「……そんなに見られると、困るんだけど」
「え!? べ、別にそういうわけじゃっ……!」
「何? 選びたい?」
「っ! いいですっ!!」
「あ、そう」
俺が、買い物に出ようと思った理由になった物。
それらが並んでいる棚の前で苦笑を見せると、慌てて彼女が首を振った。
……まぁ、どれも一緒なんだろうけど。
というわけで、適当に選択。
「希望があれば、聞くけど?」
「いっ……いじわる……っ。ないもん!」
別に、意地悪してるつもりはないんだが……まぁ、そういうことにしておいてあげよう。
俺としては希望出してもらっても、全然構わないんだけど。
……むしろ、大歓迎。
「じゃ、待ってて」
「お願いします」
一緒に会計を待っててもいいんだけど、彼女は素直にうなずいて離れた。
しかしながら、相変わらず赤い顔のまま。
それが、少しおかしい。
そんなに照れなくてもいいのに。
なんて思うのは、俺だけじゃないはず。……多分。
「お待たせ」
会計を済ませて彼女のそばへ行くと、さっきまでの顔ではなく、至って普通の顔に戻っていた。
ちょっと残念。
「あとは、まだある? 買い物」
「んー……そうですね……。先生、おせちとかって食べます?」
「いや……これまでの正月、そんな物を食べた記憶はないけど」
「じゃあ、食べたい物ってあります?」
「俺に聞く?」
「だ、だからっ!食べ物でっ!」
「何もまだ言ってないんだけどねー」
「っ……! いじわるっ……」
「ん? 何を考えたのか聞きたい?」
「だ、だって! 先生が、そういう顔するから……」
「俺のせいにしない」
「……もぉ」
俺が考えた物を当てるとは、さすがだ。
さっき途中までしか手を出せなかったので、ついそういう顔になってたのかもな。
食べ物で……ねぇ。
んー……、これといって何か食いたい物があるわけじゃないんだけど。
「なんでもいいよ」
「……それって、1番困るんですよ?」
「そう? 俺は別に文句言わないけど」
「それはそうなんですけどね」
結局、食料品は正月らしい物を買わず、いつもと同じような顔ぶれが揃った。
やっぱ、店が元旦から開いてると、どうも正月らしさが薄れるよな。
ま、便利っちゃ便利だけど。
「……わぁ。結構積もりましたね」
「だね」
駐車場へ向かうにつれて徐々にはっきりとしてくる景色に、彼女が声を上げた。
あたり一面真っ白な、屋外駐車場。
どの車にも雪が積もっており、ここだけが正月らしく仕立てられている。
「今夜は大雪かもね」
「雪だるま作れるかもしれませんね」
「……そんなに積もったら、困る」
「えー? 楽しいですよ、きっと」
「家に缶詰になっても?」
「それでも、楽しいですってば」
まぁ、彼女がいれば楽しいだろうとは思うけど。
しかし、まさか年の瀬にこれだけの雪が降るとは。
荷物を車に積み込んでいる間にも、服にはそれなりに雪がついた。
それらを軽く払ってから車に乗り、とっととエンジンをかける。
指先も足先も、かなり冷たい。
これじゃ、家に帰ったら風呂に入るのが1番かもしれない。
……まぁ、それを彼女が許してくれるとは思わないけど。
「じゃ、帰るか」
「お願いします」
雪で通行止め、なんてことにはならないと思うが、これは寄り道しないほうがよさそうだ。
エンジンが少し温まったところでギアを入れ、とっとと家へ帰るべくアクセルを踏み込む。
「……混んでるな」
「ですね」
駐車場から道へ出るまでの間に、何台もの車が列をなしていた。
テールランプの赤がやけに目に付き、なんともこう……。
「……めんどくさ」
思わず、ため息が漏れる。
……まぁ、平らだから多くは言わないけど。
これが上り坂とかだったら、渋滞がなくなるまで帰りたくない気分になってたはずだ。
「…………」
ふと彼女を見ると、フロントガラスに降り積もってくる雪をまじまじと見つめていた。
じぃーっと雪を見つめては、ときおりなんとも残念そうな表情を見せる。
……面白いな。
