――――――・・・・・・アイタイ。
声を聞いた気がして足を止めて振り向くと、そこには大きな桜の木があった。
花を終えて、緑々とした葉の季節になっている。
「どうかした?」
横にいる大好きな先生が私の顔を覗き込む。
「なんでもないですよ。」
微笑んで返事を返す。
今日は先生と公園に来ている。
せっかくお天気なのに家で過ごすのはもったいないと、お弁当を持ってピクニック。
大きな公園の中で手をつないで歩く。
普段は人目があってなかなか出来ない事だけど、お天気の良さに負けてついつい繋いでしまった。
「お腹でも減ったのかと思った。」
「んもぅ、それは先生でしょ。」
足を止めた桜の木の下にベンチがあったのでそこでお弁当を広げる。
「はい、ど−ぞ。」
水筒からコップに紅茶を入れて先生に差し出すと、
先生は持っていたサンドイッチを口に入れてから受け取ってくれた。
サワサワと初夏の匂いのする風が頬を撫でていき、木々の間からこぼれる光が綺麗だった。
お弁当を食べ終わり先生の肩に頭を置きながらのんびりしていると、また声が聞こえた。
―――――ア・・ノ・・・・・ニアイタイ。
思わず先生の肩から頭を離し、座ったままで後ろを振り向く。
やっぱり桜の木しかなかった。
木の後ろに隠れてるのかと思い、後ろに回ってみるが誰もいない。
「またかな。」
私って、視えちゃう方だしね。
そのとき突風が吹き、桜の枝を強く揺らした。
突然の風に体勢が崩れて思わず桜の木に手を付いた。
その時、はっきりと声を聞いた。
儚げな綺麗な女の人の声だった。
―――――アノヒトニアイタイ。
一気に血の気が引いていく感じがする。
深い暗闇に捕まったような、そんな悲しい気持ちでいっぱいになった。
「羽織ちゃん、大丈夫?」
先生が座り込んだ私の腕を掴んで立たせてくれる所だった。
「・・・っあ。」
先生が掴んでいるところから体が暖かくなるのを感じた。
「ほら、立って。・・・あぁ、スカートに土なんかつけて。一体どうしたの。」
パンパンと土を払ってくれる先生に思わずしがみついた。
「―――っ!は、羽織ちゃん?!」
私は無言で必死にしがみついていた。
目にはうっすら涙も浮かんでた。
そんな私を何も言わずに抱きしめてくれ、よしよしと頭を撫でられた。
しばらく、私が落ち着くまで先生は抱きしめてくれた。
「先生、ありがとうございます。」
「ん、落ち着いた?」
そっと先生から体を離し、先生の顔を見る。
「はい。迷惑かけちゃってごめんなさい。」
「いや、こうゆう迷惑のかけられ方ならいつでも大歓迎だよ。もちろん部屋でもね。」
「・・・・・えっち。」
先生と手をつないで駐車場に向かう。
さっきの出来事に不安はあるけど、繋いだ手が暖かいので気のせいだと思う事にしよう。
車に乗り込み一般道をしばらく走っていると信号に捕まる。
信号が青になると車を走らせる先生。
でも帰る道じゃなく、別の道を。
また車が止まったと思ったらそこは古めかしい雑貨屋さんだった。
「ちょっと気になっちゃって。寄り道しよう。」
珍しいこともあるものだと思いながらも頷いた。
カラン・・・ドアを開けると所狭しと雑貨が並んでいる。
今風の物とゆうより、ちょっと昔のアンティーク雑貨が多いみたい。
レトロなブリキの置物や、紅茶の缶、薬瓶。それに、ランプや食器など。
先生にしては珍しいなぁと思いながら店内を見て回る。
一方先生は店のウィンドウに飾られてる髪飾りに目を奪われている。
なんか邪魔できない雰囲気。
そのうち店主さんが出てきて、お茶をご馳走になった。
先生にも声をかけるけど、全然気づかない。
しばらくは店主さんとのおしゃべりを楽しむ事にした。
さすがに飽きてきたので、先生に声をかける。
「先生?」
覗き込んだ先生の瞳はいつもと違った光を放っていた。
それがちょっと怖くて、腕を軽くゆする。
私に気がついた先生は少し驚いたようだ。
「――あ、ごめん。」
「ううん。先生それ欲しいんですか?」
