「良い天気だし、ドライブ行かないか?人の来ない穴場があるんだよ」

朝突然に掛かってきた一本の電話。
先生の部屋でまったりとDVDを見るはずだった土曜の予定は、そんな彼の言葉で急遽変更となった。
駐車場に停まっている彼の愛車、RX-8に乗り込むとその穴場ってところに向かって走り出した。

「どこに向かっているんですか?」

「んー、内緒」

そう言われてしまうとこの質問から話を発展させようなんて無理な訳で。
何気なく、カーステレオへと手を伸ばす。

スピーカーから流れて来たのはいつも掛かっている音楽じゃなくて・・・

「珍しく、ラジオ聞いているんですね?」

「ん?あぁ、知り合いがDJやって居るんでたまたま聞いてた・・・今何時だ?」

言われて腕時計に目を落とす。

「えーっと・・・そろそろ12時半になりますね」

「じゃぁ、そろそろそいつの番組始まるんじゃないかな。そういや、腹減ったか?」

「あ、まだ大丈夫ですよ。後どれくらいで着きますか?」

「後一時間、てところか」

「じゃぁ、そこに着いてからでいいですよ。簡単なものですけど、お弁当作って来たんです」

膝の上に乗せてあるバスケットをポンと叩く。
ちょうど信号が赤になって車が停まると、彼がこっちを向いて笑みを浮かべた。

「流石羽織ちゃん。気が利く」

そう言って、軽く触れるだけのキス。

「ちょ・・・先生、こんな場で!」

ここは車の中で、街中で信号待ちして停まっている訳で。
でも彼は悪びれもせず、信号が変わると静かに車を発進させた。

「別に、彼女にどこでキスしようが問題ないだろ?」

・・・十分、問題ありだと思いますけど。時と場合を選びましょうよ。

「お、あいつの番組始まったな。聞いてみろよ。結構良い感じだよ?」

そう言われてスピーカーから流れる音に耳を傾ける。
そこから流れてくるのは彼の知り合いの声なのかな?

この声、何て言うか・・・

「フェロモン垂れ流しって感じの声してるだろ」

そう、それよ。

思わず彼の方へ顔を向けると、横目でチラリと私の方を見てニッと笑みを浮かべた。

「DJ向けの声してますねぇ・・・」

「だろ?見た目も良いとなれば女性が放っておくわけが無いってな」

「へぇ・・・そうなんですか」

「・・・・・・羽織ちゃんには絶対会わせないけどな」

「えぇ?!何でですか?」

「万が一、って事もあるかも知れないだろ」

「そんな事ないですよ、もぅ」

「さー、それはどうか分からないだろ?・・・証拠、見せて欲しいなぁ?」

「しょ、証拠、ですか・・・?」

そんな、急に言われても困る・・・
彼の方を見ると口元がちょっとにやついていて、冗談で言っているんだって事は分かる・・・んだけど・・・

静かになった車内に流れる彼の知り合いの声。
そう、フェロモン垂れ流しってやつの。

きっと、それのせい。
その人の声に誘発されたんだ。・・・たぶん。

気づけば、彼の頬にキスをしていた。


「・・・俺としては、こっちの方がもっと嬉しかったけど?」

唇を指でトントンと叩きながらこっちを見てニヤリと笑う彼。

「もーぉ、そんな事言っていないで前向いて運転してください!」

ちょっと赤くなった頬を隠すように、窓の外へと視線を向けた。


・・・それにしても、一体どこに向かっているのかな・・・


窓の外は町並みから外れ、山のほうへと向かっているようだった。
穴場ってくらいだし・・・やっぱり山の中、って事なのかな?


山。その単語にあの日の出来事が頭の中を突然駆け巡った。
うわー、うわー。やだ、恥ずかしすぎる・・・

突然の雨。中止になったドライブ。そして初めての・・・

もー、やだやだ。私ってば何思い出してるの?