独り百面相をしてくれてるみたいで、つい笑みが浮かんだ。
「……あ」
「ん? いいよ、続けて」
「……いいですよぉ」
「なんで。……面白かったけど?」
「もぅ! 楽しまないでください!」
こちらに気付いた彼女へ口元だけで笑みを見せると、眉を寄せてから腕に軽く触れた。
……あー。
考えようによっては、この渋滞はまぁ楽しいものに変わるかもしれない。
こうして車の中で彼女とじゃれるのも、悪くないか。
……俺って、やっぱり単純。
「せっかく雪の結晶が見えるのに……溶けちゃうんだもん」
「それはしょうがない。ガラス、あったかいし」
「……なんか、すごくもったいない気分」
再びフロントガラスに手を当てた彼女から視線を戻し、動き出した車列へと向ける。
のろのろ走るのはやっぱり面倒。
……だけど、こうして過ごす時間を思えば、まぁ、いいだろう。
「じゃあ、今度作ってあげるよ」
「……え……?」
「雪の結晶」
再び止まった所でギアを戻し、彼女を見る。
だが、どうやら俺が言った言葉を理解できてないらしい。
……残念。
まぁ、化学苦手だしな……ってことにしておいてあげよう。
「作れるんだよ? アレ」
「えっ、そう……なんですか?」
「うん」
瞳を丸くしてから、きらきらと嬉しそうな色を見せる彼女に、自然と顔がほころんだ。
「……え?」
「羽織ちゃんらしいな」
髪に触れると同時に、やっぱり笑みが漏れる。
まさか、これほどまでに喜んでくれるとは思わなかったので、正直驚いた。
……でも、やっぱり彼女らしいといえば彼女らしくて。
彼女は俺にとって特別な子だと改めて認識させられた。
「……えへへ」
「ん?」
彼女から視線を戻して前の車を見ていると、不意に嬉しそうな声が聞こえた。
それで向かうのは、彼女――……の手元。
「こうしてると、なんか……自分が運転するみたい」
「……してみる?」
「え……?」
「いいよ? ギア入れてくれて」
手のひらをギアに乗せて感触を確かめるようにしていた彼女に笑うと、瞳を丸くした。
『本気?』
そんなふうに、瞳が語っている。
「ほら。動くよ」
「え!? あ、せ、先生っ……!」
「ほら。ちゃんと入れて」
「む……無理っ……!」
ゆるゆると車が動き出すのを見てから彼女を見ると、ぶんぶん首を振って心底困ったような顔だった。
……もう少し焦らしてもいいんだけど。
「……あ……」
「しょうがないな。……それじゃ、君はコレで我慢ね」
彼女の手に左手を重ね、ギアを入れる。
いつもと違う感触ながらも、しっかりと伝わってくる感覚。
「……わぁ」
「どう? 少しは、運転気分味わえた?」
「うんっ…! すごい……なんか、すごいですね」
「はは」
まじまじとギアを見つめてから俺に笑顔をくれた彼女を見たら、あまりにもあどけない顔でつい笑いが出た。
いや、別に悪い意味じゃない。
なんか、こう……まるで、初めて車に乗ったみたいな顔だったから。
……小さい子も、こんな顔するんだろうな。
見るからに『わくわく』してるのが伝わってきて、嬉しい。
「……じゃ。このまま帰るか」
「え? いいんですか?」
「うん。……ギアが入る瞬間、結構嬉しいだろ?」
「嬉しいっ!」
彼女がそんな顔をしてくれたお陰か、徐々に車が流れ始めた。
この分ならば、退屈も眠気も縁遠くなりそうだ。
ギアをセカンドへ入れると同時に声をあげた彼女に小さく笑いながら、一路我が家へと向かうことにした。
家に帰るまでに、予想以上の時間を食った。
雪でスピード規制がかかっているワケじゃないが、誰だってこれだけ雪が積もっていれば自然とスピードが出せなくなる。
おかげで、家まで帰るのに1時間弱を要するハメになった。
……ていうか、かかりすぎだろ。これは。
「楽しかった?」
「とっても!」
「それはよかった」
だけど、彼女がいてくれたお陰で、まったく退屈なんかじゃなくて。
むしろ、あれこれと沢山の感想をくれた彼女には、感謝している。
……楽しかったな。ホントに。
