煌びやかなライトに当たると、いつもとは違う雰囲気を彼が纏うのが、少し気に入らない。

もともと端正な顔をしていたと思う。

だからこそモデルなんて仕事してるんだし、この間なんか芸能界に入っちゃったみたいにドラマに出演なんかしちゃってさ。───今以上に好感度上げてるし。

 

私は、それがかなり…、いや、結構、気に入らないんだけど。

 

 

「ん? どうしたの?」

 

 

そんなことを私が思ってるなんてなんて知らずに、目の前にいる「彼」はいつも見ている雑誌から飛び出てきたようにキメた姿で、カクテルを仰いだ。

 

「咲雪チャン?」

「…別に」

 

気に入らない、と一言言ってやれれば良いのに、喉まで出かかった言葉を飲み込んでしまった。

今日は、文句の一つも言えないほど、出逢ったときからドキドキしている自分がいる。

 

 

Kazuki−一輝−

 

 

────だって、格好良いんだもん。

 

「…どうしたの?」

 

口が裂けても、そんなことは言ってあげないけど。

 

「別に、なんでもないです」

「……あ、そう」

 

いかにも興味なさそうに視線を反らしてやると、彼も「これ以上は触れない方が良いな…」と、言うように足を組み替えながらネクタイを緩めた。

その様子を彼に気付かれないように横目で眺める。

いつもと違うぴしりとした高そうなスーツ。

下ろしているはずの前髪が、ムースで上げられているため、心なしか瞳がキリッとして見えた。

そして、少し緩めたネクタイから、私の知らない香水の香り。

 

彼の存在全てが、私を揺るがす爆弾となっていた。

 

「……お嬢さん、なにむくれてるんですか?」

 

それに比べて私は、付け焼き刃のお洒落しか出来なかった。

視線を反らした拍子に飛び込んできた自分の服装は、本当にお粗末なもの。

この間一兄に買ってもらったピンクのワンピースに、ボレロ。もともとブランドものが好きじゃない私は、そんなに高価なものを着れるような体もしてないから、安物の服装で十分だと思っていた。

なにより、それが今の私には相応だと感じている。

けれど、そんな自分の粗末な「お洒落」の隣には、いつも以上にしっかりと「武装」された最愛の恋人が座っているわけで。

 

「だから、別にって言ってるじゃない」

 

隣りにいるだけでも自分は不釣り合いなんじゃないだろうか?という不安な気持ちと共に、隣りに座っているヤツに対しての怒りも募っていた。

むしろ、後者の方が強いかもしれない。

一兄はモデルだ。

自分を格好良くすることにお金と時間を掛ける。それが、仕事。

しかも、そこにはお金を出して努力する以上に、「格好良く」してくれるプロのバックアップの存在もあるのだ。一兄ばかり格好良くて、ずるいじゃないか。

 

それに比べて私は、私、という武装しか出来ない。

 

自分ばかり格好良くなって、綺麗なお姉さん達に囲まれる企画にのってしまう彼にも「彼女がいる」という自覚がないんだろうか?

人が良いのは知っているが、これはさすがにやりすぎだと思う。

 

「なぁ、さゆ…」

 

いつも一兄の仕事を斡旋してくれている事務所のバックには巨大な企業グループがあって、そこで主催しているシークレット企画、それが、コレ。

 

「そんなに、俺のホスト姿が気に入らない?」

 

ホストクラブ。

ちなみに店名は「Mistic Blue」。

店内は、店名にちなんだ青一色。鮮やかな青が様々なところで折り混ざり、まるで海の底から水面を見上げたような印象を受けた。

 

「……別に」

「さっきから、そう言ってばっかりだろ? なんか思ってることあるんだったら、ちゃんと言えって」

「嫌です」

「………」

「絶対に、嫌」

「こっちを向くのも、嫌?」

「うん」

「意地っ張り」

「そうです。私は意地っ張りなんです」

「ああ、そう。さゆはそういうことを言うわけ」

「いけない?」

 

一兄に完全に背中を向けて座る私に、一兄の声が届いた。

 

「ああ、いけないね」

 

その一言に、不覚にも思わず体をそちらへ向けてしまった。

だって、あんまりにも身勝手な一言だったんだもの。

これはもう絶対に抗議するしかないと思ってた。彼女だからって、彼氏の言うことをなんでもほいほいきくわけじゃないんだから!

