雪うさぎ番外編

* うさぎ **




いつも夢に見る光景がある。


目を開いている事が痛いくらい眩しく輝く雪景色。
その中に吸い込まれていく天使のような小さな女の子。

俺が『うさぎ』と呼んだ初恋の少女。

彼女の心には今もあの日の『雪うさぎ』は寄り添っているのだろうか。


春日雅は隣りに住んでいた幼馴染だった。
長い黒髪を揺らし薄い茶色の大きな瞳で、その表情をめまぐるしく変え、コロコロと笑ったり、怒ったりしながら、俺を『ゆうちゃん』と呼び、いつも後を追ってくるおてんばな娘だった。

あの頃の俺は、ひとつ年下のくせに俺と余り変わらない雅の身長を気にしたり、内藤勇気を上手く発音できず、『なっとーゆーきくん』と舌足らずに呼ばれる事を不快に思ったりして、雅を邪険にする事も多かった。

それでも雅はいつも俺の後を必死について来た。

どんなに意地悪を言っても、どんなに冷たくしても『だってゆうちゃん好きだもん。』と言う雅に、最後はいつも俺が根負けして苦笑しながら手を差し伸べていた。

嬉しそうに駆け寄ってきて差し伸べた手をギュッと握り締める小さな温もり。

その手の温もりは今も忘れられない。


明るくて負けん気が強くてしっかり者の雅


誰もが彼女をそう思っていた。


だけど…俺は知ってしまった。
彼女はそんなに強い娘じゃないって事を。

飼っていた小鳥が死んだとき、庭の隅で小さくうずくまって一人で肩を震わせ、声を殺して泣いていたのを俺は見てしまった。
誰にも見つからないように、誰にも聞かれないように、静かに声を殺して泣いていた。
たった4歳の女の子が声を出さずに泣いていた事に俺は衝撃を受けた。

ちょうどその頃幼稚園でうさぎの飼育係をしていた俺は先生から『うさぎは“寂しがりや”だからちゃんと構ってあげないと、寂しくて死んでしまうのよ。』と言われたことがあった。
その言葉が小さな後姿に重なって、雅が声を出せない小さなうさぎに見えた。


あの日から俺の中で雅は護るべき存在へと変わり、俺は雅を『うさぎ』と呼ぶようになった。


「どうしてうさぎはそんなに強いふりをしているんだよ。」

いつだったかそう聞いた事がある。
その質問の答えは余りにも切ないものだった。

「私が『イイコ』にしていたら、パパとおじいちゃまが仲直りしてくれるんだって。」

あの頃は詳しい事情はわからなかったが、俺の母親の話だと彼女の父親は駆け落ちをしてうさぎの母親と一緒になったらしい。
おじさんは俺でも知っている有名な財閥の息子だったそうだ。
絶縁状態だったおじさんが実家と和解できたのは、孫の雅を祖父がことのほか気に入ったかららしい。

だから彼女はいつだって『イイコ』であろうとしていた。
自分が『イイコ』でいることでみんなが幸せになれる。そう信じていたようだった。

幼かった俺にはそんな難しい事情は理解できなかったが、彼女がとても寂しげで儚く見えて、『うさぎには笑顔でいて欲しい。』と強く思った。

幼いながらもうさぎの笑顔を護りたかった俺は何かの形でそれを伝えたかったのだと思う。
うさぎが俺の家に預けられた雪の夜、おぼろげな街灯の下で2つの寄り添う雪うさぎを作って彼女に約束をした。

