透き通るような、高い秋の空。
ああ、今日も本当にきれいだなぁ……なんて、ちょっとだけ感傷的になってしまう。
いや、正確には……ならざるを得なかった。
心底、馬鹿なことをやったな、と思った。
なんていうか、久しぶりに反省。
でもね、まさかこんなことになるなんて思わなかったわけで。
今日も、いつも通りに起きて、いつも通りに学校へ向かう。
いつもの、金曜の朝。
……なんだけど。
なんかねー、こうなってみて初めてわかるありがたみってヤツがある。
なんのありがたみか?
いや、あの……馬鹿だと思う。
わかってるのよ? 私だって。
なんだけどねー。
まさかここまでひどくなるとは思わなかったわけよ。うん。
「ごはん、食べれた?」
窓の外から視線を戻すと、心配そうな顔をした羽織がこちらに眉を寄せている。
返事を返す代わりに笑みを浮かべて首を縦に振ると、ほっとしたように柔らかく笑った。
心配かけてしまっているのは申し訳ないんだけれど、彼女の有難さが今回のことでよくわかったのよね。
「でも、そろそろよくなるんでしょ? ポリープ」
……う。
そんな『しょうがないなぁ』って顔しないでよ。
だから、私だって反省してるんだってば。
そう言う代わりに眉を寄せると、くすくす笑いながら『よかったね』とうなずいた。
……というわけで。
実はこのたび、皆瀬絵里はいわゆる声帯ポリープなるものを患っていたりするのだ。
ことの発端は、先週の土曜日まで遡ることになるんだけど……あの日、私は純也とある賭けをした。
それはズバリ、『カラオケ耐久何時間!? 勝負』。
私の最高記録は6時間なんだけど、純也は6時間と15分という記録の保持者。
たった15分負けていることが悔しくて、それじゃあ朝までやろうじゃないかとばかりに近所のカラオケへと乗り込んだのが……深夜0時を回ってから。
普通だったらやめておくんだけど、いわゆるナチュラルハイってヤツになっていたので、まったく気にも留めず意気揚々とお互い笑みすら浮かべて挑んでいた。
そして、部屋に入るなりとっとと曲を入れていく。
もちろん、無言で。
曲だって、昔のだろうが最新のだろうが関係ない。
挙句の果てには、童謡も歌ってた気もする。
ぽっぽっぽーとか聞こえたような……。
だってさぁ、4時間過ぎると……いい加減歌う曲が尽きてくるのよね。
しかも、ふたりきりだし。
どっちかって言うと、互いの曲を聴くという雰囲気ではなくて、自分のストレス発散のためにひたすら歌うって感じ。
……ああ、やっぱり馬鹿なことしたのよね。
今になってみれば反省もできるんだけど、当時は無理だったワケよ。
ていうか、それができてりゃこんなふうになってないっつー話で。
結局、途中で純也がリタイヤ宣言を出すまでは私がマイクを握った状態でおり、室内は制圧下にあった。
……がっ。
「…………ッ……!? ……!!?」
翌朝になってみると、声が出ない。
正確には、ひゅうひゅうという掠れる音はするんだけれど、いつもの『声』と感じられるものが出てこなかったのだ。
慌てて純也を叩き起こして向かったのは、休日診療の病院。
すると、ひと目見た医師に苦笑を浮べられながら『声帯ポリープ』という病名を告げられた。
しかもしかも。
見た瞬間、その女医さんはこう告げた。
『カラオケでもやりすぎた?』
思わず瞳を丸くしてしまったから、恐らくバレてるとは思うんだけど……。
確かに、年齢からしても、声を酷使する仕事に就いているようには見えないだろうから……っていう上での判断だとは思うんだけれど、ね。
でも、ちょっとびっくりしたわ。
……ていうか、声が出なかったことのほうが、もちろんびっくりしたんだけど。
でも、普通はこの病気って純也みたいに『教師』とかっていう、声を使う仕事に就いている人がなるらしい。
……。
ま、彼が声を張りあげて熱弁を振るう姿なんて、想像もつかないけれど。
――……そんなわけで。
ここ1週間、私は本当に静かに過ごしてきた。
大声も出さず、できるだけ声を出さず。
……っていうか、自分の声がどんなだったかっていうのも忘れかけたくらい、本当に喋っていない。
だって、病院から帰ってくるときに念を押されたからだ。
『無理して喋ったら、治るものも治らなくなるわよ? 一生、自分の声が聞けなくなったら……あなた困るわよね?』
