「ぁ…っ…」
何かを抑えるかのように、絞られた声。
だが、それでも彼女独特の甘いモノは十分に感じ取れる。
「…や……んん…」
一体何度、触れたいと思っただろう。
…そう、ずっと思ってきた彼女。
その身体に、今こうして誰に邪魔されること無く触れている。
「っ…ぁ…ん…」
「…スゴい……可愛い」
「!…可愛くなんかっ…」
「…可愛いよ。凄く」
まるで自分の欲望が表に出たかのような、自然な笑み。
これを彼女が見たら、どんな反応をするだろうか。
…少なくとも、笑顔で迎えてくれるような事は無いだろう。
たった数ヶ月と言う短い時間ながらも、彼女の事はこれでも他の誰より分かってると言う自負があるから。
「…あっ…!」
なだらかな胸のラインを、服の上から指先でそっとなぞってみる。
…聞かせてくれる、甘い声。
それが、たまらなく欲しくて、たまらなく――…愛しい。
「……もっと」
「え…?」
「…もっと、聞かせて?」
「っ…」
わざと彼女の顔を見るように身体を起こし、ねだってみる。
だけど、これは俺の素直な我侭。
自然と瞳が細まったのが、何よりの証拠。

『欲しくてたまらない』

たったそれだけの言葉が、今の俺を支配していると言っても過言じゃないだろう。
これまで、欲しくて欲しくてたまらなかった。
だからこそ、タガを外された現在は――…当然反動がデカい。
「あ、やっ…」
「…嫌?」
「だ…だって…そんな……所っ…」
ついばむように首筋や胸元に唇を寄せながら、掌を服の下へ忍ばせた時。
びくっと反応をした彼女が、緩く首を振って両手で身体を押した。
「…恐い?」
「そ……うじゃない…ですけど…」
「……それじゃ、何…?」
「ん…っ…」
わざと吐息交じりに、耳元へ囁く。
その時、押していた彼女の掌が、僅かに震えた。
…恐さから?
それとも――…何かを感じて?
「…どっちもか」
「……え…?」
「いや、こっちの話」
不思議そうな彼女の頬を撫でてから、ふっと笑みを見せてやる。
…赤く染まってる頬は、これまで見た事が無いわけじゃない。
でも、こんな風に――…押し倒すような格好で見るのは、当然初めて。
「……っ…」
ゆっくりと唇を重ね、舐め取るように口づけを落とす。
見た目にも艶やかな唇は、舌で撫でれば当然心地良くて。
「ん…んん…っ」
息をつかせる間も与えない程に深く求めると、その度にシャツを掴む手が心底嬉しかった。
…間違ってる、だろうか。
彼女に、どんな形であろうと自分を求めさせるのは。
「…ふ…ぁ…」
――…だが。
一瞬離れた彼女が短く息を吸った時、見せてくれた顔。
…それを見て、考えはやっぱり修正出来なかった。
「んっ…!ぁ…や…ぁんっ…!」

もっと、欲しがって。

耳元で小さく囁いてから首筋に残したシルシを舐めると同時に、胸へ直接触れていた。
「…あ、あっ……ふぁ…ぅ」
絶え間なく漏れる、彼女の甘い声。
そして、掌へダイレクトに得られる、滑らかな感触。
そのどちらの刺激も愛しくて、自身が昂ぶるには十分過ぎる要因で。
自分でも自制が利かない程に、先へ先へとどんどん掌が進んでいく。
「…ま…っ…て、祐恭さんっ…!」
「どうして?」
「っ…!……だって…そんな…」
瞳を丸くした彼女に、こちらは至って平静を装ったままで続けてやる。
彼女の反応が見たかった、と言うのもある。
だが、それ以上に――…俺の事全てを受け入れて欲しいと思った。
…我侭だな、完全に。
彼女の気持ちも考えずに我を通そうとする自分が、心底浅はかだとも思う。
だけど。
「…っ…ん…」
「…ずっと、考えてたんだよ」
「……え…?」
柔らかな胸に触れ、つつっと指先で肌を撫でる。
きめの細かい、自分が思っていた以上の滑らかさ。
…だから。
ずっと、ずっと――…
「…俺の事、どこまで試すつもりだった?」
「……試す…?え?…そんな事、私は…っ…ぁ」
「薄いパジャマ一枚だけで、俺の前に立って」
「ぁ…や……っ…ん…祐恭さ…!」
「キスも抱きしめて寝る事も拒まずに、可愛い顔見せて」

