「……ん……」
 ふと目を開けると、すでに部屋の中にはうっすらと闇が入ってきていた。
 ……あー……私、寝てたんだ。
 欠伸をしてからあたりを見回すと、まだ家にいるのは私ひとりらしく、明かりは点いていない。
 先生、遅いなぁ。
 今日は打ち合わせがあるからということで、先にひとりで彼の家に来た。
 なんだけど……んー……。
 もうちょっと、寝たい。
 ソファにもたれてブランケットを手繰り寄せると、つい笑みが漏れる。
 だって、温かいんだもん。
 それに、このブランケットの肌触りがすごくいい。
 柔らかくて、気持ちいいんだよね。
 ……毛布も好きだけど、これも好き。
 彼に見られたら……それこそ笑われるかもしれない。
 けれど、もうちょっとだけこうして丸まっていたい気分だった。
 んー……でも、そろそろ夕飯の支度しなくちゃ。
 ごそごそと携帯を取り出して、時間を確かめ――……ようとした、瞬間。
「っ……!」
 一気に目が覚めた。
「え、えっ……いつ来たの……!? 知らなかったっ」
 画面を食い入るように見つめたまま、慌てて正座。
 だって、だって……あの……その……。
 十数分ほど前に、メールと着信が入っていたのだ。
 ……もちろん、彼から。
「…………」
 ……うぅ。全然、気付かなかった。
 マズい。
 これって、すごくマズいよね?
 いや、あの、別に寝てたからって怒られたりしないだろうけど、でも、少なくとも電話に出なかったっていうのは……今の彼の機嫌に影響していると思う。
 眠気なんて、もう微塵もない。
 でも、今電話して……運転中だったらどうしよう。
 あぁ……でもでも、やっぱり……何もしないのは、マズいよね。
 慌てて、眠っていたということと電話に出られなかった謝罪の言葉をメールで打ってから、送信する。
 完了の文字が液晶に現れたけど、そんなすぐに落ち着けるはずなくて。
 ……うぅ。
 先生、絶対怒ってるよ……。
 早く会いたいという気持ちに、ちょっとだけ……うん、ちょっとだけ、ね?
 ……かげりが……出た気が。
 どうしよう。
 確かに、先生には早く会いたい。
 学校では『教師と生徒』でいるだけに、こうしてふたりきりになれる時間はすごく貴重だし。
 でも、あの……また何かされるんじゃないかと思うと……ちょっと、心配なわけで。
 …………とはいえ。
 今から言い訳を考えるだけの時間なんて、もちろんない。
 十数分前に電話くれたってことは、きっとその時間にはもう車か……外にいたということ。
 となると、もうすぐ帰ってくると思う。
 ……ここに。
 うー。
 どうしよう。
 どうする?
 どうしたらいいんだろ。
 ブランケットを畳みながらも、そんなことしか浮かばない。
 ……あ。
 その前に、夕飯!!
 マズい。何もまだ支度してない……!
 慌てて立ち上がり、まずリビングの明りをつける。
 真っ暗い中で悩んでても仕方ない。
 できること、やらなきゃ。
「っ……!」
 まず、炊飯器のご飯を確認して――……うわぁ。
 どうしてこういうときに限って、空っぽなの!?
