「…1つ…聞いてもいいですか?」
温かい腕に抱かれている、現在。
言うまでも無くすぐ傍に彼が居てくれて、少し顔を上げれば、そこには優しい笑みがあった。
…ほんの少し、気だるい時間。
でも、それはやっぱり……心地良いと言っても、過言じゃないはず。
「何?」
髪をすくいながら、彼の低い声が聞こえた。
……なんか、不思議。
ちゃんと顔を見れているのに、違う人みたいに思ってしまう。
…それはやっぱり、髪型とかも違うままだからなのかな。
「…どうして先生……眼鏡じゃないんですか?」
ずっと、思っていた事。
どうしてだろう、って。
…カラーコンタクト、なんて……って。
でも、彼は拍子抜けするほどあっさりと答えてくれた。
「別に?稔さんに渡されたから」
「……暁さんに…?」
「そ。だから、『あー、そう言うモンなのか』ってこれをしたんだよ」
少しだけ可笑しそうに笑った彼に、こちらも笑みが浮かんだ。
…なんだぁ…。
そんな理由だったんだ。
でも、確かに彼らしいと言えば、最も彼らしい気がする。
だって、先生が自分からわざわざカラーコンタクトを選ぶなんて事は、ないだろうから。
「……え…?」
「それじゃ、羽織ちゃんは?」
先程まで髪に触れていた彼の指が、つつっと肩をなぞるように触れた。
途端に、何とも言えない感触から、身体をよじってしまう。
…う。
何も、そんなに楽しそうな顔しなくてもいいじゃないですか…。
一瞬瞳を丸くしたものの、すぐにくすくす笑って何度もそこを撫でる彼に、眉が寄る。
「…あんな可愛い格好して……もし俺じゃない男に押し倒されたら、どうするワケ?」
「そ…んな事は…」
「『絶対に無い』なんて事は、言えないだろ?」
「……それは…」
『絶対は無いんだから』と囁いた彼に、つ…っと指先で顎を上げさせられ、再び真正面から彼の瞳に捕らわれる。
…やっぱり、何度見ても…慣れる事の無い瞳。
彼自身も、もしかしたらわざとこうしているんじゃないだろうか。
……こうすれば、私が…大人しくなるって、知っていて。
「…せっ…んせ…!?」
「…………」
ちゅ、と頬に口付けてから、そのまま首筋へ顔を埋めた彼に、情けない声が漏れた。
…くすぐったいのも、ある。
でも、それ以上に――…また、身体が熱くなってしまいそうで。
彼の吐息を直接肌に感じて瞳を閉じると、耳元でくすっと笑ってから――…
「っぁ…!」
耳の少し下辺りに、唇を寄せた。
「ん…せ…んせっ…」
唇で甘噛みされ、続けて舌で撫でられる。
その度にぞくぞくと身体が震えて、また……何とも言えない感じが身体に広がった。
「………ふぁ…」
少しきつく吸われてから濡れた音と共に彼が唇を離すと、満足げに笑いながら、そこを見つめて……そっと指で触れた。
「…1つ」
「……え…?」
「おまけ」
「…おまけ…?」
ふわふわする頭でオウム返しに囁くと、徐々に……頭が、はっきりしてきた。
…おまけ。
…………おまけ!?
「やっ…せ……先生!もぅ!ダメですよ、こんなっ…!」
「ダメ?どうして」
「だ、だって…!だって、ここ…っ……見えちゃうじゃないですかぁ…」
いたって平然と答えた彼に、しおしおと身体から力が抜けていくのを感じた。
…うぁ。
彼が先程触れた場所を、改めて自分で触れてみる。
………見つかる。
どんな服を着ても、絶対にここだけは隠せない。
…マフラー巻いてなきゃ、無理かも…。
ぐるぐるとそんな対処法を考えながら口元に手を運ぶと、すぐそこで彼が可笑しそうに笑った。
「…もぅ!笑い事じゃないですよ!」
「あはは。ごめん」
全く悪びれてない彼に、眉を寄せても当然態度は同じ。
…別に、付けられるのが嫌なわけじゃない。
むしろ、やっぱり……彼に、愛して貰えたって言う事の証だと思うから、気恥ずかしいけれど……でも、目に入るたびに何とも言えない気持ちで嬉しくなるし。
……でも、いつも彼はこんな所に付けたりしなかった。
それは、普段は学校があるから…って言う事もあるけれど、でも――…

