「本当は、昨日の時点でちゃんと話せばよかったんですけれど……ごめんなさい」
申し訳なさそうに言うが、彼女の選択は正しかったと思う。
事実、どう転ぶかわからず不確定要素が多すぎるし、何より、彼女は人の機微を察する子だ。
こうして、確定した後でなければ口にしないつもりだったあたり、孝之よりよっぽど真面目で人に対して真摯なんだなと思った。
「いいよ。こうしてちゃんと話してもらえたんだから。……でも」
「でも……?」
「……正直言えば不安もあったし……何より、妬いてたかな」
「え……」
みっともないな、と自覚はしてる。
髪を撫でると、意外そうな顔をされてああそうだよなと苦笑した。
「みっともない、って思われるかもしれないけどね。でも、悔しかったよ。俺以外のヤツに、あんなふうに笑うのを見たらね」
「……祐恭先生……」
「我ながら、独占欲が強いんだなって驚いたよ。……でも、やっぱりあの笑顔は俺だけに向けてほしいし……俺だけのモノにしたい」
「っ……」
髪を耳へかけてから耳元で囁くと、身体に力が入らなくてか、彼女がひくりと肩を震わせた。
ちらりと横顔をうかがうと、頬が染まっていて色っぽさに喉が鳴る。
「……私は、先生しか見えないから大丈夫ですよ?」
「それでも、ね。……もっとも、俺しかこんな顔見ることはできないんだけど」
「あ……」
頬に手を当て、真正面から顔をのぞくと、目を丸くして喉を動かした。
そういう顔したら俺がどう動きたくなるか、知ってるのかな。
もっとも、教えてあげてもいいけど……もう少しだけ、何も知らないままでいてくれてもいい。
「一緒に住もうか」
「えっ!」
目を見たままつぶやくと、心底驚いたような顔をされた。
いや、でもね……言った本人も驚いたから、仕方ないよな。
自分からそんなセリフが出るなんて、思いもしなかった。
たとえ気心が知れてる友人であっても、そう家にあげることなんてなかったのに、年下で、女子高生の彼女を招きたがるようになるだけでなく、よもやそんなことまで言うとは。
孝之が聞いたら、噴き出すどころじゃ済まないだろうな。
「贅沢だろうね。一緒に住めれば毎日……ああでも、なおさら離れにくくなるかな。学校内で別の時間過ごすのが、かえってストレスかもしれない」
「祐恭先生……」
「それに、毎日好きなだけまさに家庭教師できるしね」
「ぅ。それは……」
「それは?」
「……嬉しいですけれど」
「ホントに?」
「ほ、ほんとですよ!」
瞳を細めて笑うと、慌てたように羽織ちゃんは首を振った。
そういう反応されると、もっといろいろ言ってみたくなるんだけど……って、こういう自分の側面も、彼女といるようになってから知ったんだけど。
先週、付きっきりで勉強を見させてほしいという口実をもって彼女の自宅へ電話をすると、お袋さんはふたつ返事で承諾してくれた。
許してくれるのは、きっと俺を信じてくれているから。
高校時代からお世話になっている人だけに裏切ることはもちろんできないが、数年の付き合いで俺を信じてくれていることが素直に嬉しかった。
ちなみに、『何してもいいからね』と悪戯っぽく言われて、さすがに即否定したけど。
あれは、なかなか焦った。
もちろんだけど、羽織ちゃんには内緒にしておく。
「……まあ、それは難しいけど……でも、違う方法は可能かなと思ってる」
「え?」
一緒に住むことができるようになるには、もう少し時間が必要かな。
絵里ちゃんたちのように、特別な事情があるならばまだしも、彼女の実家はすぐそこ。
未成年である以上、こんなふうに付き合うことを正式に認めてもらえただけで十分と思わなければ、バチは当たるだろうな。
だからこそ、できることはある。
一緒に暮らすではなく、もう少し緩やかな方法が。
「これも、うさぎに追加してくれる?」
「え? あっ……え!」
キーケースを取り出し、金色の鍵を抜き取る。
彼女の手を持ち上げるようにすくい、手のひらへ置くとそれと俺とを見比べてから目を丸くした。
「先生、これっ……!」
「チャイム鳴らして反応なかったら、使って入ってきていいよ」
「え! いいんですか?」
「もちろん」
まるで、大切な何かを受け取ったかのように、頬へ赤みが差す。
そんな顔してくれるかな、と期待はした。
でも、それ以上の喜びを表してくれて、素直に嬉しいと思う。
自分でも、驚いたけどね。
すべては先週彼女と過ごした時間が、とても心地よかった証。
「ありがとうございますっ!」
「っ、と……!」
満面の笑みで抱きつかれ、一瞬体勢がずれた。
