「うわっ、汚ねぇー!」
「まだまだ行きますよー」
「ちょっ、あ!! そりゃねぇよー……」
あれから幾つかの勝負を終えた、ぷよぷよ合戦。
今のところは、俺が勝たせてもらえている。
しかし、久しぶりにしたなぁ。これ。
「……もう1回」
「もちろ――……え?」
うらめしそうにこちらを見て人差し指を立てた彼にうなずくと、大きな声が聞こえた。
無論、あのドアから。
「……なんだ……?」
「あー。また絵里のヤツが何か――」
彼の言う通り、きっとまた何かやらかしたんであろうことは、だいたい想像がつく。
だが、呆れた顔の純也さんがため息をつく前に、すべては明らかになった。
「じゃーん! どうよ、これ? かわいくないー?」
「え、絵里ぃっ! ちょっと、待って!!」
バンっと、大きな音とともにドアが開いた瞬間。
中からは、こちらの予想を遥かに上回るものが出てきた。
……いったい、誰が予想できただろう。
まさか、自分の彼女があんな格好で出てくるなんて。
「ねぇねぇ。どーよ? 先生。羽織かわいいでしょー?」
「……その格好は……」
「え? かわいくない? 嘘だー。かわいいって絶対。間違いない!」
ぐいぐいと羽織ちゃんの背中を押してきた絵里ちゃんを見ていたら、ぽかんと口が開いた。
なんつーか……なんだ? これは。
どこかで見たことのある格好だけに、デジャヴ。
「……なんでそんな服を……」
「え? だってかわいいでしょ? ゴスロリメイド。羽織にはぴったりじゃない? メイドさんって」
そう言われると、確かにそんな気もする。
彼女がこういう『いかにも』っていうくらいのかわいい服を着るのは、似合うな。
しかも、メイド服。
……うわー。ハマりすぎ。
まさか実際に目の当たりにする機会があるとは思わなかっただけに、食い入るように見つめてしまった。
「……つーか、絵里。お前それどうした?」
「ん? へへー、似合うでしょ? 私、こういう服もいいなーって思う」
「……あ」
純也さんに言われて、初めて気が付いた。
彼女も、一応『コスプレ』してたことに。
一見すると、普段の彼女と変わりないようにも思えるその格好。
だが、よくよく考えてみれば彼女はここに私服で来たのだから、有り得ない格好なのだ。
チェックのリボンに、白のワイシャツとVネックのセーター。
そして、短いスカートと、ウチの学校の生徒が穿くことのないルーズソックスといういでたちの――……まさしく“女子高生”な、彼女。
……確かに、似合うかもしれない。
「純也は、懐かしいんじゃない? これ」
「俺は、そんな服に懐かしさを覚えるような暮らししたことねぇよ」
「そーじゃなくて。これ、学園大附属の制服でしょ?」
満足げに、くるんっと回って見せた彼女にため息をついてから、彼が思い出したように小さくうなずいた。
「……そーだな」
「懐かしい? 大学のときの思い出とか、蘇った?」
「だから、俺はその制服に思い出なんてねぇって」
「ふーん。そんなモンなのかしらね」
少し長めのセーターの袖を弄りながら相槌を打つと、再び彼女が羽織ちゃんを向く。
「で? どーよ、祐恭センセ。愛する羽織ちゃんのこんな姿は?」
「……どうって言われても……」
いきなり話を振るのか。
少し焦りつつ出た言葉は、嘘じゃない。
どうだと言われても……だな。
そりゃあ、かわいいと思う。
けど、そんなことをここで口にして、俺にどーしろと……?