 ……そりゃあ、先生がお米とぐ姿なんて想像できないけど……うぅ。
 今から炊いたら……50分後。
 じゃあ、今日はスパゲティか何かに……って、パスタの買い置きあったかな。

 ガチャン

「っ……!!」
 あたふたしながらキャビネットを漁っていた、そのとき。
 ここまでハッキリと、玄関の鍵が開く音が響いた。
 ……来た。
 思わず、喉が鳴る。
 うぅ……どうしよ。
 素直に謝るしかないよね、この状況じゃ。
 取り出したパスタのポットをシンクに置いてから、駆けるように玄関へと向かうしかできなかった。

「お……お帰りなさい……っ!」
 上がろうとしている彼の姿を見つけるなり声をかけると、顔をこちらに向けた。
 ……う。
 雰囲気が、やっぱり違う。
 なんていうか、ちょっと……不機嫌そうっていうか……あの……。
 何か言いたげに口を開いたけれど、すぐにやめてしまった。
 ……なんだろう。
 だけど、やっぱり何か言われることはなく。
 ふいっと視線を反らしてファイルケースを手にこちらに来ると、わざと目の前で足を止めた。
「先生……?」
 恐る恐る見上げるも、変わることのない表情。
 ……やっぱり、怒ってる。
 えーと、どうしたらいいかなぁ……こういうとき。
 だって、先生いつも――……。
「んっ……!?」
 どうしようかと軽く俯いた瞬間。
 片手で器用に顎を捉えられ、そのまま彼に唇を塞がれた。
 いつもと違う、少し強めのキス。
 ……怒ってる……から?
 理由は定かじゃないけれど、いつもの彼とほんの少し違っているように感じた。
「っ……ん……はぁ」
 ちゅ、という小さな音とともに唇を解放してくれるものの、いつの間に回されたのか彼の腕に捕らえられていて。
 ……おかげで、うまく身動きが取れない。
「先生っ……あの、ホントに……ごめんなさい。寝てて――」
「……なんだよ、その格好は」
「え……?」
 ひたっと吸い付くような彼の手のひらが、心地よかった。
 頬に当てて瞳をあわせたかと思うと、そのまま首筋を伝って……鎖骨を指が這う。
「んっ、く……すぐった……ぃ」
「……なんで、こんなに胸元が開いてるんだ?」
「っや……!?」
 耳元で囁かれ、身体から力が抜ける。
 ぞくっとしたモノが身体を走り、背中が粟立った。
 え、ちょ、ちょっと待って……!
 なんで、先生こんなにすんなり――……。
「わぁっ!!?」
 彼の視線を辿って自分の胸元を見てみると、何がどうしてこうなったのか、リボンが取れてボタンが外れていた。
 そのお陰で、ブラが若干見え隠れしていたりする。
 でもでもっ!
 先生に、リボンもボタンも外された覚えないし……えぇ!?
 ぎゅうっと両手でそこを掴んでから彼を見ると、こちらを見ながら眉を寄せた。
「……なんで……っ」
「ったく。ワザとじゃないのか?」
「ち、違いますよっ!」
 彼から逃げるようにリビングへ向かうと、ほどなくして彼も姿を現す。
 そして、ファイルケースをテーブルに置いてから、身体を預けるようにソファへと座った。
 ……なんだろ……?
 何か考えるように私を見つめてから、口元に手をやっている。
 怒ってる……?
 視線を合わせてもらえないというのもあるけれど、何か……ほかのことを考えているようで、表情は硬いまま。
 それが気になって、そっと彼の前に膝をついた――……途端。
「っわ……にゃ!?」
 視界が一変した。
 ぐいっと抱き寄せられて、ちょうど彼の胸元に埋められる格好。
「……せんせ……」
 スーツのままの彼の肩口に手を置いて見上げると、なんともいえない視線に捉われた。
 ……なんていうか、すごく……熱っぽいっていうか、色っぽいっていうか。
 思わず、喉が鳴る。
 ……反らせない、妙な力。
 それを感じて、自然に鼓動が早くなった。
 スローモーションのように彼の動きがひとつひとつ細かく見える。
 彼の右手が頬に当てられ、そのまま……唇を親指がなぞった。
 そのまま顔が近づいて――……。
「……ん……」
 柔らかいキス。
 自然に目を閉じて彼にもたれると、角度を変えて再び彼が口づけをくれた。
 だけど、それは今してくれたものとは違って、少し深い……強いキス。
