「んー、おいひー」
 大きな口を開けてのひと口は、見ているこちらまで笑みが浮かぶ。
 絵里ちゃん、本当においしそうに食べるよね。
 気持ちいいほどで、私もつられそうになる。
 ……ううん。
 実際、つられていたんだと思う。
 だって、お昼を食べたばかりなのに、こうしてドーナツを食べているんだから。
 ところ変わって、今は近くにあるショッピングモールのフードコート。
 でも、さっきまでとはまるで様相が違っている。
 ……そう。
 今はきっと、誰が見ても“冬女の3人”に見られているだろうから。
 絵里ちゃんは、私が借りた制服のほかにもう1着持っていて、それを身に着けている。
 そして羽織はというと、絵里ちゃんのひとことで1度瀬尋先生のマンションに戻って着替えてから、落ち合ったのだ。
 絵里ちゃんは『なんでアンタ制服がマンションにあるのよ』と笑ったけれど、羽織は口ごもったものの詳細は述べなかった。
 でも、こうして一緒に出かけられるのって、本当に嬉しい。
 私ができなかった、日本での女子高生。
 今となっては『ごっこ遊び』だと言われてしまうかもしれないけれど、それでも十分すぎるほど、魅力的な時間で。
 ここに来るまでの間、ふたりには何度も何度も感謝していた。
「んー、もちもちふわふわさっくさく。やっぱ、ドーナツはできたてが1番よね。次の日になると、パッサパサになっちゃうし」
「そうそう! たくさん買って朝食べると、あんまりおいしくなくて、がっかりするんだよね」
 ひとつの丸いテーブルを囲むように座って、いろんな話をする。
 それぞれの前には、同じお店の名前が入っている紙コップのジュース。
 今となっては空になっている真ん中に置いたトレイにも、先ほどまでは山のようにドーナツが乗っていた。
 セルフで取れるドーナツ屋さんなだけに、ついつい買いすぎてしまう。
 しかも、今はセール期間中。
 ふたり揃ってポイントカードをお財布から出したのを見て、つい笑ってしまった。
「にしてもー。葉月ちゃんの指輪、すっごいかわいいんだけど。ね、ね、ちょっと見せて?」
「あ、私も気になってたの! これって……お兄ちゃんが選んだんだよね?」
「ふふ。先週もらったの。かわいいでしょう?」
 手を伸ばした絵里ちゃんへ右手を伸ばすと、指に触れてからまじまじと指輪を見つめた。
 ティアラの形の指輪を選んでくれるなんて、思わなかった。
 ……ううん。
 そもそも私へ指輪を贈ってくれるなんて、すてきすぎるサプライズ。
 だから本当に嬉しい。
 彼にもらった証そのものを身に着けていられる今、どんなものからも守られている気にさえなる。
「くふふ。いい目の保養だったわ。ありがと」
「すっごくかわいい。よかったね、葉月!」
「うん。私のほうこそ、ありがとう」
 ほー、と満足げにため息をついたふたりを見ていたら、自然と笑みが浮かんだ。
 指輪って、本当に特別なアクセサリーだもんね。
 改めて指輪を見ると、あのときの気持ちがまた蘇るように頬が緩んだ。
「…………」
「……え?」
 唇に付いたクリームを舐め取った絵里ちゃんが、首をすくめた。
 でも、視線はあちこちへ飛び、あたりを通っている人たちを見ているように思う。
「やっぱ、見られてるわね」
「え?」
「ま、目立つわよね。葉月ちゃんいるし」
「……私?」
 彼女を見ると、手にしていたドーナツをひと口で頬張ると同時に、うんうんうなずいた。
 ……私。
 思わず指差した自分の姿を、もう1度見てみる。
 制服、着方が間違っているのかな。
 それとも、食べ方?
 ……もしくは、髪型が崩れてきちゃった?
