陽射しが差し込む窓際の、前から3列目の席。
 初めてこの席になったとき、正直に嬉しかった。
 嫌いな数学のときに外を眺めて時間を潰せるから……というのが、1番の理由かもしれない。
 だって、ものすごく感じ悪い先生なんだもん。
 先生にも本当にいろんなタイプがいるんだなぁ、なんて数学の時間が来るたびに思った。
「初めまして、瀬尋祐恭です。よろしくお願いします」
 ――……でも、4月の始業式の日。
 担任の日永先生と一緒に入ってきた彼を見たとき、思わず見入ってしまった。
 恐らくその日から……だと思う。
 ……教室でのこの席を、少しだけ恨むようになったのは。
「席に着いてー」
 日永先生が会議などで遅くなるときには、必ず副担任の彼が代わりに教室へやって来た。
 LHRならばさすがに日永先生もいるけれど、大抵の朝のSHRでは彼ひとり。
 プリントを配ったり、あれこれ申し送りをしたりと、朝から彼の顔を見れるのは結構幸せだった。
 ……だけど。
   教壇に上がって、いかにも先生らしくスーツで身を固めた彼を見ていると……心底不思議に思えることも、ある。
 というのは――……ある日を境にして、という意味。
 彼と初めて会ったときから感じていたわけじゃなくて…………そう。
 彼と、個人的に会う時間が増えてから……という意味だ。
「今回配ったプリントは、今週末までに提出するように」
 彼の呼びかけに対してみんなは、素直に返事をする。
 ……うーん。
 これが、普通といえば普通の朝。
 普通の、先生と生徒のやりとり。
 なんだけど……なんでかな。
 にこやかに笑みを浮かべて、相変わらず優しい口調の彼を見ていると……なんだかしっくりこない。
 実験室での彼も、もちろん今と変わらず生徒に対して接するんだけれど、やっぱりどこかでは違う人を見ているようで落ち着かないのだ。
「っ……」
 頬に手を当てて両肘をつく格好で彼を見ていると、ふいに目が合った。
 ……けれど、すぐにそらされる。
 これはいつものことなんだけど、つい姿勢を正していた。
 だって……また、あとで何か言われるかもしれない。
 小さくため息をついてからプリントを机に――……あ。
 わかった。何が違うのか。
 違和感の根源が――……何なのか。

「……優しい先生だよね」
 彼が副担任についてすぐのころ、絵里と昼食をとりながらそんな話をしたことがある。
「なになに? やっぱり、気になるんじゃないのよー」
「……かも……」
 レモンティーのパックを持ちながら彼女を見ると、それはそれは楽しそうな顔で笑う。
「やっぱり、私が純也に言って取り持ってあげようか?」
「っ……そ、そういうわけにはいかないでしょ? それに、ほら……なんていうのかなぁ。まだ、憧れっていうだけだし」
「素直になりなさいよー? いつでも待ってるから」
「あはは。わかった」
 にっこりと笑みを見せた絵里に苦笑を浮かべてから立ち上がり、机の上を片付けて教室を出る。
 このあとの5時限目は、彼の化学。
 いつも通り準備室へ向かい、彼の机を目指す。
「失礼します」
 見慣れたドア。
 そして、多くの荷物が積まれて作られている通路。
 そこを抜けると、いくつか並んだ机のひとつに、彼が座っていた。
 何やら真剣な顔をして、冊子のようなものを見ている。
「っ……」
 ……その顔つきに、思わず息を呑んでいた。
 なんていうか、こう……授業中も彼の真剣な顔は見るんだけど、これほど間近で見るのは初めてで。
 邪魔をするのが阻まれる。
 そんな雰囲気が、ありありと出ていた。
「……ん?」
「あ……」
 先に気付いたのは、彼。
 ふっと顔を上げて瞳が合うと、すぐに優しい笑みを見せてくれる。
「授業連絡?」
「……はい。あの、すみません……邪魔しちゃって……」
「いや、大丈夫。気にしないで」
 ゆるゆると首を振ってくれてから冊子を閉じた彼が、机の端に置いて再びこちらに向いた。
 なんでこんなに優しい顔をしてくれるんだろう……って、彼を見ていると思うんだよね。
