ぴんぽーん

「……え……」
 突然響き渡った、チャイムの音。
 思わず彼女と目を合わせたままでしばらく固まってしまった。
 ……は……。
「はぁ……?」
「今……チャイム、ですよね」
「……そうだけど……」
 不思議そうにしながらも、彼女の顔はどこか不安げだった。
 ……つーか、今何時だと思ってるんだ?
 確かに、寝るには少し早い。
 だが、しっかりと22時は回っているわけで。
「……誰だよ」
 どこのどいつかしらないが、こんな時間に人様の家を訪ねるのは不躾だって知らないのか?
 ……ってまぁ、知ってたら来ないだろうけど。
「……先生……」
 再び部屋に響いた、無機質な音。
 それで、彼女が眉を寄せて服を掴んだ。
「……しつこいな……」
「でも、お客さん……でしょ?」
「……ほっとけば、帰るだろ」
「ん!? せ、せんせっ!」
 1度リビングに向けた視線を再び彼女に戻し、そっと首筋に顔をうずめ――……。
「っ……!!」
 途端に響いた、明るい音。
 それで、彼女の身体が大きく震えた。
 ……まぁ、俺自身も少しビビったけど。
「…………今度はこっちかよ……」
 ベッドの棚に放ったままのそれが、鳴りやむことなく響かせる音楽。
 ……はぁ。
 こうなると、正直言って現在の来訪者もだいたい読める。
 だから、身体が余計に動かなかった。
「先生……出なくていいんですか?」
「出たくない」
「けど……」
「……あーもー……」
 止むことなく響いている、ダースベーダーのテーマ曲。
 これは、電話をかけてきている人間に言われて、設定した物だ。
 いかにも『登場』という雰囲気がバリバリ出ているからこそ……正直言って、取りたくない。
 …………。
 ……って、切れねぇな。
 スマフォから視線を戻し、ベッドに倒したままの彼女を見ると――……案の定、俺ではなくてそっちを見ていた。
 ……はぁ。
 とてもじゃないけど、これからもう1度――……とはいかないよな。
「……ったく」
 仕方なくベッドと彼女から離れ、棚に手を伸ばす。
 スマフォを見れば、案の定そこには彼の名前があった。
 見紛うことなく、『菊池優人』と。

「いやー、悪いなー。こんな時間に」
 大して悪びれる様子もなく、優人は目の前で笑みを見せた。
「…………」
「どーした? なんだよ、祐恭。お前随分元気ないじゃん」
「……優人」
「ん? 何?」
「……何、じゃねぇだろ」
「なんで?」
「…………だから……っ」
 あっけらかんと答える彼に、俯いていた視線がキッと上がった。
「だから!! どうして、お前たちがここにいるんだよ!!!」
 握った拳に力が入ると同時に、声も大きくあがった。
「……そう言われても。なぁ?」
「そうそう。あ、ほら。アレだよ、アレ。なんつーか……成り行き?」
「だなー。ほら、せっかくの金曜だし。祐恭ひとりじゃカワイソウだなーと思ってさ」
「そそ! 優しいよな、俺たちって。なんつーか、友達想い?」
 あーーーもーー!!!!
 時間に不似合いなデカい笑い声が部屋に響き、たまらず頭がもたげた。
 ……なんなんだ、こいつら。
 ソファを占領し、テーブルの上に酒を置き、そして……音を大きくテレビがついている現在。
 無論、電気は煌々と付いている。
 …………リビングだけでなく、キッチンも。
「お、ありがとな。羽織」
「もてなしなんて、しなくて十分!」
「っ……けど……」
「なんだよ、つめてーな。祐恭センセイ?」
「うるさい!!」
 キッチンからグラスを持ってきてくれた彼女に眉を寄せると、やいのやいのと友人連中が声をあげた。
 ……あーもー、うるさい。
 つーかそもそも。
「孝之」
「あ?」
「……お前まで、何してんだよ」
「なんで?」
 けろっとした顔でスカパーのチャンネルを弄っていた彼に声をかけると、まったく悪びれる様子もなくこちらに向けた視線を、テレビへ戻した。
「いや、ほら。今日、野球の試合が録画放送でな。この時間じゃねーと、見れねぇんだよ」
「……関係ねぇし」
「関係ないとか言うな。そりゃな? この時間のスポーツニュース見れば、結果は出てるぞ? でもな。それじゃあお前、意味ないだろ?」
 ポテトチップをつまみながらチャンネル変え、勝手に人の部屋で野球を見始める孝之。
 ……殺す。
「うわ!? だっ……なんだよ!!」
「何じゃねぇだろお前は!!!」
 ぐいっと胸倉を掴み、鼻先に指を突きつけてやると、さすがに眉を寄せながら首を振った。
 だが、もう遅い。
 今ごろンな顔されたって、許せる範囲を超えてるんだよお前は!
「だいたいな!! 金曜には彼女が家に来るってこと、お前は知ってるはずだろ!? なのに、なんでこいつらを連れてくるんだよ!!」
「……っ……だから!! つーか、俺じゃねぇし! 誘ったのは、優人だぞ!?」
「だけど!! 事情知ってるお前が、反対すべきだろうが!!」
 声を潜めることなくまくし立てていると、その肩をいきなり叩かれた。
「なんだよ!!」
「っ……」
 だからこそ、弾かれるようにそちらを振り向いてしまう。
 表情も、声も、そのままで。
「あ……」
「ご……ごめんなさい……」
 驚いたように瞳を丸くし、口元に手を当てたのは――……彼女だった。
 ……うわ。
 しまった……!
「あ、ごめ……! いや、だから、その……。ごめん」
 これまで彼女にこれほど強い調子で言ったことがなかったので、かなりびっくりしただろう。
 ……マズった。
 彼女だとわかっていれば、こんな反応しなかったのに。
 慌てて彼女に身体ごと向き直って眉を寄せると、一瞬視線を外してから再び合わせ、笑みとともに緩く首を振ってくれた。
 …………が。
「……え……?」
 このあと彼女から告げられたひとことは、俺にとって――……結構切ないものだった。


  ひとつ戻る  目次へ  次へ