「――…自覚が無い、なんて言わせない」

ボタンを外しきった上着を開いて、直接唇を寄せる。
途端に彼女の声が変わり、少し濡れたような響きを持った。
…それが、何とも言えずに嬉しくて。
どんどんと、『もっと』と言う欲求ばかりが芽生えてくる。
風呂上りの彼女が、下着を着けない事は知っていた。
…これまで、何度も彼女を抱いて眠ったんだから。
だから、辛かった。
触れたいと思う肌に、触れる事を許されない現実が。
どれだけ煽られたか、彼女は知っているだろうか。
隣で、渇望し、いつか一線を越えてしまうのではと自分でも恐かった事を。
「あっ…ん…!や…」
しっかりと彼女自身が感じている事を主張している、胸の先端を舐め、そのまま下腹部へ手を伸ばす。
…きっと、彼女は何も知らない。
それを知った時、自分が『最初』になる事をどれだけ望んだだろうか。
……それが、今、こうして現実になろうとしている。
「……羽織」
「ッ……あ…」
「…恐い?」
指先でパジャマとショーツを少しだけずらし、彼女に問う。
当然、彼女は困ったように瞳を揺らした。
…だけど、やっぱり俺は我侭だから。
そう自覚があるからこそ、どうしても欲しかった。
彼女自身の言葉での、許しを。
「……祐恭さん、なら…」
「…俺?」
きゅっとシャツを握って視線を合わせた彼女が、おずおずとした仕草でゆっくりと首を縦に振った。
不安か、それとも――…悦か。
何らかの理由から、潤んでいる瞳。
…そんなモノ見せられて、どうして冷静で居られる?
ここまで耐えた事は、ある意味奇跡だったと言えよう。
「……俺なら、何?」
「っ…」
瞳を細め、口元を緩める。
…言って?
そう、彼女に訴えながら。
「……祐恭さんなら……恐く…、ないから…」
強がりとも、嘘とも取れる言葉。
ヘタしたら、俺が『言わせた』言葉でもある。
……でも、それが彼女の本音だと思いたかった。
彼女が俺の事を『好き』と言ってくれた、あの時があったから。
「……ごめん」
「…え…?」
その頬を撫でていたら、ぽつりと言葉が漏れた。
当然彼女は瞳を丸くして、不思議そうに――…ほんの少し不安そうに、まばたきを見せる。
…こんな事言えば、彼女がこういう顔するって分かってるのにな。
俺は一体、どこまで我侭なヤツなんだろう。
「…セーブ、利かないかも」
「……っ…」
首筋に顔をうずめると、彼女がぴくんと反応するのが分かった。
「ぁ…」
いつしか、ぎゅっと首に回された彼女の腕。
その力の強さが、彼女の不安な気持ちだろう。
「…大丈夫だよ」
「………ん…」
彼女を落ち着かせるように呟きながら、そっと――…ショーツを引き下ろす。
その時緩く彼女が首を振ったが、ここまで来た以上、やはり自身を止める事は出来ない。
「んっ…や…ぁん…!」
一際、甘美で甲高い声が耳元で聞こえ、ぞくりと背中が粟立った。
指先に絡まる、熱い蜜。
…そして、彼女という『女』の部分。
そのどれもが、俺を容赦なく煽る。
「……すごい」
「や…だぁ…っ…恥かしい…」
「…どうして?俺は凄く嬉しい」
「っ…だ……だって…」
「…可愛いよ。羽織」
「んんっ…!」
少しでも指を動かせば、部屋に響くほどの濡れた音。
淫逸で卑猥。
だけど、だからこそ本能の部分をダイレクトに刺激する。
……加減が、出来なくなる。
「やっ…ぁ…ふ…」
苦しげに息をつき、しっかりと瞳を閉じて……俺だけを感じている彼女。
そんな子の全てを身近で感じて、どうして黙っていられようか。
……これ程までに、煽られてるのに。
しかもそれが、好きな女ならば尚更。
「あぁっ…!!」
「…力、抜いて」
「だ…けど…!…っや…」
つぷ、と言う音と共に彼女の中へ指を挿れる。
途端に、熱い胎内と溢れるほどの蜜が迎え、短く息が漏れた。
「…すご…」
「やだ…ぁ…っ……言わないで…っ」
「スゴいそそられるのに?」
「ッ…!…そ…んな…」
「…ホントの事だよ」
くちゅくちゅと中を探るにつれて、彼女がどんどんとイイ声を上げる。
…ああ。
やっぱり、彼女と言うのはどこまでも果てが無いんじゃないだろうか。
俺が彼女に追いつける日は、もしかしたらずっとずっと――…いや、むしろ来ないのかも。
「…そろそろ、いこうか」
『いく』と言う表現は、正しくないかもしれない。
むしろ、俺は彼女に這入るのを許して貰う立場なんだから。
「……い…く?」
「…這入ってもイイ?」
「……………っ…あ…!」
だるそうにしながら、少しだけ不思議な顔をした彼女。
だが、すぐに意味が分かったようで、瞳を丸くしてから視線を逸らしてしまった。
「…恐い?」
「………う…ううん……そんな事は…」
「じゃあ…」
「…………来て…下さい」
恐る恐ると言った具合に、俺を真正面から見つめた彼女は、心底可愛い女だった。
…愛しい相手。
そんな彼女を、眼鏡を通さずに直接見つめた今夜。
……だからか。
これまでと全く違って、自制が利かなかったのは。
そして――……これ程までに彼女を欲しいと思ったのは。

