|
藤城総合病院。
その規模は非常に大きく、県内にある大学病院などよりも優れた施設及び設備を整えている。
当然、優れているのは目に見える部分だけではない。
医療従事者はみな誇りを持ち、日々変化を遂げる医学に関する勉強を怠ることなく、患者のためにと動くような昔からの『医師』そのものである人々ばかり。
だから、ここにある絶対的な希望を信じて人々は集まり、縋る。
遠方であろうと、わざわざこの病院を指定してかかりつけ医に紹介状を求める人間が多いのは、それもまた理由のひとつだろう。
ロビーはまるで、一流ホテル。
初めて来た人間はここで圧倒され、面食らうばかりでなく、戸惑う人間もいるかもしれない。
ここからあちらまで長く伸びるカウンターには、たくさんの人間が忙しなく動いている。
次々と番号が表示され、それを見た患者らが指示された番号のカウンターへ向かい、用事を済ませる。
初診、計算、支払い、そして薬の処方箋などの窓口。
そこで業務をこなす人間は、一様にきちんとした制服を着込んでいる。
なんといっても、窓口は病院の顔。
ここでの対応がマズければ、恐らく患者はみn不信感を抱くのではないだろうか。
だが、この病院は違う。
それはない。
ハキハキとした丁寧な口調で話し、必要な場所できちんと笑みを浮かべる。
これこそ、指導が徹底されている証拠。
上の人間がデキるかどうかは、末端の人間を見ればわかると言われているが、確かに。
この病院で不快な思いをすることは、そうないだろう。
「おはようございます。本日はいかがなさいました?」
「え」
大きな広い入り口から入ってすぐにあった、大きな大きなシャンデリアを見つめてその場に立ち尽くしてしまっていたら、きれいに身支度を整えたお姉さんが私の前にやってきた。
「あ、いえ。ええと……今日は、その…………産婦人科に」
「産婦人科ですね。診察券か紹介状はお持ちでしょうか?」
「それが、どちらも持っていなくて……」
参った。
だって私、別に患者じゃないもの。
というか、こんな大きな病院にお世話になるような病気でもなければ、身内が入院しているとかでもない。
まったくの健康、健全、問題なしの状態。
唯一ここに来た理由である『産婦人科』だけは伝えることもできたけれど――……しまった。
そうじゃない。
だって、診察じゃないもの。私は。
コレでも、医者のはしくれ。
自分の身体は自分で面倒看るわ。
だから、彼女に伝えなければならなかったのは、産科がどうのじゃなくて、私が今日ここに来た目的の人物の名前だったんだと今になって気付いた。
「当病院での紹介状なしにかかられた場合、通常の診療費だけでなく――」
「あー、あの、ごめんなさい。ええとね? 私、産婦人科っていうよりかは、ある先生にお会いしたくて来たんです」
「医師ですか?」
「ええ」
きょとんとした顔になってしまった彼女に、苦笑とともにうなずく。
ミーハーって言うのかしら、こう言うのって。
病院へ医者目当てで来る人なんていないだろうに、ごめんなさいね。こんな質問したりして。
内心彼女に謝りながら背を正すと、先ほどよりも若干間が開いた気がした。
「藤城青先生にお会いしたいんですけれど」
「それはいたしかねます」
「っえぇぇえ!?」
にっこり笑って告げた途端、あっさり頭をぺこっと下げられ、かなり面食らった。
出ちゃったじゃない、大きな声が。
慌てて口に手を当てるものの、ざわついたロビーだというのにかなりの人間の視線を集めてしまい、さすがにコレは恥ずかしかった。
「え。何? できないんですか?」
「申し訳ありません。何か、直接お約束をお取りしている方でなければお繋ぎできないことになっています」
「……はー。さようでございますか」
淡々と告げられる言葉に対し、彼女の表情は非常に申し訳なさそうで。
……うーん。うまいわね、さすがは藤城総合病院。
ウチのちっこい病院とはまるで違うわ。
「うーん……そうかぁ。わかりました」
「申し訳ありません」
「いいえ、こちらこそすみませんでした」
短く息を吐いてから、表情も気持ちもいっぺんに切り替える。
できないものはできない。
そう言われたら、食い下がっても無理な話。
大きな病院だからできないんじゃなくて、彼女の仕事だからできないんでもなくて。
……ま、無理な話よね。
いくら診療が落ち着き始めるお昼間際とはいえ、ただの野次馬根性みたいなモンで特定の医師に会いたがるなんて我侭は。
「しょーがない。帰るか」
ロビーをあとにして、ずらりとタクシーが並ぶエントランスへ出る。
あとからあとから、切れることなく入ってくる車。
……すごいわね。本当に。
藤城総合病院のチカラというものを、ばっちり見せ付けられたような感じだ。
「…………ん?」
と、そのとき。
