「っ……」
「何?」
「え、と……」
不意に、つい、と上を向かせるように顎を指先で取られた。
もう片手が頬を撫で、するりと耳元へ髪をかけるようにしながら――……指ですく。
「俺の手、好き?」
「っ……な……んでそんなこと聞くんですか?」
「いや、好きなのかなーと思って」
「……う。それは……好き、ですけれど」
「やっぱり」
「え!?」
「いや、運転中よくギアを見てるなーと思って」
「っ!! ……だ、だって…………だって、かっこいいんですもん」
「正直だね、君は」
「……うぅ。なんなんですかぁ」
ソファに座ってふたりでニュースを見ていたはずなのに、ふいに彼が私の頬へ触れた。
株式のことがいまいちよくわからなくて、教えてもらっていたんだけど……いったい、いつこんな展開にすり替わってしまったんだろうか。
「で? 俺の手が好きなの?」
「……う。好き、です」
「それは、俺が? それとも、俺の手が?」
「っ……なんでそんな言い方なんですかっ!」
にやり、と意地悪っぽく笑われ、頬が熱くなる。
そんなの、答えはひとつに決まってるのに。
……彼だから、好きなんだもん。
絶対、祐恭さんはそれをわかっていて言っている。
この顔は、間違いない。
「それじゃ、普段のときと車運転してるとき。どっちがいい?」
「それは…………」
普段も好きだけど、車のときはもっと好き。
……なんて、言えない。
今の彼には、それを言わせない雰囲気が漂っている。
MT車を運転しているときの、ギア操作。
あれはもう、たまらないモノ。
それこそ、男性のニーハイ絶対領域と同じく、女性の絶対領域は車とかなんじゃないかな。
葉月と、1度話したことがあるんだよね。
……そういえばあのとき、葉月はお兄ちゃんがタバコを吸うときの手も好きだ、って言ってたっけ。
本人には言ったことがないらしいけれど、もしかして女の人って、意外と男の人の手をよく見てたりするのかな。
うん。
今度、絵里にも聞いてみよう。
「っ……」
「俺は、こうして羽織を弄ってるときが1番イイ手の使い方だと思ってるけど。自分で」
「な、なっ……!?」
「そうやってかわいく困る顔とか見れるし。楽しいよ?」
「……もぉ……なんですか、それは」
「本音」
「っ……」
にっこり、と目の前で微笑まれ、情けなくも唇を噛むしかできなかった。
……そんな顔されたら、何も言えなくなっちゃう。
もちろん、それをわかっていて彼はこんな顔するんだから、ずるいんだよね。
彼は、全部わかってるんだ。
私がずるいって思ってることも、思っているだけで口には出さないってことも。
「……それじゃ、撫でなでしてあげようか」
「え?」
「…………」
「……え、と……」
「ああ、頭だけじゃ不満?」
「っ! ち、ちがっ……!!」
「いいよいいよ、わかった。それじゃ、もっと違うところも撫でてあげるから」
「違いますってば!!」
どうして彼はこんなに楽しそうに笑うんだろう。
……うぅ。私が勝てないはずだ。
きっと、この先もずっとずっと彼にはこんなふうにされていくんだろうな。
私が優位に立てることなんて、ないんだろう。
……って、もともと優位に立ちたいなんて思ったことはないけれど。
くす、と目の前で笑った彼を見ながら、思わず私も笑っていた。
「っ……!」
「……キレイな肌だね」
「や……う、きょうさ……っ……言い方が……!」
「ん?」
「ん、っ……や」
頭を撫でてくれた手がゆっくりと首筋を伝い、鎖骨を撫でた。
指先があちこちを這い、何かを確かめるように動く。
その感触だけでも声が漏れるのに、彼はあえて私の耳元へ吐息交じりで囁いた。
「っ……」
笑う瞬間が、わかる。
わずかに漏れる息が、伝わってくるから。
……うぅ。耳がくすぐったくて、身体がぞくぞくする。
でも、そんなことを言ったりしたら、彼は私を押さえつけている手を絶対に緩めてくれないだろうから、言えるわけがない。
わけがない、んだけれど……でも!
「祐恭、さ……ん! そこ、だっ……」
「だ?」
「ひゃ!? な、ななな――……ん!」
いきなり胸に触れられ、驚いて彼を見た途端、ぺろりと唇を舐められた。
慌てたのは間違いない。
けれど、目を丸くしている間に彼はそのまま唇を合わせる。
「っ……ふ……、ん、ん」
入り込んできた舌が歯列をなぞり、舌を絡め取る。
吸われて、撫でられて。
息をするのもままならない、口づけ。
……彼とのキスはいつもそうだ。
最初はすごくどきどきするのに、徐々に頭がぼうっとし始める。
どきどきじゃなくて、うずうず……?
唇が離れるときは、いつだって彼を惚けた目で見ているらしい。
でも、彼はそんな私をいつだって満足げに見てくれるのを、知っている。
「……いい顔」
頬に当てられた彼の手のひらが、撫でるように動き、親指で唇に触れた。
そこと瞳とを交互に見た彼が、笑う。
口角を上げ、ほら。満足そうに。
「…………えっち」
「なんでそうなるかな」
「だって、あんな……キスするなんて」
「するなんて? ……顔が赤いのと関係ある?」
「っ……」
眉を寄せて唇を尖らせたら、彼がにっこりと笑った。
顔が赤いのは、自分じゃ見れないもん。
わからないもん。
……ただ、ちょっと熱いなとは思ったけれど。
「かわいいね」
「……かわいくないです」
「そういうところが、かわいいんだよ」
「っ……」
そんなふうに笑われたら、どう反応すればいいんですか。
ふっ、と笑った彼が頭を撫で、指で髪をすく。
さらさらと音を立てて肩に落ちる髪を見ながら、彼はまた満足そうに笑った。
「さて。それじゃ、続きは今すぐでいいのかな? それとも、あとで?」
「……? 続きって、なんのですか?」
「わかってるクセに」
「わ、わからないから聞いてるんじゃないですか!」
しれっとした顔で眉を寄せられ、慌てて首を振る。
あれ。ええと……うん? 株式の解説のこと?
それとも、円安とドル高の関係性だっけ?
そもそも、なんでふたりでソファに座っているかというと、確かそのあたりから始まっていたはず。
……それの続き?
「っひゃ!?」
などと思っていたら、いきなりソファに押し倒された。
目の前が、彼のせいでかげる。
わずかに笑みがある口元は、やっぱり何か内緒で考えられているコトがあるからなんだろう。
「じゃ、しようか」
「な……ななっ!? 何をですか!」
「いいこと」
「っ……なんとなく、いいことじゃないようにしか思えないんですけれど」
「それは、君がそういう想像しかしないからだろ? 楽しむべきだと思うよ、俺は」
「そういう問題ですか!?」
さらりとかわされ、あたふたと反論する間も、徐々に顔が近づく。
唇が、触れるか触れないかの距離。
そこで止まったまま、彼が首筋から鎖骨、そして胸へと指先を滑らせた。
「やっ、だめ――……んん!?」
「ダメって言葉はいらない」
塞がれた唇が離れたときに、彼は目の前で、にやり、と音が聞こえてきそうなほど鮮やかに笑った。
その顔は、とてもとても意地悪そうで。
だけど、やっぱりいつものように満足げに見えた。
2011/10/3
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