いよいよ、明日で夏休みも終わる。
……長かったんだけどな。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、気付けばもう今日を残すのみ。
先ほどからテレビをつけたままなのだが、結局、頭にひとつも入ってこず、ただただ『映像と音を流す箱』、でしかなかった。
ソファにもたれながらそれを見ているのだが、今ここに彼女の姿はない。
なんでも、今日は掃除の日とかで朝からあれこれやっているのだ。
朝方はキッチンに立って何かをしており、それが終わったら掃除機をすべての部屋にかけて回っていた。
……で。
現在は、風呂場で掃除をしている模様。
さすがに、見に行ってないからわからないけど。
「…………」
しかし、こー……手持ち無沙汰なんだよな。
今までずっと一緒にいたせいか、明日からの生活が正直考えられない。
ちゃんとした温かいごはんに3食ありつけていてどころか、家事はすべて任せっきりだったし。
家事は、まぁ自分でもこれまでやってきたから、いいんだけど。
だが、何よりも彼女がこの家からいなくなるということが、あまりにも大きすぎて。
今までは、自分ひとりで誰にも縛られることなく自由にしていたので、それがベストだと思っていた。
それが、夏休みにあれこれと世話を焼いてもらって……好きな相手だからこそ、甘えていた部分もあるだろう。
むしろ、彼女にいろいろと言われるのは正直嬉しい部分もあるし。
あれこれ文句を言ってみせて、困った顔を見るのも楽しいワケで………。
「……はぁ」
思わず、ため息が漏れる。
明日からは、学校でしか彼女を見ることができない。
実際にふたりだけで会う機会があるとすれば、週末のみ。
……長いよな。
学校だけでしか彼女を見られないというのが、ものすごく苦痛だ。
また、明日学校に行ったら、純也さんにそれこそ『今にも死にそう』とか言われるんだろうな。
そのことがあまりにも鮮明に想像できてしまい、つい苦笑が漏れた。
「…………」
リモコンを押してあれこれ番組を変えていると、午後のニュースがあった。
チャンネルをそのままにし、ソファへ思いきりもたれてから視線をかろうじて繋ぎとめておく。
……だが。
最近の政治やら事件やらの報道を見ていたら、そういえば彼女がかなりの時間ここへ戻ってきていないのに気付いた。
本当ならば、今日こそそばに置いておきたいのだが……まぁ、仕方ない。
掃除してくれている彼女に、そんなことを言うワケにもいかないし。
そう思い直し、テレビに意識を集中させる。
……天気予報か。
学生のころはよく台風がくると遊べると思っていたものだが、今はそうもいかない。
通うのも車だし。
……あー、車といえばそろそろ洗わないとな。
いい加減、汚れがあちこち目立ってきたし。
今週末あたり、彼女を連れて洗車にでも――……なんて考えていたとき、だった。
「っきゃぁあ!?」
「!?」
いきなりの彼女の悲鳴に、思わず身体が動く。
慌てて風呂場へ駆けつけると、へたんと床に座ってしまっている後ろ姿が見えた。
「どうした!?」
「……う……」
慌てているこちらとは違い、それはそれはゆっくりと彼女が振り返った。
今にも泣きそうな顔。
……あ?
髪が……濡れてる。
で、服も……濡れてるわけで。
瞳を細めてからしゃがみ、彼女の高さに視線を合わせてやると、困ったように眉を寄せた。
「……シャワーが……」
見ると、シャワーヘッドが床にあった。
……ひょっとして、アレか?
だとしたら、なんてお約束な。
「……そのまま、ひねったろ」
「…………ぅ」
気まずそうに視線を逸らしたところを見ると、図星のようだ。
恐らく、そのままの状態でコックをひねったために、固定されてなかったシャワーが暴れた、と。
「で、びしょびしょになったんだ」
「……だって……」
「ったく。何事かと思ったよ」
「私にとっては一大事ですよっ! ……せっかく、着替たのに……」
濡れて肌にへばりついたキャミソールをはがして絞ると、結構な量の水が落ちた。
髪からもしずくが絶えず落ちており、座っていることからして、恐らく全身ずぶ濡れ状態。
……あーあ。
「でもほら、水もしたたるなんとやらって言うだろ?」
「……そんな場合じゃないです」
にやにや笑いながら彼女を見ると、怒ったように軽く睨まれてしまった。
でも、怖くはないんだけどね。
どっちかというと、やはりまずかわいさを見出すし。
「着替え……って言われてもわからないから、とりあえずパジャマでも持ってくるよ」
「……お願いします」
笑って立ち上がってから、寝室に向かう。
――……と。
途中である物が目に入った。
…………うん。
コレはいいかも。
目に留まった、という表現がまさに適切。
違う物を探していたのだが、これだけしっくりくる物を見つけてしまった以上、あとには引けないわけで。
後ろ盾があるのをいいことに、実現してもらおう。
男のロマンってヤツだな。
なんだかんだ言い訳を用意しながらそれを手にすると、彼女の反応が目に浮かんだ。
……ふ。
「…………」
思わずニヤけてしまうのを必死で堪えながら浴室に向かうと、彼女はタオルで髪を拭きながら洗面所に立っていた。
俺に気付いてすぐ、一瞬微笑む。
素直な子だな、ホントに。