 口内をしっかりと舐め取るようにされ、舌であちこちを撫でられる。
 ゆっくりとした口づけだからこそ、余計に力が抜ける。
 耳に届く濡れた音で身体の奥が少し痺れてしまい、どうしても力が入らない。
「……ふ……ぁん……」
 唇を離してくれたかと思いきや、今度は首筋へと降りた。
 彼の手のひらが頬から首筋を撫で、そのまま胸元へと入っていく。
 唇が、舌が当たるたびに、その場所からゾクリとした快感が広がっていくのがわかって。
「……ん……っ」
 先ほどまで彼がもたれていたはずのソファが、今は私の背中にある。
 ……いつの間に……。
 朦朧としてうまく働かない頭でそんなことを考えてからふと目を開けると、途端に……ふと我に返った。
「せ、んせっ……! 待って、ごはんっ……」
「……いい」
「けどっ! もう……19時だし……っ」
「……いいって、あとで……」
「っ……」
 耳元で吐息交じりに囁かれ、抵抗しているはずの手が彼を求めてしまう。
 ……うぅ……。
 こ、このままじゃ……ホントにまずい。
「で、もっ、お風呂だって……まだ……」
「……こんな格好見せられて、黙って夕飯食えるワケないだろ? ……こっちのほうが、よっぽどウマそう」
「ひぁっ!」
 耳の弱い部分をいきなり舐められ、ヘンな声が漏れた。
 途端、耳元でくすくすと彼が笑う。
 そのたびに漏れる息すらも、ぞくっとした悦に変わる。
 ……こういうときは、本当に何をされてもダメだ。
 すごく……自分が、ヘン。
 だけど、彼から離れたいとか、離してほしいとかは……不思議なことに思わない。
 やっぱり、こうして彼にキスしてもらったり、触れてもらえるのは……嫌じゃないから。
「この格好は何? 俺に悪いと思って、サービスでもしてくれたワケ?」
「ちがっ……! あの……自分でも、よく覚えてなくて……」
「ふぅん。こんなに、制服乱すような昼寝なんかしてたの? 独りで」
「だ、だからっ……! ホントに……っていうか、その言い方……なんか、えっちぃですよ?」
「えっち? ……そう取るほうがヤラシイんじゃない?」
「っ……」
 にやっと意地悪く笑われ、頬が赤くなる。
 ……だ、だってぇ……。
 でも、ホントに……どうしてこんな格好してるんだろう。
 脱いだ覚えなんてないんだけど……。
 彼から視線を外して、ちょっとだけ考えてみる。
 考える……。
 ……うー……。
「あっ」
「……どうした?」
 不思議そうな彼に視線を戻すと、髪をすくいながら軽く首をかしげられた。
 あ。
 なんかそれ……ちょっと、かわいい。
 ……って、そうじゃなくって。
「あの……暑かったの」
「……暑い?」
「うん」
 彼が怪訝そうな顔をするのも、無理はない。
 だって、今はもう秋……というよりは、冬に近いし。
 こんな時期に『暑い』っていう言葉は、かなり不適切だろう。
 ……だけど、本当に暑かったんだもん。
 そのせいで、眠っている途中で1度起きたのだ。
 ブランケットをしっかりかぶっていたからというのもあるんだろうけど、夢が夢というか……。
 こうして、先生にくっついている夢。
 のはずが、いつの間にか手を出されて、彼のペースにハメられて………。
 そのあとはよく覚えていないというか、自主規制……というか。
 赤くなった頬を押さえてから彼を見ると、相変わらず不思議そうな顔をしていた。
 けど、すぐにそれは意地悪な笑みに変わる。
「……ま、どっちみち俺にとっては好都合」
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして、私が脱ぐんですか!?」
「ん? 暑いんだろ? 脱がしてあげるよ」
「やっ……! いいのっ! もう、平気!」
「そんな、遠慮しないでいいんだよ? ほら」
「だ、だめですってば! いいのっ!」
 阻もうとするこちらの手を器用にかわしながらボタンに手をかけ、慣れた手つきでひとつずつ丁寧に外していく。
 ……うー……。
 なんで、先生はこういうときに限ってすごく器用になるんだろう。
 こういうときの彼には、本当にびっくりさせられる。
 ……って。
「わ!?」
 いつの間に、こんな!?
