「……ん?」
ふと、彼女の背中に見つけた跡。
夏という気候のお陰でしっかりと肌が見える服装だから、気付けたのだろう。
……これは、結構イイ眺めだ。
「…………」
参考書片手にソファへもたれ、まじまじと背中を見ている現在。
もちろん、彼女はそんなこちらに気付くはずもなく、真剣な顔つきで問題に取り組んでいるのだが……。
「っわ!?」
――……やっぱり、つい手が出た。
まぁ当然だな。
こんなふうに、薄着というか露出度高めな服を目の前で着られていたら、誰だって撫でたくなる。
「な……ななっ……!? なんですか、急に!」
「ごめん、つい」
「……ごめんって感じじゃないです」
「そう?」
眉を寄せて頬を染めている彼女を見ると、小さくうなずいた。
まぁ、確かに彼女の言うことも一理ある。
なんといっても、俺自身、自分が笑っているのを実感しているから。
「……もぅ。なんですか? 急に」
シャーペンをテーブルに置いて、若干――……彼女が身体を離した。
そこで何も言わず彼女を見るものの、そちらとて何も言う様子がなくて。
……ほう。
「っ!?」
「……なんで離れるんだよ」
「だ……だ、だって……! 先生、なんか……なんか、考えてるでしょ?」
「失敬だな。そんな、やましいことばかり考えてるとでも思うのか? 俺が」
「う……そ、それは……」
…………って、コラ。
正直言うと、そこは否定してほしかったんだが……。
……まぁ、仕方ないか。
とりあえず、これ以上彼女が逃げたりしないように肩へ腕を回し、引き戻す。
せっかくの夏休み。
限りある有意義な時間だからこそ、無駄にするわけにはいかない。
「焼けたね、背中」
「……え?」
つ、と背中に指を這わせながら彼女に囁くと、少し驚いたように顔を後ろに向けた。
……って、そんなことしても見えるわけないだろ。
とは思うものの、そんな姿はやはり彼女らしくて、ついつい笑みが浮かぶ。
「しっかり日焼け止め塗ったのに……」
「まぁ、海行ったからね。……でも、そんなに焼けてるわけじゃないよ? 若干、水着の跡が伺え――……」
薄っすらと日焼けした肌を指でなぞっていたのだが、ふと……指が止まった。
どうやら彼女もそれに気付いたらしく、不思議そうな顔をこちらに向ける。
「先生?」
「……これって、この前の水着の跡じゃないよね?」
「え? どれですか?」
「……いや、こことか……」
「え、え?」
「こことか」
「っ……や、くすぐったいですよ!」
ちょうど肩のところにある、細い紐の跡。
先日彼女が海で着ていた水着の幅とは幅が違う上に、結構強く残っていた。
――……?
