ……んー。
「……なんでそんなに嫌がるワケ?」
「だ、だって……」
「そんなに、付けられるのイヤ?」
「……だって、服装指導……」
「大丈夫。見るの、俺だから」
「だ、大丈夫じゃないでしょ!」
「平気だって」
「先生ってば!」
 断固として拒否られると、一層やりたくなる。
 それが、人間の心理ってモンだから。

 ――……結局。
 この押し問答がしばらく続いたのは、言うまでもない。
 そして、翌週。
 朝の服装指導で彼女が気まずそうに俺の前に立ったのが、デジャヴか何かのように見えたことも付け加えておこう。


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