「…………」
「…………」
「…………」
「……ちょっと」
「…何だよ」
「こんなに愛想の無いホストが居るなんて評判になったら、潰れるわよ?」
「………るせーな…」
足を組んだまま彼を見ると、全く身じろぎせずにぽつりと呟いた。
「…ったく」
純也は知らないのかしら。

『ここは舞台。私達は女優』

…って言う、有名な言葉を。
あれはまぁ確かに『お水』の話だけど、でも、ホストだって同じようなモンでしょ?
彼らにとって、このお店は『舞台』であり、彼ら自身は『俳優』で無ければいけないと思う。
ここでの楽しくて気持ちいい時間を買う為に、お客さんはお金を払っているんだから。
「…ったく。おもてなしって言葉知らないの?」
「知らないね」
ソファにふんぞり返ったままで私を全く見ようとしない彼を見たら、大きく……それはもう大きくため息が漏れた。
「だーかーらーー!!」
「うわ!?」
「アンタは私をもてなす主人(ホスト)なんでしょうが、アホ!!」
「…は……はぁ…?」
「私をイイ気分にさせられなきゃ、金払わないわよ!?」
「ぐっ…くるし…!」
ぐいっと胸倉を掴んで引き寄せぐらぐらと揺さぶると、『ロープ』なんて古い言葉を言いながら彼が手首を叩いた。
…ったく。
折角……そりゃあもうかなり折角!
稔さんと雅都さんが『極上ホストが居る店』なんて言うから、めかし込んできたのに!
……絶対、楽しむ。
絶対絶対、普段じゃありえない位の時間を味わってやる。
「…それじゃ、よろしくね?」
私はそう決め、こちらを恨みがましく睨んでいる彼を見ながら、にっこりとした微笑みを向けた。

――― 純也 junya ―――

「こんばんは」
「…………」
「…こーんーばーんーはーー?」
にこにこと微笑を絶やさずに、純也の隣へ座ったまま顔を覗き込んでみる。
すると、何やら怪訝そうにこちらを見てから、深いふかーいため息をついた。
「……はぁー…」
「…ちょっと。もっと愛想のある顔――」
「いらっしゃい」
「………は…ぁ?」
「キミ、可愛いねー。年幾つ?」
ざっと手で荒く前髪を上げた彼は、その時から変わった。
これまで見せていた様な嫌そうな顔から、にっこりとした――…私でもこれまであまり見た事が無いような笑みを見せたのだ。
……ホストみたい。
え?って言うかそれじゃあ、やる気になったって事?
「…18」
「名前は?」
「絵里」
「絵里チャン、ね。…ダメだよ?そんな若い時からこんな場所通ってちゃ」
「…ほっといて」
カラン、と言う音を立ててグラスに氷を入れた純也が、いかにも『年上』って顔をしながら小さく笑う。
……ふぅん?
そうやってると、なかなか様になってるじゃない。
たまにしか『カッコいい』なんて感じなくなってきた純也だからこそ、なんだかちょっと嬉しくなる。
ホストクラブなんて、所詮は遊び。
…ゲーム、ね。言い換えれば。
お互いそれは分かってる事だからこそ、ここでの時間は思い切り楽しむ。
そういうモノだ。
……そうよね?
「…何?」
「んー、別に?」
「あ、そ」
目が合った純也を見て口元が上がり、再び先程までと同じ微笑が浮かぶ。
…楽しもう。
ていうか、本気で。
コースターを敷いたその上にオレンジジュースを置いた彼を見て、くすっと笑いが漏れた。
「ねぇ、ジュンジュンー!ちょっと聞いてよー」
「は!?」
「何よ。『純也』だもん、ジュンジュンでいいでしょ?」
「そ……そうだな」
べたぁっと腕へ絡まるようにしてから顔を見上げると、思いっきり怪訝そうな顔をした。
…ち。
折角、仮想現実(ヴァーチャル)がイイ線行き始めたのに、面白くないわね。
結局、根底じゃ馬鹿を出来ないって事か。
「実はねー、私の彼氏も『純也』って言うんだけどぉ」
「…へぇ。そりゃ奇遇」
「でもでもー!似てるのは名前だけなのー」
「……何だそりゃ」
「………何か言った?」
「いや、何も?」
「あ、そう」
ふっと瞳を細めて呆れた純也を軽く睨んでから、更に身体を寄せて続けてやる。
「純也ってば、すっごい不精でー。付き合い始めた頃はデートとかも服装とかもマメだったのにね?今じゃまるで、『休日のお父さん』みたいなのよー?」
「ふーん」
「…何?ジュンジュン。もしかしてツマンナイとか思ってる?」
「いやー、全然?ちょーおもしれー」
「でしょー?でさー、この前も『久しぶりにデートしよう』とか言ったら……アイツ何て言ったと思う?」
丁度、先週の日曜日の事。
ごろごろと相変わらずテレビを付けたままで駅伝を見ていた純也の横で、久しぶりに新聞の広告を見ていた時だ。
珍しくキラキラした広告があるなーなんて思って見てみると、なんとまぁ新しいゲーセンのオープニングの知らせ!
『プリクラ撮り放題』とかってありえない位太っ腹な記事で、さすがの私も眠気が冴えた。
それで、最近純也とプリクラ撮って無いしなー……なんて思って、誘ったのに。
…誘ったのに……!!
「…さー…。何て言った?」
とぼけた顔して首を傾げたジュンジュン……もとい。
ホスト・純也に、『キッ』という音が聞こえるんじゃないかという位に顔が向く。
……言ったわね。
言っちゃったわね、コイツは…!!
「『ンな下らねーモンに遣う時間が勿体無い』って言ったのよ!!この口が!!!」
「ぐわ!?」
「下らないって何よ!人が折角行きたいってお願いしたのに!えぇ!?ありえない!信じらんない!!この馬鹿!!」
「ちょ、まっ…!!」
純也へのしかかる様に体重を掛け、その頬を両手で摘んで思い切り引っ張ってやる。
ありえない!!
折角、折っっっ角行きたいってねだったのに!!
最悪なんだから、この男!!!
…あーもー、思い出したらまた腹が立ってきた。
くわー!!
「だ、ちょっ…ま……!!待てって!!」
「何よ!?」
「大変な彼氏なのは分かるけど、俺は違うし!」
「はぁ!?何言っ――」
………ぴた。
引きつったような薄笑いを浮かべた純也を見ながら、つい……動きが止まった。
「…な!ほら、俺、ホストだし!同じ名前なのは分かったけど、でも、違うし!」
「………………」
私の力が緩んだからか、純也がまるで勝ち誇ったかのように私の手を外した。
…むー。
自分でそう言ってしまった以上、『違う』と言えないのが悔しい。
『何言ってんのよ馬鹿!』って一蹴しちゃえばそれで済むのかもしれないけど、でもそれをしてしまうと折角稔さんと雅都さんが考えてくれたこの事全てを、否定してしまうようで――…嫌だ。
…だから、何も言えなかった。
悔しいんだけど、物凄く。
「…じゃあ、ジュンジュン慰めてよ」
「………は?」
「だーかーらー。ジュンジュンはホストなんでしょ?ウチの純也と違うんでしょ?」
「それは…まぁ」
「だったら、慰めて。可哀想な彼氏を持って苦労してる私を、ちゃーんと慰めて」
ずずいっと顔を近づけて純也を下から覗くようにすると、『う』なんて少し言葉に詰まったような顔を純也が見せた。
でも、今更遅い。
自分だって今確かに『俺は彼氏じゃなくてホストだ』って言ったんだもん、言い逃れは出来まい。
…さあ、見せて貰おうじゃない?
ホスト・純也の力量。
まじまじと彼を見ていたら、にやっとした笑みが漏れた。
「……こほん。いやー、可哀想だなー絵里チャンって。いい子いい子。俺が慰めてあげるよ」
「でしょぉー?可哀想よね、私?」
「ああ。とっても」
「そうよね?そんな彼氏持って、可哀想よねー」
「可哀想、可哀想」