 思わずぱくぱくと口を動かしながら彼を見ると、視線が合った瞬間、にっこりと微笑んだ。
「んっ!」
「……なんなら、ベッド行く?」
「そ……いう問題じゃ……! やっ……」
「俺にしてみれば、夕飯よりずっとこっちのほうが優先順位高いんだけど」
「……ん……んっ……」
 すっかりボタンを外されたシャツを脱がすように肩へ手を這わされ、首にかかっていただけのリボンがスカートに落ちる。
 ……ずるい……。
 耳元でそんなふうに言われたら……何も言えないの知ってるハズなのに。
「っ……!」
「……さ。行こうか」
 腰を抱くように腕を回され、こちらが口を開く前にあっさりと抱き上げられてしまった。
 ……有無を言わさない、その行動。
 やっぱり先生が、こういうときは……違って見える。
「まだ……ごはん……」
「……見せ付けられて……そろそろ、限界」
「っ……ぁんっ」
 ベッドに下ろされると同時に囁かれた、甘い声。
 首筋がゾクゾクと震え、そのまま横にされる。
 瞳を開ければ、こちらを見下ろす彼の顔。
 ……そんな瞳で見られたら……なんか、すごく恥ずかしい。
 こういうときの彼は、必ずと言っていいほどこんなふうに優しく見る。
 それがすごく恥ずかしくて、身体の奥が熱くなるのに。
 だけど、どうしても……逸らすことなんて、できなくて。
 ゆっくりと彼の顔が近づいてきても、ぎりぎりまで瞳を閉じれない。
 そんな不思議な力が、彼にはあった。
「……ぁ……」
 てっきり口づけをされるんだと思っていたら、そのまま首筋を軽く噛むように唇で挟まれた。
 ぴくんと身体が反応すると、それを知ってか彼が舌を這わせてくる。
 焦らすように舌先だけで弄られ、そのたびに小さく声が漏れた。
 彼の髪が首に当たって、くすぐったい。
 だけど、それ以上に与えられる快感が、なんともいえなかった。
「……んっ……ん……」
 大きな手でするりとシャツを脱がされ、背中にその手が回る。
 小さな音とともに締め付けが消え、いつの間に前へ戻ったのか、手のひらで胸を包まれた。
「っ……ん」
 指先が弄るように動き、何かを求めるように彷徨う。
 ……だけど、ぎりぎりのラインで硬くなり始めた先端に触れることはなかった。
 いじわる……。
 何度かつい漏れてしまう、吐息。
 身体をよじるようにして彼の腕を取ると、楽しそうな口元が見えた。
「……いじわる……ぅ」
「意地悪? そう?」
「……ん」
 ほら。
 こんなに楽しそうな顔して……。
 つ、と手を伸ばして彼の頬に指先が触れると、軽く右手で掴まれた。
「……何が意地悪?」
「その……顔……」
「顔? 失礼だな。生まれつきなのに」
「そうじゃなくてぇ……っん! そのっ……手っ!」
「手? ……指の間違いじゃない?」
「っや……ん!」
 ふっと表情を変えたと思った瞬間、きゅっと彼が指で胸の先端を軽くつまんだ。
 ぴりぴりとした感覚が身体に広がって、その途端力が抜けてしまう。
 瞳を閉じて彼から遠ざかるように身体をよじるも、あっさりとその腕に捕われて、替わりに唇があてがわれた。
「……あ……ぁっ……ん」
 小さく響く濡れた音。
 彼の舌が鎖骨から胸の間を通って、軽く手のひらで寄せられた右胸へと動く。
「っ! ん、んっ……はぁ」
 ぱくんっと唇で尖った胸の頂を含まれ、熱い舌が絡んだ。
