「……ふぅ」
午前の診療が終わって、ようやくのブレイク。
人がいなくなった待合室を見回ってから、奥にある『STAFF ONLY』の札がかかった部屋を通り、さらに奥のドアを開けて自宅に向かう。
昔からの地元密着型の病院……っていうよりは、クリニックに近いと思うけどね。
両親は現在往診であちこち回っているので、やたら広く感じる家には私だけ。
いつものようにお昼ごはんをあるもので適当に済ませて、お茶を飲んで……また診療所へ。
これが、いつもの日課。
別に何か仕事が残ってるわけじゃない。
だけど、あの独特の雰囲気の中にいるのは嫌いじゃないし、結構落ち着くのよね。
ひとつ大きく伸びをしてから再びドアを開け、診療所に戻る。
――……と、診察室に入る人影が見えた。
ありゃ?
今の時間、ここにいるのは数人の看護師のみのはず。
かつ、お昼タイムで外出してたり、もしくはスタッフルームでテレビをこっそり見てたりするはずなんだけど……。
……患者さん?
ふと浮かんだそんな疑問で恐る恐るドアを開けると、そこには見慣れない人影があった。
ちゃっかり白衣を着て、こちらに背を向けている。
…………むむ。不審者発見。
大声で人を呼んでやろうと考えてから、そっとドアを開いて身体を滑り込ませる。
さて。
どうやってこっちを向かせてやろうか。
――……とりあえず。
「こら!!」
「わっ!?」
……ありゃ?
この声は、しっかりばっちり聞き覚えがありますよ?
なんて思っていたら、こちらを振り返ったのは――……。
「巧君!?」
「あはは。すみません、勝手に」
照れたような、バツが悪いような顔を見せたのは、ウチの看護師のひとりである簗瀬巧、その人で。
思わず呆れる前に笑ってしまった。
「なんだぁー。どうしたの? 白衣なんか着ちゃって」
「いや、彩さんいるかなーって覗いたら、これだけあったから。じゃあちょっと着るか、みたいな?」
「……もー。みたいな、じゃないわよ」
くすくす笑いながら彼に歩み寄ると、わざとらしく咳払いをしてから片手で制された。
「ん?」
「芹沢彩さん?」
「はぁい?」
「どーぞ、お座りください」
「……なに? お医者さんごっこ?」
素直に椅子へ座りながら笑うと、同じように笑いながら目の前へ座った。
いつも私が座っている、その椅子。
ちょっとだけ高かったから、結構座り心地もいい。
……しかし。
「なんか、そういうふうに白衣着てると先生って感じだね」
「でしょ? 俺もさっき鏡見て思ったんだ」
「ん。似合う似合うー」
ぱちぱちと軽く拍手をしながらうなずくと、彼が机に置いたままだった聴診器を首にかけた。
……あはは。いつもの私と一緒だ。
そんな格好を見るのがおかしくて、どうしたって笑みが漏れる。
「……こらこら。患者なんだから静かに」
「だってー。なんか、巧君おかしいー」
ばたばたと子どもみたいに足を動かすと、唇に人差し指を当てて『しー』と言われた。
そうは言われてもねぇ。
やっぱり、おかしい。
なんて考えていたら、くるっと椅子ごとこちらに向き直って咳払いをひとつ。
「それじゃ、服脱ぎましょうか」
「えー。私、そんな言い方しないよ?」
「いーの。ほら、心音聴きます」
「心音だけじゃなくて、気管支と肺の音も聴いてください」
「あ。そっか」
「……もー。しっかりしてよね、看護師ぃ」
……。
…………。
「ん?」
「いや、だから。ん? じゃなくて。ほら、服脱いで」
「……え? ホントに?」
「うん。医者の不養生って言葉があるでしょ? 俺が診てあげるよ」
「……しょーがないなぁ」
「ほらほら。医師の言うことは絶対だよ?」
「はいはい」
冗談かと思って服を脱がずにいたら、眉まで寄せられた。
だって、なんかやっぱり『お医者さんごっこ』にしか思えないんだもんー。
シャツのボタンを外して胸元を開くと、そっぽを向いて何やら口元に手を当ててからこちらを振り返る。
「簗瀬先生」
「はい!?」
「どーして、顔が赤くなってるんですか?」
「う」
こちらを振り返った彼の顔がちょっと赤くなっていたのをすかさず指摘すると、それはそれは困ったように妙な咳払いをした。
「ちょっとー。いちいち患者さんに照れてたら、診察にならないでしょ? ていうか、ドクハラよ、ドクハラー」
「いや、だからこれは……。いーの! じゃ、診察始めます」
「もー」