アレは、にこやかながらも、ものすごく説得力のあるセリフだった。
なので、学校でも家でも声を出した覚えはない。
その代わりと言っちゃあなんだけど、ジェスチャーやらといった表現方法はものすごく上達した。
でも、それだけじゃ乗り切れない壁もある。
そんなときに助かったのが――……目の前でくりっとした瞳を見せている……彼女の存在だ。
誰よりも的確に、そりゃあもう、彼氏である純也なんかよりもずっとずっと的確に私の考えを当ててくれたし。
この子のお陰で、本当に救われた。
だから、改めて羽織には感謝しているんだ。本当にね。
「あ。そろそろ授業だね。行こっか」
時計を見て呟いた羽織に笑みを浮かべて立ち上がると、小さくうなずいてから彼女もそれに習う。
声はなくとも、通じ合えている関係。
我ながら、本当にいい幼馴染を持ったと思う。
……でもま――……家に帰るとそんな状況は一変するんだけれど、ね。
お風呂上がりのひととき。
ホットミルクを飲みながらソファでくつろいでいるところへ、純也が髪を拭きながら歩いてきた。
「…………」
……で、またいつものように何も言わずにチャンネルを変える、と。
ここ最近の彼の行動パターンはわかっちゃいるんだけど、最近なんとなく不機嫌そうだからって許していてやった。
でもね。
人が楽しみにしていたドラマの途中で変えることないと思わない?
「あ、おい!」
テーブルにリモコンが置かれると同時に手を伸ばし、再び元のチャンネルへ戻してやる。
すると、案の定眉を寄せてこちらを見るワケで。
「…………」
「…………」
何よアンタ、文句あるの?
そんなことを心の中だけで思いながら睨み返してやると、しばらく怪訝そうな顔をしてからぷいっと横を向いた。
……ったく。
リモコンを握ったままテレビに視線を向け、満足げにソファへ身体を預ける。
――……と。
「……っ!?」
ちょっ……どこ行くのよ!
そうは思うけれど、声は出せない。
でも、声の変わりに目が見開いた。
だって、純也ってば立ち上がった途端、私を振り返ることもなく寝室のドアを開けてさっさと中へ入っちゃったんだもん。
何? なんなの?
そんなに、気に食わなかったワケ?
……さすがに、腹が立つ。
ここ1週間、最初のうちは馬鹿にしながらも何かと優しくしてくれていた彼。
なのに、週の半ばから後半にかけては、まったくといっていいほど何もしてもらった覚えがない。
それどころか、多分、コミュニケーションである会話もなかったような……。
……そりゃ、私が喋らないのは仕方ないでしょ?
お医者さんにも注意されたんだから。
だけどね。
何も、完全健康優良児である純也までもが、話さなくなったりしないでもいいと思わない?
私は、少なくともそう思う。
いや、少なくともどころか、98%くらいは。
「…………」
……あーもー、何よ。
最後は、ふて寝?
……気に食わない。
私に何も言わないでベッドに向かったから、じゃなくて。
この最後の行動も含めて、今までの純也の行動全部が。
「………………」
自分の身体が思うようにならないのがもどかしいのもあってか、いつもは温和を通している私だって頭にくるワケで。
……せめてひとこと、言ってやる。
あ、いや、言う代わりに態度で示す。
閉じられたままの寝室のドアを睨みつけながら、独りうなずいて立ち上がっていた。
寝室の明りは、いつもと変わらず小さいヤツが点けてあった。
これは、私が転ぶからっていうこともあって、一緒に暮らし始めたときからの約束事になっていた。
いつもと同じようにされているそれを見ると、ちょっとだけ純也を咎める気持ちが弱くなるんだけど……でも、やっぱり腹の虫は治まらない。
私が寝る側に背中を向けている彼のほうへ回り込んで、その場にしゃがむ。
相変わらず、しっかりと閉じられた瞳。
そして、規則正しい呼吸。
……もう、寝た?
いやいや、いくらなんでも早すぎる。
寝てたら悪いけど……まぁいいか。
そう思ってから、そのほっぺたに手を伸ばした。
「っ! ……ンだよ……」
一瞬、ものすごく驚いた顔をした彼に、思わず声を出して笑いそうになった。
すると、眉を寄せてからぷいっとまた顔を背ける。
……何よ。
もー、何怒ってるわけ?
