「はい、先生」
「ん?」
 12月25日。
 そう。クリスマスの朝――……と呼ぶには、ほんの少し遅い時間だけれど。
 私は、起きてまず彼にある物を差し出していた。
 それが、この黒い紙袋。
 昨夜彼から貰ったプレゼントは、思いがけないもので。
 本当に本当に嬉しかった。
 ……だから、どうしても1番に渡したかった。
 彼を考えながら選んだものだからこそ……どうしても。
「……いいの?」
「もちろんですよ!」
 まじまじとそれを見つめる彼に笑みを見せてから、ジェスチャーで開けてほしいと表してみる。
 すると、小さく笑ってから中身を取り出した。
 丁寧に包装された、箱。
 店名の入った黒いリボンがかけられており、ちょっと高級そう……にも見える。
 いや、あの……申し訳ないほど、中身はそこまででもない。
「ごめんなさい、渡しそびれちゃって……。ちょっと、遅くなっちゃいました」
 苦笑を浮かべて彼に呟くと、眉を寄せてそれと私とに視線をくれた。
「……十分貰ったのに……」
「私、何もしてないですよ?」
「ん? ……じゃ、そういうことにしておこうか」
「しっ……してないですよ!」
 ふぅん、と意味ありげに呟いた言葉で首を振り、視線が落ちる。
 もぉ……朝なのに。
 しかも、起きたばかりのベッドの上だからこそ、なんていうか……恥ずかしい。
「い、いいの! ほらぁ、開けてみてくださいっ」
 渋々リボンに手を伸ばす彼に両手のひらを見せて軽く振ると、シュッと小さく音を立ててリボンが解かれた。
 ――……で。
 彼の視線は当然、そこへと注がれる。
 …………ごく。
 彼の様子を見ながら、喉が鳴った。
「どう……ですか?」
 中から出てきた、ざっくり目のセーター。
 ……と、細い箱に入ったネクタイ。
 我ながら妙な組み合わせだとは思うけれど、どちらも彼に似合う色だと思ったので、つい合わせてしまった。
「……先生?」
 ……ダメ、だったかな。
 返事がない彼を見ていたら、急に不安になった。
 ……セーター、スーツの下にも着れるようにって薄手のものにしたんだけれど……。
 もしかしたら嫌な色だった?
 それとも、ネクタイの柄かな……。
 そんな不安をぐるぐる巡らせながら、顔を覗き込むようにす――……。
「わっ!?」
「……ったく……」
 言葉に反して聞こえる、嬉しそうな声。
 そして、ほんの少しだけ聞こえた笑い声。
「先生……?」
 身体をよじって恐る恐る彼を見ると……同時に瞳が丸くなった。
「……ありがと。すげー……もー、なんだよー」
 頬を少し染めて、困ったように微笑む彼に思わず、自分自身の言葉を飲み込んでしまう。
 だって、あまりにも……いつもの彼とは違って、すごく純粋だったから。
 本当に、普段はあまり見ることができないような顔。
 意地悪だったり、いたずらっぽかったり。
 彼が見せてくれる笑みは、そんな顔が多い。
 ……だけど、今の彼の顔に浮かんでいるのは、本当に本当に優しいもので。
 …………すごい……どうしよう……。
 そんな笑みを見てしまったせいか、何も言えなくなってしまう。
「……ん? 何?」
「え!? ……あっ……いや、あの……なんでも、ないです」
 頬が熱くなるのがわかった。
 ……だって……今の先生、すごくかわいかったんだもん。
 カッコいいけど……なんていうか、母性本能をダイレクトに刺激されるっていうか……。
 とにかく、『心を鷲掴みにされた』っていう言葉が、1番的確だと思う。
「……なんだよ。気になるだろ?」
「き……気にしないでください」
「いや、気になるってば」
「っ……!」
 なんとかがんばって視線が交わらないようにしていたのに、結局ぐいっと顎を上げられて、無理矢理合わされてしまった。
 ……顔、赤いのにぃ……。
 なんていうか、ものすごく恥ずかしい。
 いや、あのね?
 もちろん、今はもう普段と同じ顔なんだよ?
 ……なんだけど。
 だからこそ、さっき見せてくれた顔が『特別な一瞬』って感じで。
 ものすごく優越感というか、私だけっていうか……。
 もう、ホントにホントに嬉しかったから。
 だから、顔が直らないんだもん……!
「……なんだよ」
「うぅ……なんでもないです」
「そう? 顔が真っ赤ですけど?」
「っ……いじわる……」
「いじめてないよ?」
「……それは……そう、ですけど……」
 ごくごく近い距離で見せられる、何かを試しているような顔。
 ……でも、今さら当然逃げるなんてことはできない。
 観念とばかりに小さくため息をつくと、彼が頭を撫でながら顔を覗き込んだ。
「……なんか、恥ずかしくて」
「恥ずかしい? 何が」
「だから、その……そんな顔されるの……」
「……俺?」
「うん」
 おずおずと視線を戻し、そのまま――……というとき。
 怪訝そうに眉を寄せた彼が、いかにも『心外』という感じに瞳を細めてため息をついた。
「ち、ちがっ……! そういう意味じゃなくって!」
「……じゃあどういう意味?」
 う。
 ……これって、ひょっとして……墓穴ってやつなんじゃ。
 だけど、彼にまで機嫌を損ねられるわけにはいかない……ので。
 …………うぅ。
 わかりました。ちゃんと言います。
 だから、そんなに怖い顔しないでください……。
 『早くする』なんて言い出しそうな彼を見ながら、唇を結んでいた。
「……なんか、こう……惚れ直しそう、になったんです」
「今さら?」
「……ぅ。だってぇ……あんまりいい顔されたら……困るんですもん……」
 盗み見るように彼をちらちら見ながら呟くと、おかしそうに笑って頭を再び撫でた。
 ……なんだか、拗ねた子どもをあやしてるみたい。
 くすくす笑いながらしているからか、そんなことが浮かんで顔が余計に熱くなった。
「羽織ちゃんにだけだよ」
「それはっ……そうして、ください」
「ん」
 なんていうか……やっぱり、『かわいい顔』……っていうのかなぁ。
 こう、普段されない顔をされると、身体だけじゃなくて、心までも揺り動かされる。
 ……先生に対してこんなふうに思ったの、久しぶりっていうか、もしかしたら初めてかも。
 それほどまでに、本当に本当にいい顔を見せてくれた。
 ……だから、嬉しかったの。
 自分が選んだ、彼のためのプレゼント。
 それで見せてくれた、彼の素の部分の表情のような気がして。
 えへへ。
 先生のあの顔、きっと忘れないと思う。
 だってだって!
 もー、本当にかわいかったんだから。
 でも――…………あんな顔見たら、誰でも好きになっちゃうかもしれないな……。
 …………。
 ………………。
「ん?」
「……ダメ、ですよ?」
「何が?」
 気付くと、彼のパジャマを掴んでいた。
 当然、彼はそんな私を不思議そうに見ているわけで。
 ……でも、ダメなの。
 嫌なの。
 あんな顔……見れるのは、私だけって……そう思うのは我侭ですか?
 そんなことを思いながら彼を見つめていると、自然に唇が動く。

