「おお」
呟きは自然と漏れた。
ステージ上一杯に広がる大御所歌手の衣装――衣装だよな?
あそこまでいくと、『衣装』より『装甲』とか『外装』とかの呼び名が適当かもしれないが。
じきに屋内じゃ入りきらなくなって野外で中継とかになるのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
……うんうん。やっぱ大晦日は国営の歌番組見て過ごすのが正しい日本人の図だよな。
リビングのこたつに陣取って孝之は満足げに頷く。
瀬那家のここは今まさに彼の城だ。
両親は町内の寄り合いという名の年忘れ忘年会。羽織は……まぁこれは言わずもがな。
したがって彼は誰にはばかることなく、この至福なひと時を満喫できるわけだ。
すっかり夕食も腹にこなれて、いい気分。あともう少ししたら行く年来る年見ながら――
「ね、たーくん」
年越しそばを食べて、初夢を見に、床につく――
「たーくんってば!」
「……ああ、お前がいたな」
年越しの計画設計を中断して、彼が意識を戻すと、そこには葉月の姿。
こいつがいるからこそ両親も羽織も安心して出かけていけるそうで、まったく失礼な奴らだ。
「なにブツブツいってるの?」
「気にすんな。で、なんか用か? TV見たいなら変えてもいいぜ」
大御所の衣装対決というクライマックスはもう見終えたしな。
「そうじゃなくて。あ、TV見てないならちょうどいいや。外、行かない?」
「んだよ、パシリかよ。何が欲しいんだ、アイスかジュースか?」
ついでにビールとつまみを調達してこよう。
瞬時に打算を働かせつつも、孝之はいやいやなそぶりで立ち上がろうとする。
「違うよ。除夜の鐘、聞きに行こ」
「……」
「あれ。立つんじゃなかったの?」
「あー、忙しい忙しい」
「TV見てるだけでしょ!」
「馬鹿者。こうしている間にも国営放送の視聴率アップに多大な貢献をだな」
「してません。ねー、いいじゃん、行こ」
「やだ、寒い」
ならば。と、きっぱり即答してやる。
「除夜の鐘なんてここでも聞けるだろ? 行く年来る年で」
「そんなテレビのじゃ全然御利益ないよ。せっかく近くにお寺があるんだからさ」
近くって徒歩20分はかかるぞ。あそこら路地狭いから車出せないし。
この寒い中を延々歩くのか。ただ鐘の音聞くために?
「ありえん」
まったくもってナンセンスだ。第一こんな時だけ日本文化を尊重しやがるとはけしからん。ここは断固拒否の姿勢を持って戦うべきだろう。
決意も新たにこたつに丸くなる孝之。葉月はなおもしつこく勧誘を続けてくる。
「いこうよ〜、境内ではあったかい甘酒のサービスもあるんだよ?」
「熱燗なら家でも飲める」
「巫女さんもいるかも、だよ?」
「あの寺には男の住職しか……それに巫女は神社だろ、って、オイ。人にヘンな趣味を押し付けるな」
「嫌いなの? 巫女さん」
「いや、好き嫌いの問題でなく、ああいうのは着ている人によって――だああ、どうでもいいんだよ、そんなこと!」
たまらずこたつの中にまで緊急避難。これでは相手も呆れたため息をつくしかなくなる。
「はぁ……行きたかったな……」
大人しくなると途端に罪悪感が押し寄せてくる。
……くそ。何だよ、この空気は。これじゃ俺がダタこねてるみたいじゃないか。
いや、まぁ、そうかもしれんが。俺が一方的に悪いってわけじゃないだろ、この場合。
……たぶん。
「なんでそんなに除夜の鐘にこだわるんだよ。神社仏閣マニアか、お前は」
「もぅ、それこそヘンな趣味押し付けだよ。
……ただ、ね。今年の終わりと来年の始まりをたーくんと二人っきりで過ごしたいなって」
「……」
『ここでも一緒に過ごせるだろ』
その言葉を言うほど孝之も野暮でもなかった。
まったく。俺も厄介な奴を――祐恭のことをぜんぜん笑えんな。
