二次会は、気楽でいい。
 久しぶりに集まった友人らと昔の話をしたり、今の状況を話したりというのは、結構楽しいワケで。
 ………で。
 やっぱり、話に夢中になっていたら、彼女が俺から離れていた。
 話をそこそこに切り上げ、店内を見回して彼女を見つけ――……ると、アキに何やら飲まされているような姿があった。
 ……ったく。
 小さくため息をついてからカウンターに戻り、アキの隣へ。
 って、やたら上機嫌だな。
「……ずいぶん機嫌いいな」
「あはは。だって、羽織からかいがいがあるんだもん」
「お前、本当にそれノンアルコールだよな?」
「当たり前でしょー?」
 といいつつ、バーテンからカクテルを受け取って彼女の元へ。
 いろだけでは判断できず、眉は寄る。
 ……だから……。
 ため息をついてアキのあとを追うと、甘いとか言いながら口を付ける彼女に瞳が細まった。
「こら、酔っ払い」
「……え? 酔ってないですよ?」
「ウソつけ。顔が赤いだろ。……それに、瞳が違う」
「……そうかなぁ……」
 少しろれつが回ってないような気もするし、何よりも、やけに色っぽいのが確たる証拠。
 やっぱり、酒というのはある意味劇物だ。
「ねぇ、祐恭。いいこと教えてあげようか」
「……なんだ? その、いいことってのは」
「羽織が酔ってるかどうか、見極める方法」
「え? ……どうやって」
「ふ。見てなさい」
 眉を寄せたこちらに、にやっとアキが笑った途端。
 いきなり、腕を絡めてきた。
 ……ちょっと待て。
 これと彼女と、どういう関係があるんだ?
「……アキ。お前――」
「ねぇ、羽織。私ね、祐恭のこと好きになっちゃった。だから、譲ってくれない?」
「んな……! アキ!」
「……え? あきちゃんが……?」
 いきなり何を言い出すのかと思いきや、とんでもないことを言い出しやがった。
 だが、言われた当人である彼女は、きょとんとした顔で俺とアキを見比べている。
 ――……が。
「え……」
「あきちゃんの頼みでも、ダメだもん。絶対だめ。あげないよっ?」
 慌てたように俺とアキの間に割り込んだ羽織ちゃんが、俺に抱きついてきた。
 こんな彼女を見るのは、正直初めてかもしれない。
 ぎゅっと力を込めてしがみつきながら、アキに泣きそうな顔をして首を振る。
 冗談だとわかる、アキの口ぶり。
 だが、それを彼女は真に受けて行動に移した。
「あはは。冗談だってばー」
 確かに、冗談。
 いつもの彼女ならば、こんなことすぐにわかりそうなんだが……じゃあ何か?
 これが、彼女が酔っているかどうか見極める方法なのか?
「……アキ、お前なぁ……」
「だよねー!」
「な……っ」
 ぱっと俺から離れ、心底安心したように笑みを浮かべた彼女。
 いつもと違う笑い声を上げるあたり、どこかテンションも違っていた。
 ……え?
 ワケがわからずアキを見ると、くすくす笑ってから羽織ちゃんの頭に手を伸ばした。
 ――……と、彼女自身もそんなアキに懐くような格好で、ぎゅうっと抱きつく。
 ……なんだ、これは。
「酔うと本音が出るのよ。……羽織って」
「……そうなのか?」
「うん。羽織にとって1番いい自白剤ってとこかしらね」
「自白剤、ね……」
「あら。嘘だと思うなら、なんか聞いてみれば?」
「って、どういうことだよ。酔ってるってなんで? ノンアルコールじゃないのか?」
「あ、やば」
 からから笑ったアキが、手にしていたグラスを空けた。
 お前……それ、さっき飲ませたやつだろ。
 明らかな証拠隠滅で、さすがにため息が漏れた。
「……せんせ?」
「っ……」
 アキの言葉で羽織ちゃんを見ると、くりっとした潤んだ瞳で見つめられた。
 ……こうして見てると、なんつーか……。
「俺のこと、好き?」
「ぶ! 聞くことって、それ?」
「うるさいな……しょうがないだろ、咄嗟に出たんだから」
 噴き出したアキを軽く睨んでから、改めて彼女を見る。
 改めて聞くのも、どうかと思う。
 しかも、こんな思いっきり酒が入ってる状況で。
 ……でも、自然と出ちゃったんだからしょうがないだろ。

