――……で。
 話の続きは、現在に至る。
 どうして、なのか。
 なんで、だろう。
 見知った幾つもの顔が一同に会しているのが、なぜ、ラブホのロビーでなければならないんだ?
 今日の天気は、最高。
 家に閉じ篭っているのがもったいなくて、どちらかというとドライブなんかには絶好だと言えよう。
 現に、天気がよかったら三浦半島方面へ遠出する約束を彼女としていたのに。
 ……なのに。
「…………」
 どうしてこの気まずい面子で、こんな場所にこなくちゃいけないんだ。
 ここは、大人から子どもまで手離しで楽しめるようなアミューズメント施設なんかじゃないんだぞ?
「…………」
 ふと、横にいる羽織ちゃんを見てみると、俺と同じようになんともいえない顔をしていた。
 ここに来るまでの間も、普段よりずっと口数が少なくて、どこかよそよそしい態度。
 ……そりゃそうだろうとも。
 誰だって、気が乗らないに決まってる。
「へぇー。最近のラブホって言っても、ここは変わらないんだ」
 ……と思ったら、いたよ。ここに。
 こんな状況下にも関わらず、えらく普通の態度――……いや、それ以上に楽しんでいる顔を見せている人間が。
 だが、しれっとした顔で絵里ちゃんが呟いた途端、5組の田中詩織は驚いたように声をあげた。
「え……絵里ちゃんっ……! 来たこと、あるの?」
「ん? あぁ、もちろ――」
「はははははは。……えー、ちょっと失礼」
 慌てて絵里ちゃんの口を純也さんが塞ぎ、ずりずりと壁際へ彼女を連れて行った。
 歯に衣着せぬってのも、こういうときは問題だな。
 自分の彼女が絵里ちゃんと違うタイプであることに、心底感謝する。
「……瀬尋先生、ちょっと……いいですか?」
「え? あ、ええ」
 こそこそと声をかけてきた山中先生に連れて行かれたのは、部屋の写真が並ぶパネル前。
「……これはどうすれば……」
「えー……と。ですから、それはここに……」
「……あ、なるほど」
 まさか、こんなことまで逐一レクチャーする羽目になるとは。
 思わずため息が出そうになりながら彼に教えていると、部屋を決めたらしくおもむろにボタンを押した。
 ……って、結構早いな。
 彼のことだからもっと悩むんだとばかり思っていたが、意外や意外。
 というか、まぁ、アレだ。
 彼も、やるときはやるらしい。
「じ……じゃあ、お先に」
「あ、はい」
 こんなときにかける言葉が見つからないのは、普通の反応だろう。
 『いってらっしゃい』と言うのも変だし、ましてや『がんばって』なんて言えるわけがない。
 ……さて。
 ここに残された、4名。
 なんつーか、このまま帰ろうかっていう気になっているのは、俺だけじゃないと思うんだが。
「あ、ねぇねぇ。これなんかいいんじゃない? コスプレ部屋だってー。かわいい服ありそう」
「……なっ……!」
 いつの間に純也さんから逃れてきたのか、あれこれパネルを見ながら絵里ちゃんが楽しそうに部屋を物色し始めた。
「だっ!? 絵里っ!」
「何よー。邪魔しないでよね。せっかく来たんだから、楽しい部屋のほうがいいでしょ! ねぇ、羽織?」
「え」
 またしても純也さんに捕まって不服そうな彼女が羽織ちゃんへ同意を求めたが、困り果てた顔をするのみ。
 ……当然だ。
 絵里ちゃんがどれだけラブホ経験があるのかは知らないが、羽織ちゃんにとってはこれが2度目。
 楽しいとか言われても、困るに決まってる。
「じゃ、これでいいわよねー。ぽちっとな」
「絵里!!」
 ぽちっとな、って……ホントはいったい何歳なんだ。
 内心ツッコミを入れつつため息をつくと、彼女はとっととエレベーターに向かった。
 ――……が。
 なぜか、そんな絵里ちゃんとともに羽織ちゃんの姿まであることに、若干焦る。
「あ……れ?」
 隣を見ても無論彼女の姿はなく。
 その代わり、純也さんと目が合った。
「……え……」
「……なっ……」
 なんとも言えない、妙な間と空気。
「「ちょっと待て!!」」
 声をハモらせてから、慌ててふたりを追ったのは言うまでもない。

「へぇー。かわいくなってるのねー」
 部屋に着くや否や、早速あちこちを絵里ちゃんが物色し始めた。
 ……妙なことになった。
 なんで、この一室に4人でいるんだ?