 だって、これまでこんなに優しい顔をする“先生”って、いなかったような気がするんだもん。
 もちろん、優しいのは田代先生だってそう。
 だけど、彼とはまた少し違って……うぅ、うまく説明できないんだけど……。
「……瀬那さん?」
「えっ!? あ、ご、ごめんなさいっ」
 ついつい、見とれていたらしく、慌てて頭を下げる。
 すると、苦笑を浮かべながら椅子にもたれた彼は、頭の後ろに手を組んだ。
「次は実験しようかなと思ったんだけど、テストまでそんなに時間がないんだよね。だから、普通に授業」
「わかりました」
 彼の言葉にうなずくと……ふと、視線が合う。
 ……どうしよう。
 そんなふうに思わされる、瞳。
 …………うぅ。どうしよう、本当に。

 先生のことを……好きになりそうだった。

 彼とこうして会うたび、話すたびに、どんどん惹かれていっているのがわかる。
 だけど……相手は“先生”。
 私は大勢いる教え子のひとりにすぎない。
 しかも、自分よりずっと年上で……大人で、カッコよくて……。
「……瀬那さんて、さ」
「はいっ!?」
 考えごとをしていると、机に頬杖をついた彼が私を見上げながら名前を呼んだ。
 ……び……びっくりした。
 思わずどきどきしながら彼に向き直ると、くすくす小さく笑われる。
「え……?」
「いや、なんか……小動物に似てるって言われない?」
「……はい?」
 ぽかん、とカッコ悪く口を開くと、軽く手を振ってから彼が続ける。
「なんか、動きがね。……いや、悪い意味じゃないんだけど」
「……そう……ですか?」
「うん」
 面と向かってそんなことを言われるとは思わなかったので、つい頬が赤くなるのがわかる。
 しかも、好きになりかけている人に言われれば……なおさら。
「……そ、そんなこと、ないですっ」
 どうしていいのかわからず、ぶんぶんと手を振って否定すると、瞳を丸くして彼が背を正した。
 その顔で見られると、困るんです。本当に!
 て、ていうか先生、あのっ……近い、ですよ。
「そう? 意外といい線だと思うんだけど」
「っ……そんな……ことは」
「ねぇ、田代先生。そう思いません?」
「ん?」
 私から、机向かいの田代先生に視線が移った途端、自身がほっとしたのもわかった。
 だけど、コーヒーを飲んだままの田代先生は、祐恭先生と私とを見比べながらにやっと笑う。
「そうだねー。羽織ちゃん、かわいいし」
「ですよね」
「かっ……!?」
 一気に頬が熱くなった。
 か、わいいって……かわいいって言われた……っ。
 しかも、それを祐恭先生が否定しなかった。
 確かに、それはいわゆるあの……なんていうのかな。
 社交辞令? みたいな感じで、単に先生が優しいから否定しないでくれたみたいな感じだとは思うけれど……でも、嬉しくて、ちょっぴり照れくさかった。
「し、失礼しますっ」
 慌ててふたりに頭を下げて準備室のドアを掴み、そのまま廊下を走るように教室へ足を進める。
 だってまさか、そんなこと言われるなんて思わなかった。
 ……はぁ。
 きっと、からかわれてるんだろうなぁ……私。
 渡り廊下を通るとき、自然とため息が漏れる。
 別に、嫌じゃない。
 だけど、どうしていいのか……わからないだけ。
 これまで、男性に……しかも年上の人にそんなことを言われたことなんてなかったから、余計に戸惑う。
 ……こんな顔で教室に戻ったら、絵里だけじゃなくほかの子にもいろいろ言われそうだなぁ……。
 そんなことが思い浮かび、若干足取りが重くなって……途中で結局トイレに寄った。
 ――……そのころ。
 羽織が逃げるように去った準備室では、純也がおかしそうに笑っていた。
「祐恭君てさぁ」
「え?」
「羽織ちゃんのことからかってるとき、すげー楽しそう」
「……そうですか?」
「うん」
 コーヒーを含みながらくすくすと笑みを見せ、頬杖をつきながら祐恭を見る。
 すると、軽く頭に手をやりながら、祐恭が肩をすくめた。