「暫くは、露出厳禁」

「……え…?」
にっこりと笑みを見せた彼から出た、トンでも発言。
それで、ぱちぱちと丸くなった瞳でまばたきをするしか出来なかった。
「え…っと…それは……あの…」
「いい?今夜、嫌って程露出してたんだから、当分の間はナシの方向で」
「……えぇ!?で、でもっ、あの、私…っ…」
「ダメなものは、ダメ。…それとも、何?俺以外の男に見せたいとでも?」
「ち、ちがっ…!?そんなんじゃっ…!」
すぅっと瞳を細めて表情を一変させた彼に慌てて首を振ると、再び表情を和らげて、小さく頷いた。
……うぅ。
そんな理由だなんて……。
物凄く強制的で、思わずため息が漏れた。
「…でも私、タートルあんまり持ってないんですよ…?」
「そう?じゃ、買ってあげる」
「もぅ!そう言う問題じゃないですってば!」
あっさり呟いた彼に眉を寄せると、途端に――……表情を、変えた。
「…え…?」
その、顔。
…この顔は、間違いなく――…何か企んでる顔だ。
しかも、記憶違いじゃなければ……大抵、私にとって……良くない事を考えている時、の。
「っ!?あ、え!?ちょ、まっ…!せ、先生!!」
「ついでだから、もう一箇所付けておこうか」
「やっ、そ、っ……ん!」
ぐいっと肩を抑えられて仰向けにされると同時に、彼がしっかりと手首を掴んだ。
…ま……まずい。
先生、絶対に何かするつもりだ。
…しかも……よからぬ事を…!
「んー?何?…想像でもついた?」
「そっ…れは…!」
「大丈夫。今更慌てても、もう遅いから」
「………え…?」
簡単に片手で両手首をまとめた彼が笑って、空いた手を――…
「っんや…!」
事もあろうに…ふ、ふとももに……当てた。
びくっと身体が震えると同時に、でも――……あれ…?
「…うそ……」
「察しがいいお嬢さんで」
「っ…先生!?」
撫でる様に掌を滑らせてから、改めて頬に触れた彼と目が合った瞬間、瞳が丸くなった。
……うそだ。
だ、だって、そんな……覚えは、無いのに…!
「もぅ!先生!!そ、そんな…っ…そんな所に…!」
「いーだろ?別に。…これで短いスカート穿かないで済むじゃないか」
「そういう問題じゃないです!」
ぶんぶんと首を振って抗議するも、彼は至って平然とした顔を見せるだけだった。
……うぅ。
先生、最初からするつもりだったんだ…。
全く気にする様子も慌てる様子も無い彼を見ていたら、やっぱりまたため息が漏れた。
「1つも2つも、同じだろ?…どうせ見えないんだし」
「見えますってば!」
「まぁ、気にしないで」
「気にします!」
くすくす笑ってから、改めて私を抱きしめた彼の声は、やっぱりとっても楽しそうだった。
…先生、どうしてこんなに楽しそうなんだろう。
どうしてか分からずに、私はもうずっと眉が寄ったままなのに…。
「…ネクタイ姿も、なかなかイイもんだよ?」
「え?」
一通り笑った彼が落とした、声のトーン。
…ネクタイ。
そう言えば、彼はあの時どうしてネクタイを――…
「………っわあ!?」
ふと胸元を見た時、自分でも驚く位の声が上がってしまった。
だ、だだだだって!!
だって私、まだっ……ネクタイしたままだったんだもん…!
「先生!」
「何で俺に怒るんだよ。…自分でも気付かなかったクセに」
「う。…そ……それは…」
「ま、そういう訳だから、もう少しそのままでいなさい」
「えぇ!?そんなぁ…!」
ネクタイを外そうとした手をがっちりと掴まれて彼を見ると、まるでいつもの授業中のような顔を見せた。
…うー。
こんな時ばっかり、先生の顔したりして…!
「…ずるい」
「ズルくない」
「……ずるいですよぉ…」
「気のせい」
ぎゅっと改めて抱き寄せられ、耳元に彼の鼓動が聞こえた。
…やっぱり、ずるい。
こんな風にされたら、もう、文句言えないって知ってるはずなのに。
「…怒った?」
「え?……怒ってますよ?」
「嘘つけ」
「……それは…」
さらさらと髪を撫でてくれながら、すぐ傍で囁かれる言葉。
…これだけサービスさせられても、頑として自分の意思を貫く事が出来たら――…きっとそれは、私自身じゃないんだろうな。
「ごめん。許して?」
「……もぅ。なんか……いじわる」
「何だそりゃ。…折角謝ったのに」
「それはそうなんですけれど…」
ちゅ、と額に口づけてくれてから、くすくすと聞こてくる笑い声。
それを聞いていたら、やっぱり……自分自身にも笑みが浮かんだ。
…先生がいいって言うなら、いいや…。
結局、いつだって私はそうなってしまう。
でも、彼はその事で何も言ったりしないから……。
…だから、それでいいんじゃないかって…思う。
「…先生」
「ん?」
「………えへへ」
「…何だよ」
「何でもないです」
くすくす笑って首を振り、彼へと腕を回してみる。
温かくて、滑らかで……やっぱり心地いい場所。
彼に抱きしめられながら、『しあわせ』という言葉がふと浮かんだ。
…私に出来るのは、コレ位の『たくらみ』。
本当に言いたい事があるわけじゃないけれど、こうして言うと……彼が追いかけてくれるから。
いけない事かもしれない。
でも、それでもやっぱり……彼の注意を引きたい。
それで、どうしてもこれだけは変わらずにやってしまっていた。
……ねぇ、先生。
私がこの本当の事を話したら………どんな風に思いますか?
「…ったく」
くすくす笑いながら再び髪を撫でてくれている彼に擦り寄るように身体を寄せると、何とも言えない嬉しさから、また笑みが浮かんだ。
…きっと、大丈夫……ですよね?
そう思わせて下さい。
――…我侭、なんです。……私も。


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