「ん……、んっ……せんせ……ぇっ」
「……ん? ……どした?」
「ふ……ぁ……」
 含んだままで喋られると、どうしても舌先が動いて当たるわけで。
 余計、ぞくぞくと背中が粟立つ。
「や……ぁっ」
「ヤだ? 誰が誘ったのかな……?」
「……だっ……てぇ……。ん!」
「出迎えてくれるのは嬉しいけど、こんな短いスカート穿いて、胸元開けて……」
「あ、やぁ……っ」
 わざと耳元に唇を寄せて息をかけながら囁き、それと同時に空いた手がゆっくりと太腿を撫でてくる。
 焦らすように何度も往復しながら、耳たぶを甘噛みするオマケ付きで。
「っ……!」
「……やらしいな。つーか、そんな格好見せ付けられて我慢しろってほうが、酷だと思うけど?」
「そんな……ぁ……。私、別に……」
「そりゃ、意識されてンなことされたら、こっちが堪らないんだけど。……でしょ?」
「……け、ど……っぁ!」
 瞳を開けて彼を見返すと、小さく笑ってから指がショーツにかかった。
 じわじわと指先だけで弄られ、声がそのたび漏れる。
 だけど、それをすごく楽しそうに眺められて。
「……ふ……ぇ……」
 うぅ。いじめじゃないですかぁ。
 瞳をぎゅっと閉じて顔をそむけるけれど、それでも彼の表情が目に焼きついて離れない。
 意地悪そうな、すごく楽しそうな……何かを企んでいそうな顔。
 こういうときの彼の瞳は、普段とちょっと違う色を見せる。
 それが……どうしても無意識のうちに、感じやすくなってしまう原因だとは思うんだけど。
「あ、あっ……ん!」
「……すごいな。何? そんなに待ってたワケ?」
「や……だ……っ……ちが……!」
「違わないだろ? ……やらしいな」
「っ! やぁん!!」
 ちゅくん、という小さな音とともに、秘部を触れていた指が中へ這入って来た。
 同時に、無意識ながらも反応してしまう身体がすごく……やっぱりヤラシイ。
 ……うぅ。
 だけど、頭とは逆に……どうしてもやめてほしくないっていうヘンな思いもある。
 もぉ……先生のせいなんだから。
「ん、ん……ふ……ぁ」
 近づいた彼の首に腕を絡めると、彼の吐息がかかった。
 それが熱っぽくて、少しくらくらしそうになる。
 ……だけど、この時間は結構好き。
 彼がすごく近くにいるのを、改めて実感できるから。
「……随分、色っぽい声出すじゃないか」
「そ……んな……。んっ! だって……先生が……」
「俺? ……俺が……どうした?」
「ぁ……」
 耳元で柔らかく囁かれると、どうしても力が入らなくなる。
 ……そして、もっとそんな声が聞きたくもなる。
 だって、すごく……優しいんだもん。
 別に、普段の彼が意地悪とかそういうんじゃないんだけれど。
 ちょっと、なんか……嬉しい。
「……えっちなんだもん」
「失礼だな。……誰かさんが、かわいい反応するからだろ……?」
 ふっと笑って頬に口づけをくれた――……そのとき。
「っんやぁ!!?」
「……く……」
 いきなり、なんの前触れもなく彼が這入って来た。
 いったい、いつの間に準備を終えたんだろう。
 思わず、そんなヘンなところに感心してしまう。
 いつもと……違う。
 いつもは必ず、焦らすように彼が声をかけてくるから。
 ……だけど、今日はそれがなかった。
 どうして……?
