『新年明けましておめでとうございまーす!』
 TVからそんなフレーズが流れている。
 が、新年も3日を過ぎればさすがに聞き飽きる言葉だ。
 祐恭は台所からトーストと紅茶を持ってきながらそう思っていた。
 マンションには今、彼が一人。羽織は自宅に戻っている。
 年末、クリスマス、大晦日から年越しとずっと羽織を独占してしまっていたので、新年明けくらいは家族で過ごした方がいいだろう。双方納得の上の事である。
 それでも二日とたたないうちに、初詣に出かける約束をしているのだからあまり意味がないが。
 しかし彼女の両親、雄介、雪江夫妻は理解があって助かる。……本当頭が上がらないな。
 そんな負い目もあって、羽織を迎えに行くついでに、二人に新年の挨拶をと考えていたのだが、今朝彼女からのメールで『家で待ってて』との事。
 不思議に思いながらも、彼女が望むならとこうして素直に自宅待機をしているのだった。
 祐恭は変わり映えしない正月番組を適当にチャンネルを回していく。と、箱根駅伝の中継がやっていた。
「この時間、まだ交通規制やってるかな。渋滞はいやだし、公共機関で行くか……。
 でもなぁ、電車で行くと神社まで結構あるんだよな〜、やっぱ車だと便利だよな」
 すっかり無精者のコメントを呟いていると、インターホンがなった。
「羽織です、先生。来ました」
「ん。どうぞ」
 部屋越しにドアの開閉音が聞こえる。
 しかし、しばらく経っても彼女の姿が現れない。
「……?」
 祐恭が廊下に出て玄関を見やると、鮮やかな色が映った。
「羽織ちゃ……ん」
「わ、はわわ、せんせ――」
 羽織は慌てて鏡で身だしなみを整えていた手を止めて祐恭に向き直る。
 艶やかな晴れ着姿は、いつにも増して彼女に女を感じさせていた。
「どう、ですか? これ……似合いますか?」
「ん、とっても」
 思わず頭を撫でようとして、アップにまとめられた髪型に思いとどまる。
 行き場を失った手が所在無げに二人の間に漂う。と、どちらからとも無く笑みがこぼれた。
「とりあえず中にどうぞ。外、寒かったでしょ」
「……うん」

「でも、その格好のまま自宅から歩いてきたの?」
「いえ、お兄ちゃんの車で送ってもらいました。お兄ちゃんはそのままで葉月と初詣に行きました」
「ふぅん、でもそれなら俺が羽織ちゃんちまで迎えに行けばよかったんじゃ」
「ダメです。家だとお母さんやお兄ちゃんとかが必ず変な横槍入れてくるだろうから、私はちゃんと先生に晴れ着見てもらいたかったから……」
 うあ、いじましいというか、なんというか……。
 イカン。頬が緩むのが自分でも分かる。確かにこんな顔、彼女以外には見せられないかも。
「そ、そだ! 家のお節をおすそ分けに持ってきたんです。よかったら食べませんか、今用意しますねっ」
 気恥ずかしさに耐えられなくなった彼女はそう言うと、そそくさとキッチンに逃げ込んでしまった。

 テーブルに広げられたお重には、定番のおせち料理が並ぶ。
「こういうのを見るとお正月を過ごしているって気になるなー」
 瀬那家手作りの黒豆をつまみながら、祐恭がしみじみと呟く。
「あは、それは確かにあるかも。伊達巻とか栗きんとんとかお節でもないと見ないですよね」
「羽織ちゃん、やっぱ栗きんとん好きなの?」
「え? 先生、ダメなんですか?」
「ダメって訳じゃないけど……はい、あーん」
 栗を箸で取り、彼女の口元へ差し出してやると、素直に口が開く。
「あむ。むぐむぐ……」
 幸せそうに堪能しているのは、少女の表情。
「これを二人でつついちゃうと、昼飯には少し足らないかな」
「あ、なら私、お雑煮でも作りましょうか? お餅が市販の切り餅なんですけど」
「え? そんな餅なんてうちにあったかなぁ」
「年末の特売で買っておいたんですよ。確か奥の戸棚に――」
 そういってキッチンに立つ羽織。
 ……全く知らなかった。このままでは遠くない将来、彼女がいないと台所で何も出来なくなるのでは。
 今年はこまめに彼女の手伝いをしておこう。
 新年らしく目標を掲げる祐恭だった。
 無論、三日と持たないが。
「先生、どうぞ。関東風の薄味ですけど、もしかして濃い目の味付けのほうが良かったですか?」
「いや。羽織ちゃんの作ったものなら、安心して何でも。いただきます」
 汁をすすって、焼かれた餅を一口。うん、やさしい味付けだ。
 と、そこでテーブルにある雑煮が彼一人分である事に気づく。
「羽織ちゃんの雑煮は?」
「や。私はこれだけで十分だから」
 お節のかまぼこをとりながら、羽織が答える。
「まさか餅がこれだけって訳はないでしょ? それとも具材か?」
「……分かってて言ってます?」
「??」
「帯で締め上げてますから、あんまり食べると苦しいんですっ」
「ああ、なるほど」
「もうっ」
 ふくれっ面の彼女のその口元へ、祐恭は栗きんとんを差し出す。
「あむ」
「……」
 やっぱり、甘味は別腹なのか。

「さてと、そろそろ行こうか初詣」
「はい。あ……」
 羽織が昼の片づけを済ませている間に、祐恭が着替えを終え、戻ってくる。
 その格好に思わず声が出る。
「先生、それ。紋付袴」
「せっかく羽織ちゃんが振袖で決めてくれたのに、俺が普段着だとかっこがつかないからね。
 昔の奴を引っ張り出してきてみたんだけど、どうかな? 変じゃない?」
「い、いえっ。とっても……お似合いです」
「そ。ありがと」
 お礼とばかりに、彼女の前髪を掻き揚げて、おでこにキス。
「あ……」
 思わぬ行動に、瞳が丸くなる羽織。
「あれ? もしかして期待したとか?」
「し、してませんっ」
「晴れ着を今しわにする訳にはいかないからねぇ」
 それはつまり、もちろん「後で」ならしわにする気があるという事。
「もぅ! 新年からそういうふしだらな事を言ってると初詣に行っても神様が先生のお願い聞いてくれませんよ?」
「それは大変だ」
 全く大変なそぶりを見せずに、玄関に行ってしまう祐恭。
「ホントなんだから。大体初詣って言うのは――」
 食い下がって、羽織がその後を追う。
 にぎやかな喧騒が、やがてドアの向こうに消えていく。

 初詣――
 神様なんてものが本当にいるのなら、願うことはたった一つ。
 どうかこの横にいる愛しい人と
 いつまでも、共にいれますように。



新年早々、師匠にお年玉を貰いました。
この年になってはじめてのお年玉ですよ、奥さん!!(笑
なんていうかもう、この二人の日常と言うか正月が、
見事にあらわされてますよね。
相変わらず、細かい部分の描写が『さすが師匠』と頷かされます。
さりげなく髪を直してたり、さりげなく羽織が居ないとだらけてたり(笑
ウチのキャラを毎回、しっかり生かして下さっている師匠には、脱帽ですよ。マジで。
イラスト描きたくなるんですが、どうすれば(笑
お年玉で、じ、時間もくださーい!
ありがとうございましたvv

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