そういうモンは、ふたりきりになったとき彼女へ直接言ったほうがいいじゃないか。
「……私は脱ぎたい」
「えー、なんで? かわいいのに」
「……かわいくないよぉ……」
ものすごく困惑した顔のままゆるゆると首を振り、自分の格好を改めて見てから――……俺を見た羽織ちゃん。
その顔は絵里ちゃんとは違って『どう?』などと自慢げに聞いているような雰囲気ではなく、どちらかというと『絵里をどうにかしてほしい』という感じだった。
「でもさー、この制服結構かわいいわよね。ヤバい。ハマっちゃうかもー」
「ハマるな」
楽しそうに制服を見てご機嫌な絵里ちゃんに純也さんが歩み寄ると、目いっぱいため息をついてから、彼女の手を掴んだ。
「ん?」
「お前なぁ……何を満喫してんだよ。えぇ?」
「だって、楽しいじゃない? こういうのって。なんていうんだろ……非日常的って感じ?」
「そりゃそうだ。こんなモンが日常的だったら、困るだろ!」
「そーだけどねぇ」
あー、呆れてる。あの顔は間違いなく。
気持ちテンションも下がってるように見える……って、そりゃそうか。
なんて考えていたら、彼が先ほどまでふたりがいた部屋のドアを指差した。
「……服を持ってこい」
「服? なんで?」
「帰るからに決まってんだろ」
「えー!? なんでよー。めちゃんこ楽しいのに」
「楽しむな! つーか、羽織ちゃんがものすごく困ってるだろ!」
「えー? そぉ? 羽織、かわいいよー?」
「そーじゃないだろが!!」
相変わらず余裕っぷりを発揮する絵里ちゃんと、そんな彼女に困り果てている純也さん。
彼らのやり取りを見ながら羽織ちゃんへ近づくと、彼女も俺に気づいて苦笑を浮かべた。
「ずいぶん、かわいいカッコしたね」
「……私が選んだんじゃないもん」
「そうなの? でも、似合ってるのに変わりないけど」
「……そんな、お世辞はいいです」
「失礼だな。俺はお世辞を言えるほど器用な男じゃないよ?」
「……でも……」
「それを1番知ってるのは、どこの誰だ?」
「…………けど……」
渋い顔を見せた彼女の耳元に、そっと唇を寄せる。
こちらに気づいているのかいないのかわからない絵里ちゃんたちには聞こえないように呟くと、案の定鋭く反応を示した。
……しっかりと、顔を赤くして。
「なっ……!」
「俺は、事実を言ったまで」
「だ、だけどっ! あのときは、先生が着ろって……!」
「着ろ、なんて命令した覚えはないよ?」
「っ……そ……そういうのを屁理屈って言うんですよっ」
「屁理屈? 俺はいつでも正直に言ってるよ?」
「もぅっ!!」
眉を寄せて抗議した彼女に笑みを見せ、いつもの口調でさらりと返す。
いつものことながら、正直に反応してくれる彼女はイイもんだ。
なんてやり取りをしていたら、不意に肩を叩かれた。
「え?」
「じゃ、お先に」
「…………え?」
いつの間に準備を終えさせたのか、苦笑を浮かべた純也さんの隣には荷物を持った絵里ちゃんがいた。
どうやら、こちらがあんなやり取りをしている間に、彼らのほうはカタがついたらしい。
「もし、山中先生たちに会ったら……よろしくね」
「は……。え、ちょっ、純也さん!?」
「じゃ、また学校で」
「あ! ズルいっすよ! 俺にどうしろと!?」
相変わらず、行動が早いというかなんというか。
用意周到。そんな感じもする。
絵里ちゃんの手を掴んだままドアに向かい、余裕の笑みを浮かべる彼。
『イチ抜けた』
そんな顔を見せられ、思わず焦る。
もし山中先生から何かとんでもないことを言われたら、俺たちふたりで……というより、俺だけでなんとかしなくてはならないワケで。
こういうのは、道連れというか連帯責任というかで、せめて最後まで純也さんには関わってもらいたい。
てか、俺だけに押し付けないでくれ!!
「純也さん! ちょっと!」
「じゃ、また!!」
「あ、ちょ!?」
最後の砦とも言うべき、部屋のドア。
が、無情にも目の前で閉じられた。
目に残ったのは、彼の爽やかな悪魔の笑み。
パタン、と小さな音とともに閉められたドアを眺めていると、ぐるぐると様々な考えが頭を巡る。
それは山中先生のことでもあり、今この状況に陥っていることでもあり…………だが、とりあえず。
「……どこに行くのかな?」
「っ……!」
「せっかく着替えたんだろ? そのままでいればいいじゃない」
「……よ……よくないです。それに、これは絵里に強制されたようなもので……」
「理由はなんでもいいんだよ。大事なのは、今」
「っ……」
この隙にとばかりに先ほどの部屋へ行こうとしていた彼女の腕をつかみ、まずはとどまらせる。
理由はなんであれ、今彼女がこの服を着ているのは事実。
「そんな、すぐに服替えたら面白くないだろ?」
彼女に近づき、にっこりと笑みを浮かべてやる。
途端、彼女は困ったような視線を向けた。
こんな服、彼女が着ることなんて滅多にない。
……ということは、俺が目にすることだって皆無なワケで。
もう暫くは、いろいろと楽しませてもらおうじゃないか。
などと考えたところで、俺も山中先生とあんまり変わらないのかも……なんて考えが浮かんだのは、すぐあとのことだった。
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