「私、アンタのこと好きなの」
いつもと同じ帰り道。
精一杯の勇気を振り絞って、私は口に出した。
これまで何日も悩んで、言おうかどうしようか……ずっとずっと迷っていた。
口に出したら、きっとこの関係は終わる。
それがわかっていたから、私はこれまでずっと想うだけで言えなかった。
私の周りにいる子たちは、何ひとつ迷うことなく、大っぴらに彼へ想いを伝えられているというのに。
――……なんて、不公平なんだろう。
そばにいられる特権。
ヒミツを共有できる特権。
……どんなことがあっても、絶対に仲たがいしない……特権。
そんなことを、周りの人間は羨んだ。
そして、妬まれた。
……だけど。
私に言わせてもらえばそんなものは必要なくて。
むしろ、ずっと……こんな関係でなかったらいいのに、とそう思ってた。
「なんだよ、急に」
怪訝そうな顔で足を止めた彼に、ぎゅっと両手を握ったまま見すえることしかできなかった。
……これで、終わるんだ。
私はこれで、彼にとって『その辺にいる普通の女の子』になるんだ。
そう思って疑わなかった――……のに。
「……急に変なこと言い出すなよ。でも、俺も好きだぞ? つーか、俺たち幼馴染じゃん」
「っ……」
にっと笑って『な?』なんて、同意を求められた私の気持ち……わかってる?
どれだけ悔しくて、どれだけ切なかったか。
……ああ、私はやっぱり彼にとっての幼馴染でしかないんだ。
そう思ったあの日、改めて心底この関係を憎んだ。
幼馴染なんかじゃなければよかった。
彼にとっての……友人のひとりだったらよかったのに。
…………こんな関係、大っ嫌い。
誰よりもそばにいられるのに、ある一線までしか行くことができない、私たち。
……どうしてよ。
どうすることもできない気持ちを押し込め続けることになったのは、あの……暑い夏の日のことだった。
これ以上、私を苦しめないでよ。
もう十分じゃない。
お願いだから……どうか。
この気持ちを、あなたから離して。
「……帰ろっかな」
いつもと同じように呼ばれたコンパの席で、ぽろっと本音が漏れた。
……らしくない。
すごく、自分らしくなくてそれが腹立つ。
どうしてこんな気持ちになってるんだろう。
「……はー」
あー、なるほどね。わかった。
アレだ。
この前の、朝の出来事。
『好きよ? 私。孝之のこと』
……我ながら、よく口に出したなぁと褒めてやりたい。
でも、若干期待してもいた。
昔と違って、今ならば……アイツもそれなりに反応見せるかなと思ったから。
……それなのに。
ヤツと来たら、十数年前と同じ顔して答えたじゃない。
…………成長って言葉、知らないのかしら。
口に出した自分が馬鹿だと思ったけれど、でも、気持ちだけはどうしようもなくて。
これまでずっと好きだった男だから、どうしても口に出しておきたかった。
『私は今でも好きなのよ』と、ひとこと告げてやりたかった。
だって、悔しいじゃない。
今の今まで、どんな男と付き合ってもアイツを忘れられなかったんだから。
「……馬鹿」
同じテーブルの端で優人と騒いでる孝之を見ながら、小さく毒づいてやる。
どーしてくれんのよ、ホントに。
私の青春返してって感じ。
大手を振ってほかの男といるところを見せ付けてやりたかったのに、それはできなかった。
なぜか?
答えは、簡単。
……アイツに、ほかの男といる私を見られたくなかったから。
だから、大学時代も絶対に噂になるようなことをしなかった。
同じ専修の子と付き合っても、ほかの学部の子と付き合っても。
…………アイツが好きだから。
アイツに、言われたくなかったから。
『よかったな、アキ』
間違いなく、アイツは私が男といたらそう言うに決まってる。
でも、そんな言葉いらないのよ。私は。
……むしろアイツにそんなこと言われたら、立ち直れなくなるかもしれないから。
私は、それだけ努力したのよ?
何もかも、アイツにバレたりしないように……って。
……それが、どーよ。
アイツと来たら、私だけじゃなくて大学中に広まるほど、遊んでるじゃない。
軽くて有名な、チャラ男。
なのに、そんなレッテル貼られながらも意外と人気が高くて。
常に女が切れたこともなかった。
……しかも、妙に後腐れないし。
それが、腹立つのよ。すごく。
ほかの男と違って、いいイメージしか残らないから。
ホント勘弁してほしいわ。
幼馴染ってだけで、やれ『取り持ってほしい』だの、『携帯の番号教えてほしい』だの言われるんだから。
……あーもー。
なんか、思い出したら腹立ってきた。
「あ。おにーさん。生中おかわりねー」
「はい、ただいまー」
グラスを片付けて去っていこうとしていたバイトの彼に声をかけると、にっこり笑って厨房へと消えていった。
「ん? ……何よ」
「何、じゃねぇよ。……ったく。いい気なもんだな。俺は飲めねぇっつーのに」
「知らないわよ、馬鹿」
「ばっ……! はァ? 誰が馬鹿だ、誰が!」
「アンタ以外に、面と向かって馬鹿呼ばわりできるヤツなんていないわよ」
「……感じわりー」
「元から」
頬杖を付いてこっちを睨んだ孝之に手を振って、新しいジョッキに口をつける。
……ったく。
人の気も入らないで、いい気なモンね。
「ホント、損な関係」
視線を彼から手元へと落とすと、自然にため息が漏れた。
2005/7/2
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