「だいすき」

「っ……」
 彼女が、間髪入れずにうなずいた。
 にっこり笑うその顔は、あまりにもかわいくて、純粋で。
 ……うわ。
 これは照れるな。
 彼女を見たまま口元に手を当てると、今度はアキから俺に改めてぎゅうっと抱きついてきた。
 ……マジ?
 いつになく積極的。
 てことは、これが彼女の本音ってことか?
「……幸せそうねー」
「え?」
「ニヤけちゃって。やらしー」
「…………うるさいな」
 そりゃあどうしたって、笑みが漏れる。
 こう、面と向かって言われると……そうだな。
 とりあえず、確かめるためという口実で、質問をもうひとつ。
 寝てしまいそうな彼女の耳元に唇を寄せ、小さく囁く。
 ……これに普通に答えたら、まず間違いないな。
「ん……ほしい」
「……マジ?」
「うん。……だって好きだもん……」
 うっとりとしたまなざし。
 やけに艶っぽくて、いかにも“女”の顔だ。
「ちょっとー、祐恭、何言ったの?」
「いいだろ、別に」
「よくないわよっ! 羽織にこんな顔させてぇ……どうせヤラシイことでも吹き込んだんでしょ」
「……んなワケないだろ」
「あ、そう。じゃあ羽織に聞くからいいわよ」
「え?」
 にっこり笑ったアキが、羽織ちゃんの肩を掴んでから引き剥がした。
 ……何をするつもりだ?
 と思っていたら――……。
「羽織。祐恭に何言われたの?」
「え? 今夜、抱いてほし――」
「うわ!?」
 さらっと言い出した彼女の口を慌てて押さえると、アキがにやにやと意地悪っぽく笑った。
 ……ここまで正直に白状するとは……。
 素直すぎじゃないか、いろんな意味で。
 これはこれは、かなりキケンだ。
「ちょーっと、集まってほしいんすけどー」
 ふいに、幹事である優人が声をあげ、自然とそちらへ視線が向いた。
「なんだろうな」
 そそくさとアキに背を向け、羽織ちゃんの背中を押して近づく。
 その後も何やらアキが言っていたが、この際知らんフリを決め込む。
 ……このときばかりは、逃げれるチャンスを作ってくれた優人に少しだけ感謝した。
「そろそろおひらきにするんで、最後に写真撮りまーす」
 その声で店内にいた人々が集まり始め、早速店員に頼んでの撮影会になった。
 人数は20人もいないとはいえ、それでも結構な人数。
 そのため、ぎちぎちに並んでの撮影だ。
 中心に主役のふたりを置いて、取り囲むようにしてそれぞれが場所を陣取る。
 もちろん、俺の隣には最愛の彼女。
 積極的に腕を絡めて嬉しそうに微笑んでいる姿は、ぜひとも彼女が素面のときに見せてやりたい。
 結局、かなりの枚数をこなしてから解散すると、ふたりに見送られながらおひらきになった。
「じゃ、お幸せに」
「サンキュ。……祐恭もな」
 出口で笑みを見せながら見送ってくれる武人の肩を叩くと、にっと笑ってうなずいた。
 そんな彼の隣に並んだ新婦に、羽織ちゃんが笑みを見せる。
「……お姉ちゃん、またね」
「うん。また、遊びにきてね」
「はぁい。……武人お兄さんも、よろしくお願いします」
「あはは。よろしくね、羽織ちゃん」
 あれから時間が少し経ったお陰で酔いが冷め始めたのか、彼女が浮かべているのはいつも通りの笑み。
 よかったよかった。
 ……本音を言えば、少し残念な気もするけどな。
 彼女の肩を抱いて車に戻り、助手席に乗せてやってから自分も運転席へ。
「楽しかったですね」
「そうだな。……いろいろと」
「……いろいろ?」
「そ。いろいろ」
 含み笑いをしてからエンジンをかけ、しばらく暖めてから家へと向かう。
 ……あ、そうだ。
「今日は泊まってくんだろ?」
「……いいんですか?」
「そのつもりで酒飲んだんじゃないワケ?」
「……んー……私、飲んだつもりないんですけれど……」
「今後は、俺から渡されたもの以外は飲んじゃダメ。わかった?」
「はぁい、わかりました」
 くすくすとおかしそうに笑った彼女にため息をつくと、まるで小さな子みたいにそれはいい返事をするとシートにもたれた。
 様子からして、結構眠そうだ。
「いいよ、寝てても。起こしてあげるから」
「んー……なんか眠くて……」
 そりゃあ眠くなるだろ。
 時間も、結構いい時間だし。
 ぽんぽんと頭を撫でてやると、程なくして隣が静かになった。
 家までは、そんなに時間もかからないだろう。
 ……それに、今夜は彼女もいるし。
 あどけない顔をした助手席の彼女を見てから、一路家へと車を走らせる事にした。


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