こたつから這い出し、リビングを出る。二階へ向かっていた。
無言で見送っていた葉月に声をかけてやる。
「なにやってんだ。外は極寒だぞ。葉月も出来るだけ厚着して支度しろよ」
「あ……うん!」
月明かりの裏路地を並んで歩く。
風通しのいい大通りを避けてはみたが、寒いものはやはり寒かった。
「うぉ〜、やべー、さみー……やっぱ帰ろうかな」
「もぉ、いい大人がだらしないなぁ」
「うっせー、『子供は風の子、大人は火の子』っていうくらいだから、風に弱いんだ」
「火って風吹いたらさらに燃え上がると思うんだけど?」
……くっ、ああいえばこういう……。
さらに言葉を続けようとした孝之の片腕が柔らかな温もりに包まれる。
「こうすれば、あったかいでしょ?」
「……」
ばふっ。
「きゃっ」
孝之はベンチコートの裾を翻すと葉月をその中に収める。フリーサイズだからこのくらいの芸当は出来る。
「うむ。このくらいが適温だ」
「……えっと、その、あ、歩きにくいよ?」
構うことはない、どうせ急ぐ道でもないのだから。
すぐ横でまだもごもごいっている彼女は敢えて無視しておいた。
たっぷり30分はかけて歩いてくると、目的地の寺が近づいていた。
二人と同じ目的の人々の姿が徐々に多くなっていく。
物好きって奴はけっこういるようだ。
「……」
ふと。
そう、これはなんとなく。気まぐれ。思いつき。
彼の足は寺へ向かう道から外れ、坂を上り始めた。
「あ、あれ、たーくん。そっち道が違うよ」
「知ってる」
大体ここらは庭みたいなものだ。どこに何があるのかは彼女より知っている。
坂の頂上には小さな公園。
公園といっても小さな砂場とブランコがあるくらい、広場といった方が適切か。
たどり着いたところで、葉月の奴を解放すると案の定。
「もー、除夜の鐘は?」
「今に分か――」
ごぉーん。
迫力の音叉が語尾をかき消して吹き抜ける。
「!」
「ここは寺と高さがほぼおんなじなんだよ。人の喧騒がない分、響きがいいんじゃないか?」
こくこくっ、と目を輝かせる彼女。
いや、そこまで感動しなくても……ま、いいけど。
孝之は鐘自体にさほど興味もない。近くのブランコに腰を下ろした。
ぎぃこぎぃこ……。
大丈夫か、コレ……揺すったら壊れるんじゃ。
と。
さらに年季物の遊具に荷重が掛かる。
「……なんのつもりだ」
「えへへ、だって寒いから」
「ったく」
そういいつつも、膝の上の彼女を退けることはない。
ごぉーん。
二人の一年がゆっくりと終わろうとしていた。
いろんな意味でめまぐるしい変化があった一年。
時の流れは速いというが、いつかこの瞬間を懐かしむ日が来るのだろうか――。
物思いに沈んでいる間に鐘も聞こえなくなっていた。年が変わったようだ。
見下ろすと見上げる目。
微笑んで、葉月は瞳を閉じる。
「……」
ま、未来なんてものは考えても分からんわな。
今は出来ることを全力でしよう。
つまり――。
「今年もひとつよろしく」
「ん♪」
早馬師匠に頂いた、毎年恒例(?)の年末年始SSですよ奥さん!
ちょっとーー!!!!
たーくん、あなたやっぱり葉月にはからっきしなのね!(*´▽`*)
非常に、このSSのシーンがずばずばずばぁっと頭に浮かんで、
とってもとっても嬉しかったです。
というか、一人でにやにやしてました(笑
うほほーいv
毎度毎度、相変わらず面白い話だ。
というか、やっぱりイイんですよ。
物凄く楽しい。そして笑える(笑
素敵なというか・・・うへへ。
ワタシ的に素敵なお話、ありがとうございますv
ささくれ立った心も、瞬時に丸く!!
そんな、温まるお話でした。
・・・って、まとめ方が私らしくないのは気のせいです(笑
本当にありがとうございました!!
びばーーーー!!!!!
|