 あ。もしかしたら、顔のどこかにクリームでも付いているのかもしれない。
「……どこか変かな?」
「違うちがぁーう! そうじゃなくって、ほらさっきも言ったでしょ? 華があるのよ。すんごく! 遠くからでも、『あ、あの子かわいいな』って目が行くもん。絶対。……あ、ほら。また見られた」
「えっ?」
「あー、だめだめ! ああいうのはね、見て見ぬ振りするのが1番なんだから」
 相手にしちゃダメよ。
 そう言って絵里ちゃんは、ストローをくわえた。
 ……そういうものなんだ。
 さすがは、これまでずっとこの街で女子高生をしていただけある。
 私ひとりだったら今ごろ、大変なことになっていたかもしれない。
 ……たーくんに怒られるような、という意味で。
「さぁーて。お腹いっぱい食べたところだし、ちょっと歩こっか」
「どこ行くの?」
「あんたねー。決まってるでしょ! ここに来てやることって言ったら、アレしかないじゃない」
 同じようにジュースを飲んだ羽織がまばたくと、絵里ちゃんは大げさにため息を漏らしてから『わかってないわね』と首を横に振った。
 ここに来たら、必ずすること。
 それはきっと、これまでふたりは必ずしてきたことなんだろう。
「え、何するの?」
 だけど羽織は思いつかなかったらしく、眉を寄せた。
「いーから、付いて来なさい! さすれば自ずと見えるであろう!」
「わっ!? ま、待って! まだ最後のひと口……!」
「早く食べちゃいなさいよ! ほら! ぱくっと!」
「わ、わっ!」
「ふふ」
 ぐいっと羽織の手を引いた絵里ちゃんが、あまりにも楽しそうで。
 つられて笑いながら、ジュースをひと口。
 だけど、それを見た彼女に『葉月ちゃんも早くする!』と急き立てられることになった。

「さー、よーやく辿り着いたわよ。……いっつも思うけど、ここのゲーセンって遠いのよね。すんごい歩く」
「しょうがないよ、それは。だって、元々いた場所が向こうだったんだし……」
「それはそーだけど! ……たく。ここのモールにも、セグウェイ置いてくれればいいのに」
「……またそんな無茶言って……」
 ここのショッピングモールは、L字のような形をしている。
 今ここにあるゲームセンターは、その中央あたりに位置していて。
 普段来ることがほとんどない場所だけに気にしなかったけれど、確かにこうして来てみると、遠いかもしれない。
「ここで何をするの?」
「んっふっふーん。女子高生がここに来てやることって言ったら、アレよアレ」
 にやり、と得意げな顔をした絵里ちゃんに首をかしげると、顎で方向を示した。
「あれ?」
「んー……確かに、そういう子もいるかもしんない。や、ごめん」
 ここから見える場所には、ずらりとクレーンゲームが列を成していた。
 中には制服を着ている子も何人かいたからつい指差してしまったんだけど、どうやら違ったらしい。
「私たちは、あっち」
 そう言って彼女が指差した先は、そこよりもずっと奥の場所。
「……あ……」
「今日の目的は、アレでーす」
 ようやく目に入った物を見て、声があがった。
 間違いない。あれは、プリクラの機械だ。
 そうだよね。だって、日本はそれこそ“本場”なんだから。
「……私、初めて」
「え! そうなの!? たっきゅんと撮りに来なかった?」
「うん」
 大きな機械の前に立ち、見上げるようにしてから、首を横に振る。
 ここ一角にずらりと並ぶ、同じような箱型の機械。
 なんだかまるで、小さな写真屋さんのようだ。
 機械自体は、一緒に買い物に来たとき見かけたことがある。
 だけど、どうしても撮りたいと言ったことはないし、勝手に『たーくんはあんまり好きじゃないのかも』なんて思い込んでいた部分もあって、今までここに足を運んだことはなかった。
「……わぁ。すごい、広いのね」
「そうね。確かに、ちょっとした部屋みたいなモンよね。これじゃ」
 ビニールの布で覆われている入り口から中に入ると、一面照明で覆われている壁に液晶パネルといった、なんとも独特な空間があって思わず頬が緩む。
 オーストラリアにも、プリクラの機械はある。
 けれど、カーテンが付いているこんなにしっかりした物ではなく、カメラと画面がむき出しの簡単な機械しかない。
 それも、あるのは観光スポットのみ。
 だから、友達と一緒に行ってわざわざ撮るようなことはしなかった。
 代わりに、デジカメでの写真は数え切れないほどあるけれど。
「ぃよっし、それじゃこのかわゆさ満点の葉月ちゃんを、めでたい初プリに収めましょ!」
「うんっ!」
「……ふふ。楽しみ」
 小銭を取り出したふたりにならい、自分もお財布を取り出してお金を取り出す。
 だけど、端数は『記念だから』とふたりが半分ずつ出してくれた。
「さーて。せっかくだから、ちょい美白にしましょ」
「そうだねー。前回、すごい白くなっちゃったもん」
「そーそ!! あ、あとで葉月ちゃんにも見せてあげるわね。おたふくみたいなウチらの顔」
「そんなに白かったの?」
「そりゃあもう! 眉毛とか、飛んでたし!」
「あはは」
 こんなよ、こんな。
 そう言って絵里ちゃんが、眉を半分ほど指で隠した。
 仕草も言い方も、すべてが面白くて笑ってしまう。
 本当に、久しぶりだ。
 こんなふうに、一緒に笑ってすごせる時間はやっぱり楽しい。
 ふたりと一緒にいられる時間は、私にとってたくさんの刺激があって飽きることはない。
「さ、ポーズポーズ!」
「えっ、何にするの?」
「とりあえず――」
「っきゃ!?」
「ウチらの姫真ん中ね」
 ぎゅ、と両側から抱きしめられる様子が、目の前の液晶に映し出される。
 『ここ見るのよ』と指差された先にある大きなカメラは、レンズに独特の虹色を浮かべていて。
「3,2,1――……!」
 機械と一緒に3人でカウントダウンを口にすると、満面に笑みが浮かんだ。

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