静かなことに、変わりない部屋。
 だけど、雰囲気はさっきまでともちろんまったく違ってて。
「…………」
 ぎゅっと抱きしめられたままでつい、笑いが漏れた。
「……なんだよ」
「え?」
 不意に離された身体。
 しかも、目の前には不機嫌そうに眉を寄せた純也もいる。
「いいじゃない、別に」
「……感じ悪いヤツ」
「うるさいわね。幸せってことよ、シアワセ」
「はいはい」
 ……む。
 適当にあしらわれた感があって、今度はこっちの眉が寄った。
 もっと構ってくれてもいいのに。
 そんな思いから、手が動く。
「っ……な……」
「今日は私がアイシテあげようか?」
 シャツの裾をめくり、ぺたぺたとお腹を触る。
 ……うむ。
 出てないわね、まだ。
 って、この年ですでにお腹ぽっこりじゃ困るけど。
 内臓脂肪過多ってヤツで、明日から粗食ダイエットしてもらわなきゃいけなくなるし。
「……お前………馬鹿?」
 呆れた顔して、ため息のオマケつき。
 そんなのいらないわよ。
 っていうか、散々さっきまで人のことを馬鹿にしておいて、まだ言うワケ?
 純也は、ホントに人の機嫌の損ね方しか知らないんじゃないだろうか。
「あのね。さっきから聞いてれば、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿って。いい加減腹立――っうあ……!?」
 下になってるままだから、当然体勢的にも不利なことに変わりはない。
 ……けど。
「何よっ……急に……」
「それはこっちのセリフだ」
「なっ……」
 何よその偉そうな態度は。
 目線も合わせずに言われ、カチンと来た。カチンと。
 ……今回のことで、本当に反省したのかしら。
 私はこれでも、したと思ってる。
 考え方だってちょっぴり変わったし、態度だって……。
 そう思いながら、俯き加減になった――……途端。
 目を逸らしたままの純也が、小さな咳払いをした。

「かわいがられたいんだろ。今日は大人しくしてろ」

「……な……」
「たまには、俺の前でも素直にしたらどうだ?」
「……うるさい、馬鹿……」
「は。珍しいな。……かわいいヤツ」
「うるさいっ!」
 恐らく、私の顔はそれなりに赤くなってると思う。
 ……だって、こんなこと言われるなんてまったく思わなかったんだもん。
「…………馬鹿」
「お互いさま」
 くすっと笑ったその顔を見たけれど、やっぱり、眉は寄ったままだった。
 ……恥ずかしいじゃないのよ、ったく。
 真正面からそんなこと言われるなんて……。
 大体、そういう役回りは純也じゃなくて、羽織の彼氏の仕事じゃないのよ。
 照れくささ満載で、そんな方向へと片付けるしかできない。
 だって、こうでもしなければ……ホントに、自分のペースを乱されかねないんだもの。
 やっぱり、いくら『かわいく』とはいえ、流されるのは嫌だから。
「……っ……」
 わずかに胸へ触れられた手に、思わず身体が震えた。
 別に、いつもと一緒。
 何も変わった点はない……んだけど。
「っ……ぁ……」
 いつも以上に身体が反応するのは、なぜだろう。
 自分でもびっくりするような身体の具合に、頭が付いていかない。
 気持ちいい、って、そりゃあ……そうだろうけど。
 でも、やっぱりおかしい。
 まるで、身体だけが違う子になっちゃったみたいだ。
「……随分素直だな」
「ッ……るさい……!」
 おかしそうに小さく笑われ、腹が立つ。
 だけど、やみそうにない胸への愛撫が、容赦なく身体から力を奪っていって。
「あ、あっ……ん……!」
 ぞくぞくっと背中が粟立つと同時に、きゅっと瞳を閉じていた。
「は……ぁ」
 自分でも、驚く位高い声。
 ……まるで、ねだってるみたいな。
 そんな声が出ると思わなかったし、出すつもりだってなかった。
 ……だから、目を開けたくないんだ。
 すぐそこにいる純也がどんな顔してるかなんて、見たくもない。
 絶対に馬鹿にされてるんだ。
 ひしひしと十二分なほど感じてるから、それだけは死んでも貫きたい。
「ふぁ……」
 ぷちぷち、とわずかにシャツを引っ張られるような感じとともにボタンを外され、窮屈だった胸元にゆとりができる。
「……っん!」
 ――……たのも束の間。
 ぐいっとシャツを引かれたかと思いきや、温かくて柔らかい唇が、丁度鎖骨辺りに押し当てられる。
「は……んや……」
 ラインをなぞるようにしながら、ときおり軽くついばむように。
 何かを探ってるような舌の動きを考えてしまうと、ぞくぞくするから……たまんない。
 ここは大人しく、無心で浴びることにしよう。
 無心。
 ……む……無心……。
「んぃあっ!?」
「……ほぉ」
「なっ……ばっ……馬鹿っ!?」
 ひたすらひたすら、頭を真っ白にするべく何も考えないでいたのに。
 突然手がスカートの下に入りこんできて、どこから出たのかわからないような声が思いっきり飛び出てきた。
「なっ……なっ……!? ッん、……あ、や……」
「かわいい声出すなー……とか思ってたら……へぇ。ふぅん」
 びっくりして開けた瞳を覗き込むようにしたヤツは、あろうことかそのままの格好で人の太腿を撫で上げた。
 ……なんて奴……!