緊急車両入り口のある病院の奥手の方から、何やら高そうなスポーツタイプの車が出てきたのを発見。
それだけではない。
助手席には、ふんわりと緩やかなウェーブがかった髪形の美しいお嬢さんが座っている。
恐らく、私よりも年下。
だけどとても落ち着いていて、その辺をふらふら歩いていそうな育ちの子ではない。
凛とした強さを秘めているような眼差し。
――……が一瞬にして解け、運転席に座っていた男性を見た瞬間、まるで花びらでも散らしたかのようにかわいらしく微笑んだ。
「っ……」
うわ、かわいい。
女の私でも瞬間的にそう判断する笑みは、決して嫌味がなく、計算されたモノでないとわかる。
無垢。
そんな言葉がぴったり来るような、お嬢様だと私の中では判断された。
……うわ、かわいー。
思わず恥ずかしくなってしまい、口元へ手を当てるも、どくどくとちょっぴり鼓動が早いのは気のせいじゃないと思う。
運転席。
……そう。
運転席にいたのは、ものすごくカッコいいんだけど、嫌味のあるカッコよさではまったくなく、どこか妖艶さも纏っているような男性。
ハンドルに片手を置きながら、もう片手を隣の彼女へ添わせる。
「………………」
目の前を通り過ぎた車で起きた風が、髪をふわりとなびかせた。
一瞬。
まさに一瞬の出来事だったけれど、予想以上に強く大きな印象だった。
まさに、美男美女。
ドラマの中で見かけたりはすることもあるけれど、まさか現実にこれほどのカップルがいるとは。
…………あ。もしかして、今の人が藤城先生なのかしら。
病院内でもとびきり目を惹いて、歩くあとには医者だけじゃなくて患者までふらふらっと付いて行きたくなっちゃうような、色気むんむんの先生なの!
「…………」
もしかして、もしかするのかもしれない。
さすがの私も、ちょっとどきどきした。
なんか、カッコいいだけじゃないのよね。
ちょっぴり、秘めた怖さがあるというか。
バッグにしまったままだった携帯を取り出し、相手を選び出して通話ボタンを押す。
すると、3コール前に相手が出た。
「……あ、もしもし。わた――」
『彩ちゃんっ! ねぇ、写真撮ってくれた!?」
「…………いや、だからね? 優菜。それは無理だって言ったでしょ?」
『なんでーー!! だって、だって! せめて写真欲しいじゃない!? めちゃんこカッコいい先生だって言うし!』
「あのね。いくらカッコいい先生だからって、初対面でいきなり『写真撮ってもいいですか?』なんて聞くのは失礼よ? 無理に決まってるじゃない」
『無理を可能に変えるのが、彩ちゃんのスゴイところでしょ!』
「……無茶苦茶ね」
せきを切ったように話し出した優菜の勢いは止まらない。
さらにさらにまくしたてられ、思わずキーンと鳴り出した耳を携帯から離す。
……なのに、ここまでハッキリ聞こえるってどうなの。
思わず、びっくりする。
「あ、そうそ。今ね、車で出て行った人がいたんだけど、その人がものすごくカッコよかったのよ。黒髪にシャープな顔立ちで――」
『甘いマスクでしょ!? んもう、それ! その人に違いないから!!』
「そうなんだ。やっぱり」
『やっぱり、じゃないの! んもぉーー!! 追いかけてくれればよかったのに!』
「それは無理」
『うぇええぇ』
相変わらずのとんでもない考えに思わず噴き出すと、かなり不服そうに優菜が反応した。
きっと今ごろ、唇を尖らせてぶーぶーしてるに違いない。
「まあまあ、怒らないでよ。ね? ほら、お土産にケーキでも買って行ってあげるから」
『えぇえ!? 本当に!? ぅわぁーい! ありがと、彩ちゃん! すっごい嬉しい! すごい好き!!』
「はいはい。ありがと」
途端にころりと変わった態度でもう1度笑ってから、電話を切る。
でもま、多分家に帰ってお茶しながら、もう1度2度くらいは『憧れの藤城センセ』の話を聞かされるんだろうなとは思うけれど。
……カッコよかったけど、私はちょっと怖いかな。
全部見透かされてしまいそうな、強い瞳の持ち主だったから。
「……さて。帰るか」
んー、とひとつ伸びをしてから身体を軽くほぐし、駐車場へと向かう。
もしかしたら、私のところからも『紹介状書いてください』なんていう人が出てくるかもね。
……風邪引いたときの優菜みたいに。
あのときのことがもう1度頭に浮かんで、やっぱり小さく吹き出してしまった。
というわけで、今年はどうしても藤城総合病院のスゴさが書きたくて、またもやウチのキャラを引っ張り出してきてしまいました(汗
すみませんーー><;
でも、目に浮かぶようですよね。藤城総合病院のデカさと豪華さは!!
いいなぁ。私も行ってみたい……たとえ、初診料を払ってでも!(*´▽`*)
青さん、お誕生日おめでとうございますv
今年も、たくさん沙矢さんとのらぶらぶらぶらぶなお姿を拝見させてくださいませませ!
|