「いや……そんなつもりないんですけどね」
「えー。それってヤバいんじゃない? 自覚なしってことだろ?」
「いや、まぁ……そうなるんですかね」
 いたずらっぽい純也の笑みに苦笑を返し、再び冊子を手に取る。
 自分ではそんなつもりがないせいか、少しおかしかった。
 ……確かに、結構楽しんでいるのかもしれないけど。
 冊子を広げながらそんなことを考えると、自然に笑みが漏れた。

「……はぁ」
 朝のSHRでわかった、彼の違和感。
 放課後になってもまだ、その原因に対して『うーん』という気持ちが取れないでいた。
 自分に対する笑みと、少し違う。
 自分に対する口調と、ずいぶん違う。
 それが、彼に感じた違和感だったのだ。
 出会ったばかりのころは、先生ってかなり優しい人だったんだよね。
 …………ん? あれ、なんか今、語弊が……。
 ええと、確かに今でも優しい人だけど、そうじゃなくて……うーん。
 なんていうか、無条件に“優しい”人だったんだよね。
 誰にも優しい笑みを見せてくれていたし、誰に対しても口調も穏やかだったし。
 だから……惹かれたんだけど。
「…………」
 で、も。
 今では、いろいろと意地悪な部分が見えているわけで。
 だからこそ、学校でほかの子に対する彼の優しさが、少し『えぇ?』って思っちゃうのかもしれない。
 自分と一緒にいるときの彼が、きっと本当の彼なんだとは思う。
 それは嬉しいんだけど、でも……やっぱり惹かれたのは、優しい姿だったわけで。
 ……まぁ、だからといって裏切られたつもりはこれっぽっちもないし、いつもいつも意地悪なわけじゃないから、自分としてもこれ以上彼にどうにかなってもらいたいわけじゃないんだけど。
「…………」
 すっかり日が落ちて暗くなった、外。
 そんな窓の外を眺めながら、教室の電気を煌々とつけてひとり黙々と作業を進める。
 今日は日直。
 で、最後のシメ作業として日誌を書いているんだけど……コメントと連絡欄が、未だ白紙のまま。
 ……早く帰りたいんだけどね。
 窓に映る自分の姿越しに外を眺めると、電気の点いていない2号館がやけに黒く大きく見えた。
 ……夜の学校は怖い。
 ほかのクラスも今ではもうほとんどひと気がないから、廊下もそれなりに暗いわけで……うぅやだな。
 早く帰ろう。
「こら!」
「っ!?」
 再び日誌に向かって頬杖をつくと、途端に声が響いた。
 どくどくと高鳴る胸を押さえながらそちらを見る――……と、入り口にもたれるようにしている、スーツ姿の祐恭先生が見えた。
「……せ……先生」
「ったく。こんな時間まで何してんだよ。早く帰りなさい」
「……ぅ」
 普段と違う口調で瞳を細めた彼は、どこか呆れたようにドアを閉めてから、こちらへ歩いてきた。
 手には、いくつかの鍵の束。
 ……あれ。もしかして、そういうお仕事?
「先生こそ、何してるんですか?」
「何ってことはないだろ。戸締りだよ、戸締り。……早く鍵閉めて帰りたいんだ」
「ぅ。す、すみません……」
「こんな時間まで教室に電気がついてると思って来てみれば……。ったく」
「……ごめんなさい……」
 前の机に腰かけた彼が、腕を組んでから――……日誌を覗いた。
 反射的に隠そうとしたのは、どうしてだったんだろう。
 ……あぁ、そうだ。
 きっと、彼ならば何か言うだろうと思っての反応、だったんだろうな。
「……なんだ。全然書いてないじゃないか」
「だってぇ……」
「朝っぱらから、ぼーっとしてるからじゃないの?」
「……ぼーっと? してませんよ、私っ」
 むぅ、と唇を尖らせると、瞳を細めてから不満げに『ふぅん』と漏らした。
 途端瞳が細まり、また『う』と言葉に詰まる。
「人が一生懸命話してるときに、考えごとしてたろ?」
「そ……れは……その……」
「何考えてた?」
 ……う。
 聞かれると思った……。
 というか、そんなところまで見てるなんて、思わなかったのに。
 だって、目が合ったのは一瞬だったんだよ?