「あ、あっ……ん! せんせ……ぇ」
 すぐに彼が動き出し、それまで考えていた疑問が溶けてしまう。
 そんなことを考えるだけの余地がなくて、身体が……ううん、なんか、頭までしっかりと快感に酔わされてちゃんと働かないみたいだ。
「……もっと……聞きたい」
「き……くって……? ……ぁんっ!」
「……そういう声……を!」
 彼がちょうど顔の横あたりに手をつくと、ぎしっと大きくベッドが軋んだ。
 そのまま軽く太腿を腕で支えられ、覆われるように彼が身体の上に来る。
「っ! ん、ぁっ……や、だめっ……!」
「……ンな言葉は……いらないって言ったろ……?」
「だ、って……! あ、や、んんっ! せんせっ……」
 ぐいぐいと奥まで彼で満たされるのがわかる。
 どくどくと脈打つ彼自身を感じると、そのたびにぞくりと身体の奥が熱くなった。
 どうしても無意識に締め付けてしまう、自分の身体。
 ……それを意識すると、なんか……無性に、ヤラシく思える。
「っは……ぁ」
 動きを止めて、彼が大きく息を吐く。
 こっちだってもちろん余裕なんてない。
 だけど……こういうときの顔って、すごく色っぽいから……どうしても、見たくなる。
 って、この言葉は男の人にも使っていいのかな。
 ……先生に言うと、怒られそうだけど。
「すごい……ヤバい」
「……え……?」
「気持ちよすぎ」
「っ……えっち」
「まぁね」
 眉を寄せるも、返って来たのは楽しそうな笑みだった。
「っん……!」
 ぎゅっと抱きしめてくれると、角度が変わって……つい声が漏れる。
 と同時に、彼の顔が近づいたとき。
「あ、あっ……! せんせ……っぇ!!」
 耳元で彼が小さく囁くと同時に、動きが速まった。

 『イこうか』

 たったひとことだけど、すごく大きく身体に染み込む。
 身体の奥が熱くなって、なんともいえない感覚が広がっていった。
「っく……も……限界……!」
「あぁっ……あ、あっ!!」
 同時に、与えられる悦。
 もぉ……ダメかも。
 彼に揺さぶられながらそんなことを考えていると、耳元に彼の荒い息を感じた。
 それすらも、どうしたって……感じてしまう自分。
 それが、なんか……もぉ、えっちぃよぉ……。
 思わず、ぞくっと大きく腰のあたりが粟立った。
「ん、んんっ……ぁ、も、ぅっ……や、ん、ダメっ……」
「気持ちよくっ……なりたいだろ……?」
「けど、けど……んん……っ!」
 ぎゅうっと彼にしがみつくように腕を回し、息をつく。
 どちらのものとも判断ができない、荒い呼吸。
「あ……っはぁ……! ん、んっ……!」
「……っく……は……ぁっ」
 じりじりと果てが近づき、息が荒くなる。
 だけどもちろん、それだけじゃない。
 もう…………もう、すごく……気持ちよくて。
 頭の奥が、びりびりと痺れる。
「っ……も……ダメっ……ぇ!」
「……いいよ。っく……イって……!」
「ん、ふぁ……も、ダメっ……せんせ……ぇっ!!」
 ひと際大きく突かれると同時に、身体が浮くような感覚に陥った。
 ぎゅうっと抱きしめてくれる、大好きな腕。
 声にならない声を漏らしながら、離されないようにと無意識に私も腕を回す。
 荒く息をつきながら、自分ではどうすることもできない締め付け。
 ……それを感じていると、ほどなくして熱い感覚が中に広がった。

「どうして今日は……」
「ん?」
 ふと思ったことを口にしかけて……やめた。
 なんとなく、わかったから。
「どうした?」
「……なんでもないです」
 そんな優しい顔されたら、聞けなくなっちゃう。
 というよりも……こういう質問って、しにくいんだよね。
 寝転んだまままったりしている、この……なんとも言えない独特の雰囲気の中では。
「……そんなに疲れた?」
 シャツのボタンを留めてくれながら、彼が顔を覗き込む。
 なんだけど……なんか、顔を正面から見ることができない。
 ……だって……その……。
 今ここで、ねぇ?
 上目遣いで彼を見上げると、なんだかやっぱり楽しそうっていうか……満足げっていうか。
「……どうしてそんな……元気なんですか?」
 ぽつりと言葉を漏らすと、意外そうに瞳を丸くしてから……やっぱり意地悪な笑みが返って来た。
「そりゃあね。元気にもなるだろ?」
「……なんでですか?」
「なんでって言われてもな……理由は、君なんだけど」
「え? 私……?」
「そ」
 まじまじと見つめられたまま微笑まれ、指先で頬を撫でられる。
 ……私。
 私が、理由?
