寝覚めは決してすっきりしたものではなかった。俺、瀬尋祐恭は無意識に隣の温もりを探し、
「ん……うーん??」
 ベッドの冷たさに、ようやく眠りの縁から這い上がる。カーテンを開けると強めの光。
 照らし出された時計の針は正午を少し回っていた。
 ……ああ、そうか。
 昨日は締め切り間近の論文に煮詰まって、結局明け方近くまでかかったんだっけ。
 今日が日曜で良かったよ。 ……ん? 日曜、休日……。
「うわ……」
 そこでようやく彼女がいる現実に思い当たる。
 俺はバツの悪さを感じつつ部屋を出た。
 リビングのTVからは昼の情報バラエティが流れていた。
 彼女、瀬名羽織はそれをBGM代わりに窓際の日なたで洗濯物を畳んでいた。
「おそよ、羽織ちゃん」
「あ、おはようございます。先生。今、ご飯の支度――」
「そのままでいいよ。自分でやるからさ」
 立ち上がろうとする彼女を手で制し、俺はキッチンへ。
 と言っても、やった事と言えば、ちゃんと用意してくれていたサンドイッチの皿を取り、冷蔵庫から紅茶のペットボトルを出しただけだったりする。
 ……トマトサンドはないよな。
 目でざっと確認してからリビングへ。座ってとりあえず一切れ、タマゴサンドをほおばる。
 改めてTVの時刻表示を確認。
 はぁ……。
「ごめんね、羽織ちゃん。せっかくの休日なのに、寝過ごしちゃって……。なんなら起こしてくれても」
「ううん、先生よく眠っていたから。それに昨日は夜遅くまでお仕事していたんでしょ?
 なら疲れていたんだもん、仕方ないですよ」
「でも、だからって彼女ほっぽらかして昼まで――」
 この時間からでは、せいぜい近所のモールくらいしか足を伸ばせず。あそこも今さらな感があるし、第一近所ゆえ、学校関係の知り合いとの接触が気になって恋人気分にはひたれない。
 周囲の目を気にしない場所には、やはりそれなりの時間がかかるし、行って帰ってではさすがに。
「もう、気にしすぎですってば。休日なんですから、今日は家でのんびりとする日、ね?」
 ふわりと微笑まれると何も言えなくなってしまう。
 うう……我が彼女、女子高生ながらなんて出来た娘だ。
 だからこそ休日くらいは喜ばせてあげたかったのだが……それにしても。
「このサンドイッチ、うまいよね。羽織ちゃんの手作りでしょ?」
「タマゴサンドは自信作。本当はBLTベーコンレタストマトサンドも得意なんだけど」
「トマトは却下」
 即答したら苦笑された。

 食後の一時。TVそっちのけで、視線は自然と彼女へ向かう。
 洗濯物を畳む姿は自分の部屋の雰囲気に完全に融和していた。
 主婦業が板に付いているからか、様になる……主婦、奥さんか。
 女子高生、幼妻……う〜ん、響きがやらしい。
 俺のそんなおバカな考え、知ってか知らずか、羽織がおくれ毛をかき上げる。
 透き通るような白いうなじ。部屋は床暖房だから、彼女の部屋着も薄くなる。
 桜色のサマーセーターにミニスカート、今日はニーソックスを合わせていた。
 ソックスとスカートの間から覗くやわらかそうなふとももに見とれている内に、俺はずりずりとソファーからずり落ちた。
 気にせず、ずりずりと彼女の元までほふく前進。
「ひあっ!?」
「あ〜、最高」
 俺は頬全体で彼女の膝枕の感触を楽しんだ。
「あの……洗濯物畳めないんですけど」
「気にしないで。ゴロゴロしてるだけですから」
「……子供みたい」
 羽織の指が俺の髪をく。
 彼女の髪をこうするとうっとりと目を細めるけど、なるほどやられてみるとなかなか気持ちがよい。
「あ。先生ちょっといいですか?」
 彼女の上体が動く。TVを消し、返す手で取ったのは、耳かき。
「先生、もしかして他人に耳掃除やられるとぶすって刺されそうで怖いって人ですか?」
「まさか。膝枕で耳かきなんて男の夢じゃない、お願いできる?」
「くすっ、はーい」
 しばらく静寂の室内。
「どお、たまってる?」
「そうでも……あ、大きめの発見」
 カリカリ……カリカリ……。
 仕上げに綿毛の部分でさっさっと払う。
「じゃあ、反対側でーす」
「……ういっす」
 日差しは穏やか。腹八分目。彼女の鼻歌。
 全てが相まって、俺を再び睡魔が襲う。
 うあー、だめだ。気持ちよすぎ……。
「はい、先生。終わりましたよ」
「……」
「先生? 寝ちゃったんですか?」
「……くー……すー……次の日曜……今度こそ……お出かけ――」
 寝息に交じる言葉。
 羽織は優しい笑みで愛しい人の頭をなでてやる。
「祐恭さん。私はどこにもいけなくっても、何も貰わなくてもいいの。
 ただあなたとこうして一緒にいられるだけで……私は幸せなんだよ」
 唇に感じたやわらかな感触は、夢か現実か。