「じゃーあー、キスして?」

物凄くワザとらしい咳払いをした純也に擦り寄り、潤ませた瞳できらきらと見つめてやる。
「……は…?」
「だから、熱いちゅーして慰めて」
うんうんと全く気持ちを込めずに頷いていた純也が、まるで音でも鳴るかのようにゆっくりと首を動かした。
「な…に言って…」
「だって、ホストでしょ?ジュンジュン。私が『して』って言うんだから、してよ」
「………いやいやいやいや、ちょっと待て。っつーか、え?何?お前、馬鹿?」
「るっさい…!誰が馬鹿よ、馬鹿!!慰めろっつってんでしょ!?」
「いや、だから!こんな大勢居るような場所で言う事じゃ――」
「何よ、出来ないって言うの!?」
「だ、だから…!ちょっと待てよ!絵里!」
「『絵里』じゃないわよ、馬鹿!誰が呼び捨てしていいっつった!!」
「何も、今そんな事に固執する事は――」
「あるでしょうが!!私は別に色営(いろえい)とか求めてないんだから!!」
「…はぁ?何だよ、その『色営』って」
「……はぁ!?アンタ、ホストの分際でそんな事も知らないの!?だから、新人はっ…!!」
「ちょ、まっ…!何?お前、何なの!?」
「えぇい、うるさぁーい!!」
いきなり疑問を投げかけてきた純也を振り払い、改めて声を上げる。
…何の、って勿論……注文の。
「じゃんじゃん持って来なさい!!」
立ち上がって声を上げると、店が一瞬沸いたような気がした。
……ふ。
これぞ、ホストの醍醐味ね。まさに。

ここは館。彼らは(あるじ)
いかにして客人をもてなすかで、彼らの度量が決まる。

…楽しめそうね、まだまだ。
まさに、そんな言葉が頭に浮かんだ瞬間だった。


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