 だから…………てっきり、私のそんな変化になんて気づきもしないだろうと思ったのに。
「……先生、気付いてたの?」
「当り前だろ? 朝っぱらからやる気なさそうな顔で座ってたら、そりゃ気にもなる」
「…………そっかぁ」
 ため息混じりに呟かれたのに、思わず頬が緩んでいた。
 自分が知らないところでも彼はちゃんと見てくれているというのが、嬉しかった。
「……何笑ってる?」
「え? あ、ううんっ」
「気になるだろ」
「……な、なんでもないっ」
 ぶんぶんと首を振ってから日誌に目を落とし、しばらく考えてから……空欄を埋めるべくペンを走らせる。
 とりあえず、今日の昼休みの出来事でも。
「……ジュースにストローが付いてなかった? それは連絡事項じゃないだろ」
「もぅ! 盗み見ないでくださいっ」
「なんで? いいだろ別に。俺だって読むんだし」
「それは、そうだけど……」
 眉を寄せて彼を見ると、視線を日誌に落としたままで彼が続けた。
「しっかし、女の子ーっていう字を書くね。キミは」
「……え? そう……ですか?」
 自分ではさほどクセのある字を書いているとは思わないものの、確かに彼の字にすれば多少丸いとは思う。
 彼の字は、いかにも大人という感じのするきれいな癖のない字。
 黒板でもそうだけど、ノートやこうした日誌に書き込まれる字は、もっときれいに思える。
「先生って……きれいな字ですよね」
「まぁね。ほら、字は人柄が出るって言うだろ?」
「…………うん」
「こら。なんだ今の間は。えぇ?」
「べ、別に何も……」
「よからぬこと考えたろ」
「考えてませんってばぁ!」
 相変わらず、耳ざといというか……なんというか。
 日誌をめくって彼のコメントを見ていると、つい笑みが漏れる。
 きれいな字なのに、内容が結構面白いから……というのもあるんだよね。
 何より、ほかの子たちが知らない彼を知っている自分。
 その優越感が嬉しかった。
「……っと。はい、終わりました」
「じゃ、鍵閉めるから早く帰るように」
「はぁい」
 “先生”らしい言葉に苦笑を浮かべてから荷物をまとめると、窓の鍵を確認していた彼が先にドアへ向かった。
「ほら。電気消すよー」
「あ! ま、待って」
 いくつかの教科書を机に残したままバッグを持ち、彼の元へ。
 すると、腕を組んでドアにもたれた彼の瞳が、すぅ……と細まって見えた。
「え?」
「……置き勉ですか? 受験生が」
「あ……え、ええと……」
「余裕だね」
 口元に手を当ててそれはそれは意地の悪い顔を見せると、視線を宙に上げた。
 うぅ。
 そういう顔、ほかの子には絶対見せない顔ですよね。
 …………ってわかるから、もぅって思うだけじゃなくて、ちょっぴり嬉しくなっちゃうんだけど。
「そういう先生は、置き勉とかしなかったんですか?」
「するに決まってるだろ。重いし」
「……もぅ! じゃあ一緒じゃないですかっ」
「まぁね」
 眉を寄せて彼を見ると、くすくすおかしそうに笑みを漏らす。
 その顔は、優しい笑みだった。
 つられて同じように笑みを見せると、ふっと瞳を細めて彼が頬に手を伸ばす。
 ……温かい手。
 なんてことを考えていたら、いきなり――……唇を塞がれた。
「っ……!」
 パチン、と小さな音が響くと同時に教室が闇で包まれる。
 なぞるように唇を舐められ、つい力が抜けた。
「ん……っ……はぁ」
 支えるように抱きしめてくれた彼の腕に身体を預けるようにすると、ようやく唇を離される……ものの。
 今度は、滑るように唇が首筋を這った。
「せ……んせいっ……だ、めってばぁ」
 荒く息をつきながら首を振るも、耳元で息をかけながら呟く。
 くすぐったい……以上の、感覚。
 ぞくぞくと背中が粟立って、少しだけ苦しい。
「……こんな時間まで、ひとりいるから悪いんだろ」
「んっ……そ、れと……これとはっ……は、ぁ」
「一緒」
 ちゅ、と唇の感覚がどきどきする。
 だけど、彼はそのまま片手を背中に這わせると、さらに身体を密着させた。
 ……うぅーっ。
 だからっ……こんな……誰かに見られるかもしれないところでなんて……困るのにっ……!