わざとらしく振舞ってからイアピースを耳にあて、チェストピースをおもむろに肌に当てる。
……ふふ。
ホントに、お医者さんみたいね。
これまでほかの医者にかかることがなかったせいか、思わず笑えた。
「……冷たい」
「診察中はお喋りしない」
「はぁい」
いつも私が言ってることを、そっくりそのまま返された。
それがおかしくて、笑っちゃいそうになる。
ペタペタと数箇所の音を聴いてからチェストピースを離し、肩に手を当てる。
「じゃ、背中」
「はいはい」
「はい、は1度」
「はぁい」
相変わらず手厳しい看護師さん――……っと、今は先生でした。
失敬失敬。
くりんっと椅子ごと彼に背を向けると、シャツの裾をたくしあげられる。
「ちょっとー。それは患者さんがするんですけど?」
「いや、お手伝いを……」
「しょうがないなぁ」
ひんやりとしたチェストピースが、ちょっと気持ちいい。
でもやっぱり、患者さんにとっては冷たいよねぇ。
温める……?
んー、それもなんかなぁ……。
「はい、おしまい」
「あ、はーい」
考えごとをしてたら、ぽんぽんと頭を撫でられた。
もー。相変わらずよく見てるのね。
私が小さい子を見ているとき、最後にやる癖なのに。
……でも、私は君より年上なんですが?
さりげに心の中で付け足して笑う。
「で。どうですか? 簗瀬先生。具合悪いところありました?」
「……うーん……」
聴診器を外して机に置くと、器用にペンを回しながら顎に手を当てた。
「なあに? 悪い病気?」
「もうねー、なんていうんだろ。不治の病ですね」
「……不治? あら。そりゃ大変だ」
「あんまり、大変そうじゃないねぇ」
「あはは。ごめん」
苦笑を向けられて軽く舌を出すと、椅子を近づけてから彼が両手で頬を挟んだ。
……あら、いい男。
にっこり笑って首をかしげると、笑みが浮かぶ。
「で? なんの病ですか?」
「だから、不治の病」
「ほー。じゃあ、草津の湯でも治せないんだ」
「うん。無理」
こうして近い距離で笑みを見るのは、結構好き。
かかる吐息が甘くて、つい瞳を閉じてしまう。
「そんで、病名は?」
「……ずばり、恋の病」
「わー」
「何? その、わーって」
「……くっさいなぁ」
「こらっ!」
「あはは、ごめんてばー」
こら、と小さく笑われて苦笑を浮かべると、彼の唇が耳に寄った。
……くぅ。
くすぐったいじゃない。
「……彩さん、俺に惚れてるもんね」
「ウソだー。巧君が、私にベタ惚れなんでしょ?」
「うん。そうだよ?」
「……もー。ドクハラー」
「やだな、俺と彩さんの仲じゃない」
「それでも、ドクハラは存在するのですよ?」
「……訴えられちゃうね」
「訴えちゃうよ?」
「……んー。じゃあ、もうちょっと手を出しとかなくちゃ」
「こら。何言って――……ッ……!?」
顔を覗いてやろうとした、その途端。
そのまま唇を塞がれた。
最初はすごく優しいキスだったのに、途中から一変する。
「……ん……ぅ」
口内を柔らかく撫でられて、耐えられずに声が漏れる。
彼がしてくれるキスは、いつもそうだ。
すごくすごく優しいのに、気づくといつもふにゃんとなる。
彼はいつだって優しいのに、そんな中にも強さがあって。
翻弄されてしまうから、たまったもんじゃない。
「……は……ぁ」
「…………いい顔」
「誰のせいよ……」
「俺?」
「うん」
「そっか」
「……なんでそんな嬉しそうなの?」
「ん? 嬉しいよ。そりゃあね」
「っ……!」
言い終わる前に、彼の手が鎖骨を撫でた。
それに慌てて、肌蹴たままだったシャツを手で抑える。
だけど、巧君は相変わらずにっこりと笑ったまま。
「ちょ、ちょっ……! 待って! ダメだってば!」
「なんで?」
「なんでじゃないでしょ! 午後の診療始まっちゃうっ」
「平気だって」
「平気じゃないの!」
いつもと違う。
いつもは、こんなふうに強引に迫ってきたりしないのに。
しかもしかも、ここは仮にも職場。
患者さんとやり取りする、医者にとっては自分の聖域だ。
なのに、こんな――……。
「わっ!?」
「さてと。処置しましょうか」
「しょ……処置!?」
「うん。恋の病に効くように」
「恋の病は不治の病!」
「大丈夫。緩和してあげるから」
「ちょ、ちょっとー!」
すぐ横にあった黒い革張りの診察台にひょいっと移され、そのまま壁を背にした私へ彼がにじり寄る。
……ちょ、ちょっとぉ!?
