「社長」
「……は?」
「いや、だから。俺は将来『社長』になるのが夢だったんだよ」
懐かしそうな顔をして、顎に手を当てながら呟いた言葉。
……社長。
それがあまりにも子どもが考えそうなことで、思わず笑いが出た。
「あはは! やだー! 単純ー!!」
「……うるせーな」
社長だって、社長!
きっと今どきの小学生に聞いても、そんな答え返ってこないわよ。
普通さー、小学生って言ったら『お医者さん』とか『野球選手』とか言わない?
ましてや、スポーツとか好きなほうだからこそ、てっきりそっち系だと思ってたのに。
……なんていうか……漠然としすぎ。
だいたい、なんの社長よ。なんの。
「そーゆーお前は何になりたかったんだよ」
「私? ふふーん。弁護士」
「……べんごし?」
「そーよ。私は小さいころ、弁護士になりたかったの。で、『裁判官』にしようか悩――……ちょっと!!」
「ぶぁっはっは!! おまっ……お前が? 弁護士? あっはっは!! やべー! 腹いてー!!」
「こらー!! 失礼よ、あんたはー!」
「だってそうだろ!? お前が弁護士なんかやったら、救われる人間いねーって! くるしー!!」
「何よ! そーゆー自分こそ、社長なんかになったら社員路頭に迷わすのがオチなくせして!」
「はぁ!? 誰がだ、誰が! 俺はこれでも経営に向いてるんだぞ!?」
「はーぁー? どこがどうなったら、そういうふうに思えるわけ? 楽観的もいいトコなクセに!」
「何を!?」
「何よ!!」
顔を近づけたまま互いに言い合い、一歩も譲ってなんかやらない。
だって悔しいじゃない!!
だいたい、なんでそこまで言われなきゃなんないのよ!
「この、お馬鹿!」
「お前に言われたくない!」
「くぁー! 腹立つ!!」
「そっくりお前に返してやる!!」
結局、ああ言えばこう言うっていう関係な私たち。
……ったく。
せっかく私が聞いてやったっていうのに、なんなのよあの言い方は!
相変わらず人に喧嘩売りまくりの姿勢を見ながら、眉が寄った。
「パイロット」
「……パイロット……って、あの?」
「ほかに、どのパイロットがあるんだよ」
「それは……まぁ」
ソファにもたれながら彼を見ると、小さく笑って同じようにソファへもたれた。
「小さいころ、初めて飛行機に乗ったとき素直にすごいなって思ってさ。あんなデカくて重いものが空飛ぶっていうのに感動して。……それで、俺も操縦したいなーって」
「……へぇー」
懐かしそうに話してくれた彼は、まるで小さな男の子みたいで。
……本当に楽しそうな顔。
そんな彼を見れたことが、素直に嬉しくなる。
「でも、どうして諦めちゃったんですか? 理数系得意だし……」
「残念ながら、パイロットは裸眼視力がよくないとダメなんだよ。俺は中学のころから悪くなり始めて、高校のときはかなりよくなかったからね」
「そうなんですか? ……でも、眼鏡かけ始めたのって……」
「そ。社会人になってから。だから、学生のときはよく言われたよ。『目つきの悪さで損してる』って」
「……あー……」
そういえば、お兄ちゃんもそんなこと言ってたなぁ……。
苦笑を浮かべて首を振った彼を見ながら、ふとそんな声が漏れた。
「こら」
「え? ……あ」
「なんだ? 今の『あー』ってのは。え? 明らかに『納得』みたいな口ぶりだったな」
「ち、違いますよ! ちょ……ちょっと、その……か、考えごとを……」
「嘘つき」
思わず出てしまった言葉に、彼が鋭い反応を見せた。
……マ……マズい。
思いっきり瞳を細められ、慌てて首を振るしかできない。
だけど、彼がそんな簡単に許してくれるはずはなくて。
「……ごめんなさい」
「許しません」
「っ……そんなぁ!」
両手で頬を挟まれたまま、彼の意地悪な顔が近づく。
……マズい。
この顔は、絶対に何か企んでる顔だ。
自然と寄った眉のまま彼を見ると、案の定いたずらっぽく口角が上がった。
「やなこった」
「え? どうして?」
「ぜってー、馬鹿にすんのが目に見えてる」
「もう。そんなことしないよ? 私」
ソファに座って雑誌を読んでいた彼は、嫌そうに顔をそむけて、そのままうつ伏せになってしまった。
……もう。
私はただ、小さいころの夢を聞きたかっただけなのに。
だけど、その言葉を口にした途端、じぃっと私を見てから、彼はあんな調子になってしまったわけで。
どうしてだろう。
何か、トラウマでもあるのかな。
などと、あれこれ考えが浮かんできた。
「……さ……」
「え?」
「だから……レーサーだよ、レーサー! 悪かったな、ンな夢で」
「もう。どうして怒るの? 私、何も言ってないよ?」
「顔が言ってんだよ、顔が。『らしくない』とか『無理』とか思っただろ」
「思ってないよ? らしいなぁ、とは思ったけど」
「……あ、そ」
がばっと起き上がったかと思いきや、いきなり鼻先に指を突きつけられた。
……もう。相変わらずなんだから。
私は、ちっともそんなふうに思ってないのに。
「どうして諦めちゃったの? その夢」
「別に諦めちゃいねぇよ」
「そうなの?」
「ああ。やっぱ、まだ未練タラタラだな。テレビとか雑誌とかで活躍してるヤツ見ると、なんか悔しいし」
両手を組んで頭の後ろに持って行った彼を見ると、少し寂しそうだった。
……確かに、小さいころからそういうテレビ見てたもんね。
お父さんと一緒にサーキットへ行ったり、連れ立ってイベントとかに行ったり。
…………そっか。
やっぱり、彼は車が好きなんだ。
小さいころ、目を輝かせて話していた姿と今の彼とが重なり、思わず笑みが漏れた。
「じゃあ、どうして司書さんやってるの?」
「本が好きだから」
「……じゃあ、先生の免許取ったのは?」
「おもしれー授業やる自信があったから」
「…………なら、先生になればよかったのに」
「そりゃ、最初はそのつもりだったぞ? だから、中高の免許取ったんだし」
あっさりと答える彼を見ていたら、少しおかしくなってしまった。
だって、どれもこれも彼らしい答えなんだもん。
「俺の実体験だけど、やっぱ、国語の授業ですげー面白かった記憶ねぇんだよな。そーゆー教師が多いから、男が『国語ってめんどくせーし、つまんねー』って思うんだって。だから、俺は面白い教師になるって意気込んで、大学入った」
「じゃあ、なおさら。どうして司書さんやってるの?」
「俺が好きなのは、国語であって教職じゃない。1日中、本に囲まれてる司書になれたから、教師はまぁいいか……ってな。アレは俺にとって天職だし。紙とかインクとか、割とあの匂い好きなんだよ」
「……なるほど」
ふっと笑った彼を見て、確かに彼らしい答えだなぁと思った。
……確かに、彼ならばこう言うだろう。
納得。
独りうなずいてるのを見て『なんだよ』と怪訝そうな顔をした彼に首を振りながら、笑みが浮かぶ。
「らしいなぁ、と思って」
すると、彼がまた『あ、そ』と続けた。
2005/9/5
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