「おまたせー。待ったー?」
「すげー待ったっつーの、馬鹿か」
「えー。ひどーい。そんな言い方しなくてもいいのにーぃ?」
「いや、つーかすぐ出てこいよ。このあと予定詰まってんだから」
 とある家の前に停まった、黒い車。
 舌打ちとともに聞こえたセリフに肩をすくめはしたが、当然悪びれる様子は皆無。
 車高の低いそこに乗り込んだ人物は、運転席にいる彼に向かって『ごめんにゃーん』と言い放ち、二度目の舌打ちを受けた。
「ひでーな、せっかくイイモン持って来たのに」
「ねーな。お前のイイモンって、まずアウトなやつだろ」
「ひっどーい。たーくんてば、そんなふうに言うのー?」
「ッ倒すぞマジで」
「そんなセリフ言わないくせ……いや、言う? 言っちゃう? それこそ、ベッドの上とかで!」
「……お前、今すぐダイブしたいか?」
「ほんっと、わかりやすいねー孝之君は」
 けらけら笑う優人に対し、瞳を細めたままの孝之はアクセルを踏み込む。
 向かうのは国道沿いにある店。
 ただの釣具専門店で、決して女性向きではない場所だ。
「…………」
「いぇーい」
「……はー……」
 取り出されたCDの代わりに、優人が手製と思しきディスクを挿入した。
 テンポアップされた洋楽がぷつりと途絶え、代わりに流れ出した曲のイントロで、孝之は開いた口を真一文字に結ぶ。
 横道から国道への合流地点でスピードを落とし、ハンドルに腕を預けたかと思いきや、今度は反対にシートへ思いきりもたれた孝之とは違い、助手席にいる優人はるんたるんたと楽しそうに口ずさみ始める。
 間違いなく今、『みんないっくよーぉ』とセリフまで口にした。
 まさに、相反する存在。
 だからこそ、こうして長く続いているのかもしれない。
「相変わらずお前、こーゆー脳ミソ溶けそうなヤツ好きだな」
「電波ソングは日々進化しておるのだよ」
「つーか、俺の車に乗るたびかけんなよ」
「お、気づいちゃった? いやー人って本当に洗脳できんのかなーと思って」
「……あのな」
「いつかお前がこの車に思いっきりかわいいおにゃのこを貼ってくれンの期待してんだけどさ」
「ねーな。まずない」
「そーか?」
「ったりめーだろ。ンな絵に4万もかけんなら、俺はいっそのこともう1台RCを買う」
「……どっちもどっちじゃね?」
「一緒にすんな」
「でもほら、ある意味同じアキバだし」
「だから、そーゆーなって」
 角を曲がりながら眉を寄せた孝之と、助手席の優人。
 口は悪いが、どちらも同じに変わりはない。
 結局は、なんだかんだ言って割と仲がいいのだ。
 なんせ――……。
「あ。だから人の車ン中で煙草吸うなって」
「えー。だって、メンドクさーい」
「あのな。今に始まったことじゃねーだろが」
「……ちぇー。相変わらずおカタいんだからぁ」
「お前に言われたくない」
 そう。
 彼らはまさに旧知の仲。
 母方の従兄弟のため、記憶にはないであろう赤ん坊のころからよく一緒にいることが多かったらしく、従兄弟というよりは、どちらかというと兄弟のようなものでもある。
 ふたりの母は、結婚した今も同じ冬瀬市内に住んでおり、ふたりの卒業してきた学校もほぼ同じ。
 大学からは祐恭も巻き込んでツルんでおり、そういえば……と考えるまでもなくかなりの年数を共にしている。
「そーいやお前、祐恭に連絡した?」
「なんの?」
「なんのって……お前が言い出したんだろ? この連休中、久しぶりに渓流釣りとキャンプ行こうって」
「あー、そうそ。だから言っといたよ? お前んちに昼ごろ行くねって」
「昼って……もうあと1時間じゃねーか」
「えー、だってチェックイン14時じゃん? てことは、それくらいに出ないと間に合わねーし」
「あーあ、知らねーぞ。あいつ真面目だからな、時間通りじゃないと怒るぜ」
「まぁしょうがない。そのあたりはほら、羽織と話し込んでたってことにしたらいいじゃん」
「馬鹿か。アイツ絡めたら、もっと不機嫌になんだろ」
「あ、そっか」
「100パー思ってねぇセリフだな」
「バレちった、てへぺろ」
 駐車場へ車を停め、普段の同じ時期よりもやや肌寒い空気を感じながら、店内へ。
 久しぶりの連休とあって、孝之は自分ひとりで久しぶりに渓流釣りへ行こうと計画をしていた。
 だが、そのことをうっかり金曜の退勤前に祐恭へ口走ったところ、なぜか3時間後には優人から連絡があり、結局『祐恭がみんなで行きたいって』と彼による情報操作が起こり、4人で行くことになってしまった。
 ちなみに、もうひとりはやはり学生時代からの友人で、今は山梨に勤務している荒木真治。
 祐恭が言うには、化学部の合宿で会ったとかなんとか。
 いつもは声をかけないメンツだが、今回の渓流釣りができるキャンプ場が山梨だったため、誘うことになったらしい。
「で? 何買うの? もしかしてアレ? 夜中どころか朝までがっつり楽しめる卑猥な薬とか」
「お前の脳みそと一緒にすんな」
「えーなんでだよー。いいじゃんか別に。特定の相手ができたんだし、いっぱいイケナイことやり放題なんだろ? はー、あのかわいくておとなしい子を好き放題にゃんにゃんできるとか、孝之君は幸せーーあいて」