まるで、小さい子みたいだ。
ベッドに腰かけて彼を上から覗き込んでやると、さすがにため息を漏らして瞳を開けた。
「……なんだよ」
怒ってるでしょ。
そういう表現を身振り手振りでしてやると、何度かまばたきをしてから瞳を逸らす。
「…………別に」
頬に手を当てて、再びこちらと視線を合わせてやる。
……すると、小さくため息を漏らしてから、ようやく観念したような顔を見せた。
「お前のことで怒ってるんじゃないって。だから、早く寝ろよ」
……じゃあ、なんで怒ってるのよ。
ベッドに足を崩して座り、まっすぐに見つめる。
すると、身体を起こして向き直った。
…………いつもと違う、表情。
なんていうか、ひどく切なそうで……すごく優しい瞳。
冗談交じりに私をからかうときの純也とは、全然違う。
「…………?」
ふっと伸びた、彼の大きな手。
それが、頬を撫でるように触れてきた。
……そんな……愛しそうに見られたら、困る。
少し開いていた唇を結んで顎を引くと、小さく笑ってから苦笑を浮かべた。
「……お前の声、ずっと聞いてないんだよな」
ぽつりと漏らした言葉に、思わず瞳が開いた。
と同時に、喉が鳴る。
……そんなこと言うなんて、思わなかったから。
「いつもはうるさいくらいに学校でも家でも聞こえるのに……今週は、すごい静かだったんだよな」
純也が言うのも、無理はない。
この1週間というもの、私はまったくと言っていいほど喋らなかったんだもん。
「……いつもそこにあった当り前がないってのは……結構、つらいもんだぞ?」
「っ……」
ふっと細めた瞳。
……そんな、切ない顔しないでよ。
胸が、苦しくなる。
「でも、モトを正せば俺が悪かったんだよな。あのとき、あんな馬鹿なこと止めてれば、今ごろお前……こんな思いしなくて済んだのにな」
違う。
別に、純也が悪いわけじゃない。
だって、あれは私が悪かったんだから。
あんな時間にカラオケに行くって言い出したのは……ほかでもない私なんだから。
だから……謝ったりしないでよ。
頬に触れられている彼の手が温かくて、大きくて……すごく優しくて。
なんだか、泣きそうになった。
「……絵里?」
腕を伸ばして、ベッドにもたれていた彼にそのまま抱きつく。
頬だけに感じていた温もりを身体で感じることができて、心底安心した。
一瞬驚いたようだった純也も、すぐに柔らかく抱きしめてくれる。
安心させるように、髪を、背中を撫でてくれる手が、すごく嬉しかった。
ものすごく、彼の名前を呼びたい衝動に駆られる。
名前を呼んで、ひとこと言いたくなる。
こういうときに限って、どうしてそういう思いが強くなるんだろう。
……人間って、やっぱり欲張りなんだ。
閉じていた瞳を開けて、そっと彼を見上げると……そんな思いから唇が動きかけた。
「どした?」
それに気付いて、柔らかく笑ってくれる純也。
人恋しいって思うのは、なんだか久しぶりのような気がする。
……ああ。
それだけ、私はいつも満たされているんだ。
両手で彼の頬を包み、そっと顔を近づける。
「……絵里……」
囁かれる、名前。
それだけが、愛しくて愛しくて……たまらなくなる。
こんなにも、愛されてるって実感しているのに。
こんなにも、彼に愛しさを伝えたいのに。
声という1番の伝達手段が使えないのは、すごくもどかしい。
「…………」
「っ……」
瞳を閉じて、そっと彼の唇を塞ぐ。
いつもと同じ温かい感触が、唇から身体に広がった。
……そういえば……こうしてキスするのも、なんだかすごく久しぶり。
一緒に暮らしてて、こんなにも近くにいるのに。
ちゅ、と小さく音を立てて顔を離すと、わずかに男らしい色っぽさがある瞳に捕われた。
再び、口づけを――……としたとき。
「……待った」
「っ……」
小さく笑った純也が、緩く首を振った。
……どうして?
私とキスするの……イヤなの?