 って、絵里ちゃんが羽織ちゃんを連れて行ってしまったからに違いないんだが。
 ……いや、別に……彼女が羽織ちゃんを連れて行かなかったら、ほかの部屋に――……なんてことは考えていないぞ?
 誰にともなく否定しておく。
「ほぇー。羽織、ちょっと来てごらん」
「え?」
 部屋の入り口近くで所在なさげに俺のそばで立っていた彼女を、絵里ちゃんが奥の部屋から手招いた。
 普通の――……というか、前回彼女と入ったホテルよりも広めの部屋。
 ソファやテレビが置かれている横に、デカいベッドがハバを利かせているのは同じなのだが、その横にドアつきの部屋のようなものもあった。
 中は見ていないのでなんとも言えないが、ふたりがそのドアの先に消えていったことでそれ大体の想像はつく。
「……なんでこんなことになったんだ……?」
 ソファにもたれて大きく息を吐くと、同じように座った純也さんが呟いた。
「……ホント……」
 なんとも、言いようがないこの状況。
 普通のシティホテルとかならばともかく、ラブホの部屋に4人でいることほど居心地悪いものはない。
「……山中先生、今ごろ何してんだろ」
 ――……はた。
「いや、だから、えー……と、だな?」
「……ンな焦んなくても、大丈夫ですって」
 ぴたり、と音が聞こえるくらい見事に止まった互いの動きで、慌てて手を振った彼にこちらも苦笑が浮かんだ。
 俺だって無意識の内に、口にしていたと思うし。
 でも、お互い心の中では少しわかっているんだと思う。
 ……彼は、やるときはやる男なんだ、と。
 真昼間の職場で、あんな相談を持ちかけることができる男だというのが、何よりの証拠。
「…………」
 テレビをつけて、とりあえずニュースを選ぶ。
 もしかしたら、ここに1番似合わない番組かもしれない。
「……しっかし、戻ってこないっすね」
「そういえばそうだな」
 テレビから視線が向かうのは、例のドア。
 先ほどふたりが消えたままのそこからは、声も聞こえてはこない。
 ……だからこそ、何をしているのか非常に気になるんだが。
「また、妙なこと吹き込んでるんじゃないだろうな……」
 心配そうな純也さんの声に、ついこちらも反応してしまう。
 妙なこと……ってたとえば――……アレとか?
 …………勘弁してくれ。
 様々な想像が巡って、辿り着いたのは経験があるAV事件。
 向こうもこちらと同じような部屋になっていたとしたら………ひょっとする。
「……はは」
「まさか、な」
 どうやら純也さんも俺と同じような考えに行き着いたらしい。
 顔を見合わせた瞬間、どちらともなく乾いた笑いが漏れた。
「……とりあえず、勝負するか」
「あー。こんなのもあるんすね」
「こんなプロジェクターでやれる機会なんて、ゲーセンでもないぞ?」
「あはは。たしかに」
 部屋に備え付けられた、スクリーンとプロジェクター。  映画を見るには持ってこいの環境で、少し羨ましい。
 ……そんな機具を使って、これから始めようとしていること。それは――……。
「最高、何連鎖行ったかなー…」
「手加減しないっすよ?」
「そりゃ、もちろん。理数系教師として、負けるわけにはいかないだろ? お互い」
 単純かつ、明快な定番パズルゲームといえば、これに尽きる。
 『ぷよぷよ』
 恐らく、ほとんどの日本人が1度はやったことや見たことがあるだろう。
 俺自身、学生時代に友人らとひたすら『何連鎖できるか』を張り合ったもんだ。
 根っからの文系のクセに、孝之は意外と手強いんだよな。……なぜか。
 この手のゲームは単純だからこそ、あれこれ考えながらやり始めればものすごく集中するわけで。
 時間とこの妙な雰囲気を忘れるには、持ってこいの逸品だ。
「んじゃ、勝負」
「おーけー」
 デカいスクリーンを使用しての贅沢なぷよぷよ大会が今、幕を開けた。


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