 いったいどのあたりにその理由が転がっているのかまったくわからず、思わず自身の格好を見回してしまった。
「なんなら、まだあと何回か――」
「やっ……! えっち!!」
「えっち、だァ? ……どっちが」
「っ……せ、先生じゃないですか……」
「俺じゃないだろ? 羽織ちゃんが、ンな格好で歩いてくるから悪いんじゃない」
「そ、それとこれとは――」
「一緒。ほら、おしまい」
「……もぅ……」
 ぽんぽんと子どもをあやすように頭を軽く撫でられ、言いかけた言葉を飲み込む。
 ……なんか、うまく丸め込まれた気がする。
 きっちり留めてくれた、ボタン。
 そこをまじまじ見てから彼を見ると、立ち上がって、放ったままのネクタイを手に――……うわぁ。
「……なんですか、その顔……」
「ん? いや、別に」
「……今、何か考えてませんでした?」
「まぁね」
 すごくすごく、いたずらっぽい笑みを見せた。
 ……絶対、また何かえっちなこと考えてる。
 今の顔は、そういう顔だ。

「……スーツと制服のままってのも、たまにはいいな」

 クロゼットに向かいながら、そんなことを彼が呟いた気がした。
 だけど、あえて反応は見せない。
 だって…………だって。
「……何も言わないワケ?」
「え!? べ……別に……。あの、何も聞いてませんよ?」
「……ふぅん」
 こっそり背を向けて寝室から逃げようとしていたら、鋭い声が飛んできた。
 ……うー。捕まった。
 顔だけをそちらに向けて眉を寄せると、シャツのボタンをいくつか外しながらこちらに歩み寄ってくる。
 ……相変わらずの、笑みを浮かべて。
「っ! な……なんですかっ……!」
 がしっと両肩を掴まれ、視線の高さを合わせてくる。
 ふいに見せられた、真剣な顔。
 途端、頬が赤くなる。
 うぅ……いじわる……。
 なんか、反則だ。
「スーツと制服。案外いいと思わない?」
「……何がですか……」
「ありありと、教師と生徒って感じがして」
「っ……」
 打って変わって、にっこりと浮かべられた笑み。
 ……もう、何も言えなかった。
 そんな……わざわざ言い直さなくてもいいのに……。
「……えっち……」
 やっと出た、精一杯の言葉。
 それを聞いてくすくすと笑った彼が、やっと手を離してくれた。
 何を言い出すのかと思いきや、そんなこと言わなくてもいいのに……ぃ。
「……もぅっ」
 ぱたぱたと寝室からキッチンへ逃げるように向かい、シンクにもたれる。
 うっすらと映る、制服を着た自分の姿。
 ……なんか、制服って……えっちくさいなぁ。
 なんてことを考えていると、寝室から歩いてきた彼と目が合った。
「……どうした?」
「なんでもないです……」
「そう?」
「……うん」
 言えない。
 平然とした顔を見せている、今の彼には。
「…………」
 って、なんか……なんかなぁ……。
 えっちくさい、って。
 そんなこと、これまで一度も思ったことなかったのに。
 先生に随分と影響を受けてる気がする。
 それは、嬉しくもあったけど……やっぱりなんだか複雑だった。

 ――……それ以後。
 制服の取り扱いに関しては、本当に気をつけるようにした。
 ……彼に、少しでも制服が乱れた所を見せたりしないように。
 だって、もし、ちょっとでもまたボタンを外してたりしたら……。
「っ……」
 そんな考えを払うように首を振ってから、鼓動を抑えるよう大きく深呼吸をひとつ。
 ……でも、頬の赤みが治まるのは、もうちょっと経ってからだったけど。


2004/12/26




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