「………どっちがいーんだ…?」
思わずしゃがみ込んだままで、目の前の缶を眺めつつも――…やっぱり答えは簡単に出てこなかった。
つーか、見た目一緒だし。
内容も一緒だし。
なのに、何でこんだけ金額に差が出てんだ?
「…何が違うんだっつーの」
頬杖をつき、缶を見比べる。
だけどやっぱり、同じ点ばかり目に付いて、全く分からん。
成分が一緒なのに、なんだ?この1500円もの開きは。
……見比べる事、はや数分。
ここはやっぱり、ちゃんとした店員という存在に聞いてみた方が正解かもな。
――…なんてため息をついてから、立ち上がった時。
すぐ隣から、声が聞こえた。

「ブランド」

「…は?」
「だから、ブランドだって。ネームブランドってヤツ」
通路の入り口を塞ぐかのように立っていた人物。
それは紛れも無く、知ってる顔っちゃあ顔の祐恭だった。
…しかもなんか、ニヤついてるし。
「…なんなんだよお前は」
「何って酷いな。折角、違いをアドバイスしてやったのに」
「別にいらねーし」
「そうは言っても、もう聞いちゃっただろ?」
「………ち」
普段はそうでもないクセに、なんでこういう時だけ物凄く得意げになるんだコイツは。
まるで『恩1つ売った』とでも言わんばかりで、眉も寄る。
…まぁいい。
覚えてない事にしよう。
「で?」
「何だ、『で』って」
「いや。今日は一人なのかなーと思って」
言われるままのような気がして釈然としないものの、オイルの缶を選んでから立ち上がるとすぐに祐恭が楽しそうに笑った。
…楽しそうにっつーか、含み笑いっつーか…。
「……あのさ」
「ん?」
「お前、何期待してるわけ?」
「いや別に」
「別にって顔じゃねーだろ」
肩をすくめて見せながらも、当然顔は笑ってるわけで。
いい気がしないのは、まぁ、最初から。
……つーか。
「そもそも、なんでお前がここに居るんだよ」
「なんでって……たまたま」
「…なんだ、その曖昧な答えは」
「いや、だってそーだし」
あっさりと返ってきた答えは、全く俺が期待していたような物を1つも含んじゃいなかった。
買い物なんだろうとは、まぁ、予想ぐらいつく。
ここはお決まりのカーショップで、見ての通りずらりと車に関する品物が売られているんだから。
……あー、それだけじゃないか。
ちょっと探せば、バイク系のヤツとか売られてるかも。
でも、ここに居る以上は『買い物』である事は恐らく100パー間違いない。
だが…。
「………」
「…?何だよ」
「いや、そーゆーお前こそ一人なのかなーって」
きょろきょろと辺りを見回してみても、特に目に付くような人影は無い。
…確か…。
この前は、割と大人しそうな子連れてたよな。
羽織ちゃん、とか言ったか。
コイツにしては――…こう言っちゃなんだが、少しだけあどけないと言うか、純情そうっつーか…なんか、ホントの『女の子』って感じにしか表現出来ないような子を連れてたっけ。
コイツと知り合って、あれこれ話をするようになって、少しずつ分かってきた事は当然多い。
だが、その中でも当然一番話題に上るのは車の事で、あまりどころか殆ど自分のプライベートの事なんて話したりしなかった。
それは俺も同じなんだけど。
…だから、この前あの子と一緒にいた祐恭を見た時は、正直言って驚いた。
彼女くらい居るだろうとは思っていたが、まさかあんなに年下とは。
かつ、あんな……従順そうな子だとは。
話し方とか聞いていても、ふっつーの女子高生だし、特に目立ったような所も無い。
俺と普段話している時のヤツから想像した『祐恭の彼女像』はもっと大人の女!って自己主張オーラ出まくりのイケイケねーちゃんかと思ってたから、あまりの違いに我ながら目を疑ったもんだ。
……って、ちょっと古いな。
いや、でもあながち間違っちゃいねーだろ。
『イケイケ』なんて死語がばちっと来そうなケバいのを想像しちゃったんだから。
こう…真っ赤な口紅と真っ赤なマニキュアとかで。
ほら、丁度いいだろ?
コイツの乗ってる、あの赤い車と同じで。
「…京介」
「……あ?」
いつの間にそうしていたのか、気づくと顎に手を当てたまま足が止まっていた。
…しかも、目の前に居る祐恭の視線。
それは物凄く迷惑そうで、どうやら俺はまじまじとコイツを見つめたまま考え込んでいたらしい。
………。
…まぁ、あれだ。
どんな事を考えようと、どんな言葉を並べてみようと、結局俺とコイツは同じ穴のムジナってヤツなんだけど。
「…彼女」
「は?」
「っつーか……ペットなら、同伴だけど?」
俺はな、と続けて笑うと、一瞬瞳を丸くしてから同じように小さく笑った。
「俺は違う」
「…ったりめーだろ。お前、あの子の事すげぇ大事にしてるみてぇじゃねぇか」
にやっとした、なんともヤラシイ笑み。
これって、やっぱりコイツの癖だったりするんじゃないのか?
「俺は、彼女しか同伴しないって決めてるし」
「……だから。お前、くせーよ」
「るさいな…」
言ってからバツの悪い顔をするのは、どーかと。
『言わなきゃ良かった』みたいに小さく舌打ちしてからふいっと視線を逸らすのを見て、思わず悪戯心がにょきにょきと芽を出し――…かけた時。
それはまるで図っていたかのようなタイミングで、店内に響き渡った。