服の跡かとも思ったのだが、彼女はこんなふうに人を無条件に誘うような格好では外出しない。
だからこそ、不思議だった。
これほど残っている跡。
そんな物が、この数ヶ月の間に――……。
「……あ。これ、多分……水着の跡ですね」
「水着? だって、アレはこれより……」
「あ、ううん。だから、これはあの水着じゃなくて、学校のです」
ぴた。
さらりと言いのけた彼女を見たまま、考え込むこと数秒間。
……学校の、ということは……アレなわけで。
俺は体育教師じゃないからほとんど見たことはないが、それでも記憶にある――……あの、水着だ。
ウチの学校の水着は競泳用のものに似ていて、確かに肩の紐が細い。
……って、そんなコメントじゃなくて。
学校指定。
ということは、いわゆる――……。
「…………」
「先生?」
「……心配。ていうか、不安というか……」
「何がですか?」
「……なんでもない」
「えぇ……?」
ぎゅっと彼女にもたれるように抱きついたまま、大きくため息が漏れた。
……ちょっと、あることを思い出した。
というのは、ウチの学校のよくない噂が立ちまくっている体育教師――……もあったが、先日優人が俺に話していたことだ。
「スク水ってさー、やっぱヤバいよな」
「……なんだ、そのスク水ってのは」
「だからー。スク水だよ、す く す い。スクール水着」
「……は?」
学校での俺の住処である化学準備室で、ヤツはいきなりそんなことを話し始めた。
……まぁ、そのとき準備室にいたのが俺と純也さんだけだったのが救いだけど。
「お前は……また、いきなりそんな話か」
「だって、そーだろ? つーか、お前は思わないの?」
「思わない」
窓際の棚に腰かて外から視線を戻した優人に、しっかりと眉が寄った。
確かに、この準備室から外の様子は見える。
ということは、イコールそこにあるプールも見えるわけで。
…………しかし。
「お前、そういうのは覗きって言うんだぞ」
「失礼だなー。誰も覗いてないだろ?」
「いや、だから覗いてるって」
あっけらかんと言ってから再び外を眺めた優人に、大きくため息が漏れた。
……コイツは、なんのためにここに来たんだ。
1歩間違えればどころか、犯罪だぞ。お前。
少なくとも、県の迷惑防止条例ってヤツには十分ひっかかる。
「ていうか、菊池先生。そんなにスクール水着が好きなの?」
「ぶっ。純也さん!?」
「いや、ほら。ヤケに熱く語ってるからさー。祐恭君は気にならない?」
「……何を言い出すんすか……」
頬杖を付いてこちらを見られ、思わず何も言えなくなってしまう。
……俺は別に、スクール水着だろうと制服だろうとあんまり興味ないワケで。
むしろ、彼女ならばどんな格好でもイイと思う。
…………。
……まぁ、そりゃあ、な?
確かに、彼女の水着姿は見たいと思うけどさ。
でも、だからといって別にスクール水着限定じゃなくていい。
「あれ? 田代先生も、やっぱ興味あります?」
「いや、興味っつーか……そんなにイイもん? あれって」
「いいっすよー。ほら、結構ぴっちりしてるし」
「……お前、言い方がヤラシイ」
「だって事実だし。つーか、俺の言葉で何かを想像したお前のほうがヤラシイよ?」
「うるさい」
一瞬彼女の姿を想像してしまった自分に喝を入れるべく、しっかりと否定しておく。
……しっかりしろよ、俺。
未だに彼女の露な姿を見たことがないせいか、どうしてもまぁ……想像は膨らむもので。
細いし、ラインが結構きれいに――……っは。
「ち、ちがっ……!」
「違わないだろー? お前、何か想像してた顔だぞ。それは」
「祐恭君、もしかして彼女のこと考えてたー?」
「じゅ、純也さんまで!?」
いつの間に揃ったのか、純也さんまでもが優人と並んでこちらを見ていた。
……ああもう。
結局その時間はふたり揃ってニヤニヤと指差され、ものすごく居心地が悪かったのを覚えている。
……だから。
彼女の、こー……いかにも『あの水着、着てました』っていう痕跡を見つけてしまうと、ついつい想像してしまうわけで。
……はー。
男って、馬鹿だよな。
ていうかまぁ馬鹿なのは――……俺だけかもしれないが。
「先生? どうしたんですか?」
「……いや、なんでもない」
まったくもって、なんでもなくはないが、一応そう言っておこう。
むしろ、正直に話したら笑われるだろうから。
『俺以外の教師は見るのを許されているのに、彼氏の俺が見ていないのが無性に悔しい』
……ああ、そうさ。
どうせ、下らない我侭だよ。
それでも、やっぱり悔しいものは悔しいわけで。
……まぁ、『着てくれ』なんて頼むことはさすがに人としてできるわけないけど。
「…………はぁ」
彼女にもたれたままで漏れたため息が、やけに大きく聞こえた。
……ああ、俺はやっぱり馬鹿かもしれない。
2005/6/14
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