何かあるな、と言うのは分かった。
…が。
それが『何であるか』までは、さすがに遠目からでは分からなくて。
「……な…っ…!?」
……部屋の前まで来て、大変なモノがある事に気付くハメになった。
「…あ…。お帰りなさい」
「お……かえり、じゃないだろ!?何してるんだ、こんな所で!!」
眠そうに目を擦った彼女に、瞳は丸くなったまま。
…そう。
ドアの前にある『何か』と言うのは、毛布に包まった彼女本人だったのだ。
「っ…や!」
「こんなに冷たくなって…!風邪引きたいのか!?」
「や、ま、待って下さいっ!」
ぐいっと彼女の手を引いて立ち上がらせ、開けたドアから中へ連れ込む。
――…が。
彼女は、なぜか頑なに首を振って部屋に入るのを拒んでいた。
「何して――」
「私っ…!入っちゃ、ダメって…」
その時、真っ直ぐ正面から彼女の瞳にぶつかった。
……入るな、と確かに言った。
だけど、まさかこんな事をするとは微塵も思わなかったから、やった事で。
「……分かった。アレはもう、無しにしよう」
眉を寄せて今にも泣きそうな顔をしてる彼女に、ため息と共に視線が落ちた。
「……で。どうしてあんな場所に居た?」
「…………話、したかったから…」
「…それだけ?」
「っ…それだけって…!私には大きな事です!」
ベッドに彼女を座らせた途端、きっとこちらを見上げた芯の強そうな瞳。
まさか、コレ程強く答えが帰ってくるとは思わなかった。
…だから、揺れる。
頭が勝手に、いい方向へと希望的観測を打ち立てるから。
……ありえない。
そんな事は、ありえないのに。
それでも、やはり止める事は出来ない。
「……悪い」
ふいっと視線を逸らして上着を脱ぎ、ベッドへ放る。
…瞳を直視するって言うのは、やけに大変な事なんだな。
眼鏡と言う『盾』があっても、これ程までに強く揺り動かされる。
……彼女は、なんて強い人なんだろう。
これまで一緒に暮らして、分かった事。
よく笑って、よく泣いて。
困ってみせて、穏やかに頷いて。
…俺も、感情をここまでストレートに出せたら、きっと違うだろうなと思った。
しっかりと背を正して、真っ直ぐ前を見て歩いていく子。
一体何度、彼女のようになれたら…と思った事か。
「祐恭さんは…」
「…え?」

「私のこと……嫌い、なんですね」

「なっ…!」
彼女の瞳に掴まるのが恐くて背を向けていたら、思っても無い言葉が突き刺さった。
「ちょっ…!は?どうしてそうなる?」
「だって…っ…!私のこと、ずっと遠ざけてたじゃないですか!」
「いや、だからあれは――」
「違いません!あれが、何よりの証拠でしょう?」
ベッドに両足を乗せて座っている彼女に慌てて向き直り、その肩を両手で掴む。
だが、辛そうな顔で首を振った彼女は、先程までと違って――…俺の目を見ようとしなかった。
まるで、避けているかのように。
……そう。
これまでの、俺みたいに。
「だから、どうしてそうなるんだ!?違うだろ?俺は別にそんな事――」
「じゃあっ…!それじゃあどうして、あんな事したんですか?…あの日までは……、キスもしたのに…っ…」
「っ…それは…」
情けなくも、彼女から漏れた『キス』という具体的な言葉で身体が反応した。
…そんな顔を、見せないでくれ。
俺が知ってる彼女は、いつだって穏やかな優しい笑みを見せていた。
それなのに、今はどうだ?
……今にも泣きそうな瞳で、辛そうに眉を寄せて。
――…しかも、これをさせているのが俺自身だなんて。
どこまで愚かなんだ、俺は。
「…違う。嫌いなんじゃなくて、羽織ちゃんが大人だって事に気付いたからなんだ」
「大人…?私のどこが大人なんですか?こんな…何も出来ない、高校生なのに」
「そんな事無い。十分立派な大人だろ?…高校生は、子供じゃないよ」
「………けど…っ…!」
「子供じゃないから、一緒に寝られない。…分かる?羽織ちゃんは、大人の女性なんだ。だから、キスも一緒に眠る事も、出来ないんだよ」
目一杯、瞳に溜められた涙。
それが余りにも痛々しくて、そして正直な彼女の気持ちで。
何度か直視出来ずに視線が逸れながらも、1つ1つ俺の言葉で彼女に続けた。
「…分かる?」
「……わかんない…」
「…んー…」
息を整えてから彼女を見ると、ふるふるっと首を振って唇を噛んだ。
…さて。
それじゃあ一体、どんな風に説明したらいいだろうか。
直接的な言葉は避けたいし、なるべくなら――……などと、悠長に考えていた時。
彼女が、先に口を開いた。


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