初めての1人暮らし。
知らない土地、知らない人。

それでも……誰かと恋に落ちる事はある。


「……あ、あれ?」
やっと部屋を占領していたダンボールが片付いた矢先。
時間にすれば、引越ししてから1週間後。
ご飯も食べ終わって、いざ使ったお皿やお鍋を洗おうとお湯を出す……つもりだったんだけど。

「……水」
そう、いつまで経っても水。
温かくなるどころか、水を流す時間が長くなればなるほど冷たくなってるような気もする。

どうしよっかなぁ……ひとまず管理会社に電話かな?
冷たくなるばかりの水を止め、電話の近くに移動する。
横の小さな2段のボックスから管理会社の電話番号が書かれている紙を取り出す。
そこに書いてある番号に電話をして……ひとまず、対処はしてくれる事にはなった。

……なったけど……今日はどうすればいいんでしょ……。
キッチンの前に立つと、目の前には洗われる事を待っているお皿とお鍋たち。
さすがに水で洗う気にはなれない。
……はぁ、しょうがない。
ここはお隣さんにお湯をもらうしかない……。
でも、隣の人がどんな人なのかわからないんだけど……大丈夫かな?


―――ゴクッ。
いざ、出陣。
どんな人なんだろ……怖い人だったら嫌だなぁ。

…っていっても、始まんない。
勇気を持って、いざ……チャイムを鳴らす。


「はーい……」
男の人だ、ドアの向こうから鍵を開けようとする音と声。
どうしよ……男の人だと知った途端、緊張が走る。
―――ガチャ
扉の向こうから現れたのは……多分、あたしと同じくらいの年の人。
「……ひょっとしてお隣さん?」
ドアノブに手をかけたままの体勢でそう話す声には人懐っこさを感じさせる。
「あ、そうです。でも、なんで……」
「時々見かけてたから。若い女の子が越してきたなぁって思ってたし」
わ、若い……いや、あなたも充分若い気がするんですけど。
「で、どうしたの? 何か困りごと?」
人懐っこい微笑みで優しく語る様は、お兄ちゃんという雰囲気。
すんなりと打ち解けてしまう空気がそこにあった。
「あの……実は―――」


今の状況……私も不思議です。
何故、私はさっき話したばかりの男性の部屋にいるんでしょうか?
そして……部屋から持ってきたクレンジングで顔を洗ってるんでしょうか?

「横にタオル入ってるから。勝手に使ってくれていいから〜」
「あ、は〜い」
いや、理由は案外簡単なんだろうけど。
お湯が出ない旨を説明して、お湯だけをもらおうとした……ら。
“あぁ、じゃウチに来なよ”
……って言われたわけで。

さっぱりした顔を鏡に映しながら、備え付けの棚からタオルを取り出し顔を拭く。
ふぅ……さっぱりしたぁ。
でも、ここまで親切にしてもらっちゃって……少し申し訳ない。
今度、お礼の品持ってこなくっちゃ。
何がいいかなと考えながら、私の部屋と同じ間取りを歩く。
リビングへと通じるドアを開けた途端に鼻をくすぐるコーヒーの香ばしい匂い。
部屋の真ん中にあるテーブルにコーヒーの入ったコーヒーカップが2個。
電源入れっぱなしのパソコンをそのままに、当の本人はベッドの上で難しそうな本を読んでいた。
「あ……コーヒーでもどうぞ」
パタンと本を閉じて、壁面に設置してあった本棚へと仕舞った。
彼を追って視線を向ければ……私とは無縁そうな難解な本が棚という棚を占拠していた。
「いただきます……」
スッとコーヒーに手を伸ばす。
コクリと一口……美味しい。
なんかホッとする……引越しでバタバタしてて緊張状態にあったのかもしれない。
それらから解放された感じ。

……って、人の部屋で和んでどうする。

「あ、あの……」
途中で言葉が止まってしまった。
肝心な事聞いてない……名前聞いてなかった。
おまけに名乗ってもいない。
「あぁ、オレは咲人(さきと)。よろしくな」
あたしが聞きたかった事がわかったかのように先手を取られる。
「あたしは逢夢(あみ)っていいます。こちらこそ、よろしくお願いします」
慌てて挨拶をするあたしの顔をじっと見たまま……何も言わない咲人さん。
……な、何?
「……逢夢ちゃんかぁ」
と、思ったら嬉しそうにあたしの名前を呼ぶ咲人さん。
「今、1人暮らしなんでしょ? 不安じゃない?」
「不安だけど……そうも言ってられませんから」
「わかんない事あったら言って。力になるからさ」


結局、咲人さんの部屋を後にしたのは夜中。
話がどんどん発展していって……帰るタイミングが掴めなかったというのもあるけど。

高校から1人暮らしだったらしい咲人さんは、あたしに近隣の情報をいっぱい教えてくれた。
何処のスーパーが安いとか、ここの道は危ないから通らない方がいいとか……。
こんなに親切な人っていないと思うくらい。
凄く面倒見が良くって……優しくって……このマンションに引っ越してきて良かったって思う。
だって、お隣さんがこういう人だったら凄く安心するでしょ?