 いつもの純也とはまるで違って、なんだかものすごく不利な感じだ。
「な……によぉっ……」
 それが嫌で、どきどきしてる鼓動がバレないようにと、ひたすら眉を寄せて睨んでやった。

「自分でも、余裕ないってワケか」

「ッ……!」
 どき。
 ひときわ大きく聞こえた鼓動で瞳を開くと、それを見て『図星?』なんて付け加えやがった純也に、何よりもまず黄金の右手が動いた。
「あてっ」
「うっさい馬鹿!!」
 べちん、と額を叩いてやって、そのまま引き剥がすように力をこめる。
 だけど、さすがは男とでも言うべきか、はたまたこの姿勢が悪いのか。
 文句言いながらその手を掴んだ純也は、一向に引き下がることなくさらに顔を近づけた。
「いってぇな……。つーか、かわいくないぞ? せっかく大人しかったクセに」
「違うわよ! こっ、これは単に……そのっ……」
「その?」
「……っぅ……うるさぁい!」
 がっちり掴まれた右手は、微動だにしない。
 せっかく、そのすぐ隣に顔があるんだから、もう1発引っぱたいてやろうと思ったのに。
 ……悔しい。
 赤い顔を間近で見られたことも、煽るようにニヤけられたことも。
 …………無念だわ。
 まぁ、もっとも――……胸元を露にしたまま言ったところで、面目の『め』の字も保てそうにはないんだけど。
「ひぁっ……!」
 油断と言えば油断かもしれない。
 そっぽを向いてまったく純也の顔を見ようとしてなかったから、そのせいだと言われれば文句は言えない。
 急に胸元に感じた、生あたたかい濡れた感触。
 びっくりして声を上げてから顔を戻すまでに時間はそうかからなかったけれど、目に入った画は、瞳を閉じて舌を這わせている純也の姿で。
「ッ……!」
 見た瞬間、ぞくっと身体が震えた。
 途端、快感の度合いが増す。
「ぁ……ん、んっ……そこ……やぁ」
「……気持ちいいクセに」
「っ……んぁっ……!」
「まだまだ若いんだな。お前」
「……るさい……」
 息が荒くなったせいで、声が掠れていた。
 ……だって、しょうがないじゃない。
 気持ちいいんだもん。
 どうしたって、胸は割と弱くて。
 きっと、世の女性陣はみんなそうなんだとは思うけれども、やっぱ……弱いのよ。とにかく。
「んぁっ……!」
 唇で挟み込むように先端をくわえられ、舌先で弄られる。
 途端にぴりぴりとした感覚が身体を支配して、言うことを聞かなくなった。
「ん……ぅ……はっ……」
「……イイ顔して」
「うー……るっ……んん……っさい」
 瞳を閉じ、ぎゅっと手近にあった純也のシャツらしき布を掴むと、いつの間に上ってきたのか耳たぶを甘噛みされた。
 胸は相変わらず、ゴツくて大きな手に包まれたまま。
 ……その動きが、やらしいのよ。だから。
 普段はなんとも思わないのに、こういうときだけは別。
 純也の手がたまらなく好きになる時間。
 髪を触ってたり、肌に触れていたり。
 そんなときは、ハンドルとかチョークとか……そういうモノを触ってるときとはまったく違う。
 色気があるっていうか、なんか……優しいっていうか。
 我ながら手フェチじゃないと思ってたんだけど、時間限定でそうなってしまうのかもしれない。
「ぁ……」
「髪、切ったんだな」
「……そうよ」
 胸元から滑るように手が落ち、腰のあたりを探られた。
 ぴくっと足が震えたけれど、なるべく態度には出さないように踏ん張る。
 ……目を開けてる状況で何か言われると、やっぱ、ヤなのよ。
 なんかこう……一気に、有利な状況へ持ち込まれそうな気がして。
「残念だった? 伸ばすのやめて」
「まぁな」
「……え……」
 この状況を打破しようと、瞳を細めながら口角を上げたのに。
