ある日。
 1冊の本を手にした3人の男がいた。
 彼らは興味本位でその本を手に取り、そして――……ある共通の考えを元に、本を互いに回すことにした。
 ……理由。
 それは、ひどく簡単で単純なことに違いない。
 なぜならば、彼らが手にした本は――……『花言葉』の本だったから。


「桜……ですね」
「桜?」
「うん。桜」
 ……なるほど。
 そう言われてみると、確かに――……好きそうというか、彼女らしいというか。
 桜、ね。
 じぃっと彼女を見たままでいたら、『なんですか?』と軽く首をかしげた。
「なんで、それが好き?」
「んー……。やっぱり、ほら……春らしいっていうか、なんていうか」
「……まあ……そうだけど。でも、ほかにも花は沢山あるだろ?」
「ですね。……でも、やっぱり特別っていうか……」
 ソファにもたれている彼女を見たままで、桜の花を思い浮かべてみる。
 ……桜。
 花灯りっていうまさにその通りの、不思議に明るい花。
 穏やかで、小さな花で。
 色だって目立つほうじゃないし、匂いが強いわけでもない。
 至って普通で、どちらかと言うと――……控え目な花。
「……桜……」
 だけど。
 世には、『桜』という花を好きだと答える人間が多いだろう。
 それほどみんなに愛されて、大切にされて…………不思議な魅力のある花。
「え?」
「……来年は、花見行こうか」
「ホントですか?」
「うん。夜桜でも」
「……楽しみ」
 髪を撫でながら笑みを見せると、心底嬉しそうな顔を彼女が見せた。
 控え目で、大人しくて、誰もを喜ばせて。
 ……本人が気付いてないだけで、実はイイ女。
 ――……なるほど。
 確かに彼女は、花にたとえると桜が似合っているかもしれない。

「藤の花」
「……藤って……また渋いとこいくな」
「そうかな? 別に渋くはないと思うけど」
 読んでいた雑誌を開いたまま膝に置き、腕を組む。
 藤。
 藤っつーと、アレだ。
 大学の中庭にもある、藤棚の、アレ。
「……なんでまた、藤なんだ?」
「きれいな花でしょう?」
「……そりゃまぁ」
「それに、いい匂いもするし」
「あー……」
 なるほど。
 言われてみれば、確かに藤の花は匂いがあったな。
 少し離れていても、すぐにわかる独特の甘い匂いが。
 ……藤……ねぇ。
 いかにも『日本の花』って感じがするように、昔から和歌とかでも題材に使われている。
 なんか、アレなんだよな。
 藤って、頭に挿しそう。
 ……いや、かんざしっぽいっつーかなんつーか。
 そりゃまぁ、別に嫌いじゃないぞ?
 花を愛でる趣味はないが、咲いているとやっぱり目は行く。
 そんな俺でさえ目が行くんだから、ほかの人間はもっとだろう。
 香り高く、見た目もきれい。
 ……だけど。
 華美じゃない、花。
「…………」
「ん? なぁに?」
「……いや、別に」
 藤の花同様に、長い髪をつまんでみる。
 ……あー……。
 なんつーか、やっぱりこう……不思議なヤツだよな。
 これまでの女とは違う、彼女。
 だからこそ、気になるというか……。
 酔わされてるのか? もしかして。
 ――……まぁ、それもタマにはいいけど。

「ツツジ」
「……ツツジ?」
「そ。ほら、おいしいじゃない? あれ」
「……ちょっと待て。花っつーのは本来、食うもんじゃないだろ」
「いーじゃない、別に。何よ。蜜吸ったり、しなかったの?」
「いや、しなかった」
 テレビのリモコンをテーブルに置いてから彼女を見ると、『アンタそれでも日本人?』とでも言わんばかりの顔を見せた。
 ……ツツジねぇ。
 つーか、コイツは小さいころ蜜吸ったりしてたのか。
 てっきり一般庶民とは縁遠い生活をしてたんだと思ってたから、少し笑えた。
「あ。でもほら、お前……アレって毒があるんだぞ?」
「毒? なんの?」
「……腹痛とか」
「平気よ平気。もう時効」
 けらけら笑って手を振った彼女を見ながら、まぁ大丈夫なんだろうけど……とは思う。
 花も大きいし、香りもあるから、ぱっとすぐに『ツツジ』だとわかる花。
 色も鮮やかで、目立って、人目を引いて。
 本来の用途は違うが、でもまぁ……味もイイし。
「…………」
「……何よ」
「毒あるのになぁ……」
「は?」
「いや、別に」
 ぽつりと呟いてから肩をすくめ、かぶりを振る。
 ツツジ……ね。
 自分を護るためか何かは知らないが、食われないよう流されないよう、プライドを持って努力する。
 ……だけど。
 愛し愛されることを知って、変わるタイプ。
 きれいだけじゃなくて毒まであるってのが、オツだよな。
 ――……相変わらず、こちらの考えなんてコレっぽっちも知ろうとしない彼女を見ながら、苦笑が浮かんだ。


2005/8/28


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