「西」
「東」
「あ、わかかれたね」
「だね」
 瀬那家のリビングでは、パジャマ姿でコタツに入ったままの少女ふたりが、何やら真剣な顔で頷きあっていた。
 その雰囲気はいつもと違い、表情も少しだけ硬い。
 ……そうしよう。
 うん。そうしよう。
 お互いに『うんうん』と頷きあっている姿は、ハタから見ると若干滑稽にも見える。
 だが、ふたりはまったく気にしていないようだった。
 それも、そのはず。
 なぜならば今夜の瀬那家は、彼女らが“主人”というポストに就いていたから。

 ――そのころ。
 寒風吹き荒ぶ一本道を、男ふたりは歩いていた。
「くっそ、さみー。やっぱ、車で来るんだった」
「でも、この時期はどこで警察が張ってるかわからないからな。捕まって罰金、よりはいいだろ?」
「そりゃそーだけど」
 コートの襟をしっかりと立てて、足早に歩く彼らが向っている先は、まぎれもなく愛しの“我が家”。
 だが、このときの彼らはまだ知る由もなかった。
 まさか、彼女らが真剣に話し合って取り決めたことを、すでに実行していたなどとは。

 ガチャ。バタン。

「っ……! お前、もう少し静かに閉められないのか?」
「るせーなー。いーだろ? 別に」
「よくないだろ。ふたりはもう寝てるんだから」
「どーだか。……お袋たちがいないのをいいことに、夜中まで騒いでたんじゃねぇの?」
 しんと静まり返った瀬那家の1階に響く、時間をまったく考慮していない声。
 それでも極力抑えようとヒソヒソ声ではあるのだが、夜というにはもう少し深い時間。
 ほかに物音がしないのもあってか、どうしても大きく聞こえてしまうのは仕方がないだろう。
「あー……クソ。優人のヤツ、結局肝心な話なんもしてねーじゃん」
「アイツはいつものことだろ? だいたいお前は、話なんて聞かないでずーっと酒ばっか飲んでたくせに」
「……気のせい」
「そんなわけないだろ」
 ギシ、と鳴る階段を上がる、スーツ姿の彼ら。
 本日は、某所で行われた新年会というには早すぎる会に呼ばれていた。
 ……何も、コイツと一緒に呼ばれなくてもいいだろうに。
 お互いにそう思っているのは、当然知る由もない。
「……あー……ねみー」
「さすがに、量飲んだからな。……時間もまずい」
 真っ暗な廊下に、ぽっと灯りが浮かぶ。
 それは携帯電話の特有のもので、暗闇に慣れていたふたりには少々強すぎてか、互いに目を細める。
「……寝よ」
「だな」
 パチン、と小さな音で携帯は閉じられ、再び真っ暗な世界が戻る。
 それでも一方の男は慣れているのか、いたって普通にドアノブを掴んだ。
「……あ。そうだ」
「ん?」
 カチャ、とドアを開いた彼が、ふと思い出したように足を止める。
 ……言いたいことがある。
 つーか、これだけは言っとかねーと。
 そんな思いから、ため息を漏らす。
「いーか? いくらお袋たちがいねーからって、人の部屋の隣でヤんなよ?」
「……お前、そーゆーことしか言えないのか?」
「いや、だってそーだろ? つーか、葉月も居るんだから忘れんな」
「それはこっちのセリフだ。その言葉、そっくり返してやろうか?」
「……ち。わーってるっつの」
「それはこっちも同じだ」
 結局、最後にハン、と笑ったのは言いだしっぺではないほうで。
 ……ちくしょう。
 ざまぁみろ。
 表情が見えないのが幸か不幸か、それぞれ違うドアへと消えていった。

 数秒後。

 バタバタンッ
「はぁ……!?」
「……なっ……んで?」
 真夜中だと散々言っていたのに、まったく気にしないかの如き大きな音を立てて、ふたりはそれぞれ部屋を飛び出してきた。
 そして。
「…………」
「…………」
「……わかってんじゃねぇか」
「お互いな」
 暗闇に慣れたのか、それぞれ――ではなく。
 互いに背を向けたドアを指差していた。
 暗黙の了解。
 そう言いたげな表情で、各々は向かいのドアへと改めて姿を消した。
 そこにあるであろう、事実のために。

 これは、ほんの少しだけ未来のお話。
 だけど、未来はすぐに手に入るもの。
 きっと――……すぐに訪れる、既成事実とも言うべきか。

 さぁ。
 あなたは、どちらを選びますか?

瀬那さんちの2階ホール。右と左にドアがあります。左のドア右のドア

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