 その途端、純也は笑ってうなずいた。
「……なんだよ」
「だって…………ホントに?」
 揺れる瞳は、私のほう。
 すぐそこにある純也の瞳をまじまじと見つめたまま、本当かどうかを見極めるべく口を開く。
 ……今、同意した……わよね。
 『ありえない』とか『まさか』って思いがものすごく強いせいか、やっぱりまだ信じられない。
「別に、嘘つくトコじゃねーだろ? 俺は、お前が伸ばしてるところ見たことないから、正直言って見たかったんだよ」
 普段と違って、囃し立てるでもない、ただただ大人しい静かな声。
 言い終わると同時に髪に触れられ、『元に戻ったな』と意味ありげに笑う。
 ……嘘。
 そんなふうに思ってくれてるなんて、ちっとも思わなかった。
「…………そっか……」
 だけどもう、後の祭り。
 純也がそう思ってくれてたってことを今ごろ知って、ちょっとだけ瞳が潤む。
「ま。また思い立ったら伸ばせよ」
 知ってか知らずか。
 純也が、ぽんぽんと撫でるように頭を叩いた。
 ……ったく。
 そんなふうに言われたら、大人しく『そうしようかな』なんて思っちゃうじゃないの。
「……そうね」
 顔を再び上げたとき浮かんだ笑顔は、きっと純也が思った通りのモノだったに違いない。
「…………ん……」
 するりとショーツを下ろされ、同時に秘所を指が這う。
 熱を帯びたところに当たる、温度差のあるモノ。
 身体が反応しないわけがない。
「……は……ふ……ぅん」
 くちゅり、とときおり耳に響く水音が、心底やらしくて……同時に一層煽られる。
 ……誰のせいよ、誰の。
 頬や首筋、そして胸元。
 箇所箇所に唇を落としてくれながらナカを探られ、自然にそんな思いが先に立つ。
「ッん……!」
 びくっ、と大きく身体が反応を示すと同時に、強く純也の腕を握っていた。
「ぁ、っあ……! そこっ……んんっ……!」
「……相変わらず、イイ反応するな。お前」
「やっ……だってそこっ……そこ……ぁ」
 きっと、吐息交じりに囁いてるのは、まったく計算に入ってないはず。
 ……だからそれが、タチ悪い。
 身体で感じると、ものすごく熱くて。
「ぁ……やんっ……」
 きゅ、と自身が指を締め付けるのがわかるけれど、どうにもならない。
 ただ――……もう、気持ちよさばかりが勝っていて。
 理性なんて、とっくに吹き飛ばされていた。
「……欲しいだろ」
「なにっ……んん……は……」
「すげー濡れてる」
「っ……うるさい……」
 荒く息をつきながら、何度も何度も押し寄せてくる快感の波に溺れないよう歯を食いしばる。
 ……人が弱い場所、知ってるくせに。
 ひとりだけ余裕な顔をしている純也が、悔しくて睨みつけてから――……思い切り首を何度か縦に振ってやった。
「……は?」
「早く、来て」
「……もうちょっとお前……かわいく言えないの?」
「は……ぁ……?」
 つい今しがた、アンタが『欲しいだろ?』って言ったんじゃない!
 だから、ものすごく肯定してやったって言うのに。
 これ以上、私に、しろと……?
 軽く腹が立って、細まった瞳は元に戻りそうにない。
「やぁあっ……!」
「……ほら。たまにはかわいくねだってみ?」
「な……んぁ、あっ……何よ……ぉ」
 ひときわ高くあがった声。
 ぎゅうっと腕を握りながら、たまらず瞳を閉じる。
 弱い。
 気持ちよすぎて、たまらない。
 ……だけど、もっと。
 もっと欲しくて、たまらなくなる。
「や……んっ……ね、ほし……欲しい、のっ……」
「……もっと」
「く……ぅあっ……あ、お願いっ……欲しい、のっ……ん! 純也っ……ぁ」
 何度も何度も指で突かれ、そのたびに一層濡れた音が大きくなる。
 誰のせいよっ……ホントに……!
