2006年の大晦日、あたしは大掃除を手伝うために、トオル先輩がひとり暮らしをする部屋を訪れた。
1歳年上のトオル先輩は、あたしの通う明慶学院大学付属高校の卒業生。 明慶学院は初等部から大学までの一貫教育を敷いているため、在校生のほとんどが幼なじみのようなもので、あたしとトオル先輩も、最初の出会いは確か、あたしが小学4年の夏休みの有志キャンプだったはずだから、知り合ってもう8年になる。 ずっと片思いしてて、思い切って告白したのが去年のバレンタイン。 思いが報われて、晴れて恋人同士になれたのが、1ヶ月後のホワイトデー。 トオル先輩の「彼女」として迎えるお正月は、今年が初めてだ。
「いらっしゃい」 「こんにちは……」 玄関先で迎えられ、あたしは緊張しながら小さく頭を下げた。 シャツにジーンズというラフな格好をしたスタイルのいい長身、ドアを押さえる腕、唇に笑みを浮かべたまま軽く小首を傾げる仕草、そんな彼のすべてにドキドキする。 もちろん、先輩の部屋に入るのは、初めてじゃない。 引越しだって手伝ったし、付き合う前にも何度か遊びに来た。 ここで2人、取り留めのない話をしながらのんびり過ごしたり、お互い口もきかずに漫画を読みふけったり、格闘ゲームに熱くなって時間を忘れたこともある。
だけど……。 先輩と付き合うようになってからは、かえってこの部屋には気軽に入れなくなった。 だって、先輩は男で、あたしは女で、2人は恋人同士となれば、やっぱり「そういうコト」も意識しちゃうから。 それが嫌だって言うんじゃなくて、「そういうコト」を考えちゃう自分が無性に恥ずかしい。
でも、好きな人と2人で部屋をきれいにして、一緒に新年を迎える準備をするっていうのは、何だか恋人同士って感じがしていいなって思った。
「わざわざ来てもらって悪いけど、部屋の掃除は粗方終わってるんだ。残っているのは、押入れの整理くらいで」 玄関とワンルームの部屋を繋ぐ短い廊下を歩きながら、先輩は頭を掻いた。 几帳面な先輩の部屋は、いつ来てもきちんと片付いている。 年末だからって、あらためて大汗を流しながら掃除をする必要もなかったのだろうと、そのときになって気がついた。 「そうなんですか……手伝う必要がないのなら、帰りますけど」 もしかして、邪魔だったかな。 恋人風を吹かせて押しかけてきた自分を反省しながら、あたしは言う。 それを聞いて、トオル先輩は少し意外そうな顔で振り向いた。 「別にそういう意味で言ったんじゃないよ、来てくれたのは嬉しいし」 「本当かなあ」 「本当だよ、特に……」 苦笑気味に言いながら部屋を横切り、壁に作り付けのクロゼットの扉に手を伸ばす。 「これだけは、誰かに手伝ってもらわないと、なかなか捨てる踏ん切りがつかなくて」 「ああ……」 先輩の言う意味に納得して、思わず笑ってしまった。
クロゼットに置かれた大きな段ボール箱には、雑多ながらくた――特撮ヒーローや怪獣のミニチュア、モデルカー、カードゲームのコレクションなど――が、ごっちゃになって押し込まれていた。 「先輩……こんなもの、わざわざ実家から持ってきたんですか?」 「そういう言い方をされると身も蓋もないんだけどさ……愛着あって捨てられないものってあるだろ、ガキのころ集めてたものだとか、思い出の品とかさ」 その気持ちはわからないでもないけど、……ねえ? あたしだって、着せ替え人形とか好きだったキャラクターのグッズとか、小さいころに集めていたものはある。 でも、従妹にあげたり、リサイクルに出したり、いつの間にか飽きて捨てたり、ほとんどがそんな感じだ。高校生になってまで後生大事に取ってはいない。 こういう点、男の子よりは女の子の方がドライなのかも知れない。
開けっ放しにした扉の前に並んで座り込み、クロゼットの整理をする。 整理をする、というよりは、先輩が大事にしていると言い張るがらくたを、強制的に仕分けして、捨てられるものを選び出す、という感じだ。 あたしが、容赦なく「破棄」の決断を下す度に、先輩は肩を落として溜息を吐いた。
