「何? なんで怒ってるの?」
「怒ってませんっ」
 背中を向けたまま横になっている彼女の隣へ腰を下ろし、ため息ひとつ。
 それでもこちらを向かないので、ベッドに手をついて顔を覗き込んでみる。
「わ!?」
 ――……前に、羽毛布団を引っぺがすと、驚いた顔をしてようやく俺を見た。
「ほら、マッサージしてあげるから」
「い、いらないっ! 大丈夫ですってば!」
「そんな遠慮しなくていいって。ほら、うつ伏せ」
「けどっ……!」
「いや、別にいいけど? 仰向けでも」
「っ……!」
 にやっと笑ってボタンに手をかけようとすると、慌てたようにうつぶせになった。
 そのとき、小さく『えっち』と聞こえたが、それはもはや想定内。
 細く、白い首筋へ手を伸ばして髪を片手で寄せると、顔だけで俺を見る。
「……あ。気持ちいい」
「でしょ?」
「うん」
 肩こり、なんて10代の子には無縁のモノなんだろうな。
 自分とは違ってまったく張っている感じのしない柔らかな背中を触りながら、うらやましくもあり――……やっぱりマッサージっていうのは身体に触るための常套句なんだなと改めて思った。
「……5組の子の格好、すごかったですね」
「あー、あれな。なんでも、歌って踊れるメイドアイドルがコンセプトらしいよ」
「へぇ……そうなんだ。でも、さすが吹奏楽部っていうか……尺八とか持ってる子までいて」
「まぁそうだね」
「でも、あの子。尺八、上手でしたね」
 ぴた。
 ……という音が聞こえるんじゃないかというくらい、彼女の肩に触れていた手が止まる。
 思いがけない、とはまさにこのこと。
 彼女は理由を知らないから、なおタチは悪い。
「……先生? どうしたんですか?」
「いや……別に」
 小さくそれだけ口にして再び首筋へ手を伸ばしてから、背骨に沿ってほぐし始める。
 服の上からでもわかる、細さと柔らかさ。
 素肌はもっと柔らかくて心地いいことを知っているから、ついつい布が邪魔だと思う。
 ……だが、今はそれどころじゃない。
 彼女の口から出た思いもよらない言葉に、どう返せばいいか悩んでいるんだから。
「尺八って難しいんですよね。なのに、結構上手に吹いてたし……すごい」
「……そう?」
「あの子、和楽器が得意らしいですよ。なんでも、お家でお父さんが教えてくれるとかで」
「…………いやそれは問題だろ」
「え?」
「あ、いや。なんでもない」
 二度目の硬直をしてから、つい口走ってしまったセリフを拾うべく首を振る。
 だが、さすがに今回は彼女も身体をひねって俺を見上げ、言葉を待っているようだった。
「先生? どうしたんですか?」
「……いや、別に」
 ついつい歯切れ悪くなるのも、仕方ないだろう。
 事情が事情。中身が中身だ。
 ……しょうがない。そう、しょうがないこと。
 彼女が言っているのは、あくまでも正当な単語で何も間違っちゃいない。
 余計なことを知ってる自分が悪い。
 いけないのは、俺。
 そう考えでもしなければ、やっていけない。
 それでも――……そう。
 世の中には、俺みたいなヤツがいるんだ。
 よこしまな考えを持っている、どうしようもないヤツが。
「……あのさ」
「え?」
「あんまり、人前で尺八がどうのって話、しちゃダメだよ?」
「……? どうしてですか?」
「いや、それは……まぁ、いろいろあるんだよ」
「いろいろって?」
「っ……ともかく! 人前で尺八がうまいとかどうのって話はするな! わかった?」
「……わ、かりました」
 ついつい語調が強くなり、気づいたときは彼女がぱちくりと目を丸くしていた。
 ……熱が入りすぎた。
 馬鹿か、俺は。
 これじゃ、彼女に『怪しんでください』って言ってるようなモンなのに。
 それでも、平然とかわいい顔で『尺八が上手』だとか言われた立場としては、たまったもんじゃない。
 なぜなら、尺八という言葉はいわゆる彼女にさせるのを戸惑っている、アノ行為の隠語だからだ。
 彼女がそんなことを知らず、ただ単純に楽器を褒めているのはわかる。
 だが、俺としてはまったく違う意味で聞こえてしまうから、落ち着かない。