 二度目の目覚めはすっきりとしたものだった。
 やはり枕がいいと眠りの質も変わるのは本当のようだ。
 窓から見える茜色の空が夕暮れ時と教えてくれる。
 視線だけで見上げれば、船をこいで眠る羽織。
 ずっと膝枕してくれてたんだなぁ……。
 しげしげと寝顔を見ていると、彼女が起きる。
「おはよ、羽織ちゃん」
「ふぁ……あい。おはようございますぅ」
 俺は立ち上がって、大きく伸び。
 と、彼女の様子がおかしい。続いて立とうとしていたはずが、前にくずおれていた。
「どうしたの?」
「はう……あ、足がしびれちゃって――っ!?」
 慌てて口をつぐんだようだがもう手遅れ。
「へぇぇ。足が、ねぇ〜」
「やだ……先生……やめ、てぇ」
 俺の表情の変化を敏感に見抜き、彼女が後ずさる。だがそこは窓際、すぐに行き止まる。
「どこへ行くのかなぁ、羽織ちゃん」
「やーっ!!」
 ひょい。
 身を固くした彼女を横抱きに抱え、ソファーの上にそっと降ろす。
「あ、あれ?」
「キミ。俺が良からぬ事をすると思ったんでしょ?」
「う……」
「こんな風に?」
「〜〜〜っ!!」
 足先をつついてやると、案の定、身悶えた。しびれのため、声にならない分、瞳で激しく抗議される。
 それを笑っていなしつつ、電話口に立つ。
「そんな羽織ちゃんはゆっくりと座ってなさい」
「でも、夕御飯の支度が」
「今夜は出前を取りましょ。好きなもの頼んでいいよ」
「えっ。じゃあ……お寿司」
「はいはい。俺の分のボタンエビもあげるからね」
「わぁい」

 何でもない日常を重ね、かけがえのない明日を紡いでいく。
 あの夏、キミと出会って、世界が変わった。
 俺は自分よりも大切なものがあると気づかされた。
 そこからは新しい発見の連続。感謝してもしたり無いくらいいろいろなものをもらった。
 だからこそ、キミを悲しませる事はしたくない。
 その笑顔をずっと守っていきたいと、今、強く思う。

「………羽織ちゃん、幸せ?」
「はいっ」
「むう。口元にお弁当つけて言われても、説得力が」
「ええっ、どこですか?」
「待って。今取ってあげるから――」

 甘酸っぱいキスの味は、たぶん酢飯だけのせいじゃないはずだ。


早馬師匠に頂いた、羽織と祐恭のらぶ話。
むはぁ。
祐恭せんせ、足突くなよ!!
でも、私もそうやると思う!!しびれてる人見たら、笑顔で!!(笑
それにしても、祐恭と羽織のある休みの日が凄く細かく書かれていて、
非常に嬉しいです!!萌え!!!
やっぱり、萌えと言ったら膝枕で耳掃除ですよねー。
私は自分じゃないと恐いんですが(笑
笑えるポイントと「んもうっ」と照れるポイントが絶妙で、
やっぱり師匠には敵いません!!
うちの二人を素敵に書いてくださって、ありがとうございました!!

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