「……羽根突きの、羽根?」 段ボール箱の中身だいぶ少なくなってきたころ、男の子らしいおもちゃに雑じって、可愛い女の子の絵柄が書かれた羽子板と、羽根が出てきた。 「ああ、それ……懐かしいな、いつの正月だったか、マナが俺にくれたんだよな」 「え、あたし……?」 「覚えてないのかよ、人の顔、墨で真っ黒にしたくせに」 不満そうな先輩が言うには、小学生のころのお正月、あたしと羽根突きで遊んでボロ負けしたらしい。そのときに、練習してリベンジするからと、あたしから取り上げたのがこれなのだそうだ。 ていうか、そんなもの、大事に取って置かなくても。 「えーと、じゃあ……これは?」 地方のお土産屋さんでよく見かけるような、微妙なキャラクターがデザインされたキーホルダーで、これまたありがちなことに「TORU」と名前が入っている。 「小6の修学旅行で、マナが買ってきてくれたお土産」 「えっ、あたし、こんな趣味の悪いお土産あげました?」 「自分で言ってりゃ世話ないな、くれたからここにあるんだろ」 その他にも、あたしがあちこちで買ってきたらしい「いかにも」なお土産とか、中学の時に初めて手編みしたマフラーとか、あらためて由縁を聞かされたら恥ずかしくなってしまうような品が、次から次へと出てくる。 しかも、あげた本人はそのほとんどを覚えていないのだから、余計にばつが悪い。
そして、最後に出てきたのは分厚いアルバム。 それには、当然ながらトオル先輩の写真がたくさん貼られている。 その中には、あたしが一緒に映っているものも少なくなかった。 あらためて、先輩と過ごしてきた時間の多さを実感する。 あたしは、飼い主になつく子犬みたいに、いつだって先輩のあとをくっついて歩いていた。
「考えてみればさ……」 トオル先輩が、あたしの肩に顎を乗せるようにして、アルバムを覗き込む。 「マナとは、ホント、いろんな時間を共有してきたよな」 「そう、…ですね」 振り向いたあたしと、肩越しにあたしを見つめていた先輩の視線が、合う。 唇が軽く重なる。 微かに感じた先輩の吐息は、ミントの香りがした。 「こんなに近くにいて気づかなかった俺も、つくづく鈍感だよな。おかげで、8年もマナに片思いさせちまった」 「ううん……あたしも、ずっと言えなかったし……」 「でも、今ならちゃんとわかる」 もう1度、キス。 今度は、少し深いやつ。 「好きだよ、マナ……」 「ん、……あたしも、好き……」 少し体重をかけられて、あたしはフローリングの床に後ろ手をつく。 「愛着があって手離せないもの、か……」 覆いかぶさってくる広い肩幅。 首筋に口づけながら、トオル先輩は呟いた。 「もうひとつ、あったな」 「……?」 怪訝な顔で見上げると、お前のことだよ、と苦笑する。 「これからも、ずっと俺の側にいてくれるだろ?」 甘い囁き。 咄嗟には返す言葉さえ浮かばず、ただこくこくと頷くと、先輩は嬉しそうに破顔した。
「ぅん、…せんぱ、い……」 深く激しく、熱い舌に口腔内を蹂躙されるようなキス。 頭が痺れる、腰から下の力が抜けちゃいそう。 「そんな可愛い声で呼ばれたら、止まらなくなるよ?」 からかうような調子で言いながら、セーターの中に忍び込む手のひら。 長い指は、器用にその下のブラウスのボタンを外し、ブラジャーのカップを押し上げるようにして、胸の先端にたどり着いた。 「あ……」 やわやわと挟むように揉まれ、指腹で撫でられる。 優しく、けれど執拗に弄ばれる。 時おり、背中がぴくりと震えてしまい、その度に、先輩は小さく含み笑いを洩らした。 「最高……可愛いよ、マナ……」 「あ、や、……だめっ」 囁きついでに、耳元をざらりと舐められ、思わずすくめた肩を押さえ込まれる。 片手が、スカートの裾から腿を撫で上げ、ショーツの縁を潜って中に入り込む。 