こんなふうに拒否されたことがなかったせいか、途端に切なくなる。
不安で、たまらなくなる。
……だけど、代わりに純也が私を抱きしめる。
「あんまり……くっつくなよ。……声、聞きたくなるだろ」
身体の奥が震える。
でも……もう、今さら大人しく寝ろって言われたって……私だって困る。
耳元でそんなに甘く優しく囁かれたら…………私だって、純也のこと欲しくなっちゃうじゃない。
ぎゅうっと彼を掻き抱くように両腕を回して、離されそうになるのを拒んでやる。
「だから……っ」
少しだけ掠れた声を漏らした彼から身体を離して、Tシャツ越しに手のひらを当てると、つらそうに眉を寄せた。
「明日、病院行くだろ? それからで――」
「ッ……!」
彼の言葉の途中で首を振り、めいっぱい否定してやる。
……イヤ。
このまま……大人しくなんて、寝れないもん。
ねぇ。純也は平気なの?
私と一緒にいるのに、何もできなくても。
キスも、抱きしめることも……今考えてみれば週の半ばから、ぱったりと途絶えた。
それが何を示しているのか。
彼と出会って知ったことの上に考えれば、すぐにわかる。
……私だって、もう子どもじゃない。
大人しく寝ろって言われても……無理なことだってあるでしょ?
こんな考えが彼に100%伝わるなんて思ってない。
だけど、少しでも伝わればいいなと思って……瞳を彼から逸らさなかった。
「……悪くなったら、俺が困る。……お前の声を1番聞きたいのは……俺なんだぞ?」
「…………」
それは……わかってる、つもりだ。
だけど、だけど……ね。
そっと頬に手を当てて、再び顔を近づける。
――……眉を寄せて、つらそうな顔で何か呟こうとした彼の唇を塞ぐために。
「…………」
先ほどの口づけとは違って、いつも純也がしてくれるキスを施す。
精一杯の愛撫を舌ですると、途中から一気に形勢が一変した。
あてがわれた腕に支えられるようにして、身体がベッドに沈む。
髪を撫でてくれる手を指先で追いながら口づけを返すと、濡れた音がすぐ近くで響いた。
「……っ……は」
唇から首筋を滑る、手のひらと唇。
ぞくりとする感覚に、どうしたって吐息が漏れる。
それと同時に、漏れてしまいそうになる……声。
……でも、一生このままになるのは困るから。
だって……純也の泣く顔なんて見たくないしね。
だから、与えられる快感にできるだけ吐息で応えることにした。
「ふ……」
「…………絵里……」
胸元を軽くついばみながら名前を呼ばれ、反射的に瞳が開いた。
ふと目線を下げると、瞳を閉じて私に唇を寄せてくれている純也の姿。
それが目に入った途端、身体が熱くなった。
なんか……すごく、恥ずかしいかも。
普段、こういうときに彼の顔を覗くことが少ないせいか、やけに照れてしまう。
……純也、あんな顔してるんだ。
私に触れてくれているときの彼の顔があまりにも色っぽくて、顔が熱くなる。
「っ……!」
だけど。
胸元から滑り込んだ手のひらに、続きを考える余裕を奪われた。
いつもよりずっと優しい、愛撫。
……なのに、より一層感じてしまうのはどうしてだろう。
彼の指先が肌に当たるたびに、そこからいつもと違った快感が広がる。
柔らかく触れられれば触れられるほど、自分が敏感になっていっているような気がした。
「っは……! ふ……」
服の合わせを開かれて、夜の空気が肌に当たる。
彼に与えられる悦と、その温度差によって尖ってしまう胸の頂。
肩口に彼の温かい手のひらを感じた次の瞬間、あたたかく濡れた感触にそこが包まれた。
「んっ……!」
たまらず、声が漏れる。
それで一瞬純也が動きを止めたけれど、ほどなくして柔らかく舌が絡んでくる。
「っ……ふ……ぅ」
声よりも、なんだかずっと艶かしい感じがするのは気のせいだろうか。
……吐息って、いかにも秘密ごとって雰囲気よね。
ぼぅっとする頭の端でそんなことを考えながら無意識に彼へ手を伸ばし、髪を指の間に捉える。
自分より少し硬い、髪。
「んっ……ん……」
ときおり違った舌の当たり方で、手のひらが震える。
力ないまま弱く握ったり、髪を弄るように指先が動いたり。
それでも、純也は何も言わずに、手のひらと舌を這わせた。
ゆっくりと舌先が胸から離れ、お腹を伝う。
「……っ……!!」
「っ! ……な……んだよ」
なんだよじゃないわよ!!