「・・・欲しいってゆうか、すごく気になるんだよ。」
「でも、それ髪飾りですよ?」
「そうだよなぁ。・・・でも・・・・・・・・これください。」
先生の手の中をみると細かい細工のしてある髪飾り。
細い銀細工の中央に装飾品に使うには珍しいファントムクリスタル。
その周りには色ガラスが散りばめられていて、昔の貴族が使っていそうな物だった。
こんなの買ってどうするんだろうと思いながらも、店主さんと短いやり取りをする先生から目を離せなかった。
店主さんに見送られて店の外に出る。
外は日が半分沈みかけ空を紫に染め始めていた。
「ずいぶんと長く見てましたね。」
車に乗り込み家へと走らせる。
「そうだね。・・・・・ごめんな、ヒマだったろ。」
申し訳なさそうな顔な顔をする先生の瞳はいつもと同じだった。
「大丈夫です。美味しいお茶もご馳走になったし。」
「えっ?」
「やだ、先生それも気づかなかったんですか?」
「・・・・・ん。」
「ずいぶん真剣に見てましたもんね。ところでそれどうするんですか?」
「う〜ん。どうしようかな。」
家に着くころ、日は完全に沈んでいて星空が広がっていた。
ソファにもたれ、並んでTVを見ていると、いつもの様に先生が私の髪を弄びはじめた。
さっき買った髪飾りも付けてくれる。
「やっぱりこうゆうのは女の子にだね。」
気まずそうに笑いながら先生は私の髪の弄びを辞めなかった。
そのまま気持ちよくなってついつい、先生にもたれて目を閉じた。
―――突然、引き剥がされ、目を覚ました。
そこには怖い顔をした先生。
「せ、先生?」
おそるおそる先生の顔を覗き込むように声をかける。
次の瞬間心臓が止まるかと思うほど驚いた。
さっきのお店で見た、あの瞳の色をしていたから。
「俺に触るな。」
ぴしゃりと言われ涙が浮かぶ。
「せん、せぇ・・・?」
ぐっと髪の毛を引っ張られる。
「っ!い、痛い。」
「これは、お嬢様に差し上げる物だ!お前ごときが付けていいものではないっ!」
そう言った彼の手の中には髪飾りが。
いつもの先生じゃない。
絶対違う。
「あ、あなた誰・・・。」
沈黙が降りる。
先生の顔はいつもと違い、ちょっぴり幼さが浮かぶ。
「俺は辰之助(たつのすけ)。」
この言葉に驚いた。
先生は取り憑かれてる・・・・・・?
彼の事を聞きだし、今起こってることを理解しようとしてみた。
彼は明治時代の細工師。
お嬢様と言うのは、出入りしているお屋敷の夢子(ゆめこ)さん。
身分違いの恋に、周りの賛成は得られず駆け落ちをする事になったそうだ。
約束の日、彼女ではなく彼女の婚約者が現れた。
絶望のあまり街を出るが、風の噂で騙されていた事を知り街へと戻る。
――が、時すでに遅く彼女は行方をくらませていたそうだ。
髪飾りは駆け落ちの日に渡す約束をしていたらしい。
そんな彼の強い思いが、死んだ後も髪飾りに残ったんだね・・・・。
「お嬢様を探さなければ。」
すくっと立ち上がった彼を止めようと手を伸ばすが、先ほどの言葉に足がすくむ。
「夢子お嬢様・・・・・。」
ハッっとした。
目の前にいる人は先生じゃない。
でも、先生の顔で、先生の声で、他の女の人の名前なんか聞きたくないっ!
そう思うと、彼に抱きついていた。
「ダメ!先生を返して。これは先生の体なんだからっ!」
「離せっ!」
「いやっ!先生を返してっ!あなたはとっくに死んじゃってるんだからっ!」
彼の体が硬直したのがわかった。
体を離し、今度は彼に丁寧に説明をする。
彼の今の体は先生のモノだとゆうこと。
髪飾りは今日、買ったものだということ。
―――約束の日から何十年と経っていること。
全てを聞いた彼は体の力が抜け、ヘタリと床に座り込んだ。
肩を落とし、うなだれている。
姿は先生だけど、伝わってくる雰囲気は彼のもの。
そのあまりの悲しさにこちらも悲しくなってくる。
この悲しみを感じたのは初めてではない。
覚えがある悲しみ・・・・・どこで?
・・・・・そうだ、あそこで感じたんだっ!