考えないようにしているのに、頭の中が勝手に暴走を始める。

「羽織ちゃん?何考えてる?顔、真っ赤だけど」

「え?いや、何でもないですよ?アハハハ」

タイミングが良すぎる彼の言葉。
暑くなってきちゃってパタパタと手で顔を仰いだ。




いくつものカーブを抜けて、車がやっとすれ違いが出来るくらいの細い道を登って。
着いたのは山の上の小さな展望台。

人があまり来ない穴場・・・ってはずだったのだけど、既に先客が居て停まっているのは光に当たると青く光る黒い車。
車種は・・・CELICA?後ろにそう文字が書いてあるのだから、きっとそれが名前なんだろうな。

車から降りると、少し歩いた先にある展望スペースへと歩き始める。

「あの車・・・まさかなぁ・・・」

隣に歩く彼の呟きが聞こえてくる。

「先生、知り合いの車ですか?」

「うーん・・・」

展望スペースの傍まで来ると、あの車の持ち主らしき二人組みの姿が見えた。
ちょっと年齢が離れている感じのカップルで、その二人の声が聞こえてくる。
・・・あれ?この声、どこかで聞いた覚えが・・・?


「だからさ、いい加減先生っつーのやめねぇか?京介でいいだろ?」

「う゛〜〜〜だって、葛岡先生は葛岡先生だし・・・」

「だからさー、俺は先生じゃないし」

「現に先生してるじゃないですか」

「あれは成り行き上ってやつだ。普通の生活に戻っても先生とか言われたらたまんないね。ほら、言ってみ?き ょ う す け」

「きょ、京介・・・さん?」

「何で疑問系なんだよ。わーった、じゃぁケイでいいから」

「えー、それは・・・まずくないですか?ほら、ばれたりとかしたら、ねぇ?」

「なんでお前はいちいち反抗するんだっての」

「ほら、反抗期ってやつじゃないですか?ハハハ」

「ふーん?俺に向かってそう言うこと言うわけだ?・・・分かった。今度からプライベートで先生って呼んだらペナルティな」

「ふぇっ?!ぺ、ペナルティーって・・・何ですか?」

「それは、後でのお楽しみってやつだ」



こ・・・怖・・・というか、ペナルティって言った時のあの目の輝き・・・良く分かんないけどあの子、言う通りにしといた方が身の為なんじゃ・・・

というか、ケイって・・・あれ?

隣に居る彼を見上げると、可笑しそうに口元を押さえて肩を震わせていた。

えーっと、笑ってる、んだよね・・・?

「やばい、めちゃめちゃウケル」

その彼の言葉に、二人が会話を止めこっちへと顔を向けた。


「祐恭!」

カップルの男性の方が驚いたような顔をして彼の名前を呼んだ。

「知り合い?」

「あぁ、さっきラジオ聞いてたろ?あいつだよ」

「えぇ?!」

驚きつつも、彼が二人へと歩き出したので私も後をついていく。

「久しぶり、さっき丁度京介のラジオ聞きながら来たんだけど、仕事じゃなかったのか?」

「おぅ、久しぶり。数ヶ月ぶりか?・・・あぁ、今日のは録音。ゲストの都合でな」

「ふぅん、そう言うものなんだ。そっちに居るのは彼女?面白い会話繰り広げてたな」

「いいや、俺のペット」

そう言いながら、その男性は隣に居た彼女の頭をポンと叩いた。
ペット、ペットって・・・

「ちょっ、ペットって!」

彼女の反抗はもっともだと思うのだけど、フフンと鼻で笑ってあしらうだけ。
先生の言う通り、声も顔も良いとは思うけど・・・性格に難アリなのでは・・・

「そっちは隣に居るのは彼女?」

「そう。羽織ちゃん。彼は葛岡京介、さっきラジオで聞いてたケイだよ」

「あ、瀬那羽織です。初めまして」

突然話を振られて頭を下げる。

「初めまして」

にっこりと笑みと共にさっきのフェロモン垂れ流しーな声が耳に届く。
そしてもう一つ、耳に届いてきた小さな呟き。

「私の時と全然笑顔が違う・・・」

不満気なその声に、ちょっと可哀想に思えてくる。
本当にペット扱い?彼女じゃないのかな?・・・まさか、ねぇ?