片手で彼女を抱き、もう片手は後ろへついて身体を支えると、ふわりと鼻先に甘い香りが漂う。
そんなに喜んでもらえたら、本望。
甲斐があるとは、まさにこのことか。
「いつでも、来ていいんですか?」
「うん。困るときは特にないからね」
さらりと髪を撫でると、くすぐったそうながらも、嬉しそうに笑った。
反応を返してくれるのが、こんなに嬉しいとはね。
ああ確かに、俺は変わったんだろうな。
なかば無意識に彼女の頬へ口づけたあと、目を合わせて微笑まれ、胸が震えた。
「どうしよう……毎日、来たくなっちゃう」
「いいよ」
「っ……先生……」
まるでひとりごちるかのようにつぶやいた台詞に、当たり前のように返事をすると、羽織ちゃんは目を丸くした。
俺にとっては、その台詞を聞けただけで十分嬉しいけど、仮に現実になったらどうだろうか。
ああ……帰すタイミングが難しいだろうな。
「嘘じゃないよ」
「っあ……」
「……大事だからね」
頬へ手を当て、近い距離で笑う。
すると、目を逸らさないまま表情を変えた。
幸せそうな顔って、こういう顔なんだろうな。
自惚れかもしれないが、彼女が見せてくれたのは俺の影響だろうから。
引き寄せ、口づける。
柔らかな唇は、俺以外知らないだろう。
初めてキスをしたのは、まだ1ヶ月も経っていない今月のはじめ。
まさか、ここまで欲しがるようになるとは、初めてのときは思わなかったーーか?
いや、欲が出たのは確か。
もっと、と。
違うキスをしたらどうなるのか、知りたかった。
……いや、むしろ単純に欲しかった。
「ん、ん……っ」
唇を舐め、舌を絡め取る。
知らなかっただろう、深い口づけ。
時折漏れる声がひどく色っぽくて、とてもじゃないが、普段かわいらしく笑う彼女のものとは思えない。
……だから、欲しくなるんだよ。
もっと、違う声を、顔を、俺だけに許してほしくて。
胸元へ添えられた彼女の手が、ひくりと反応するのがわかり、さらに深く欲しくなる。
これはもう、、欲以外の何ものでもない。
「…………ぁ、ふ……」
音を立てて離れる唇が、少しだけ名残惜しかった。
それでも、ふと目を開ければ自分でいっぱいになっている顔をした彼女が見え、ぞくりと身体の奥が震える。
ああ、まいったな。
そんな顔されたら、止まれなくなる。
いや、止まる必要はないか?
「……今日は、さ」
「え……?」
「どうしても週明けのために勉強しなくても、いいんだよね?」
さらりと髪を撫でて囁くと、濡れた唇を目の前で結んだ。
わからないことじゃない、とは期待する。
都合いいとは思うが、欲しいと思ってしまった以上、制すのは難しい。
「…………」
こくん、と頬を染めた彼女がうなずいたのが見え、口元が緩んだ。
眼鏡を外してテーブルへ置き、抱き寄せたまま首筋へ唇を這わせる。
甘い香りが、強くなる。
香水か、はたまた彼女自身か。
どちらにしても、欲しいと思える香りだった。
「ぁ……っ」
まさに、漏れる、が正しいような彼女の声に背中がぞくりと反応する。
舌先で舐めるように触れると、都度反応が返ってきて……ああ、楽しいものだな。
舌が少し触れるだけで、声も、反応も返ってくることが、より昂ぶる要因。
だけど、彼女は知らないだろう。
ここまで自分でいっぱいになっている姿を見るのが、楽しいんだと知らなかった。
「せ、んせ……」
まるで彷徨うかのように胸元から肩へ滑った手のひらが、ふいに頬へ触れた。
うっすらと開いた彼女の瞳は、心なしか濡れている。
「ん?」
「……ぅ……恥ずかしいです」
「かわいいよ」
「っ……もぅ……」
まじまじと目を合わせると、唇を噛んで困ったような顔をした。
素直な感想を口にしたのに、どうやらお気に召さなかったらしい。
それでも、くすりと笑った顔は、言葉そのままかわいいと思う。
「……本当にいいの?」
「っ……」
自分の声が、いつもより低く少しだけ掠れて聞こえた。
さらりと髪を撫でると、一瞬目を丸くしたものの、こくりとうなずいてくれる。
なら――もう、聞かない。
「ずっと、そばにいるから」
朝まで。
耳元で小さく付け足し、頬へ口づけると予想以上に濡れた音がした。
「……っ……ん」
首筋から、ゆっくりと胸元へかけて舌を這わせる。
肌の感触が心地よくて、それ以上に、彼女の反応がよくて。
片手を背中から服の下へ忍ばせると、直接触れたせいか、彼女が反応した。
もう、確認はしない。
このまま朝までずっと、そばにいてもらう。
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