「……愛してるよ」

ベッドの上で、彼女に囁く事は無いと思ってた。
言うならば、もっとちゃんとした場所で、ちゃんとした時に――…と思ってたんだが。
「………ん…嬉しい…」
瞳を一層大きくして、涙と笑顔を浮かべてくれた彼女を見たら、そんな気持ちは吹き飛んだ。
…相手に伝える事。
それが大切なんだと、思う事が出来たから。

「…祐恭さん」
「ん?」
ベッドの上で髪を撫でていると、もぞもぞと動いた彼女がこちらを見上げた。
…あー。
この角度、好きかもしれない。
上目遣いがとても可愛らしくて、思わず笑みが浮かぶ。
「……ずっと…一緒に居てくれますか?」
まるで、『どう言おうか心底迷った』みたいな顔の彼女が、ようやく口にした言葉。
それはやはり彼女らしく可愛いもので、何とも言えない気持ちで一杯になる。
「勿論」
小さく頷いて彼女を抱き寄せ、その頬に口づける。
すると、嬉しそうに彼女が腕を回してきた。
…素直に喜んでくれる事ほど、嬉しい事は無いな。
彼女と接していると、心底そう思う。
………………。
……ちょっと、待った。
「…離さないからな」
「……え?」
「学校も行かせないから」
「………えぇ!?」
ぐるぐると頭を巡る、様々な考え。
渦巻いていただけの(もや)が、どんどんと形を成していく。
「当たり前だろ?学校なんぞに行って、教師にでも目を付けられたらどうする」
「まさか!!そ、そんな……先生となんて…」
「分からないだろ?今の時代、何があっても不思議じゃないんだ。ましてや、教師の質だって低下してるって話じゃないか。…安心出来ん」
世の中、そう言う『禁忌』と言う間柄ほど何とやらとも言うし。
…ダメだ。
絶対、教師にちょっかい出される。
……いや。
ヘタしたらもう既に、そう言うヤツが居たりして…。
「……ダメだからな」
「…え…?」
「教師なんて、簡単に信じるな。いいか?相手は自分より年上で、経験も違うんだぞ?言ってる事全てが正しいなんて思うな。どんな事でも、疑って掛かれ」
「そんなぁ!先生はそんな事――」
「分からないだろ?それに、羽織は妙に教師受けが良さそうだし。…あんまり質問とか行くなよ」
「…でも、分からない所があったら…」
「その時は、俺が教えてやるから」
「……もぅ…」
なぜか、いとも容易く彼女が教師――…当然、独身の男性教師、に可愛がられている姿が想像でき、すらすらと予言する事が出来る。
…まさか、そんな事無いよな。
ありえない。
もしそんな事になったら、相手の男訴えてやる。
瀬尋グループの力、ナメ――…
「っ……何?」
「…もぅ。祐恭さんは心配しすぎですよ」
「いや、だから。世の中にはあり得ない事なんて幾らでもあるだろ?だから、俺はそれに対する予防策を――」
「心配しなくても大丈夫です!……私には、祐恭さんが居るんだから…」
ぼそり。
彼女が視線を外して呟いた一言は、あまりにも大きく身体に響いた。
「……え…?」
「…い、一回だけです…っ…!もうおしまい!」
「何で。もう一回」
「っ…だめなの!終わり!」
「いいじゃない。もう一度言って?」
「……うぅ…ダメだもん…」
耳まで真っ赤に染め上げた彼女へ詰め寄り、ぎりぎりまで顔を近づける。
…可愛い子。
それはこうなる以前から分かっていたが、やはり改めてそう思う。
「…愛してるよ」
「……私も…愛して…ます」
意地悪く耳元で吐息混じりに囁くと、彼女もゆっくりと応えてくれた。
心底幸せな人間。
それは、きっと他の誰でもなく俺自身だろうと思う。

――…夜、彼女を抱きしめて眠りながら、ふと瞳が開いた。
僅かでも身体を動かせば、起きてしまうんじゃないかと不安になるくらい、ぴったりとくっついている彼女。
そんな姿を微笑ましく思いながら、そっと……ベッドの棚に手を伸ばす。
「……………」
いつか、彼女にあげる日が来ればと思っていた。
理想でしかなかった、時。
だが、それが今こうして現実のものになった。
「…………」
そっと彼女の左手を取り、その――…薬指に、通すモノ。
それは『いつか』を願って自分で買った、彼女の為のリングだった。
…明日の朝、これを見つけたらどんな顔するかな。
それが思い浮かんで、どうしたって笑顔が浮かぶ。
きっと、世の男性陣は皆同じような事を企むんじゃないだろうか。
彼女の反応を期待して、敢えてするこんな事を。
……愛しい女が居るならば、きっと。
「……おやすみ」
可愛く眠る彼女の左手に自分の手を重ねて握り、改めて共に眠る事にした。
――…明日の彼女を思い描いて。


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