『絶対に、うさぎの事護るから。泣くのは俺のそばだけにして』

潤んだ瞳で俺に応え『約束する』と言ったうさぎ。

この雪うさぎのようにずっと一緒にいる…それが当たり前だと思っていた。

ずっと傍にいて、きっと彼女を護る…そう心に誓っていたのに……。



約束の日から2週間後、俺は父親の海外赴任によりうさぎと離れる事となってしまった。
あれから、何度も引越しをして、いつしか彼女の両親との連絡も途絶えていった。

気がついたら10年もの年月が過ぎていて、日本に帰っても彼女がそこに住んでいるかどうかすらわからなくなっていた。

それでもうさぎを想う気持ちは色あせる事無く…。

むしろ成長と共に募る想いは大きくなっていく。

まるで何かに導かれるように、彼女の元へ帰らなければいけないと本能が騒ぎ立てる。

彼女の涙を吸い取るのは俺の胸だけなのだと心が強く確信をしている。

だから…16才の誕生日を迎えると、転勤を繰り返す両親に頼み込んで彼女の住む町へと一人で帰って来た。


うさぎはまだ、俺との約束を覚えているだろうか…

いや、それ以前に俺を覚えているだろうか…


不安を抱えながら帰国したその日、その足ですぐに俺の家のあった場所へと向かった。

冬の冷たい風の吹く早朝。まだ薄暗く朝靄がかかる中、朱から金へと太陽が色を変えるのをぼんやりと眺めながらうさぎとの思い出の詰まった懐かしい道程を辿った。

彼女がもしも、この町にいなくても、ここに住んでいれば何時か必ず逢えるはずだと心の何処かで確信をしている自分が不思議だった。

まるで何かに導かれているような感覚に包まれながら、昨夜降り積もった新雪を踏みしめて歩く。
かつて俺が住んでいた懐かしい家は既に別の人が住んでいたけれど、俺の心が求める唯一人(ただひとり)の少女は今もその隣りに住んでいた。

まるで俺の帰りを待っていてくれたように感じられて…胸が詰まるような切なさと、愛しさで心が満たされていく。


彼女は約束を覚えているだろうか。

あの夜の雪うさぎを覚えているだろうか。

今も声を上げずに泣いているのだろうか


再会を望んで会いに来た俺を彼女は受け入れてくれるだろうか。





いつの間にか空はすっかり明るくなり、見事な青空が広がっている。

雪を踏みしめてゆっくりと見覚えのある風景を見渡してみると、別れたあの日と同じ、眩しく輝く金色の太陽が昨夜降り積もった新雪に反射して世界を黄金の羽で覆っていた。


別れの日、ふたりで作った雪うさぎが形すら留めていなかった切ない思い出が胸をよぎる。

うさぎの為に約束の証しの雪うさぎをあの日と同じこの光景の中に作りたいと思った。

もう一度あの頃のように心を寄り添えるように願いを込めて作った2つの雪うさぎ。


これを見たらうさぎはどう思うだろうか。


俺が作ったと気付いてくれるだろうか。










「いってきまぁす。」

鈴を転がすような耳に心地良い声が胸を騒がせる。

開いたドアの前で立ち尽くし驚きに見開かれる茶色の瞳。

信じられないといった表情(かお)をした長い黒髪の少女にあの日の面影を見る。

その視線は…寄り添う二つの雪うさぎに注がれていた。


彼女の表情で確信する


うさぎも俺と同じ気持ちでずっと待っていてくれたことを…



高鳴る胸の鼓動を必死に宥めながら、雪を踏みしめゆっくりとうさぎへと歩み寄る

フワリと抱き寄せた肩は細くて、俺と変わらなかった背丈は随分と小さくなっていた。

腕の中の温もりは余りにも小さく儚くて…生まれたての子うさぎを腕に抱くようだった。




狂おしいほどの愛しさが込み上げてくる。




ようやく長い間待ち望んだ何より大切なものを手に入れた。




腕の中で細く震えて泣きじゃくる雅が愛しくて…




二度と離さないと想いを込めて抱きしめると、そっと唇を重ねた。







遅くなってごめん






これからはずっと傍でおまえを護るからな…







―― ただいま、雅 ――









+++ Fin +++

朝美音柊花さんから頂いた、うちの100万ヒット記念に下さった書き下ろしですよ奥さん!!
ちょっと!どうしよ・・・!(汗
ファンの方に「ずるい」呼ばわりされないだろうか・・・。
そればかりが心配です><;
でもでも、本当に嬉しいです!!
ありがとうございます!!!
「なっとーゆーきくん」と雅ちゃんが言ってたのかと思うと、自然に頬が緩みますね(笑
可愛いーv(*´▽`*)
そして、そのたびに「違う!ないとうゆうき!」と言い直していたであろう勇気君の姿も。
ぐへへ。その二人をじっくり見ていたい(笑
本編ではこのシーン読めないんですよ!
もう!いいんですか!?ホントに貰っちゃって!!!(T□T)
くぅっ・・・太っ腹すぎですよ。柊花さん!
もう、もう、本当にありがとうございました!!

そんな柊花さんのサイトはこちらからv↓

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