「で?そっちの彼女は紹介してくれないわけ?」

「あぁ、彼女は篠崎かなえ。俺の、ペット」

「まだいうか!・・・えーっと、篠崎かなえです。けっっっっしてペットなんかじゃないんで、誤解無きようお願いします」

「こちらこそ、よろしくね?」

そんな力いっぱい否定しなくても・・・頬を膨らまして葛岡さんを睨み付けるのは何だか愛らしい。
そんな彼女を見つめる葛岡さんの目は優しくて。

なんだ。ちゃんと彼女の事好きなんじゃない。
・・・ただ、屈折してそうだけど・・・

「えーっと、葛岡せ・・・き、京介さんとはどういった知り合いなんですか?」

先生と言いそうになってジロリと睨み付けられる。
慌てて言い直すその様子は何だか初々しい感じ。

「俺と京介は良く行く車屋で知り合ったんだよ。色んな意味で意気投合ってやつ?」

「へぇ、そうなんですかぁ・・・」

納得したように頷く彼女。
何か言葉が引っかかるような・・・色んな意味でって、どういう事?
何だか怖くて聞いてはいけないような・・・聞きたくないような・・・


それから、彼と葛岡さんが車の話で盛り上がり始めたので持ってきたレジャーシートを広げて4人でランチタイム。
と言っても二人はもうご飯を食べたみたいで、ペットボトルのお茶を飲むだけだったけど。

かなえちゃんが同い年だって事が判明して、意気投合。
お互いの連絡先を交換して展望台を後にした。


「何か凄い偶然でしたね」

「あぁ、そうだな・・・まぁ、あそこを教えてくれたのは京介なんだけどさ」

「え、そうなんですか?」

「そう。まぁ、一応芸能人?だし、お忍びとかで行くんじゃないのかな」

「なるほど・・・」

「で、惚れた?」

「はい?!・・・もー、何言っているんですか」

「ちゃんと言ってくれないと分からないよ?」

な、なんか・・・行きと同じ事を繰り返している気が・・・いや、気のせいじゃないよね。

なんで、わざわざ車を停車させるの?
こうやって言うのって、恥ずかしいんだけど・・・

「私、は・・・先生が、好き・・・です・・・」

「よく言えました。ついでに、態度で示してくれるともっと嬉しいんだけどな」

笑みを浮かべながらトンと唇を叩く。

あぁ、もう・・・何でそんなに楽しそうなんですか?
これじゃぁ、かなえちゃんを苛めて楽しんでる葛岡さんと変わらないじゃない。

さっき言ってた、色んな意味での意気投合って・・・や、考えないでおこう。

私がするまで車を動かす気はないらしく。
道のど真ん中に止めているのに、山道のせいか他の車も通らなくて。

私は意を決して身を乗り出すと、彼の唇にそっと触れた。

「んっ?!・・・っんぅ・・・」

唇を離した瞬間、後頭部を押さえられて突然の深いキス。
こうされると、頭の中に霧が掛かったようになって何も考えられなくなってしまう。
さっきまで恥ずかしいって思っていたことも全て・・・

何度も角度を変えてのキス。

そっと唇が離れると、名残惜しそうに唇の際を舐められた。

「もぉ、先生・・・突然過ぎです」

「キスなんてこういうものだと思うけど?・・・じゃぁ、羽織ちゃん。キス、していい?」

「えっ?」

改まってそう言われると・・・ねぇ?

「嘘。冗談だよ・・・まだ時間はたっぷりあるし、続きは・・・帰ってからな」

耳元で、吐息を吹きかけるように囁かれるとゾクゾクしてくる。

彼は身体を離すと、ハンドルを握った。


早く着かないで欲しいような、そうでないような。
微妙な気持ちの私を乗せて、車は軽快に走り出した。




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