「お、こんばんは。逢夢ちゃん」
「……? あ、こんばんは、咲人さん」
階段を上りきる前に聞こえた声に反応すると……そこには咲人さんの姿。
あの時以来、2回目の対面になるかな。
すると……2週間ぶりくらいかな?
あ……そうだ。
「あの、咲人さん?」
「ん?」
ちょうど部屋の前で鍵を探していたらしい咲人さんがカバンに手を突っ込みながら反応する。
「前回のお礼も兼ねて……夕食に招待したいんですが」
帰ってからもずっと考えていた。
何かお礼したいって。
でも、何も浮かばなくて……1人暮らしだと不経済になる事が多い。
だから……招待したら喜ぶかなって。
一応、料理は作れるし……美味しいかは別として。
「マジ? いいの?」
カバンに突っ込んだ手が、そのままの状態で硬直してしまった咲人さん。
「はい……何かお礼がしたいんで」
「うわ、スゲー嬉しい!」
満面の笑みを浮かべる咲人さんの顔。
それを見るだけで……本当に嬉しいんだなって思う。



「……久々にまともな食事を食える」
「今迄何を食べてたんですか……」
小さなテーブルのせいか、2人分の食事だけで埋め尽くされてしまった。
エプロンを外し、麦茶の入ったグラスを咲人さんに渡す。
「だって……美味そうなんだもん」
グラスを受け取りながら、目の前に並んだ食事に視線を向ける咲人さんを見ると思わず笑みが零れる。
素直な反応がおかしくって……嬉しくって。
「美味しいかはわかりませんよ?」
その反応に笑みを浮かべながら、咲人さんの真正面に座る。
「いや、絶対美味いって……じゃないと、オレの腹は反応しないから」
真面目な顔なんだけど……その言葉に思わず堪えてた笑いが止まらなくなった。
「……そんなに笑う?」
「ご、ごめんなさい。悪気は無いんですよ……」
「あったら、それも困るんだけどさ……」
「ですよね……あ、冷めない内に食べてください」
これ以上、話が弾むといつまでたってもご飯が食べれなさそうだった。
「じゃ……いただきます」
「どうぞ」
丁寧に箸を持って両手を合わせる姿に、ちょっと驚く。
イマドキ、そんな男の人って見てなかったからかも。
早速、メインに箸をつける咲人さん。
パクリ……途端に顔がパッと笑顔になった。
「ほら、言った通りだった! めちゃ美味いって!」
「良かった……あたしの料理を始めて食べたの、咲人さんですよ?」
「そうなの?」
「誰かに作るって機会すら無かったですから」
嬉しそうに食べる咲人さんを見ながら、あたしも食べ始める。
誰かと一緒の食事って……こんなに美味しいんだなぁ。
1人の食事って、どんなに美味しく作っても味気なかったから。
今迄は寂しさと同居した食事だったせいか……今日の楽しい雰囲気での食事は嬉しい。
それに……満面の笑顔で美味しいって言いながら食べてくれる咲人さんを見ながらの食事も嬉しいし、楽しい。
久しぶりに『食べた』って感覚になった。


「めちゃ美味かった……ありがとな」
「いえ、前のお礼がしたかっただけなので」
お皿も洗い終わり、後ろを振り向くと咲人さんがテレビを見ていた視線をあたしに向けた。
「そういや……環境に慣れた?」
「はい、色々歩きましたから……本当に安かったですよ、咲人さんの言ったスーパー」
「そっか……友達は?」
コトッと食後のコーヒーをテーブルに2人分置き、咲人さんの隣にちょこんと座る。
「大学の方では出来ました……マンションでは、咲人さんだけですね」
言いながら笑顔を向ける……と、コーヒーを持ったまま固まる咲人さんと目が合った。
……え、なんかマズった?
「あの……嫌でした?」
視線を持っていたコーヒーに映しながら聞いてみる。
「いや……そうじゃないんだけど……」
ふっと視線だけを上に向けてみると、視線を泳がせながらコーヒーをグルグルと回し水面を傾かせてみたりしてる。
その挙動不審な動き……少し顔全体が朱に染まってるようなのは気のせい?
「……逢夢ちゃん」
弾かれるように咲人さんを見る。
ちょうど後ろにあったベッドに腕をかけて……まっすぐにあたしを見る瞳に、射止められたかのような錯覚を覚える。
「どうせならさ……」

スッと頬に触れた咲人さんの指。
その指の熱さに気付いた時には……熱い吐息が感じるくらいに至近距離に咲人さんがいた。


「お隣さん同士の友達より……お隣さん同士の恋人の方が良くない?」


間近に見た咲人さんの顔が微笑みに変わる。
そして……あたしの唇が言葉を紡ぐ前に……塞がれてしまった。

こうして『隣人の友達』は『隣人の恋人』へと変わったのだった――



ゴールドカルサイト……環境が大きく変化し、なかなか周囲と馴染めないとき適応・調和。


沙羅さんから頂いた、相互リンク記念のお話です。
うおーー。
こんな出会い、果たしたいーー!!!
凄く素敵で、「一人暮らし」への期待が大きく膨らみますね^^
いいなぁ。
私も一人暮らししたいよー(笑
『ゴールドカルサイト』という石の力、侮れ無し。
・・・私も買おうかしら(;´Д`)
逢夢ちゃんが可愛くて、咲人さんがキスしちゃうのも分かりますね。
素敵なお話、本当にありがとうございました!

そんな、沙羅さんのサイトはこちらから↓
沙羅さんのサイト





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