「んっ……!」
 荒く息をつきながら何度も『お願い』を口にすると、ほどなくして、その動きが終わりを見せた。
「……は……ぁ」
「かわいいヤツ」
「ッ……うるさい!!」
「いて」
 ヤられてなければ、こっちのモノよ。
 上半身を起こしてから肩を叩いてやると、笑いながら首を振られた。
 ……うわ、腹立つ。
 どうせだったら、もっと力いっぱいやってやればよかったかしら。
 ちょっと甘かった気がして、それが後悔になる。
「絵里」
「……何よ」
「ちょっと、あっち向いてみ?」
「は?」
 あっち向いてホイ。
 あんな感じに左側を指差され、ついついそのままそっちを向いてしまった。
 ――……途端。
「んなっ……!?」
 目の前の光景がぐるんと変化し、高い位置にあったはずの目線が、再び低くなった。
 顎の下には、ソファ。
 一瞬何があったのかわからなかったけれど、でも、今となっては明らか。
「ちょっ……何するのよ!!」
「たまにはいいだろ? こういうのも」
「はぁ!?」
 ぐいっと強く背中を押している純也の手を感じ、必死に抵抗。
 ねじ伏せられてる気がして、心底嫌だ。
 ……なんなのよ、ちょっと……!
 これじゃあまるで、無理矢理ヤられてるみた……。
「……はっ」
「んじゃ、そういうことで」
「ちょちょ、やっ……やっ……!? ばかっ、待ちなさ――……ッ……!!」
 ぐい、と半ば強引に身体の中へ何かが這入って来た。
「やっ……ぁあ……!」
 少しだけ鈍い痛みと同時に、胎内に感じる熱さ。
 それが何かなんて考えるまでもなく、人の肩口に手を置いてるヤツのせいで。
「ばっか……ぁ! や、やっ……ちょっ……とぉ……!」
「っく……馬鹿……ッ! あんま、動くなっ……」
「誰のせいよ、誰のっ! ていうか、後ろなんて聞いてない!!」
 いったいいつ振りだ。
 こんなふうに、後ろから責められるなんてこと……久しく記憶にはない。
 1度やられて、それが“服従”させられてるようでものすごく嫌だったから……それ以来、断固として拒否してきたのに
 ……腹立つ……!
 こんな格好させて……ッ……しかも無理矢理!
 絶対絶対、許してなんかやるもんか。
「っ……く!」
「はっ……ぁ、この……ばかちんっ……!」
「……うわ、すげ……。キツ……」
「ッ……くぅ……うるさいっ!」
「……あー……気持ちいい。……すげ……」
「う……るさいわよ、もぉ……っ……バカぁ」
 体勢をわずかに変え、身体に力をこめてやる。
 だけどまったく……人の背後にいるヤツには、効いてないみたいで。
 余裕綽々どころか、ひとりで楽しんでるような声が聞こえてやっぱり腹が立った。
「……さて、と」
「…………何よ」
「ん? いや、なんか寂しそうだからな。……そろそろ構ってやるか、と」
 少し上から降ってきた、腹の立つセリフ。
 ……何かにつけて人のこと怒らせたいのかしら。この人。
 馬鹿なのか賢いのかよくわからなくて、最後には呆れた。
「フン。何が、構ってやるか、よ。余計なお世話。だいたいねぇ、アンタはいつ――ッ……つ……ぅ!」
「……っく……やべ」
「ああっ……ん、んぁっ……!」
 ぐいっと一層深くまで這入り込まれ、思わず声をあげていた。
「や、ぁ……んん、んっ……は……」
「……すっげ……気持ちい……」
「はぁっ、は……ぁあっ……!」
 弱い部分を強く擦るように刺激され、たまらず声と一緒に身体から力が抜ける。
 腕が曲がってしまえば、それこそ、お尻を上げているような格好。
 情けないし、それこそ腹が立つ。
 だけど、どうしようもなかった。
「はぁっ……ん……すごっ……きもち……」
「……くっ……」
 濡れた卑猥な音がひたすら耳に届き、頭がもう、相当おかしくなってる。
 だって、もう……気持ちよくて、ほかのことなんて考えられない。
 この際『馬鹿』とか言われてもうんうん言って聞いてしまいそう――……なわけないけど。
 でも、相当。
 ……ヤバイ。
 すごい、気持ちいい……。
 荒く息をつきながら瞳を閉じると、同時に喉が鳴った。
