「いよいよ開校して1週間が経ちました。みなさん、いいですか? この学校に必要なのは、世間への影響力ではありません。一歩一歩確実な学力と健全な精神です。よってくれぐれも、風紀乱れる学校にはならないよう、職員一同規律した学校生活をさらに営んでまいりましょう」
 朝から、やたらと真面目風の熱弁をふるった校長はさておき。
 ……いや、実際『風』と言わずしてなんと言う。
 あんなもの、小難しいような言葉を並べ立てようと必死になってるだけじゃないのか。
 髪に白いものが混じり始めた校長という名のこの学校の管理者は、隣に立つやたら胸が強調された服の女性に汗をふいてもらっていた。
 なんでも、あの女性……いや、伽月るーこという校長秘書――もとい養護教諭は、校長の一等のお気に入りだそうで。
 毎日着てくる服は、校長の趣味がありありと反映されていた。
 今も、あえて校長が彼女の足元へ落とした書類を、わざわざ腰を落とさずに拾うよう命令されている。
 ぎりぎり、短いスカートから下着が見えるか見えないか……なんてどぎまぎしているのは、どうやら校長だけではなく、複数の男性職員が視線のみを向けていた。
 ていうか、あれってどう考えてもあのふたりの関係がバッチリわかるじゃないか。
 風紀うんうんの前に、お前が自律しろと強く思う。
「……伽月先生と校長ってさ、どう考えてもデキてるよな」
「純也さん、それ今さらじゃないすか?」
「あれ。そう?」
「てか、どう考えても校長の性癖もとい趣味反映しすぎだし、むしろアピールでしょ。つか、おとといもあのふたりが揃って保健室へ消えたって話、ひょっとして聞いてないすか?」
 一応、朝礼という名の朝の行事はまだ終わってはいないのだが、ぼそぼそとすぐ後ろでふたりの話し声が聞こえた。
 無論振り返ることはせず、ああだこうだと例の伽月先生に話を咲かせているのを2割方スルー。
 いや、別にいいだろ。
 実はあの下、今週いっぱいは何も履かないルールらしいぜ、とかどうでもいい情報は。
 とは思いつつも、ああそういう噂が立っているから、やたら視線を向ける男性が多いのかと納得もした。
「あ。優人お前さー、コレ俺に預けたの忘れたろ。てか、よく起きたな。それって若さ?」
「いや、それは鷹塚さんもでしょ。つか、アレっすよ。あのあと俺、店長にすっげぇ怒られて大変だったんすから」
「ぶっは。なんで?」
「いやほら、野球中継観ててビール賭けたじゃないすか。したら、トイレつって帰っちゃうとかナシじゃね?」
「あー、わりわり。なんかもういいかなと思って」
「ぜんっぜんよくねーけど、それある意味正解」
 小声なのにこれほどよく内容がわかる声なのも、ある意味すごい。
 教科も出身もついでに言えば年齢も全然違うのに、やたらくっついているのを見かける、優人と鷹塚先生ペア。
 今日だけに限ったことではないが、このふたりほぼほぼ毎日のようにメシを食べているんじゃなかろうか。
 直接聞いたことは一度もないが、耳に入る程度の雑談から推測できるってことは、よっぽどの頻度だとしか思えない。
 ウマが合うのか、それとも思考や価値観が似てるのかはわからないが、この間も休みの日だったにもかかわらず一緒に昼から飲んでいたらしく、なぜか俺まで誘われたのは記憶に新しい。
「あ。リーチ、お前なんで来なかったんだよ。散々誘ってやったのに」
「……行くわけがないだろう。だいたい、何時だったと思っているんだ? とっくに寝ていた」
「ぶ! 冗談だろ? まだ0時前だぜ?」
「月曜の0時は、寝ていてもいい時間じゃないのか?」
 ほとんど口を動かさずに答えたのは、英語科の高鷲先生。
 どうやら鷹塚先生と昔から親交があるらしく、厳しい口調で対応していることが多い。
 が、仲はいいんだろう。
 勝手にだが、俺と孝之みたいなモンなんじゃないかと推測する。
 というか、さっきの飲みの話は今朝方のことだったのか。
 そりゃ確かに“よく起きた”だと思う。
 高鷲先生には申し訳ないが、今回誘われなくて助かった。
「えー、それではみなさん。今週も張りきってスタートしましょう!」
 急に声を張り上げた校長が、ひとりで“えいえいおー”を見せた。
 続く職員は――唯一ひとりだけ。
 伽月先生だけが、短いスカートを片手で押さえながら、校長を上目遣いで見つつ器用にもう片手を挙げていた。


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