これってなんか、絶体絶命のピンチっぽくない?
たらりとひとすじ冷や汗が背を伝い、思わず頬が引きつった。
「た……巧君!」
「……何?」
だからっ。
なんなの、その色っぽい顔は!
私より5つも年下のくせして、ときどき妙に大人っぽく見える。
……くぅっ。
だから、今はまだ――……。
「……ん……やぅ……」
壁にもたれる格好で首筋をぱくんと唇で挟まれ、変な声が漏れた。
それを聞いた彼が、今度は唇をぺろっと舐めてから甘く唇で噛む。
「彩さんがそういう声出すから」
「……私のせいに……しないでよっ……」
「大丈夫だって。鍵かかってるし」
「そういう問題じゃな――っ……ん!」
すっぽりと抱きしめられたかと思いきや、器用に彼がシャツのボタンを外し始めた。
ちょ……ちょっと待ってってば、だから!
「だからっ……! た……くみってば……!」
「何?」
「っ……何じゃないのっ! ……や……っダメ、だってば……ぁ」
するりとシャツの下に入ってくる大きな手のひらを感じて、力が抜けてしまう。
……もー。
なんなのよぉ。
卑怯だぞ、簗瀬巧!
「っ……! んっ……ん……ぁ」
「……ほら。彩さんだって待ってたんでしょ?」
「待ってませっ……んんっ……」
口からは、どうしたって拒否の言葉が出る。
だけど、正直なもので……身体は、抵抗を示さない。
為されるままにシャツを開かれ、迎え入れるように彼の首へ腕を回してしまった。
「……ほら。待ってるじゃん」
「…………待ってないもん」
「ふーん。じゃあ、このまま辞めちゃってもいいの?」
ぴく。
意地悪な言葉で身体が小さく揺れた。
――……ら。
「ぁ……ぅ」
「……ほら。やっぱり嫌なんじゃない」
「…………えっち」
「ドクハラだもん」
「……もぉ……」
ブラをずらして優しく胸を揉まれ、引き寄せるようにして、彼に回した腕へ力がこもった。
くすくすと耳元で笑われると、どうしても弱い。
相変わらず、優しいのに翻弄されてしまって、それがなんともちょっぴり悔しい。
「ふ……ぁんっ……」
そっと診察台に倒されると同時に、彼が胸を舌で撫でた。
わざと音を立てるようにされ、どうしても身体が反応する。
「……感じてる?」
「っ……そゆこと聞くかなぁ……」
「彩さんには聞きたくなるの」
「……意地悪だ」
「彩さんだから」
「っ……う……ん」
先を尖らせた頂を含まれたままで喋られ、口からは荒く息が漏れる。
それを楽しそうに聞きながら、彼が太腿を撫でた。
「は……ぅ……」
「……ストッキングって、やらしいよね」
「…………しょうがないでしょ……ぅ……」
「うん」
今日は、午前中に市のほうでちょっとした会議があったのだ。
小児医療に関する、深夜の持ち回りの話。
当番制を取るのがやっぱり順当ということで決まったんだけど、ウチは昔から時間外も受け付けてはいる。
弟たちが夜中に具合が急変することが多かったので、父と母が夜中でも電話や直接の診療を受けていたのだ。
家とクリニックが一緒っていうのもあってか、昔から通っている人が多い。
子どもって、夜中にどうしても急変するからね。
まぁ私は、病気はせずに怪我ばかりって感じで逞しく育ってきたんだけど。
「……ぁ、んん……」
いつもは滅多に穿かないスカートなんだけど、さすがに改まった場に行くには……というわけで、今もそのままスーツの上着を脱いだだけの格好。
だから、彼があっさり手を出せるんだけど。
撫でていた手をさらに上に這わせ、ショーツごと手がかかる。
「んっ……!」
引き下ろすとき、いつもそうだ。
私が何も文句言えないように、彼はキスで口を封じる。
舐め取るようにしっかりと舌で愛撫され、文句どころか抵抗なんてできないんだけど。
「やっ……ん」
「……すごい濡れてる」
「…………ドクハラぁ……」
「いーの。彼女は別」
「別じゃないもん」
「……ふぅん」
うっすらと瞳を開けてめいっぱい睨んでやると、いたずらっぽい顔をしてから顔を近づけて来た。
「欲しくないの?」
「…………」
「我慢できるのかな?」
……な……なんてことを聞くんでしょ。この人は。
甘くて優しい顔してるくせにっ。
「……欲しい」