「ッ……きゃぁあっ……!?」
 びくっというよりも大きく身体が震え、背が反れた。
「あ、はぁっ……ん、や、やめっ……あぁあっ……!!」
「っく……ぁ……キツ……!」
 先ほどまで、間違いなく腰にあった両手。
 だけど、今はその右手が起立した花芽を探りながらつまんでいた。
「あぁっ……ん、は……っ……はぁっ、はっ……!」
 息が苦しくて、だけどちゃんと吸えない。
 強すぎる刺激と快感で身体が反応しきれず、昂ぶる気持ちだけが先走り始める。
「だめっ……だめ……ぇ!」
「は……っ……く……そろそろ……」
「や、やっ……うぁっ……イ、ク……!」
「……っし……」
 泣きそうな声で漏れた、自分の状態を告げる言葉。
 すると、同時に律動が早まった。
「は、はっ……あぁ、やっ……イクっ……ぅ……!」
「……すっげ……イイ」
 卑猥な水音と、乱れた声と。
 そして刺激され続ける秘部を得た以上、先にはひとつしかない。
「ホントに……んんっ、くっ……イっちゃ……ぅ……んんんッ!!!」
「っく……!!」
 一瞬、目の前どころかすべてが真っ白に包まれた気がした。
「あぁあっ……あ、……っはあ……ん……!」
 びくびくと秘所がキツくなり、すべてを飲み込むような収縮を繰り返す。
 ぎゅうっと強く掴まれた肩の痛みは、純也の“今”を示しているようで。
「は……ぁ……はぁっ……」
 乱れた息のまま背中越しに抱きしめられると、なぜか、満足げな笑みが浮かんだ。
「……純也」
「なんだよ……」
「……ね……キス、して?」
「っ……」
 離されたのを機に、乱れた服装のままソファへ寝そべる。
 すると、同じように荒く肩で息をしていた純也が、額を手で拭ってから瞳を丸くした。
「…………」
「……ん」
 何も言わず、そのまま落とされた口づけ。
 柔らかく重ねられ、そのまま舌で口内を味わわれる。
「……は……ぁ」
 大きく大きく息をつくと、すぐそこに、当然ながらも純也の顔があった。
「……へへ」
 独りでに笑みが漏れ、両手で緩んだ頬を挟んでおく。
 ……これ以上笑ったら、大変だわ。
 もしも戻らなくなって『笑みが似合う絵里ちゃん』とかになったら、ちょっと困りものだもの。
「なんか……いいわね。コレ」
「……は?」
 ぽつりと漏れた、言葉。
 手早く処理をして、ひとりだけジーパンを穿きながら私を見た純也に、もう1度笑ってやる。
 ……あ。
 それ、この前私が洗ったヤツじゃない?
 全自動洗濯機で、40分かけて。
 ちょっと色褪せた気もするけれど、これといって前と変わりないように思える。
 本人も黙って穿いたんだし、まぁ……気にしてないって証拠か。
 そう思うと、なんだかちょっと嬉しかった。
「私……結構好きかも。さっきのアングル」
 言うと同時に視線が落ち、肌蹴たシャツの襟が目に入った。
「なんか……スゴイどきどきする。……この辺が……ぞくぞくして……気持ちいいかも」
 腰の辺りを手で触れてから、襟を指でつまんでみる。
 ……えっちぃ格好。
 制服のままコトに及ぶなんて思いもしなかったから、しわしわになったシャツが、何かの勲章っぽく見えた。
 ……病気かもね。私。
 これまでそんなふうに思わなかったけれど、今日に限って……だもの。
「……ね」
「…………まだ欲しいのか?」
「違うわよ」
 いたずらっぽく笑って出された提案を即却下してから身体を起こすと、なんだか……不思議なくらい満たされた気持ちでいっぱいだった。
 ……うん。悪くない。
 こういう気持ちも、たまに――……よりも、もう少し多くても、いいかもね。
 伸びをしてから肩を揉むと、自然に欠伸が出た。
 そんな私を見て『早く寝るんだな』なんて頭をくしゃくしゃっと撫でた純也を見上げると、やっぱりいつもと違って、優しいような笑みを浮かべていた。
 ……なんだ。
 らしくないのは、純也も一緒か。
 ほっとしたのか、欠伸がもうひとつ出て自然と目が潤んだ。


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