 『父親に教わっている』と聞いたこととて、普通ならば楽器の吹き方を習っているという素直な意味で取れるのだが、今回ばかりはどうしても違うほうが先に頭へ浮かんだわけで。
 ……病気かもしれない。
 俺の頭の中は、そっちでいっぱいか。
 ……いやいやいや。何も知らないからこそ、罪。
 ため息を漏らしながら肩を揉んでいると、先ほどまでと同じように幸せそうな顔をしている彼女を見ながら、ひとりこっそりとため息をつく。
 人の気も知らないで。
 などと思いながら瞳を細めると、なんとも艶っぽいため息が聞こえた。
「……ん、気持ちいい……」
 囁くような彼女の声に、つい喉が鳴った。
 マッサージによるものだというのはわかっているのだが、つい反応してしまう。
 改めて表情を見てみると、なんとも艶っぽい顔。
 そんな顔と声となると――……辛抱したほうだ。俺は。
 そう褒めてやりたい。いや、マッサージは正当な労働。
 だったら、報酬を受け取るのも正当な権利だ。
「っ……! せ、先生っ!」
「……ンな声出すから悪いんだぞ……」
 囁くように耳元に唇を寄せると、くすぐったそうに身をよじって仰向けになった。
 頬に手のひらを寄せれば、向けてくるのは困ったような濡れた瞳。
「マッサージ。気持ちよかった?」
「……う、ん」
「ふぅん。……じゃあ、もっと気持ちよくしてやろうか」
「だっ……だから! それは――」
 彼女の返事を待たずに意地悪く笑みを見せ、ボタンに手をかける。
「やっ……! それは、マッサージじゃないでしょっ!」
「同じだろ? 気持ちいいことに変わりないんだし」
「違うの! やっ……ん……っ」
 パジャマの上から胸に触れると、ひくん、と身体を震わせて首を緩く振った。
 その声に、自然と口角も上がる。
「……気持ちよくない?」
「っ……いじわる……」
 ああ、もしかしなくても俺は彼女に『いじわる』と言われるのが好きなんだろうな。
 眉を寄せて軽く睨む彼女を見ながら、そんな馬鹿なことが浮かぶ。
「っ……」
 再び文句を言おうとでもしたらしい唇を塞ぎ、舌を忍ばせる。
 喉から漏れる、甘い声。
 濡れた音。
 それらがよりいっそう彼女を追い詰める要素になる。
 切なそうに寄せられた眉。
 いつしか髪に触れている、彼女の手。
 それらを感じながら深く舌で口内を味わうと、そのたびに濡れた音がいっそう響いた。
「……ん……っん……」
 口づけしたままパジャマのボタンをすべて外してから、顔を離してやる。
 すると、名残惜しそうに軽く唇を上げた。
「……イヤなんじゃなかったの?」
「ぅ……だって……」
 彼女がそう思ってないことなど、一目瞭然。
 それでも聞きたくなるのは、もうクセみたいなものかもしれないな。
 ……それにしても。
 少しだけ身体を離して横になったままの彼女を眺めると、つい口元が上がった。
「……ヤラシイ格好だな」
「え……?」
 不思議そうな彼女の表情は、今の自分の状況をまったく飲み込めてない証拠。
 ボタンをすべて外されて、肌が露わになっている状態。
 肝心な胸の部分は隠れているものの、丁度真ん中に白い肌で道が作られているような……そんな感じだ。
 つ……と指を這わせて胸の間を撫でると、やっと気付いたらしくパジャマを合わせようと手を伸ばした。
「邪魔しない」
「やっ! だって……」
 ふるふると首を振って頬を染める彼女に瞳を細めてから、首筋に軽く吸い付く。
 途端、身体を震わせて声を漏らした。
 じかに胸に触れながら首筋を舐めると、やけに甘い匂いが鼻につく。
 しっかりと乾かされた、髪の匂い。
 自分と同じシャンプーのはずなのだが、まったく違うもののような気がする。
 これが、“彼女の”という冠が為すわざか。
「ん……や……っ」
 鎖骨から胸元の間を軽くついばむように口づけると、すぐに赤く跡を残した。
 いくつか付けながら胸に下り、そのまま頂を舌で転がす。
「やっ、あ、あっん……ん!」
 邪魔しそうになる彼女の手をベッドに沈ませて舐めあげると、わずかに抵抗を見せた。
