「………何が入ってるんだこれは」
 家についてからリビングに引き出物を下ろすと、腕が軽くなった。
 やけに重たい、これ。
 ……食器とか鍋とか……そんなもんか?
 暖房を入れてから上着を脱ぐと、彼女がキッチンに立って紅茶を入れてくれた。
 こういう些細なところを気にしてくれるのは嬉しい。
「どうぞ」
「ありがとう」
 カップを受け取ってから、隣へ腰をおろした彼女に引き出物を軽く顎で指す。
「開けていいよ」
「いいの? ……でも……」
「どーぞ」
 戸惑った彼女にふたつ返事でうなずくと、こちらを見てから改めて手を伸ばした。
 最初の内は、紅茶を飲みながら悠長に眺めていたんだが……こちらの予想以上に、物が出てきた。
 あれ、こんなに入ってるモンなのか?
 そういえば、自分で祝儀を出した結婚式は今回が初めて。
 そのせいか、やけにすごいものを貰ったような気になる。
「…………」
 じぃーっと見ていたら、丁寧に、包装が外された箱が目の前に来た。
 結構、大きめな物。
 その蓋を持った彼女がゆっくり開けると――……。
「……わぁ」
 中身は食器だった。
 やっぱりか。
 四角い形の、白い平らなプレート皿。
 それと丸いボウルのセット。
「……すごーい」
「そうなの?」
「うん。有名なブランドの食器ですよ」
「へぇ、そうなんだ」
 いまいちピンとこなかったが、皿の底を確認した彼女がうなずいたので、まぁ、これはこれでいいかと。
「1枚1枚、結構高いんですよ」
「へぇ」
 ぽつりと呟きながら大事そうに扱う姿を見ていると、相変わらず高校生っぽくなかった。
 いや、感心してるんだぞ? これは。
 続いて、今度はほかの箱へ。
 どれもこれも、やけに楽しそうに手を付けてくれるから、見てるこっちも楽しくなる。
 まるで、クリスマスプレゼントを開ける子どもみたいだ。
「あ。お菓子だー」
「……甘そう」
 洋生菓子とでも言えばいいだろうか。
 茅ヶ崎の某有名菓子店のシュークリーム。
 しっかりと保冷剤でくるまれており、まだ冷たかった。
 ……まぁ、冬ってこともあるけどな。
「かつお節って、引き出物の定番ですよね」
「そうなの?」
「うん。うち、結構ありますよ」
 続いて、紅白の容器に入ったかつお節。
 ……こんなにたくさん何に使うんだよ。
 膝を立てて彼女を見ると、同じように眉を寄せて缶を見つめていた。
「…………だしを取って……あとは……湯豆腐?」
 あれこれ使い道を考えてくれながら缶をテーブルに置くと、最後に出てきたのは小さな箱だった。
 今までの物とは違い、厚さはない。
 だが、丁寧にリボンがかけられていた。
 しゅるりとブルーのリボンが解かれた箱から出てきたのは、1冊の本……らしきもの。
「カタログギフトですね」
 ……ギフト?
 差し出されたそれを受け取ると、彼女がほかのものを持ってキッチンへと向かった。
 ぱらぱらとめくってみれば、中にはいろいろな物が載っている。
 カタログギフトって言ってたか。
 雑貨、食べ物、食器……だけじゃなく、ネクタイやらベルトまで。
「すごいな」
 ソファにもたれながらそれを見ていると、くすくす笑いながら彼女が包装紙などを片付けにキッチンへ向った。
 ……ふむ。
「はい」
「え?」
 隣に座った彼女へそれを渡すと、驚いたように瞳を丸くした。
 まぁ、そういう顔するとは思ったけどさ。
「なんでも、好きなのもらって」
「えぇ!? ダメですよ! これは、先生がご祝儀を――」
「いいんだよ、別に。一緒に住んでるようなもんだし、ふたりのものだろ?」
 後れ毛をつまむようにしながら手を回すと、くすぐったそうに笑ってからもたれてきた。
 こういう素直なところは、大歓迎。
「……先生は欲しいのないんですか?」
「んー……別に、物に困ってないしね」
 腕の中にある温もりが心地よくて、つい瞳が閉じる。
 ……ん、いい匂いがする。
「何がいいかなぁ……」
 あれこれ考えながら見ているらしく、パラパラとめくる音。
「羽織ちゃんがいい」
「……もぅ。先生っ」
 抱き寄せて囁くと、くすぐったそうに身をよじって小さく笑った。
 ……いや、本気なんだけど。
 この温もりがあるから、ほかには別に欲しい物はない。
 なんてことを考えながら首筋に唇を寄せると、柔らかな香りが広がった。
 いつも彼女がつけている、香水。
 だが、ちゃんとした名前は知らない。
「……この香水、何?」
「え?」
 抱き寄せたまま呟くと、こちらを向いてまばたきを見せた。