「えっと、辰之助さん?」
おずおずと彼に声をかける。
虚ろな表情をしている彼は、暗い色をたたえた瞳で私を見つめ返す。
「待ち合わせ場所って、桜の木の下だった?」
「・・・そうです。広場にある桜の木でした。」
女の直感が働いた。
「行こう、辰之助さん。夢子さんも貴方を待ってる。」
彼の腕をぐいっと引っ張り立たせる。
「お嬢様が・・・?」
「うん。逢わせてあげる。だから先生を返して。」
暗い色の瞳がまっすぐ私を見る。
可哀想だと思う。
好きな人と一緒になれないなんて。
私は好きな人と一緒にいられるから、何とかしてあげたいって思うの。
彼は小さく頷くと先生はソファにもたれるように倒れた。
「先生、先生起きて!!」
先生の体をゆすり起こす
「・・・・・・んぁ。羽織ちゃん?」
「先生、昼間に行った公園に連れてってください。」
「・・・えぇ?」
「先生、お願いします!今すぐ連れてって。」
必死にお願いする。私にはお願いすることしか出来ないから。
「今から?明日じゃダメ」
「今じゃなきゃダメなんですっ。」
ぎゅぅっと先生に抱きついてお願いを続ける。
なだめられ、仕方なく体を離す。
先生は立ち上がり車のキーを指にかけクルリとまわして言った。
「じゃぁいこうか。」
公園に着き、車から降りると先生を待たずにあの桜の木に走り出した。
私の手の中にはあの髪飾り。
先生も慌てて後ろからついてくる。
息を整えるのも忘れて髪飾りを握っている手に力を込めた。
「・・・っは、夢子さんいるんでしょ?出てきて。」
桜の木に呼びかける私を不思議そうに見ている先生。
「羽織ちゃん?」
先生の声は聞こえるけどそれに答えてる時間も惜しい。
「夢子さん・・・・。」
自然と涙が溢れてきて、頬を濡らす。
夜風が涙のあと冷たくしていく。
「・・・・・辰之助さんが逢いにきたんだよ?」
そう呟いたとき、突風が吹いた。
それからの光景はまるで夢のようだった。
まず辺りが薄紫色に霞がかったように明るくなった。
それから桜の木から滑り出るように現れた女の人。
私と同じくらいかな?
深緑色のレトロなドレスを着て、腰よりも長い黒髪を風になびかせている。
私の手の中に在った髪飾りはいつの間にか辰之助さんが持っていた。
先生の体を借りてではなく、夢子さんと同じように幻影のような淡い光を放っていた。
手を取り合ってから、抱き合う2人。
今までの悲しい光ではなく、暖かい光に一帯が包まれる。
それを見て胸がいっぱいになり、また涙が出た。
辰之助さんが夢子さんに髪飾りをつけてやると、夢子さんは嬉しそうに笑った。
2人は私を見てお辞儀をすると、2人仲良く手を取り合って昇って逝った。
光が消えて、もとの景色に戻ると先生が心配そうに私を見ていた。
「―――っ、羽織ちゃん泣いてるの?!」
私の止まらない涙を見て先生が慌てる。
いつもの先生だ・・・・・よかったぁ。
「ううん。嬉しくて。」
一言だけ言うと先生の胸に飛び込んでいった。
先生は驚いているみたいだけど、何も言わずに優しく抱きしめ返してくれる。
「ねぇ、先生?」
「ん?」
「もし、もしもだよ?私が居なくなっちゃったら、魂になってでも探してくれる?」
私の言葉に驚いたのか、考え込む先生。
先生はなんて答えてくれるかな。
しばらくすると先生はにっこりと笑った。
「・・・・どこにも行かせないよ。こうして捕まえておくから。」
そっと塞がれる唇にこの上ない幸せを感じてるのを先生はわかっているのかな?
いつでも欲しい言葉以上の言葉をくれる先生。
ずっとこうして私を捕まえていてね?
迷子にならないように。
この後、この事件の話をした時の先生の顔がみるみるうちに青くなったのは面白かったな。
※ファントムクリスタル(幻影水晶)の宝石言葉―――――過去の記憶。
ちぃ花さんから頂いた、Beのお話ですv
『ファントムクリスタル』なんて宝石あるんですねー。
なんてB'zっぽいモノが・・・!!と一瞬思いました(笑
辰之助になった祐恭、面白いなぁ・・・と羽織には悪いけれど思ったり。
だって、声も格好も同じなのに、口調違うんですよ?
それはそれで・・・ねぇ?色々街中引きずり倒したいじゃないですか。
携帯とか見て驚くんだろうなぁ・・・なんて。いや。うん(笑
妄想は膨らみます(笑
祐恭、さぞやびびったでしょうねー。
私だって「アナタ憑かれてたのよ」なんて言われたら、やだもん!(つД`)
でも、色々な祐恭が見物のおいしいお話ですね(笑
本当にありがとうございました!
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