「やだ、…先輩、やめ……」 否定の言葉とは裏腹に、自分の溢れさせたもので先輩の指がぬるりと滑る。 やがて、探るように秘裂を上下していた指先が、敏感な芽を見つけ出した。 「あっ、だめっ、だめです、お願い……!」 勃ち上がった肉芽を指腹で捏ね、左右に弾く。 鋭い電流がいくつも背筋を駆け抜け、あたしは涙を滲ませて首を振った。 「いつの間にか、こんなにえっちになっちゃって……いいよ、もっと感じて、もっと啼いて」 「ああっ、いや、あっ、……んくぅぅん!」 びくびくっと全身が痙攣し、そして一気に脱力する。 もう、蕩けちゃう……・。 こんな感覚、ついこの間まで知らなかった……それをあたしに教えたのは、先輩だ。 「マナ……」 準備を整えた先輩が、あたしの足の間に身体を入れてきた。 押し付けられた熱いかたまりは、ぬぷりと音を立てて深みに沈みこむ。 「……あ、あっ……」 「熱いよ、……すげえ、気持ちイイ……」 苦しいほどの圧迫感は、やがて甘い痺れに取って代わる。 掠れたような先輩の声が、愛しすぎて切なくなった。 「トオル先輩、好き……大好き……」 あたしは、先輩にしがみついて背中を撓らせた。 仰け反った喉に、噛み付くような激しいキスが降ってくる。 揺さぶられ、抉るように突き上げられ、目の奥に白と緑の光が飛んだ。 「あ、も……だめ、もうだめ、また……」 つま先から這い上がる、官能の気配。 手のひらを握り合わせ、指を絡め、腰を波打たせながら先輩があたしを見下ろしてくる。 「イクって、言ってごらん」 「ん、……そんな、こと……」 言えないよぉ……。 イクって感覚は知ってる、でも……それを口に出すのは、えっちなビデオか何かみたいで恥ずかしい気がした。 「ちゃんと言わないと、止めちゃうよ?」 意地悪な声で言って、先輩が動きを止める。 ゆっくりと退いていく気配に、あたしの内部は、それを引きとめるみたいに漣だった。 「ほら、身体は正直だよ、どうする?」 「…………」 「それとも、もっと激しくして欲しい?」 言うなり、今度は奥まで穿つように突き入れられる。 ぐちゅぐちゅと水音が洩れるほど激しく出し入れされ、自分の身体が、意思とは関係なしにびくびくと淫猥に跳ねた。 「聞こえるだろ、すごい音……これ、マナのアソコの音だよ?」 「ああっ、だめ、……そんなのだめっ」 「すっげえ締めてるよ、イイんだろ? ほら、言っちゃえよ、イクって」 腿を抱え上げられ、足を広げられ、さらに奥まで先輩が入ってくる。 苦しい……、なのに気持ちイイ。 身体のこんなに深いところまで、誰かを迎え入れるなんて初めてのことだった。 「あ、イ、…も、今……ああっ、イクっ、イッちゃう!」 あたしは、先輩が言わせたがった通りのことを口走り……そのあとは、頭の中が真っ白になってしまった。
2006年最後の夜、あたしとトオル先輩は、一晩中を抱き合って過ごした。 新年を迎えたのは、大好きな人の腕の中。 これでまた、先輩と一緒に過ごした時間が増えたね。 胸の中に、ひとつ、またひとつと刻まれていく、大切な思い出たち。 愛着があって、捨てられないけど……それは決してがらくたなんかじゃない。 いつになっても、きらきらと輝く宝物。 これからも、そんな宝物を少しずつ増やしていけたらいいなって思う。
まだまだ走り出したばかりの恋だけど……。 今年も、よろしくお願いします。
チチャさんに頂いた、2007年のお年賀小説ですv
初々しいというか、何というか・・・。
まず最初に浮かぶ言葉は、『ごちそうさま』ですね(笑
いいなぁー、いいなぁこういうカップルは(*´▽`*)
でも、えっちー!!きゃーー!!!(*ノノ)
先輩、意地悪だなぁ。
でも、マナちゃんが可愛いので許す(*´▽`*)
素敵なお年賀小説、ありがとうございました!
そんな、チチャさんのサイトはこちら〜v
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