「でしょ? ……じゃあ、大人しくしてね」
「でもっ……我慢はでき――」
「……ごめん、俺が無理」
「もぉ……っ……ん……」
くちゅりと小さな音とともに、彼が指を沈める。
最初はすごく優しいのに、指を増すと動きが激しい。
……っくぅ。
やっぱり、男はみんなえっちなんだ。
たとえ、彼みたいにすごーく優しい顔してたって、やっぱりえっちのときは別人なんだっ。
……と言ったところで、きっとこう言われるんだろうけど。
『彩さんだって、えっちのときは別人だけど?』って。
「は……ぅ……んんっ……あ」
翻弄されながらそんなことを考えていると、敏感な場所をぐいっと指で撫で上げられた。
「っあんっ……!」
「……いい声」
「や……ぅあっ……っふ……」
ぎゅっと彼の腕を掴むと、いつもとは違う匂い。
……そっか。私の匂いだ。
通りで抱かれ心地がいつもと違うと思ったんだ。
コロンなんてつけることは、もちろんまずない。
だけど、どうしたってシャンプーの匂いとかは付いちゃうのよね。
微かに香るそれが彼の匂いじゃないのが、ちょっと残念。
……いやまぁ、もちろん彼だってコロンなんてつけてないんだけど。
「そろそろ……」
「んっ……いいよ……。来て……」
囁いてから小さくうなずくと、カチャカチャと小さな音が響いた。
……うー。やらしい。
何から来る音なのかわかる自分も、なんか照れる。
「それじゃ……」
「……ん」
ふわっと広がる白衣が妙にヤラシイ。
……もー。
こういうことすると、ずっと記憶に残っちゃうんだぞ。
しかも、仕事する場所なのに。
「っは……あん……!」
ぐいっと突き上げられる感覚で声をあげると、腰を押さえながら彼が中に這入って来た。
「っ……ふ……」
こんな狭い場所でえっちするなんて、思いもしなかった。
……ていうか、診察台なのにぃ。
「起きよっか」
「……ん……」
そっと抱き起こされると、より深く彼が中に這入る。
そのたびに小さく声を漏らしながら身体を起こすと、診察台に座った彼の膝の上へまたがる格好。
……くぅ。
「……どうしたの?」
「どーもこーもっ……あ……ん」
「……かわいいなぁ」
「かわいくないですっ」
「そんなことないです」
「ん……っ」
ちゅ、と唇を舐められてから含まれ、舌を吸われる。
狭いこの空間に響く濡れた音が淫らで、無意識のうちに彼を締め付けていた。
「っ……彩……ちょ、待って……」
「……だって……巧が、キスするんだもん……」
「キスしたいから」
「……じゃあ、我慢してください」
「…………無理」
「……だね」
くすくすと笑いながらする小さな声でのやり取りは、結構秘密めいててえっちな感じ。
そのまま頬に軽くキスをすると、彼が小さく息をついてから動き始めた。
「っ……ぁん……! っふ……ぅ……っく……」
「……っ……すご……」
どくどくと脈打つ彼を中に感じ、そしてより深く律動を送られる。
そのたびに弱い部分を撫でられそうで、すごくどきどきするわけで。
「っ……!! っは……あ、やっ……あん!」
なんてことを考えていたら、少し角度を彼が変えた途端にしっかりと擦り上げられた。
大きく声が出てしまい、慌てて口元を手で覆う。
「我慢しなくていいのに」
「そっ……あ……ダメだよ……っ……聞こえちゃう……」
「……俺は聞きたい」
「ばかぁ……っ」
耳元で掠れた声を聞かせられると、ついつい意思がへにょんと曲がる。
……聞かせてやりたくなっちゃうじゃないのよ。
なんてことを思うけれど、もちろん口に出したりしない。
だって、口に出したら彼がどうするかわかってるもん。
「彩……さ」
「ふぇ……?」
「……スカートで足組むの、やめない?」
「…………どして?」
「だって、ね」
「んっ……!」
ぐいっと腰を両手で掴んでから、彼が壁にもたれる。
それでまた角度が変わり、よりしっかりと弱い部分に当たるわけで。
「……誘ってるとしか思えないよ?」
うっすらと浮かべた笑みに、つい口が開いた。
……だって、足組むの癖なんだもん……。
そりゃあ、今日はちょっぴりスカート穿いてるっていう自覚なかったかもしれないけど。