「お前ホントにしばくぞ」
「しばきながら言うなよー。っとにわかりやすいねー、お前。こと葉月ちゃんになると、目の色変わりすぎ」
「変わってねーよ!」
 ふたりの声は、そこまで小さいものではない。
 ここはあくまでも釣具店。
 決して卑猥な店でもなければ、そのテの会話を大っぴらに繰り広げられるような雰囲気の場所でもない。
 あまり混雑はしていないが、そばにいる客層は中年からご高齢の男性陣がメイン。
 ……だがしかし。
 何かの因果なのだろうか。
 レジに入っているのは、若いおねーちゃんではあったが。
「で? 結局お前、何買いに来たの?」
「だから、言ったろ? バケツだよ、バケツ。前まで使ってたやつ、漏れるようになったって言ったろ」
「そだっけ」
「っとに話聞いてねーなお前。あと、今度行く場所は降りて水汲めねーからな。それもあって、新調」
「あー。そーいや、今度堤防釣り行くっつってたっけ」
「自分が関わる話だけは覚えてんのな」
「いやー、だって釣った分買い取ってくれるシステムとか新しくね? 俺、真鯛釣って現金化してもらったら、そのまま夜のネオン街に消えてっちゃうかもしんない」
「好きにしろ。俺は先に帰る」
「もー冷たいんだからー。これだから彼女持ちは」
「持ちじゃなくても置いて帰るっつの」
 2階への階段を上がり、ようやく釣り具店に似合う会話へと軌道が修正された。
 ……が、しかし。
 そう見えただけであって、実際はまったく修正などなってないのだが。
「で?」
「は?」
「いやー、だからさー。あの孝之君が最近めっきり大人しいし、何か俺に報告するようなことないのかなーって思って」
「ねぇよ」
「ンだよそれー。冷たくね?」
「冷たかねーだろ。別にねーって。何も」
「なんで?」
「なんでって、こっちが聞きてーし」
 にやにやと人の悪そうな顔を向けるものの、孝之が態度を変えるはずはない。
 それどころか、何かを思い出したかのように『あ』と小さく反応した。
「お前、この間アイツに余計なこと吹き込んだろ」
「俺? えー、俺何かした?」
「したろ! 『絶対領域』なんて、お前しか言わねーっつーの!」
「あぁ、アレかー」
「アレか、じゃねーよ! 俺がどんだけ聞かれたと思ってんだ!」
 あれはつい2日前のこと。
 その日は開館時間が大幅に短縮され、16時前に孝之は帰宅となった。
 一足先に借りた新刊を手にいそいそと帰ったものの、玄関でつかまったのは、いつもとは違う葉月で。
『たーくんも、絶対領域があったほうがいいと思う?』
 などと真面目な顔で言われ、どこからつっこむべきか考えたのは記憶に新しい。
「えー、いーじゃーん。教えてやれば。つか、ほら。お前も好きだろ? 葉月ちゃんのあのカッコ」
「好きとか嫌いとかじゃねーんだよ」
「えーんじゃ、何? 俺が目の前でまじまじ見ながら『葉月たん萌ゆす』とか言っていいワケ?」
「はっ倒すぞ」
「こわーい」
 きゃ、と両手を口元に当てた優人を舌打ちとともに睨みつつ、角を曲がる。
 すると、すぐそこに本日の来店目的だった様々な種類のバケツが積まれていた。
「でもさー最近丸くなったよな、お前」
「は?」
「自覚ないの? ほら、最近タダでステッカー配ってるらしいじゃん」
「……あーアレか。まあ、ステッカーなんてある意味宣伝だからな。タダで宣伝になるならいーんじゃね?」
「そーゆーモンか?」
「だろ? 最近、つまんねー車増えてきたしな。そろそろ、また少し前みてーに他県から呼ばねーと、面白みがない」
「まぁ、そーかもな」
「つっても、俺も最近あんま山行ってねーけど。……もっぱら、富士」
「あー、富士かー。でも、俺はやっぱ道のほうが好きだけどなー」
「いやー、お前もいっぺん行ったほうがいいぞ? ぜってー面白いから」
「そーか? んー……。んじゃ、今度立て替えといて。そしたら行くわ、俺も」
「…………」
「ん? 何かね?」
「いーけど、お前絶対金払えよ?」
「わかってるってばぁ」
「ガチだぞ。1週間で戻ンなかったら、1発だからな」
「えー、痛いのきらーい。それにほら、顔は命だから」
「んじゃ、首から下な」
「うへ、暴力はんたーい」
 入ってきたときから、周りの目をまったく気にすることなく、ある意味低俗な会話を続けてきたふたりが、余計な注目を浴びないはずもなく。
 結局、レジへ向かったときにはほとんどの客層から奇異の視線を向けられていた。
 ……が。
 そんなことをイチイチ気にする人間でないのは、お互い承知の上。
 人の目は気にしない。
 我が道をただ歩むだけ。
「お会計、1550円になりまーす」
 そんなふたりを前にしてにっこり笑ったバイトのおねーちゃんは、もしかしたらプロの接客者なのかもしれない。
 その様を見て、優人が『お姉さん、お釣りいらないからID教えて?』とにっこり笑ったのも、ある意味日常だった。
 

2007/9/19
2019/5/1 改稿



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