「声、我慢ね」
「っ! む、りっ!!」
 シャツの下から素肌に触れられ、ゆるく首を振るしかない。
 ……だって、力が入らないんだもん……!
「やぁっ……ん」
「……ほら。そんな声出したら誰かに見つかるだろ?」
「だって……!」
 指先で胸に触れられて声を漏らすと、耳元でくすくす笑いながらさらに執拗に責め立て始めた。
「もぉ……んっ……ぁ」
 力が入らない身体で彼にもたれるも、くすくす笑いながら髪をすくって頬に口づける。
 ……はぁ。
 大きく息をついて彼を見上げるけれど、明かりのないここでは表情がよく見えなくて。
「っ……」
 ぼそり、と耳元で聞こえた言葉に、思わず目が丸くなった。
「なっ……!」
「さて。俺は職員室行くけど、羽織ちゃんはどうする?」
「い……きます」
「そんな顔で?」
「っ……! もぅ! 誰のせいですか!!」
「誰のせいかな。……こんな時間まで、ひとりでいた羽織ちゃんが悪いんじゃないの?」
 くすくす笑いながらドアを開けた彼が、こちらを向いた。
 ……もぉーー。

 『続きは帰ってからね』

 だって今日、まだ金曜日じゃないのに……。
 眉を寄せて彼を見るものの、これといって気にしている様子でもなく。
 ――……結局、彼と肩を並べて職員室に向かうことになった。
「…………」
 誰もいない廊下。
 そこを歩きながら隣の彼を見上げると、当たり前のように正面を向いている。
 ……こうしてると、出会ったころと同じ彼なんだけど……あんなふうにいきなりキスされると、まだどうしていいのかわからず困ってしまう。
 でも、決して嫌なわけじゃなくて……。
「……ふふ」
「ん?」
 つい笑みが漏れた。
 そして、それを目ざとく見つける彼。
 何も言わずににやっと笑われ、また顔が赤くなりそうで視線を外すのが精一杯なんだけど。
 ……でも、まぁ……ね。
 私しか知らない、一面。
 私しか知らない、彼。
 それがある限りは、ずっとこんなふうに翻弄されるんだろうなぁ。
 落ち着いてきた頬に手を寄せて彼を見ると、何やら満足げな笑みを浮かべていた。
「……何をニヤニヤしてるのかな?」
「だって、幸せなんですもん」
「っ……」
 ぽつりと彼に呟くと、瞳を丸くしてすぐ――……ふいっと視線をそむけた。
 ……あれ?
「先生?」
「……なんだよ、急に」
 小さく呟いたその言葉。
 だけど、横顔がちょっとだけ……赤かったような……。
「えへへ」
 いつも意地悪な部分を見せる彼も、ときとして嬉しい面を見せてくれる。
 その顔は、変わらず優しくて。
 だから、いつまで経っても彼には敵わないんだと思う。
 でも、これはこれで……いい形だよね。
 なんてことを考えながら、また笑みが漏れた。


2004/12/26


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