「ウチの病院には、お爺ちゃんお婆ちゃんや小さい子だけじゃなくて、俺みたいな患者も来るの」
「……うん」
「目の前で、きれいな女医さんが短いスカートで足組みながら診察してたら、どう思う?」
「……だって……んっ……」
「誰だって、ソノ気になるでしょ?」
「それは巧だけでしょっ……」
「でも、俺は嫌なの」
まっすぐに向けられた、きれいな瞳。
そんな目で見られたら、子どもみたいになっちゃう。
「俺は、彩が男にそういう対象に見られるのが嫌。だから、スカート穿くときはせめて白衣のボタン全部閉じてね」
「……ごめん。わかった」
「ん。彩は、俺だけ誘ってくれればいいから」
「……もぉ……」
そっと彼の頬に触れると、嬉しそうにかわいく笑った。
……っくぅ。
母性本能刺激しまくりで、罪なのよ! その顔は。
ぞくぞくと心の深い部分がうずいて、思わず何も言えなかった。
「っ……そろそろ……限界」
「あっ……ぅん!」
ぽつりと苦しげに彼が呟くと同時に、ぎゅうっと背中に腕を回された。
途端、彼が突き上げるように強く律動を送る。
「あ、あぁんっ……っく……巧ぃ……っ」
「……っく……は」
「だ……めっ……イっちゃぅ」
「ん……いいよっ……気持ちよくしてあげるから」
「っふぁ……あぁ!」
瞳を閉じて彼にもたれると、ちょうど耳元に唇が寄った。
翻弄されっぱなしも、ちょっと癪。
……なので、舌先でそっと撫でてやる。
「っ……こら……!」
「だって……っ……は、ぁんっ……!」
「そんな余裕あるならっ……俺も手加減しないけど……?」
「いつもっ……あ、あっ……してくれなっ……でしょ……ぉ」
「……まあね」
互いに荒く息をつきながらのやり取り。
……ああもぉ、なんでこんなえっちなのよぉ……巧は……。
「っ……は、あ、あんっ……! っくみ……巧……っぃ」
「……はぁ……スゴ……かわいいよ……彩……」
「んんっ……も……もぅ、やっ……っあん!」
「……っく……かわいい声出しちゃって。……ココが好きなんだ」
「っはあ、ん、んっ……巧っ……ダメ、も、ぅっ……!」
わざと耳に息をかけられながらの彼の責めは、余計にクル。
すべてを敏感に感じ取りながら、果てが近いことを示すように自然と彼を締め付けた。
「っく……! 彩……っ」
「あぁっ……も……ぅ、イっちゃ……イクっ……ぅ!」
「……ッ……は……!」
「んんっ……!!」
ぎゅうっと彼に抱きつくようにした途端。
激しく高みを迎えて、彼を何度も締め付けた。
「はぁっ……あ、あんっ……」
余韻がすごくやらしくて、つい彼の肩口に唇を当ててしまう。
だって、こうでもしてないと声が漏れちゃうんだもん……。
ほどなくして感じた、彼の果て。
きつく抱きしめてくれたままの格好からそっと力を抜くと、彼が上を向くようにして瞳を合わせた。
「……ん……」
一瞬見せてくれた笑みを独り占めするようにキスをすると、柔らかく応えてくれる。
……でも、手は抜いてくれたりしないけど。
しっかりと口内を舐め取られ、唇を離した途端に、つ……と細い糸ができた。
「……えっち」
「彩がね」
「……巧だもん……」
「しょうがないなぁ」
ちゅ、ともう1度キスをして糸を舐め取り、柔らかい笑みを浮かべてくれた彼。
……その顔は……っていうか、今の行為は……やっぱ、反則なんじゃないでしょうか。
「じゃあ……巧がここでこうしようって思ったのは、緻密な計画の上でなんだ?」
「うん。ま、そゆこと」
「人が真面目に仕事してるときに、そういうことばっかり考えてたんだ」
「うん。……ま、ね」
「……こらっ! 看護師失格!」
「あいた」
ぺち、と額を叩いてやると、痛くも痒くもないような顔で笑った。
……もう。本当に、しょうがないんだから。
「ごめんなさい」
「……ん。許してあげる」
素直に謝る彼は、いつもと一緒。
頬に口づけをしてからそのまま抱きつくと、背中を撫でるようによしよしと叩いてくれた。
「……嫉妬してた?」
「うん。鬼みたいに」
「あはは。そっかぁ」
「笑いごとじゃないよ?」
「……ん。幸せ者です」
ぎゅうっとひときわ強く抱きしめてキスをすると、やっぱり笑みが漏れる。
――……んが。
ガチャッ……ガチャガチャ!