我が彼女は、本当によくできた子だ。
「はい」
「ありがとうございます」
手にしたそれを渡すと、無邪気な笑みでうなずいた。
……何も知らずに。
着ようとしたとき、驚くだろうな。
むしろ、一瞬固まるかも。
などと考えながらリビングに戻ると、ほどなくして彼女の叫び声が聞こえた。
続いて、ぱたぱたとスリッパで駆けてくる音。
「なっ……なんですかこれはっ!!」
「……あれ。着ないの?」
「着ないの、じゃないですよ! なんで、エプロンなんですか!」
「いや、着替えだし」
ソファに座っていたら、バスタオルを巻いたまま顔を真っ赤にした彼女が両手でエプロンを握り締めていた。
白い、ひらひらが付いたエプロン。
彼女とは違い、当然ワケがわかっているので、けろっとした顔で肩をすくめる。
だが彼女は、眉を寄せてから首をぶんぶんと振った。
「もぅ! エプロンは、服の上に着るものでしょ!? なのに、どうしてこれだけなんですか!」
「いや、せっかくだし」
「……っ……どう、せっかくなのか、わかりません」
頬を染めて困ったようにエプロンをソファに置くと、彼女はバスタオル1枚で寝室に向かおうとした。
……ったく。
「……だから」
「わぁっ!?」
そんな彼女の後ろに回って抱きしめ、わざと耳元で続けてやる。
「見たいな、って」
「……な……にをですか?」
「裸エプロン」
「はいっ!?」
「だから、裸にエプロンをつけてる羽織ちゃんを見たいんだけど」
「……な……なっ!?」
恐らく、今は真っ赤な顔をして困ったようにしているだろう。
それが想像できるからこそ、つい顔を見たくなるというモノで。
「……ね?」
「っ……」
くるっと簡単に彼女を振り向かせると、やはり赤い顔をして困ったように視線を合わせてきた。
バスタオル1枚という姿もそそられるものの、やはり理想は裸にエプロン1枚なワケで。
「……どうして、裸でエプロンつけるんですか……?」
「いや、だからそれは定番なんだよ」
「何の?」
「んー……なんだろうな。なんか、そそられるって言うか」
顎に手を当てて考えていたら、そんな言葉しか出なかった。
だが、途端彼女は思い切り首を振る。
「やですっ! 先生、絶対えっちな目で見るじゃないですかっ」
「当たり前だろ? それが裸エプロンの醍醐味」
「そんなの知りませんよっ! だいたい、裸でエプロン1枚なんて、そんなの……そんなのって……」
「……そんなのって?」
「っ……」
瞳を細めて意地悪く笑って見せると、何を考えたのかは分からないが、口をつぐんで視線を落としてしまった。
そんな彼女の両頬に手を当てて上を向かせ、にっこりと笑ってやる。
「ペナルティの、ご褒美」
「……え?」
「ペナルティが貯まったから、それを活用しようと思って。ほら、今日で夏休み終わりだし」
「で、でもっ! ペナルティ、まだ3つなんじゃ……」
「まさか。10個越えてるんじゃない?」
「嘘っ!? だ、だって――」
「口に出さなかっただけで、結構あるよ? まず、絵里ちゃんからのAVを最後まで嘘ついたでしょ? んで、泰兄に軽率な言葉を言った、和哉にいろいろやられたのに文句を言わずにかばった、祭りで下駄が擦れて痛いのに素直に言わなかった、真治の言葉を真に受けて俺に何も言わなかった、俺の目の前でアイツに抱きしめられた……あ、そうだ。酒も飲んだよな? 以上、7つとそもそもペナルティを始めたときの3つね」
指折りながら挙げて微笑むと、彼女が驚いたように目を丸くした。
我ながら、よくもまぁスラスラ出たモンだ。
……予行練習が功を奏したな。
保険かけといて、正解だった。
「ち、ちょっと待ってください! だって、それは――」
「ほら、7足す3は10でしょ? それなのに、特別にペナルティ5個分のご褒美1個でいいって言ってるんだよ? 本当だったら、もうひとつご褒美もらえるのに……ねぇ?」
「ね、ねぇじゃないですよ! だって、なんか、こじつけが多いじゃないですか!」
「……あ、そういうこと言うんだ。じゃあ、もう1個もらうよ? ご褒美」
「っ……! そ、それは……やです」
「でしょ? だったら、エプロン着て」
「……うぅ」
にっこり笑って念を押すと、エプロンと俺とを交互に見ながら、困ったように眉尻を下げた。
上目遣いのその表情に、一瞬笑みが浮かびそうになる……が、ここはあえて我慢。
計画を実行するためには、多少の脚色も必要だから。
「……でも、やっぱりやですよぉ」
「あれ、嫌とか言えないってわかってる? そもそも羽織ちゃんに、拒否権はないんだから」
「ど、どうしてですかっ」
「ペナルティだから」
「ぅ」
ペナルティ。
何度も念を押すようにはっきりと強く口にすると、口をつぐんでしまった。
当然表情も弱まり、置いたままのエプロンと俺とを何度も見比べる。
「……どうしても……ですか?」
「うん、ぜひ見たい」
にっこり笑ってうなずき、さらに強調する。
だが、まだ彼女は小さくため息をつきながらも首を横に振った。
んー、意外と頑固だな。
……いや、“意外”でもないか。
彼女が『わかりました。それじゃあ着ます』などとすんなり言うような子じゃないからこそ、落とし甲斐があるってモンでもあるし。
……なんて、彼女には決して言えないセリフだけど。
|