「……あ……れ?」
 ようやく脱いだブーツを揃えてからリビングへ入ると、同時にそんな声があがった。
「…………」
 てっきり、彼のことだから『遅かったね』なんて意地悪な笑みを浮かべていると思ったんだよね。
 こんな時間だからさすがにテレビはやってないと思うけれど、でも、ソファに座って……待っていてくれるって。
 ……でも。
 でも、今日ばかりは私の予想が当たることはなかったらしい。
 なぜならば――……。
「…………」
 目の前にいる彼は、すでに眼鏡を外して瞳を閉じていたからだ。
 ……先生……寝てる?
 ソファに座ったままの彼の前へ膝をついて座り、ひらひらと目の前で手を振ってみる。
 ……寝てる……のかな。
 ほんの少し前までいつもと変わらない姿を見ていただけに、目の前の現実に頭が追いつけない。
 しっかりと閉じられた、瞳。
 きゅっと結ばれている、形いい唇。
 ……そして、全身をソファに預けている姿。
「…………」
 そんな彼を見ていたら、ふにゃんと顔が緩んだ。
 ……そうだよね。
 先生だって、疲れてるに決まってる。
 今日1日仕事をして、そして――……長時間の運転。
 ……なのに、私はそんな彼の隣で眠ってて。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 先生だって、眠いはずなのに。
 でも、彼は何ひとつ文句を言わないで、運転だけじゃなく――……プレゼントまで。
 嫌な顔ひとつせず。
 むしろ、優しい笑顔までくれて。
「…………」
 そーっと、彼に手を出してみる。
 起こしてしまわないように、頬へは触れず、そっと肩に当てる程度。
 ……眼鏡のない、すぐそこにある瞳。
 そして、先ほどまでと違って……うっすらと開いている唇。
「……ありがとう。……祐恭さん」
 小さく囁いてから、頬へ――……唇を寄せる。
 ……ほんの少し。
 一瞬だけ、柔らかな感触が唇に触れた。
「…………」
 よかった。
 どうやら、起こしてしまわずに済んだようだ。
 ……でも。
 ソファで寝たままじゃ、風邪引いちゃうよね。
 暖房も入ってないし、床は冷えるから…………毛布、持ってこようかな。
 さすがに、彼のように抱き上げて運んであげることは私にはできないので、それならば……と寝室へ毛布を取りに行くことにした。
 さっき、外で彼に抱きしめてもらったとき、実感したこと。

 『寄り添っていると、思っている以上にあったかい』

 だからきっと、一緒にいれば……先生も風邪引かずに済む、はず。
 ……えへへ。
 それを口実に、せっかくのクリスマスだから――……彼の隣で眠りたいという思いもあった。
「……それじゃ、毛布――……っ!?」
 彼に背を向けて、立ち上がろうとしたとき。
 ふいに、後ろへ回していた腕をぐいっと強く引かれた。

「……いけない子」

「っ……な……!?」
 ぎゅうっと後ろ向きに抱きすくめられてすぐ、耳元で聞こえた低い声。
 途端に、身体が大きく跳ねる。
「せ……んせ……!?」
「せっかく、人がいい気持ちで寝てたのに。……何を、いたずらしてるの?」
「ち……違いますよ! いたずらなんかじゃ……っ……」
「じゃ、本気?」
「っ……!」
 まるで耳たぶを舐めるかのように唇を当てられ、吐息と同時に起きるその感触でぞくぞくしてしまう。
 ……いじわる……。
 何もかも背中越しだから、その表情は当然わからない。
 だけど、この口調から――……絶対に彼が笑ってるってことくらい、予想はできる。
……きっと、意地悪な顔してるんだ。
 含み笑いからしても、きっと。
「っわ!?」
「……ここは寒いから、むこうに行こうか」
「え……! え、えっ……!?」
 後ろ向きのままでくるっと身体の向きを変えさせられ、途端に身体が浮く。
 見れば、やっぱり彼はなんだか楽しそうな顔をしていて。
 ……やっぱり、またもや抱っこされていた。
「待って! まっ……先生、下ろして!」
「なんで?」
「だ、だって……! どうして抱っこなんですか? 私なら、ひとりで――」
「ん? だから、さっき言ったろ?」
「……え……?」

「悪い子は、サンタに持ち帰られるって」

「っ……!!?」
 にやっと笑った彼が、とんでもないことを言い出した。
 わ……悪い子。
 ……って、やっぱり私なんだろうか。
 え?
 でも私、そんなことした覚えは――……。
「理由がわからない?」
「……わかんない……」
「いたずら」
「……え?」
「いたずらする子は、『いい子』とは言えないよね?」
「……ぅ」
 部屋の間仕切りを開けて中に入った彼が、そのままベッドの上に私を降ろした。
 ――……と、同時に。
「……?」
 何かをポケットから取り出す。
 な……なんだろう……?
 どきどきと高鳴る胸を押さえながら、上目遣いに見上げる――……と。
「……これ……?」
「へぇ。いいね」
「……何がですかぁ……」
 有無を言わさず、首に巻かれた……これ。
 それは、見紛うことなき赤いリボンだった。
 ……そう。
 あの、ケーキの箱に巻かれていたアレだ。
「……せんせぇ……」
 彼を見上げると、それはそれは本当に楽しそうな顔をしていた。
「うん。思った以上にそれっぽいな」
「……それっぽい?」
「そ。……やっぱり、プレゼントはこうでなくちゃ」
「っ……ぷ……プレゼント!?」
 覆い被さるかのように、彼が私をベッドに倒した。
 ぐっと身体にかかる、彼の体重。
 当然、それもあって身動きはできない。
 でも、やっぱりそれ以上に……近すぎて。
 顔も、身体も。
 ……密着っていう、状態……で。
「……何考えてるの?」
「えぇ!? なっ……ななな何もっ!?」
「ふぅん?」
 顔が赤くなると同時に指摘され、いっそう熱くなる。
 ……うぅ。
 そんなに楽しそうな顔しないでください。
 そうは思うけれど、やっぱり、なんの意味も成さなかったらしい。
「それじゃ、いけない子はプレゼントになってもらおうか」
「だっ……だから、あの――」
「問答無用。……がんばったサンタへのご褒美なんだから、断ったりしないように」
「んっ……!」
 耳元に唇を寄せて、わざと息がかかるように囁かれた言葉で、自分でも思った以上に身体から力が抜ける。
 そのときの彼は、当然と言えば当然かもしれないけれど――……とても楽しそうな顔をしていた。


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