「あら? 開かないわね」
びくぅっ!!
いきなり訪れた、とんでもない事態。
それに、身体が思いきり反応した。
「っ……彩……勘弁……」
「ご、ごめっ……だって……!」
まだ彼とひとつになったままだったのを、すっかり忘れてた。
だ、だって、急に動揺だってするでしょ!
慌てて彼から降りて身支度を整えると、しばらくして今度はノックされた。
「彩先生ー、いらっしゃいますー?」
ヤバい。
へ、返事しようにも、心といろいろな準備がっ!
わたわたしながら服と髪の乱れを直し、巧を振り返る。
――……と。
彼はすでに身支度を整えて、診察台に座っていた。
ふつーに。
しかも、楽しそうにこちらを見ている始末。
「……っ……いますっ!!」
「あ、はーい。そろそろ午後の診察始まりますから、お願いしますね」
「わかりました!!」
あっけなく終わった、やり取り。
それを聞いてから彼が立ち上がり、白衣を私に着せた。
「午後の診察も、お願いしますね。……彩先生?」
……くそぅ。
「あてっ」
「……わかってますよ、簗瀬看護師」
むにっとほっぺたをつまんでやると、眉を寄せて苦笑を浮かべる。
……む。かわいいじゃない、その顔。
でも、そう簡単に許してはやらないんだから。
「……まったくもー」
「あ。俺まだメシ食ってないや」
「……えぇ!? ちょ、ちょっとー! なんで早く言わなかったの!?」
「いや……ねぇ?」
「ねぇじゃないっ! しっかりごはん食べてよ!」
もう午後の診察始まっちゃうのに、なんて悠長なの!?
慌てて彼の背中を押すと、顎に手を当てて何やら意味ありげな視線を見せた。
「でも、1番の好物はがっつり食えたから……」
「……はい!?」
「ごちそうさま」
「っ……」
ご、ごちそうさまじゃないでしょっ!
……とは思うんだけど、にっこり笑顔でほっぺたにちゅーなんかされちゃったら、何も言えない子になっちゃうじゃない。
……くぅっ
「もー……」
「照れてる?」
「照れてませんっ!」
「……素直じゃないんだから」
「ほっといて!」
くすくす笑って頭を撫でた彼にむきーと両手を挙げると、診察室の鍵を開けてドアも開けた。
外からの空気がちょっと冷たくて、新鮮な感じがする。
……ったく。
相変わらず、彼は優しいのに飄々としてる。
いっつもそばにいてくれるのに、掴みどころがないようなときもある。
…………まぁ、こうして彼を簡単に掴まえられるのはいいんだけど。
しかし、ね。
ここで午後からの診察始めるのは、結構どきどきするワケで。
しかも、平然とした顔の彼もそばにいるわけで……。
…………ああもう、神様。
どうか、患者さんに不信感与えたりしませんように。
してしまったことは取り消せないので、あとはもう乗りきるしかない。
大きく深呼吸を何度かしてから、白衣の袖に腕を通すことにした。
2004/12/26
2006/9/3 再推敲
るーこのサイト『10万ヒット』企画で、投稿させてもらった「かわいい声出しちゃって。ココが好きなんだ」という作品です。
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