 それでも、口から漏れるのは甘い声。
 以前彼女が言っていた『イヤじゃない』という言葉の後ろ盾があるからこそ、もちろん止めるようなことはしない。
「んっ……!」
 撫でるように肌へ触れながら腰に到達すると、ぴくっと反応した。
 腰骨は、彼女が弱い部分のひとつ。
 やたらくすぐったそうに反応をするので、こちらとしては結構楽しい。
「んっぁ……やっ……」
 パジャマに手をかけて腰を撫でるようにしてやると、ふるふると首を振った。
 それでも、舌で胸の先端を含みながら愛撫を続けると、次第にそんな抵抗は消えていく。
 ショーツに指先を引っかけてかけて中へ指を忍ばせると、ぬるっとした感触につい笑みが漏れた。
 なんだかんだ言って、結局自分の愛撫にきっちり感じてくれているワケで。
 それを口に出せば困ったように照れた顔を見せるから、やめられない。
「……やらしいな」
「せ……んせいがっ……するからぁ……」
「何を?」
「意地悪っ……をっ」
「してないだろ? ……わかってないな。意地悪ってのは、こうするんだよ」
「っや!! んん! あ、ふっ……ぁ、あ!」
 囁いてから秘部を撫でていた指をナカへ突き立てる。
 内壁をこするように撫でれば、ひくついて指を締めつけた。
「……やらしいのはどっちだ?」
「あ、や……だぁ……」
 すでに熱くて、今にも溶けてしまいそうな胎内。
 彼女の反応を見ながら指を動かすと、切なげに眉を寄せて声を漏らす。
 肩に置かれた手がぴくぴくと時おり動き、それが感じていることを示す指針。
「はぁ……ぁ、ふ……んんっ」
「……相変わらずいい声」
「い……じわるっ……」
 大きく息を漏らしながら身をよじるものの、そんなモノは片手でどうにかなるレベル。
 そのたびにもどかしそうな瞳で見られ、煽ってるんだろ? と口に出てしまいそうだ。
「は……ぁん」
 確かに、すぐにでも翻弄したい思いはある。
 ……だが、やはりもう少しこういう顔も見たいわけで。
 ちゅ、と唇を首筋に戻してから舐め上げ、抜き取った指のまま茂みを探ると、自己主張している花芽に当たった。
「うぁっあ、や、だめっ……!」
 首の弱い部分と、ダイレクトに刺激のくる部分。
 その両方を責められてか、吐息とともにひときわ切なげな喘ぎが漏れた。
 きゅっとしがみつくように腕を回されて、柔らかい髪が当たる。
 明らかにワザとと思えるような音の立たせ方をしているのも、功を奏しているのかもしれない。
「っあ、ああっ……ふあ、やっ……!」
 止めるつもりはない。
 どれだけ抗われても、これは無理だろう。
 恐らく彼女もそれはわかっているようで、なされるままに悦を感じ取っている。
「んっん……もぉっ……や」
「イヤじゃないだろ? イきたいクセに」
「ちっが……っや! ん、そんなっ……せん、せっ……、あ、あっ……!」
 しがみついている彼女の腕に力が入ったのを感じ指の動きを速め、蜜を絡めて円を描くように責める。
 当然のように彼女の息が荒くなり、短く浅い呼吸へと変わった。
「やっ、や……! あ、はぁっ……せんせっ……ぁあんっ!!」
 堪えるように唇を閉じて昇り詰めると、ぞくぞくと耐え間ない快感が彼女を揺らした。
 それでも、指こそ離せど首筋から唇は離してやらない。
 わずかな刺激でさえ、今の彼女にはダイレクトに大きく響くと知っているから。
「んっ……ぁん……」
 力の入らない身体で髪を梳いてきたのを感じて顔を離すと、しどけなく唇を開いて今にも泣きそうな顔をしていた。
 ついつい浮かぶのは、『ものすごく楽しい』という感情が露わな顔。
 不満そうな彼女を見て、さらに楽しくなる。
「……何が楽しいんですかぁ……」
「全部」
 少しだけ泣きそうな声なのは、気のせいだよな。
 そう思い込んで彼女に口づけし、ベッドの棚へと手を伸ばす。
 本番は、これから。
 ……さて、どうやって楽しもうか。
 銀の封を切りながら、そんなことばかり頭に浮かんだ。


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