「っひゃわぁああぁああ!?」

悲鳴と言うよりも、動揺とか混乱とか。
多分、そっちの方の感情が込められてると思う。
「……なんだ…?」
眉をひそめて物凄く怪訝そうに辺りを見回す祐恭の隣で、困った様子などおくびも出さずにため息をつく。
分かってる。
あーあー、わーってるっつーの。
つーか、アレだろ。
どうせまた何か新しい発見でもしたとか、はたまた余りにも自分とフィーリングが合う物と巡り合っちゃったとか、そんなんだろ?
……って、違うな。まず、ありえねぇ。
「…あ?京介?」
すっと祐恭の横をすり抜けてうず高く両側にそびえている棚の道を進んでいくと、背中に不思議そうな声が掛かった。
だが、振り返って言う言葉なんて実際俺には1つしかない。

「ウチのペットが、粗相したらしい」

言い終わるか否か、ふっと笑いが浮かんだ。

「どっ、どどっ……どうしよ…っ…」
ひょっこりと棚の端からそちらを見ると、まるで『慌ててます』とでも張り紙がされてるみたいな分かりやすさで、それはそれは困惑してる後姿があった。
…何やらかしらんだ。一体。
車を降りてから俺と一緒だったはずなのに、なぜか途中で居なくなってた。
それは当然気づいていたが……敢えて探し出さなくても分かるんだよなぁ……アイツの場合。
どこに居るかとか、何やってるのかとか。
別に狭いわけじゃないこの店内にもかかわらず、時折よく通る声がまるで実況中継みたいに感じられて笑えた程。
だから、ここに居るって事も当然分かってた。
飼い主たるもの、その辺の責任は果たしてるつもり。
――…だったんだが。
「…あれ?」
ふと、物陰から現れた人物に、思わず声があがった。
「…?何だよ」
「お前……あの子連れて来てたのか?」
振り返ると同時に指をさし、祐恭にも見てみるよう勧める。
すると、訝しげなままながらもそちらを覗き込んでから『あれ?』なんて妙な声を上げた。
「なんだ。一緒にいたのか」
「…んだよ…。お前の言い方じゃ、連れて来てねぇみてーだったじゃねぇか」
「悪い」
チッと舌打ちしてから再び顔を出し――…あーめんどくせ。
別に見つかったってバツが悪いわけでも何でもねぇし、普通に見るか。
目の前に居る小動物的女子高生こと、互いの彼女と同じように並んで見守る事にした。
「……うぅ…ま、まずいよね?やっぱ、まずいよね?」
「う…ん…。……マズい…かも…」
こそこそと身を寄せ合ったままで話し込む、小さい背中。
だが、その割には数メートル離れたここまでしっかりと声が聞こえるから不思議だ。
二人がひそひそと話しこんでいるのは、デカいオーディオ機材とモニターが付いてるカーナビの場所だった。
いわゆる、『試用』が出来るトコ。
最近のナビは勝手に色々検索してくれる機能とかもあるらしくて、一言……例えば『イタリアン』って入れれば、店を探し出すだけじゃなくお勧めのメニューまで表示するとか。
そんなんだから、はっきり言って高性能のおもちゃみてぇなモンなんだろう。
あの二人にとっては、恐らく。
それで遊んでたっぽいんだが……。
「…どこを目的に設定してんだよ…」
未だにこそこそと話し込んでいる二人から視線を少し上に上げると、デカいモニターにはこの近隣の地図が載っていた。
――…が。
ただの地図だけなら、別にどーって事もない。
渋滞情報とか工事情報とか、そーゆーヤツをタダで得て帰るのが悪いわけねぇし。
「……あ?」
「…いつまでここに居る気なんだよ…」
「は?何で?」
肩を叩かれてそちらを見ると、わざとらしく咳払いをしてから辺りを見回した祐恭が眉を寄せた。
…?何だよ。
まるで『見てみろ』とでも言わんばかりに、周囲をちらりと一瞥してみせて。
「………うわ」
一体何事かと思って一応それに習うと、その途端に思わず口に出た。
…いつの間に…。
っつーか、この店にこんだけの客居たか?
黒々とした――…と言ったら言いすぎだが、それでもさっきまでは何も無かった場所に、急に人影が湧いてたんだから仕方ないだろ。
……あ。
もしかしたら、これだけの人間が集まっちまったのは…さっきの叫び声だったりして。
「…いつまで見せモンにしとく気なんだよ…」