「……私だけの特別に、しておいてくださいね」

 あの顔も、あのときの彼の反応も。
 ……そして、できることならば――……私しか見ることのできない、沢山の彼を。
「っ……!」
「……当たり前だろ?」
 一瞬だけ瞳を丸くした彼が、ぎゅうっと強く抱きしめてくれた。
 強い力がこもる、彼の腕。
 ……そして、身体に伝わってくる彼の鼓動。
 息遣い。
 言葉。
 何もかもがどうしようもなく嬉しくて、笑顔がこぼれると同時に瞳を閉じていた。

「……特別、かわいい人のためなんだから」

「え……?」
 耳元で囁かれた言葉。
 それで彼を見ようと試みたんだけれど――……結局、抱きしめてくれている腕を解いてはくれなかった。
 もちろん、これはこれで嬉しいんだけれど、でも……気になる。
 あの、とってもとっても意味深発言が。
 …………うー。
 この機会を逃すと、絶対に彼はいたずらっぽい顔で笑って、簡単には教えてくれないんだけど。
 …………。
 ……でも……いっか。
 お互いに何も言わない中で聞こえる、互いの……身体の音。
 ……幸せ。
 朝起きたら――……しかもクリスマスに、大好きな人がいてくれるなんて。
 きっと、これ以上の幸せはない。
 手を伸ばせば届く距離で。
 相手も、自分を受け入れてくれる。
 ……クリスマスって……やっぱり、好きだなぁ。
「ん?」
「ううんっ。……えへへ」
 ぎゅうっと彼に腕を回しながら、もう1度顔がほころんだ。
 ……大好きな人と迎える、大好きな日。
 これからも沢山のこんな日が続きますように。

 1年間、『いい子』にがんばるから……来年も叶えて下さいね?
 『恋人』でも『お父さん』でもない、今もどこかの空を駆けているであろう、正真正銘のサンタ・クロースさま。


2005/9/13


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