いきなりわき腹舐められたら、誰だってこうする!
ものすごくくすぐったくて、声が出そうになったんだから。
だけど、精一杯両手で身体を離してやりながら彼を睨むものの、純也は一瞬瞳を丸くしてから、くすくす笑った。
……笑いごとじゃないっての。
せっかく……純也の責めにも、がんばって耐えてるのに。
「っ!?」
なんて、視線を彼から外した途端。
下半身に、冷たい空気を感じた。
慌てて見ると、ぽいっとベッドの端にズボンをショーツごと放った彼の姿。
……な……なにぃ!?
「ん?」
何してんのよー!!
と叫びたいのを我慢して身体を起こそうとすると、いきなりキスで封じられた。
「っん……!」
そのままベッドに沈められ、容赦なく口づけが深まっていく。
舌で口内をくまなく探られると、身体から力が抜けた。
それを見計らったかのように、お腹を伝ってから――……彼の手のひらが下へと降りていく。
抵抗しようにも、うまく身体が動かない。
「っ!!」
しっかりと合わせられた唇のお陰で、声が出なかったのが幸い。
くちゅ、という小さな音とともに、彼の指先が秘部を探り始めた。
……弱い部分ばかりを、執拗に責められてくる気がする。
最初は小さかった濡れた音も、次第に大きくなっていく。
それが、自分が彼によって感じている証拠とばかりに耳に届き、さらに追い詰められる形になってしまう。
「……すごいな……」
ぽつりと漏れた彼の言葉に瞳を合わせると、やたら楽しそうにこちらを見た。
……何よぉ、その意地悪な顔。
なんか、腹が立つっ。
「っ! ……ん……ふ」
眉を寄せた途端、ゆっくりとした動きの割にきっちり中に感じる指。
探るように動き、いつしか彼の腕を掴んでいた私の手に力が入ると、その場所を執拗に撫上げてきた。
「っ……はぁっ……は……ッ」
背中が自然に反る。
きゅっとシーツと彼の腕を掴み、さらに力を込める。
……も……限界っ!
声が出そうになると同時に、果てを予感したそのとき。
――……あっさりと純也が指を抜いてしまった。
「っ……な……」
あまりのことに、声が出た。
ら。
「……声出すなよ」
誰が悪いと思ってんのよ!
しょうがないヤツだなとばかりに見られ、たまらず睨み返す。
だって、そうでしょ!
……あんな……中途半端にされてっ……。
荒く息をつきながら彼を見ていると、しばらく背を向けていた彼が覆いかぶさるように身体の上に来た。
「……なるべく、手加減する……つもり」
当てにならないわね、そんな言葉。
くすっと小さく笑ってからうなずくと、軽くキスをしてくれながら――……彼がゆっくりと這入って来た。
「んっ……! ぅ……」
「……は……」
中に感じる、強い鼓動。
苦しげに息をつく純也の顔を見るのは、結構好き。
しっかりと這入りきってから息をつく彼の頬に手のひらを当てると、瞳を開けて薄く笑った。
「……やっぱ、無理だな」
自嘲気味に呟いた言葉。
「んっ!!」
次の瞬間、しっかりと純也が動き出した。
う……ウソつきが……!
手加減するって言ったの、どこ誰よ!?