俺は御免だぞ。
そう言って物凄く嫌そうな顔をした祐恭が、毒づく。
…ちょっと待て。
それは、俺だって同じだっつーの。
どこの世の中に、自分のペットが晒されてていい気になるヤツ居るよ。
「…………」
「…………」
善は、急げ。
っつーか、まず動け。
そんな暗黙の了解が交わされた途端、好奇の目が集まり出していた二人を庇うように、背中をギャラリーへしっかりと向けていた。
「おい、こら」
「うぎゃあ!?」
「わあ!?」
別に、デカい声で言ったワケでもなけりゃ、驚かせようとかっつー気持ちも無い。
ただ単に俺達にすら気づいてない二人へ対する、言わば挨拶みたいなモンであって他意なんぞあるはずないのに。
なぜか二人は数センチ飛び上がってから全く同じタイミングで、こちらを振り返った。
「くっ…くくくくずっ…くずっ…!?」
「…コラ。誰が屑だオイ」
「へ!?そんなつもりは決して!!」
口をぱくぱくさせたままで首を振るのを見ながら瞳を細め、思い切り機嫌悪ぶってやる。
途端に、『違うんです!』とか『誤解ですってば!』とか言いながら腕を取ってきたが、敢えて知らんフリをして頭上のモニターへ。
「…なんだ」
「……へ?」
「お前、もしかして欲求不満だったわけ?」
「………はい!?」
胸の前で手を組んだまま俺の動向を見守っていた彼女には敢えて振り返らずに、ただただ淡々と続けてやる。
…くく。
このまま続ければ、もう少し面白い反応見せそうだな。
ころころと表情を変えつつも困惑してる様子が伺えて、思わず笑いそうになった。
「いや、そーだろ?コレ。誰がどー見たって……『これから行けるラブホ探してます』って主張しか感じられませんよ?篠崎さん」
「ッ…!?」
顎に手を当てたままで画面から目を逸らし、かちっと視線を合わせてやってから顔を近づける。
途中で声を変えたのは、勿論計算済みの事。
…おーおー、可哀想に。
余りの事で何も言えないらしく、口をぱくつかせたまま顔は真っ赤。
純情と言うか、素直と言うか……慣れてないっつーか。
相変わらず俺のペットは、俺の思った通りに動く。
「ぬぁっ…何を言い出すんですか一体ーー!?」
「ホントの事じゃん。だって、ほれ。見てみ?何だよ、この『ブティックホテル検索結果』っつーのは」
「うぐっ…!」
ようやっとの事で我に返ったらしい彼女に肩をすくめ、にやにやと口元に笑顔を見せたまま顎で画面を示す。
ご丁寧に、現在位置から数キロ範囲内にあるラブホの住所と電話番号、そして目的地を示す赤いマーカーが幾つも地図上に輝いている、これ。
……これじゃ、そりゃあ誰だって見に来るっての。
どう見たって『女子高生』にしか見えない二人が、顔を真っ赤にしながら慌てて元に戻そうとしてたらな。
格好のカモじゃねぇか。
「…ごめん」
「……え…?」
「そうか。俺知らなかったなぁ……羽織ちゃん、そんなに欲求不満だったんだ」
「…………えぇえぇえええ!?」
すぐ隣で始まった、まさに『寸劇』って言葉がぴったり来るようなお芝居。
大げさにため息をついて、瞳を閉じたまま背を向けて。
……でもな、祐恭。
確かに彼女からは表情見えないだろうけど、俺にはばっちり丸分かりなんだぜ?
その、物凄く可笑しくてたまんねぇみてぇな顔をしてるのは、どーなんだ。
…………俺まで笑っちまうだろうが。
しかも、俺は祐恭と彼女らの顔がばっちり見られる位置なわけで。
「………ち…違うんですってば!これは、あのっ……じ、事故で…っ…」
「…うぇえ…」
困ってるのは羽織ちゃんだけのはずなのに、なぜかかなえまでもが眉を寄せて祐恭と彼女とを見比べていた。
……ふーん。
って事は、あれか。
ここは1つ――…俺も便乗するっつーのが、もしかしたら正解だったりして。
「なーんだ。さすがは女子高生ってヤツか?若いだけあって、二人とも積極的なんだな」
「はい!?なっ…何ですか急に、く……京介さんまでっ!」
慌てながらも、ちゃんと言い直したか。
…ふ。
ペナルティって言葉が功を奏してるのか何だか知らないが、モノ覚えがいいヤツ。
だけど、そんな事なんて微塵も顔へは出さずに顔を近づけてやる。
瞳を細め、いかにも『主人』の顔で。