「……アマリージュ……ですけど」
「アマリージュ?」
「うん。……あ。先生、香水嫌いでしたっけ……?」
「どっちかっていうと、好きなほうじゃないけど……」
 つい出た言葉。
 だが、こちらの予想以上に彼女が反応して離れてしまった。
「ごめんなさい、知らなかったから……!」
「え? あぁ、いいよ。羽織ちゃんのは好き」
「……でもっ……」
「いいんだってば。それに、キツくつけてないだろ? どっちかっていうと、ほのかに匂うって感じだし」
「だけど……でも……」
「……だから」
「っ……」
「こっちおいで」
 困ったように身体を離してしまった彼女をもう1度抱き寄せてから、もたれさせるようにして首筋に手を伸ばす。
「……なんだっけ。こう……香水の最後のほうの香りのこと」
「ラストノート……?」
「あー、そう、それ。羽織ちゃんの匂いは好きかな」
「……ホント?」
「うん。元々甘い香水でしょ? これ」
「ですね。直接嗅ぐと、結構キツいけど」
 苦笑を浮かべた彼女に視線を合わせると、頬を染めてわずかに首をかしげた。
 彼女のその仕草は、『なぁに?』と言われているようで、好きだ。
「人によって匂いが変わるけど……羽織ちゃんのは甘くて優しいし……誘われる」
「っ……」
 ちゅ、と首筋に唇を寄せると、くすぐったそうに首をすくめた。
 ふわりと漂う残り香も、悪くないし。
 むしろ、彼女の匂いなら付けておきたいくらいだ。
「……くすぐったい……」
「くすぐってないよ?」
「もぅ……」
 くすくすと笑って首を振る彼女は、相変わらずイイ。
 呆れたように苦笑を浮かべられるものの、かわいいし。
 時計を見ると、二次会まではあと1時間ほど余裕があった。
「……少し休んでくか」
「え? ……あ、でも、もう時間が……」
「いいよ、ちょっと遅れていくほうが目立つし」
「もぅっ! そんなのダメなのっ」
「いいんだって。……ほら、じっとして……」
「……っ……先生ってば……ぁ」
 親指を唇に当ててやると、一瞬瞳を丸くして笑みを見せた。
 艶っぽい、ピンクの唇。
 ……なんつーかこう……化粧品のCMっぽくて、うまそう。
「んっ……」
 広がる、化粧品独特の匂い。
 とはいえ、彼女との口づけならばまぁよしとしよう。
 舌を挿し入れて味わうように舌を絡めると、ゆっくり反応を返した。
 部屋に響く、口づけの音。
 何度味わっても、何度聞いても飽きることのない、いいものだ。
 しばらく角度を変えて味わってから唇を離すと、相変わらず艶っぽく誘う唇が目の前にあった。
 ……これ見てると、やめられないな。
 思わず笑うと、彼女が指を唇に当ててきた。
「ん?」
「……もぅ。付いちゃってますよ」
「あれ。たしか、付かない口紅だったはずなのに」
「…………あんなキスしたら……」
「何?」
「っ……いじわる」
 もごもごと小さく囁かれた言葉で口角を上げると、拭うように指を動かしてから唇を尖らせた。
 そのあと、バッグを引き寄せてテーブルに小さな鏡を置くと、ルージュを取り出して直し始める。
 ……こう見てると、もう立派な女性そのもので。
 女子高生っぽくないな。
 だからこそ、友人ら以外の男も来る二次会は、正直言って心配……だがまぁ。
「……え?」
 後ろから彼女の右手を取り、そのリングを指で弄る。
 これがあるから、大丈夫だと思いたいが。
「……先生?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、相変わらず細い指だなぁと思って」
「そうですか? ……んー、先生もきれいな指だと思うけど……」
 視線を俺の指へ落としながら手で撫でられ、自然に口が開いた。
「……くすぐったい」
「えー? くすぐってないですよ?」
 ……言うと思った。
 小さく笑ってからその手を握り、先に立ち上がって手を引いてやる。
 まったりしていたら、ちょうどいい時間になった。
「それじゃ、二次会行こうか」
「うんっ」
 二次会は、茅ヶ崎でも結構有名なクラブで行われる。
 クラブとはいえ、どちらかというとバーに近いが。
 さすがに車で行くので、俺は酒は飲まない。
 だが……心配なのは彼女。
 また、アキあたりが酒飲ましたりするんじゃないのか。
 弱いからというよりも、誰かに絡むんじゃないかというほうが心配。
 ……頼むぞ……?
 車に向かいながらそんなことを思うと、こちらの気持ちを知ってか知らずか、彼女がかわいく笑みを見せた。


ひとつ戻る  目次へ  次へ