揺さぶられながらそんなことを考えられたのは、最初のほんの数秒。
そのあとは、弱い部分を重点的に責められて、頭が彼以外のことを考えるだけの余裕を失った。
「ぁ……んっ……! んっ……」
荒く息をつきながら、突き上げられるたびに声が漏れる。
すると、そのときそのときは一瞬動きが弱まるのだが、やっぱりさっきと一緒。
結局はいつもと変わらなく、責め立てられてしまう。
「っく……ぅ……ん!」
ぎゅうっと彼の首に腕を絡めると、耳元に純也の唇が寄った。
「……んっ……」
途端に感じる、熱い吐息。
……ヤバい。
さっき、中途半端に昇りつめかかっただけあって、身体が敏感に反応してしまう。
自分の意思とは関係なく、締め付けてしまう自身。
それがすごくヤラシイんだけど……それ以上に、身体は悦を欲しがる。
彼によっての、快感を。
「あ、あっ……ん! ……っふ……ぁ」
自然に漏れ始めた声。
止めることなんて、もう……できない。
「んっ、んぅ……! じゅ……やぁっ……」
ぎゅうっと彼にしがみつくと、無意識のうちに名前を呼んでいた。
すぐ近くにいるのに、なんだか遠く感じたから。
すると、彼が抱きしめてくれながら頬に軽くキスをくれた。
「……一緒に……イクか」
「んっ……」
荒い息に交じる、男っぽい声。
……もぉ……ヤラシイ。
「やぁっ……!!」
こくん、と小さくうなずいた途端、動きが変わった。
先ほどよりもずっと強く、律動を送られる。
奥まで届く彼。
それと同時に、悦の波は大きく膨らむ。
「んっ……はぁ……! あ、んっ……」
「……っく……絵里っ……」
「や……ダメっ……! もっ……!!」
緩く首を振りながら腕に力を込めると、ひときわ大きく突かれた途端に絶頂を迎えた。
「っくぅ……ぁ……んんっ……」
「……っは……ぁ……!」
うなだれるように純也が身体を折り、首筋に吐息を感じる。
そんな彼を抱きとめながら、笑みが漏れた。
「……純也」
「だから、名前を――」
「大好き」
「……絵里……」
「喋れなくなる前に、言っておかないとね」
にっと笑みを見せて呟くと、瞳を丸くしてから眉を寄せる。
そして、くしゃっと額の髪を撫で付けて抱きしめてくれてから――……。
「……ンなことになるワケないだろ」
ちょっとだけ、声が震えてた気もする。
……だよね。
「当り前でしょ」
くすくす笑って背中を撫でると、自然に笑みが漏れた。
明日、病院に行って……ちゃんと、『大丈夫』って言ってもらうんだから。
でも……。
「…………」
たとえ喋るのが今ので最後になったとしても、私はまぁ……いいかなって思ってる。
ちゃんと、好きな人に好きだって言えたから。
「………は?」
「よくがんばったわねー。きれいに治ってますよ」
キィっと音を立ててこちらに椅子ごと向き直った女医さんが、笑みを見せた。
「あの……。でも、1週間――」
「あー、あれねぇ……」
眉を寄せて彼女を見ると、苦笑を浮かべながらペンを顎に当てた。
「ごめんね。ちょっとだけ、ハッタリ」
「は……ハッタリ!?」
「ほら、それくらい言わないと、笑ったり喋ったりしちゃうでしょ? だからね」
再びこちらに背を向けながらカルテに何か書き込みつつ、彼女は続ける。
……ハッタリってそんな。
「あなたの場合はね、2,3日なるべく喉を使わないようにしてれば治る程度だったのよ。だから、もう大丈夫でっす」
「……は……はぁ」
明るく言われると、なんか……ねぇ?
診察室から出て待合室まで向かうと、心配そうな純也の顔が見えた。
……うーん……。
「……2,3日で治る程度だったんだって」
「そうなのか?」
「うん。だからもう、きれいになってるって」
すとん、と隣に座りながら純也に呟くと、心底ほっとしたように笑った。
思わず、そんな彼に瞳を丸くする。
「……心配してくれてたの?」
「馬鹿! 当り前だろ!!」
……言った途端、怒られた。
いつもならここで言い返すんだけど……でも、そっか。
「……絵里……?」
「ごめん。……ありがと」
このときばかりは、そうもいかなくて。
肩に頭を預けてから、笑みを返す。
すると、今度は純也が瞳を丸くしてから小さく咳払いをした。
……あはは。
照れてる、照れてる。
でもまぁ、今回のことはちょっとイイ薬になったかもね。
年長者の言うことは聞く。
…………たまには、そういうのも必要なんだなぁ。
無事に喋ってもオッケーと太鼓判を押されてほっとしながら、そんなことを思った。
――……とりあえず。
「1週間分、話聞いてよね」
「……マジで?」
「うん。大マジ」
「…………静かなお前も、それはそれで――……」
「ウソつけっ! 寂しがってたくせに」
「だから、あれはだな――」
まったく、男って生き物はしょうがない。
素直になったと思いきや、すぐこれなんだから。
……ま、いっか。
帰りの車内はしっかり喋り倒そう。
なんて考えながら、清算で名前を呼ばれるまでおとなしくしていることにした。
2004/12/26
2006/9/3 再推敲
るーこのサイト『10万ヒット』企画で、投稿させてもらった「声」という作品です。
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