たまには、ああして運転するのもいいかもしれない。
「……うわぁ、外……寒い」
ようやく着いた駐車場から降りると、彼女が言う通りかなり温度に差があった。
これまで温かかった車内にいたお陰でしっかりと身体は温まっているのだが、家もここ同様に暖まってはいない。
……こんな事なら、暖房付けっぱなしにすればよかった。
まぁ、今さら後悔しても遅いんだけど。
「……うぅ……寒いっ……」
「雪合戦したいって言ってたの、誰だっけ?」
「あ、あれは……だって、寒いんだもん」
「ったく。若いくせに」
「先生も若いのっ!」
「俺より若いだろ?」
「年齢は関係ないですよぉ……」
「まぁね」
エレベーターに乗り込んでボタンを押しながら、そんな会話が進む。
まぁ確かにこの雪の中元気なのは、動物と、遊ぶ元気のある子供たちくらいだろうな。
外とは違って若干暖房が効いている建物内は、結構有難い。
……家は寒くなってるだろうけど。
鍵を開けて、玄関へ。
すると、案の定しっかりと冷たい空気に出迎えられた。
……寒い。
とっとと暖房入れて、暖まるに限るな。
「結構、荷物増えましたね」
「だね」
それほど買ったつもりはなかったのだが、こうして目の当たりにすると量があった。
なんとか1度で車から運んでこれたのが、せめてもの救い。
この寒い日にもう1度あそこへ戻るなんて、絶対に御免だ。
「……あれ?」
ぱちん、と小さな音とともにリビングの明かりを付けたとき。
ついそんな言葉が口から出た。
「そういえば……片付けの途中でしたっけ」
「忘れてた」
出かける前、適当に物を戻した棚。
ほかがきれいに整頓されているからこそ、やけに目に付く。
……片付け直すか。
小さくため息をついてそんなことを考えると、彼女が荷物を降ろしてから苦笑を浮かべた。
「先に、そっちですね」
「……やるか」
彼女が手伝ってくれるなら、まぁ、すぐに終わるだろ。
どうやら、俺の中の大掃除はまだまだ終わりを告げてくれそうにはないようだ。
「……さて。どこからやるかな」
買ってきた物の整頓は彼女に任せて、ひとり作業を始める。
「いろいろ入ってるな……」
我ながら、ちょっと呆れた。
なくなったと思っていた資料や、読みかけだった雑誌。
はたまた、どういう入手経路なんだかわからないような物まで。
……んー……。
「何入ってんだろ……」
何も書かれていないケースに入っている、CD−R。
パソコンで確認しなければわからないのは承知しているのだが、ついケースから取り出してディスクを見てしまうのは、俺のクセかもしれない。
「……ん?」
「え!? あ、ううんっ。なんでもないです」
買った物を片付けてから隣に座った彼女に視線を向けると、慌てたように笑みを浮かべた。
「どうした? そんな顔して」
「ど……どうもしませんよ?」
「いやいや、明らかに動揺してるだろ」
「してませんっ」
あからさまに手と首を振っている彼女が、動揺してないワケがない。
これは、彼女が何か隠しごとをしているときのクセ。
とはいえ、何を隠しているかまではわからないのが難点だが。
「んー?」
「な……なんですか?」
「いや。何を一生懸命隠してるのかなーと思って」
「隠してませんよ!」
「そう?」
「そうです」
彼女が何かを隠しているのは、一目瞭然。
……ここに来て態度が変わったんだから、多分この辺に何かあるんだろうけど……。
そう思ってあたりを見回すが、これといって不審物は見つからなかった。
あ、いや。待てよ。
多分、俺にとっては普通なんだけど、彼女にとってはそうじゃない物……か?
そうなると、余計見つからなくなるな。
などと顎に手を当ててあれこれ見ながら考えていると、彼女が眉を寄せているのが目に入った。
その視線の先を、そっと辿ってみる。
――……なるほど。
ようやく、わかった。
彼女が何を見て態度を変えたのか、が。
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