 

「───あんまり可愛くないと、この口塞ぐよ?」

 

それなのに。

それなのに、この一言はあんまりだと思う。

思い切り抗議するつもりで振り返ったのに、いつも以上に格好良い一兄に黙らせられてしまった。

そして、振り返ったが最後。

しっかりと腰を抱き寄せられて、さっきよりもずっとずっと距離が近くなる。

 

「さっきから、どうした? なにが気に入らない?」

「…だ、から、何でもないって…」

「それはもう通用しない」

 

ぴしゃり、と言い放たれてしまえば、これ以上反論出来ない。

一兄はそれを知ってて、強い口調で言うんだ。

 

だから、ずるい。

 

私がどうしたら黙るのか。

どうしたら大人しくなるのか。

どうしたら素直になるのか。

その術を、彼は知ってる。

けれど、私は彼を黙らせる術を持ってない。

持ってない分、こういうときにとても不利だ、そして、理不尽な怒りと、寂しさが押し寄せてくる。

 

「……さゆき?」

 

少しだけ彼にもたれ掛かるような状態で、下から見上げる。

「どうした?」という意味が込められている彼の言葉と優しげな表情が目に入ってきた。

 

「さゆ?」

 

体の中心から私を熱くさせる音色に、ドキドキしながら一兄の胸に真っ赤になった顔を押しつけた。

 

「ん?」

「……一兄は、……酷い」

「…え?」

「私、一兄に釣り合うぐらい可愛い子じゃない…」

「…なに言ってるんだ?」

「だって、頑張ってみてもここまでだもん。年相応にしか、頑張れないもん…。一兄みたいに、格好良く高い服を着こなせるほど大人じゃない」

「……」

「一兄なんか、嫌い。どんどんどんどん、一人で格好良くなっちゃって、むかつく」

 

そう言って口と、心と体は別。

最近仕事で会えなかった彼に久しぶりに会えて、嬉しい反面淋しくて、今、こうして抱きしめられてる腕の中で安心してる。

体は正直で、「もっと」と言うように彼の背中に腕を回していた。

 

「………ゆき」

「なによ」

 

優しく名前を呼ばれたのに、どうして可愛くない言い方しか出来ないんだろうか。

素直じゃない自分に、ほんの少し呆れる。

呆れるけど、それでも追いかけてくれる一兄に、可愛くないことを言って、甘えてるんだ。

 

「可愛いよ」

 

いつも私を抱きながら呟く声のトーンそのままで、囁かれた。

脳髄まで染みる一兄の言葉。

 

「……誰が?」

「咲雪が」

「……………………じゃぁ、どこが可愛い?」

 

彼の胸に押しつけていた顔を持ち上げて、下から見上げた。

 

「…言っても良いけど、ここじゃ言えない」

「どうして?」

 

「ここじゃ言えないようなことばかりだから」

 

「…?」

 

どういう意味だろう?

と、小首を傾げている私に、一兄はもう一度笑いながら「じゃぁ、一個だけな?」と言って耳に唇を寄せた。

 

「拗ねて俺に甘えてくる咲雪は可愛いけど、……ベットの中で素直に俺を欲しがる咲雪は、もっと好きだよ」

 

囁かれた甘い声に、ベットの中を思い出して思わず鼻から抜けるような声が出た。

 

「…感じちゃった?」

「ち、がう…」

「だから、ここじゃ言えないようなことだ、って言ったろ? こんなに人がいる場所で、咲雪が俺を欲しがる顔を見せたくないんだよ」

「………ね、まだ、ある?」

「なにが?」

「……………私の、可愛いところ」

 

頬を染めて俯いた私を抱く腕が、少し強くなった。

 

「うん。俺だけにしか見えない、俺の咲雪の可愛いところ、まだたくさんある」

「………」

「聞きたかったら、ベットの中な?」

 

それだけ言うと、待ってましたと言うように笑った彼の唇が落ちてきた。

顎を掬われて、ちょっと上を向かされて、降りてきた唇は痺れるぐらいに甘くて、拗ねた私の心をあめ玉にしてしまった。

今日みたいな日も良いな、なんて一兄のキスを受けながら思ってしまいました。



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