「あら。もうこんな時間? 早いわねぇ、朝は」
「え? ……あ、ホントだ。じゃあ、そろそろ起こしてきましょうか」
「いいの? それじゃ、お願いしようかしら」
「はい」
 よく晴れた朝の、本日。
 羽織の母である雪江が、葉月に笑みを見せた。
 今日から、いよいよ新学期。
 ついに、彼女らも高校3年生という受験シーズンを迎えることになった。
「あ。おはよ」
「……はよ」
「もー。遅刻するよ?」
「うるせーなぁ……。だから、遅刻しねぇように起きてきただろ?」
「今から準備してごはん食べたら、遅刻するでしょう?」
「いーんだよ、別に。少し遅れたくらいで、とやかく言われるような――」
「もー。 たーくんは、先生じゃない」
 まだ覚めていない表情の孝之に葉月が苦笑するも、彼はまったく気にもしていない様子のまま。
 どうやら、彼にとっては学生も社会人も大差ないということらしい。
 ……そんな先生はやだなぁ。
 葉月は、思わずため息を漏らした。
「……え?」
 肩を軽く叩かれて振り向くと、そこには苦笑を浮かべた彼が立っていた。
「いいよ。俺が起こしてくるから」
「あ、それじゃあお願いしてもいい?」
「了解」
 孝之と葉月の横を抜け、階上へと足を向けた人物。
 彼こそが、この瀬那家の長男であり、羽織の――……。

「っ!? わぁあ!!?」

 1番の苦手人物の、孝之と双子の兄でもある祐恭その人だった。

「っもう! お兄ちゃん!! なにも、あんなふうに起こさなくてもいいでしょ!?」
「俺に文句言わないように。だいたい、起きない羽織が悪いんだろ? むしろ、感謝してもらいたいね」
「そ……それは……」
 教員駐車場から、昇降口へと向かうまでの間。
 思わず、彼に対して文句が出てきた。
 だって。
 私たち、兄妹なんだよ?
 それなのに、朝からあんなふうに起こさなくてもいいと思わない?
 ……そ、そりゃあまぁ、そんな何かされるとかそう言うのじゃないけど。
 けど!
 やっぱり、私としては普通に起こしてほしかった。
「それじゃ、ちゃんと始業式出るんだぞ」
「もぅ。当たり前でしょ? ちゃんと出ます」
「よろしい」
 にっと笑って頭に手を置いた彼に眉を寄せるも、やっぱりまったく気にしていないようだった。
 ……もぅ。
 ただでさえ、仲がよすぎるとか言われてるのに、こんなところ見られたらそれこそ――……。
「朝から仲いいですね。祐恭先生?」
「っ!? あ……慶介君」
「おはよ、羽織ちゃん」
「……なんの用だ」
「お兄ちゃん!」
 ぽん、と私の肩に手を置いたのは、同じクラスの北原慶介君。
 ……なのに。
 お兄ちゃんときたら、早速彼を睨みつけた。
 彼らは……というか、お兄ちゃんはいつもそうだ。
 それも、今に始まったことじゃない。
 ずっとずっと、私が小さいころから彼はこうだった。
 私のそばに男の子がいると、決まって――……ほら。
「……お兄ちゃん……」
「なんだ」
「……何じゃないでしょ。この手は何?」
「保護」
「…………はぁ……」
 いつもこうして、彼は肩を引き寄せる。
 まるで、仲睦まじい恋人のように。
 ……だから、すごく困るのに。
 6歳離れてるからというのもあってか、彼は私に対してとても世話を焼いてくる。
 ……世話を焼くって言うのかな。
 どっちかっていうと、過保護という言葉のほうがしっくりくる。
 確かに、お兄ちゃんが私を大事に思ってくれているというのはすごく嬉しい。
 だけど……これって、だって……。
 お兄ちゃん、知ってる?
 学校で、いつもなんて言われてるか。
「先生。いい加減、シスコンっぷり見飽きたんだけど」
「誰がシスコンだ。妹に対して、当然の反応だろ?」
「いや、ありえないし」
「あ、お兄ちゃん!?」
「行くぞ」
 ないない、と手を振った慶介君に対し、お兄ちゃんはまったく反応を見せることなく私の手を引いた。
 ……だ……だから……。
「おはよ、羽織」
「あ。……絵里」
「んんー? 相変わらず、お兄様がべったりねぇ」
「……言わないで……」
 いたずらっぽい笑みを見せて私と彼を見比べた絵里に、思わずため息が漏れた。
 朝ということは、多くの生徒たちが行き交っているわけで。
 そんな中、彼に手を引かれて校舎へ向かう私の姿は、もうすでに『名物』とまで言われるようになっていた。
 ……なのに。
 友人たちは、そんな私を『羨ましい』と言う。
 ……どうして?
 私には、それがまったく理解できない。
 だって、そうでしょ?
 私たち、兄妹なんだよ?
 …………もぉ……。
 絶対、みんなは楽しんでるんだ。
 だから、そんなふうに笑って言えるんだから!
 いつもいつも、彼がそばにいる私の身にもなって!!
 手を引いて先を歩く彼を見上げてみると、やっぱりいつもと変わらない顔をしていた。
 ……はぁ。
 何も、新学期早々こんなところを新入生に見られなくても……。
 奇異の視線を向けている初々しい制服姿の彼女らを見ながら、思わず大きくため息が漏れた。


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