「なんなら、これから連れてってやってもいいぜ?」

「んなっ!!」
「…行きたいんだろ?」
「ち、ちがっ……違いますよ!違いますってば!」
「そぉかァ?…まんざらでもないってツラしてるくせに」
「そ!?そ、そそそそんな事無いですってば!!」
にやり。
そんな音が聞えそうな程見事な笑みを浮かべてから、かなえ同様に『本気で?』なんて不安そうな羽織ちゃんを一瞥し、その目の前にいる祐恭と視線を合わせる。
…なぁ?
お前だって、そう思ってるだろ?
口に出すわけでもなく、ただ目だけでのやり取り。
だが、すぐに祐恭も可笑しそうに小さく笑った。
……まるで、『そうだな』とでも言わんばかりの顔で。
「それじゃ、お嬢さん方」
「俺達と一緒に来て貰おうか」
じり、と二人を追い詰め、にっこりとした笑みを浮かべてやる。
有無なんて、当然言わせない。
頷かせ、従わせる。
…それが、ペットの正しい躾け方だからな。

「さ、どうぞ?こちらへ」

互いの相手の手を取って、いざなうは当然自分たちの『脚』。
「…ど……どうしよ…」
「うそ…だよね?本気じゃ…無いよね…?」
振り返らずに出口へと歩き出した途端、ひそひそといった声が聞こえてきた。

……さぁ?どうかな。

丁度その時祐恭と目が合うと、クッと喉から笑いが漏れた。


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