「っ…ん…」
これまで、何度思っただろう。
この肌に直に触れたい、と。
「……ぁ…ん…」
首筋に口づけてから胸に触れ、ついばむように軽く吸う。
そうすればすぐにそこが紅く染まり、身体の底から何とも言えない気持ちが湧いてきた。
「……やっ…だ…」
「…ンな台詞言うような女じゃねぇだろ」
「っ…馬鹿…」
「それでこそ、お前だな」
掌を下腹部へ向けた途端にさえぎられたものの、すぐに彼女らしい態度と言葉へ変化した。
…とはいえ。
本気で拒まれても――…これ以上は待てない。
その時はきっとあの日の夜みたいに、また、情けなく懇願するんだろう。
『欲しい』なんて言葉の意味が、これ程大きな意味を為すとは。
……正直、知らなかったと言った方が正しいかもしれない。
「ふ…ぁん…」
しどけなく開いた唇から漏れる、幾つもの甘い言葉。
当然その時と言うのは俺が絵里に触れている時だからこそ……言いようの無い欲が更に湧く。
もっと、感じて欲しい。
もっと、声を聞かせて欲しい。
もっと――……
「…ねだれよ」
「……は…ぁ…?」
「欲しいって、ねだってみろ」
「…ば…馬鹿じゃないのっ…!?」
言われると思った言葉。
だが、だからこそ表情を崩さずに済んだ。
「っ!?」
「馬鹿で結構」
「や、ちょっ……ま…!」
「…欲しくない、なんて言わせるつもりねぇけどな」
「んっ…っは…!」
ショーツの上から這わせていた掌を進ませ、そのまま直接秘所に手を出す。
途端に、熱く指先に触れる箇所。
…それを実感して、予想が確信に変わった。
「…欲しがってるクセに」
「ばっ……馬鹿…!」
「……まぁな」
きっと今頃、顔を赤くしてるはず。
…そして、俺を見てまた『馬鹿』だって言うだろうな。
嬉しさか楽しさか……はたまた、それとは全然違った何かか。
そんな感情から、明らかに笑ってるんだから。
「……絵里」
「ん……な…に…?」
「這入っていーか?」
「ッ…な…」
指を含ませたまま、唇を耳元へ寄せる。
その時漂ったシャンプーの甘い匂いは、これまで嗅いでいた物とは全然違うように思えた。
「…もういっぺん、聞きたいのか?」
「………言いたいの?」
「……言ってもいいけど?」
「…………馬鹿…」
少しだけ、いつもの絵里らしい言葉だと思ったのに、やっぱりすぐ彼女らしからぬ語勢へ変わった。
いつもと違って、しおらしい彼女。
そんな姿をずっと見せ付けられているからこそ、もしかしたら余計に俺は煽られているのかもしれない。
「…っ…」
「少し、我慢な」
「……ん…」
ぐいっと足の間に身体を割り込ませ、自身を宛がう。
その時の絵里の表情は、何とも言えないほどにゾクっとした女の艶っぽさが漂っていた。
「ッ…んぁっ…!」
「…っく…」
這入る途端に締め付けが襲い、僅かながら自分も声が漏れる。
…ヤバい。
くらくらする程に良すぎる中は、少し動くだけでも堪らないほど甘美だった。
「……すっげ…」
「は…やだ…」
「何が…?」
「………っ…おかしく……なりそ」
「ッ…」
瞳を合わせて、絵里が呟いた途端。
これまでに感じた事が無い程の大きな快感の波が、背中を走った。
「っ!あぁっ…ん、やっ…」
「…んな、顔っ……すんな…!」
「だっ…て……っはぁ、あん、んっ…」
腰に手を当てて揺さぶってやりながら、ただただ求める。
もっと、彼女を。
彼女が与えてくれる、悦を。
ただそれだけをどうしても欲しくて、自らねだっていると言う事に暫く気付かなかった。
「っ…絵里…」
「…もっと……っ…」
「…?何を…?」
吐息混じりに名前を呼ぶと、少し掠れた声で絵里が首へ絡めた腕に力を込める。
その時肌に感じた吐息が、やけに熱かった。
「名前……っ…呼んで…?」
「ッ…!!」
「っや…あ、ぁんっ…!ん、じゅ…んやっ、純也ぁ…っ…!」
潤んだ瞳で、掠れの残る甘い声で。
…そんな武器を2つも携えてンな顔されたら、俺に勝ち目なんてあるはずが無い。
何も言えずにきつく彼女を抱きしめ、その首筋へ顔を埋めながらしっかりと揺さぶってやる。
…もっと、欲しい。
だけど、それは――…口に出すのは彼女の仕事。
「…っは…」
短く息をつきながらそんな事を思うと、果てへの瞬間がすぐに訪れた。

本当は、違った。
一度だけ。
そう決めてねだった口づけで、全て忘れるつもりだった。
キスをして、抱きしめて。
…それで、時間が終わったら別れるつもりだった。
潔く、男らしく。
ケジメってヤツをつけて、あっさりと引く。
――…そのつもりだったのに。
「…………」
ふと身体の向きを変えれば、すぐそこには未だ深い眠りについている絵里が居た。
…計算が狂ったと言うか、何と言うか。
でも、これがきっと俺らしいモノだったんだろう。
一度味わえば、そんな簡単に離せるはずがない。
ましてや、自分が好きになった女だからこそ、余計に。
「……愛してる」
なんて、クサくて信じられない台詞を、その耳元で小さく吐く。
聞こえていないだろう。
…いや、むしろその方が都合もいいか。
すーすーと規則正しい寝息を立てる絵里の髪を撫でながら、何とも言えない笑みが漏れた。

後日。
今回の一件を踏まえた上で、絵里が俺を両親へ改めて紹介した。
その時、当然周囲の反応は『冗談』としか取っていなくて、とてもじゃないが全くいい雰囲気なんかじゃなかった。
…だが。
絵里のヤツが、その時初めて見せるような顔でしっかりと話してくれたのだ。
あの時は正直言って驚いたが、嬉しくもあったワケで。
お陰で、晴れて自由の身になった――……はず。
……ま、さすがに同棲は許可されなかったけどな。色んな意味で。
それでも、かけられた魔法が切れる事は無かった。

………と言ったら、自分をシンデレラになぞらえた話としても、上出来なんじゃないだろうか。


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